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神経眼科

ハンチントン病の眼症状

1. ハンチントン病の眼症状とは

Section titled “1. ハンチントン病の眼症状とは”

ハンチントン病(Huntington’s disease; HD)は、IT15遺伝子(HTT遺伝子、染色体4p16.3)のCAGリピート伸長を原因とする常染色体優性遺伝の神経変性疾患である。CAGリピートがポリグルタミン鎖となり、変異ハンチンチンタンパク質(mHTT)を生じる。

mHTTは凝集しやすく、転写・翻訳障害、興奮毒性、軸索輸送低下、ミトコンドリア・シナプス機能障害を引き起こし、神経細胞死に至る。線条体の中型有棘ニューロンが早期に脱落し、特徴的な運動過多障害が生じる。

CAGリピート数と表現型の関係を下表に示す。

CAGリピート数表現型
≤35回正常
36〜39回不完全浸透
≥40回完全浸透(発症)

疫学的には欧州・北米で10万人あたり5.7人、アジアで0.4人、世界全体で約2.1人と推定される。通常40〜50歳代で発症するが、若年発症(21歳未満)も存在し、父方遺伝との関連がある。

眼症状の概要として、サッケード異常・追従運動障害・固視異常・網膜菲薄化が主要所見である。眼の変化はHDの早期段階から出現しうる。根本的治療は未確立であり、現在はHTT低下療法の臨床試験が進行中である。

Q ハンチントン病の眼症状はいつごろから現れるのか?
A

眼の変化はHDの早期段階、場合によっては発症前段階でも認められることがある。サッケード潜時の異常は運動症状発現患者と発症前患者を区別できる指標として報告されている。

HD患者自身が眼球運動異常を自覚することは少ない。自覚される症状として以下が挙げられる。

  • 読書困難:眼球運動の制御障害により、行を追うことが難しくなる。
  • 動く対象の追視困難:滑らかな追従運動ができないため、動体の追視が困難となる。
  • 視線の意図的な移動困難:随意性サッケードの開始障害により、目を向けたい方向に視線を移しにくい感覚が生じる。

サッケード異常

垂直サッケード障害:水平方向より顕著。速度低下・振幅減少・潜時延長を呈する。

随意性サッケード開始障害:命令に応じた眼球運動が困難。反射性サッケードは比較的保たれる。

「視覚捕捉」反射:反射性サッケードの抑制が困難となり、視覚捕捉反射に類似した現象が出現する。

固視・追従運動異常

固視異常:対象に焦点を合わせる際に不規則な動揺(oscillations)が生じる。

追従運動障害:動く対象を滑らかに追えない。代償としてぎこちない衝動性眼球運動(jerky eye movement)が出現する。

頻度:固視・追従運動の異常は大多数のHD患者に認められる。

網膜菲薄化

耳側RNFLの菲薄化:複数のOCT研究で報告されている。HD患者62.3μm vs 対照群69.8μm(有意差あり)。

罹病期間との相関:罹病期間が長いほど耳側RNFL菲薄化と有意な相関あり。

黄斑部脈絡膜:一部の研究では黄斑部脈絡膜厚の有意な減少のみが認められ、RNFLへの影響は研究によって異なる。

50人の患者を対象とした研究では、62%に垂直サッケードの鈍化、56%に低測定(hypometric)および垂直サッケード範囲の減少、89%に潜時延長が認められた。

Q サッケード異常は水平と垂直のどちらがより影響を受けるのか?
A

垂直サッケードの異常が水平サッケードより顕著である。研究では89%の患者に垂直サッケードの潜時延長が確認されており、速度低下・振幅減少も水平方向より垂直方向で目立つ。

HDの原因はIT15(HTT)遺伝子のCAGリピート伸長である。遺伝形式は常染色体優性遺伝であり、子への遺伝確率は50%である。

  • 表現促進現象:父方遺伝では若年発症型のリスクが高まる。CAGリピート数が次世代で伸長しやすいためである。
  • 眼症状の進行リスク因子:罹病期間が長いほど網膜菲薄化が進行する。UHDRSスコアが高いほど菲薄化傾向があるが、統計的有意差は確認されていない。

HDの確定診断は遺伝子検査による。眼球運動検査はHDの評価や進行モニタリングに活用される。

  • 遺伝子検査:IT15遺伝子のCAGリピート数を測定する。40回超で確定診断。
  • UHDRS(統一ハンチントン病評価尺度):31項目・最大124点の総合評価尺度。眼球運動に関する評価項目は6項目(眼球追従運動・サッケード開始・サッケード速度 × 水平・垂直の各方向)を含み、各項目は0〜4の5段階評価で行う。
  • 眼球電図(electro-oculography):サッケードの速度・振幅・潜時を客観的に記録する。検査パラメータとして視覚誘導サッケード(潜時と振幅)・パシュート(視標速度に対する利得)・固視(波形解析)を評価する。
  • OCT(光干渉断層計):RNFL厚および黄斑部脈絡膜厚を測定する。疾患バイオマーカー候補として研究が進んでいる。
  • cUHDRS(複合評価スコア):運動・認知・機能を統合した複合スケールであり、疾患進行を単一変数で反映する。
  • DBS(Disease Burden Score):(CAGリピート数 − 35.5) × 年齢 で算出する累積HD病理曝露の推定指標。

以下の表にUHDRS眼球運動評価項目をまとめる。

評価項目評価方向
眼球追従運動水平・垂直
サッケード開始水平・垂直
サッケード速度水平・垂直
Q UHDRSの中で眼球運動に関する評価項目はいくつあるのか?
A

UHDRS内の眼球運動関連項目は6項目である。眼球追従運動・サッケード開始・サッケード速度のそれぞれについて、水平方向と垂直方向を別々に評価する(各0〜4の5段階)。

HDに対する疾患修飾薬は現在存在しない。治療は対症療法が中心である。

  • プリドピジン(pridopidine):ドパミン作動性安定薬であり、90mg/日で眼球追従運動・サッケード開始・サッケード速度の改善の可能性が示されている。第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験においてUHDRS運動症状の改善が報告されており、眼症状でも統計的に有意な改善が確認された。ただしさらなる分析が必要である。
  • GABA₋B作動薬(バクロフェン):小脳性眼球運動障害に対してGABA₋B作動薬が著効する場合がある。処方例:ギャバロン錠(バクロフェン)5mg 3〜6錠 分1〜3。ただし上記は小脳性眼球運動障害に対する記載であり、HDの眼球運動障害に直接適用されるかは明記されていない。
  • プリズム眼鏡動揺視の軽減目的として、眼位依存性がある場合に検討される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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HDは皮質・線条体に領域特異的な神経脱落を引き起こす。サッケード異常の機序は以下の通りである。

  • 前頭前野―尾状核間の連絡減少:この経路は随意性サッケードの開始に関与するが、反射性サッケードには関与しない。
  • 上丘への抑制解除障害:前頭前野―尾状核路の劣化により、黒質網様部による上丘への抑制を脱抑制する能力が低下する。その結果、随意性サッケードが妨げられる。
  • 反射性サッケードの保存:頭頂葉は上丘を直接刺激して反射性サッケードを開始できるため、反射性サッケードは比較的保たれる。
  • 前頭眼野(Brodmann 8野):反対側への衝動性眼球運動を駆動する。後頭眼野(Brodmann 19野)は同側への滑動性追従運動を駆動する。

この選択的経路破壊が、サッケード開始異常・追従運動異常・固視異常をまとめて説明する。

網膜菲薄化の機序については2つの仮説が提唱されている。

  • ミトコンドリア輸送障害仮説:HDではミトコンドリア疾患と類似の特徴が見られる。ミトコンドリア輸送の障害が網膜ニューロンの変性に関与している可能性がある。
  • マイエリノソーム仮説:グリア細胞と網膜ニューロン間でハンチンチンタンパク質を含むマイエリノソーム(myelinosomes)が交換されることが、網膜損傷に寄与する可能性がある。

mHTT凝集は転写・翻訳障害、プロテオスタシス異常、興奮毒性、軸索輸送低下、神経栄養因子支持の減少、ミトコンドリア・シナプス機能障害を介して神経細胞死を引き起こす。線条体のアストロサイトグリア症は病理学的グレードとともに増加する。アストロサイトのKir4.1イオンチャネル機能障害もHDモデルマウスの神経機能障害に寄与することが示されている。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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バイオマーカーとしての眼所見

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サッケード潜時は疾患進行の客観的指標として有望である。検査・再検査のICCは0.55〜0.87(中等度〜高い信頼性)であり、運動症状発現患者と発症前患者を区別可能とする報告がある。3年間の追跡で潜時が24ms/年ずつ増加することが示されている。

黄斑網膜厚については、平均黄斑網膜厚とUHDRSスコアの間に統計的に有意な回帰方程式が確認されている。ただし感度・特異度の検証にはさらなる研究が必要である。

Korpela S らは、HDにおけるCSF GFAP(グリア線維性酸性タンパク質)がアストロサイト障害のバイオマーカーとして有用であることを報告した1)。顕性HD群(ManHD)の CSF GFAP 濃度は 424 ng/L(SD 253)であり、発症前群(PreHD)266 ng/L(SD 92.4)および対照群 208 ng/L(SD 83.7)と比較して高値を示した。GFAPとcUHDRSの強い相関(r = −0.77、p < 0.001)が確認され、DBS補正後も有意であった(p = 0.003)。発症前キャリアにおけるGFAPと5年発症リスクの相関はr = 0.70(p = 0.008)であった。

NfL(ニューロフィラメント軽鎖)は発症時期・臨床重症度と関連する最も有望なCSFバイオマーカーとして位置づけられている1)。一方CSF Aβ42はバイオマーカーとしての有用性が限定的とされる1)

R6/2マウスモデルにおける視神経の超微形態的変化として、髄鞘の層状分離・不規則な脱髄軸索・マイエロノイド小体の存在が電子顕微鏡で確認されている。モデルマウスの視神経髄鞘厚は野生型と比較して有意に減少しており、視神経変性がHDの病態の一部を構成する可能性を示唆している。

mHTTの産生を抑制するHTT低下療法(アンチセンスオリゴヌクレオチドや遺伝子サイレンシング)の臨床試験が進行中であり、疾患修飾治療の最有望候補とされている。

Q 眼科的所見はハンチントン病のバイオマーカーとして使えるのか?
A

サッケード潜時は検査信頼性(ICC 0.55〜0.87)が確認されており、3年間で24ms/年の変化が報告されている。黄斑網膜厚とUHDRSスコアの間にも有意な回帰方程式が示されている。ただし臨床的なバイオマーカーとしての確立にはさらなる研究が必要である。


  1. Korpela S, Sundblom J, Zetterberg H, et al. Cerebrospinal fluid glial fibrillary acidic protein, in contrast to amyloid beta protein, is associated with disease symptoms in Huntington’s disease. J Neurol Sci. 2024;459:122979.

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