ボールバルブ説
機序:洞口のポリープや粘膜異常が一方向弁を形成し、空気が流入するが流出できず圧力勾配が生じる。
限界:解剖学的に前頭洞PSDのみを説明でき、蝶形骨洞・篩骨洞PSDには適用困難。洞口の粘膜変化が認められた報告がある。

気腔拡張症(Pneumosinus Dilatans; PSD)は、1つ以上の副鼻腔が正常解剖学的境界を超えて過気腔化・拡大する原因不明の稀な疾患である。副鼻腔粘膜は正常で、骨壁は菲薄化するが骨びらんは生じない。1918年にBenjaminsが「Pneumosinus frontalis dilatans」として初めて命名した1)。
PSDは類似疾患と区別する必要がある。hypersinus(正常解剖学的境界内の副鼻腔拡張)やpneumatocele(骨壁びらんを伴う拡張)とは概念的に異なる2)。
文献報告は約145例と稀な疾患であり、正確な発生頻度は不明である。男性に多く(女性の約2倍)、平均発症年齢は33歳とされ、16〜25歳と36〜45歳の二峰性の年齢分布を示す。
関与する副鼻腔は前頭洞が最多(62.8%)で、以下、蝶形骨洞(24.1%)、上顎洞(19.3%)、篩骨洞(18.6%)と続く。蝶形骨洞や篩骨洞が関与する場合、拡大した副鼻腔が視神経を圧迫し、圧迫性視神経症を引き起こしうる。
文献上の報告は約145例にとどまり、発生頻度は明確には確立されていない。男性に多く(女性の約2倍)、平均発症年齢は33歳で、16〜25歳と36〜45歳の二峰性分布を示す。
PSDは無症状の放射線学的偶発所見として発見されることがある。自覚症状は罹患する副鼻腔の部位によって異なる。
蝶形骨洞・篩骨洞に関与するPSDでは、圧迫性視神経症の所見が認められる。
Abri Aghdamら(2021)は20歳女性の両眼性視力障害の1例を報告した2)。右眼4年前・左眼1年前から緩徐に視力低下を自覚。初診時視力は右眼光覚、左眼20/400。右眼RAPD陽性、色覚は左眼14枚中2枚(石原式)。両眼眼底に視神経萎縮、OCTで高度両眼RNFL菲薄化を認め、CTで両側視神経管狭窄および視神経の蝶形骨洞内突出を確認した。
緩徐に進行する無痛性の視力低下が典型的である。一過性黒内障から永続的視力喪失まで幅広く、PSD患者の約2/3に何らかの視覚障害が認められる2)。長期罹患では視神経萎縮が生じ、減圧術後も視力回復が得られないことがある。
PSDは通常特発性(一次性)だが、基礎疾患に関連する二次性の場合がある。
PSDの病態生理については以下の4つの仮説が提唱されている。
ボールバルブ説
機序:洞口のポリープや粘膜異常が一方向弁を形成し、空気が流入するが流出できず圧力勾配が生じる。
限界:解剖学的に前頭洞PSDのみを説明でき、蝶形骨洞・篩骨洞PSDには適用困難。洞口の粘膜変化が認められた報告がある。
線維骨性病変説
機序:線維性骨異形成症・骨化性線維腫・先天的骨成長障害に伴うPSDが報告されている。
根拠:変形骨の外科的切除でPSD進行が停止した例が報告されている。
ホルモン説
機序:遺伝的感受性のある個人でホルモン変化に反応して副鼻腔が拡大する。
根拠:思春期に発症・急速進行する例があり、二峰性の年齢分布はこの仮説を支持する。副甲状腺ホルモン・甲状腺・性腺ホルモン異常との関連が報告されている2)。
頭蓋内病変関連説
機序:髄膜腫が頭蓋内圧変化を介して、または局所成長因子放出により骨増殖を誘発しPSD発症に寄与する。
注意:PSDに伴う視神経症は、PSD自体ではなく併存する視神経鞘髄膜腫から生じることもある。
視神経と後部副鼻腔は極めて薄い骨を介して接しており、病変が視神経へ波及しやすい解剖学的背景がある。後部篩骨洞に発生した副鼻腔病変は特に視神経を圧迫しやすい。
二次性PSDでは前頭蓋底髄膜腫や視神経鞘髄膜腫との関連が最も重要であるため、造影CTおよびMRIによる精査が推奨される1)。PSDに伴う視神経症の一部は、PSD自体ではなく併存する視神経鞘髄膜腫に起因する場合がある。
PSDの診断には眼科的検査と画像検査の組み合わせが必要である。
3種類の副鼻腔拡張性病変の鑑別を以下に示す。
| 疾患 | 骨壁変化 | 粘膜所見 |
|---|---|---|
| PSD | 菲薄化のみ | 正常 |
| Hypersinus | 変化なし | 正常 |
| Pneumatocele | びらんあり | 異常あり |
初診時のベースライン検査として、以下を施行する。
視神経症を伴うPSDの鑑別は多岐にわたる。
PSDの治療方針は症状・視神経障害の有無・基礎疾患の有無により決定される。
鼻性視神経症に対する治療の原則は、生検も兼ねた副鼻腔病変の外科的搔爬と、必要に応じた視神経管開放術である。
Abri Aghdamら(2021)が報告した20歳女性の1例では、原発性甲状腺機能低下症の補正後に経鼻的蝶形骨洞切開による視神経減圧術を施行したが、術後9か月の経過観察で視力改善は得られなかった2)。OCTで確認された永続的な軸索喪失が原因と考察されており、特発性PSDでも必ずしも視力が回復しない点を強調している。
早期の外科的減圧で回復が得られる可能性はある。しかし、長期にわたり視神経への圧迫が続いた場合は、永続的な軸索喪失が生じており、術後も視力改善が得られないことがある2)。このため、視力低下が生じた場合には早期減圧が推奨される。
蝶形骨洞の気腔化が進行すると、以下の機序で視神経障害が生じる。
圧迫性視神経症の一般的病態として、眼窩先端部病変が多い。初期は視神経乳頭腫脹を示すが、治療が遅延すると萎縮化し、この段階では視機能予後が不良となる。
16〜25歳の若年層と36〜45歳の中高年層という二峰性の年齢分布は、異なる病態生理プロセスを反映している可能性がある。若年層ではホルモン変化に反応した副鼻腔拡大、中高年層ではボールバルブ様閉塞などの異なる機序が働いている可能性が示唆されている。
なお、ボールバルブ機構・ガス産生菌感染も提唱されているが、いずれも確定的には証明されていない2)。
PSDの発症機序は依然として解明されておらず、さらなる研究が必要な疾患である。
Demirら(2025)は、18歳男性の右前頭部off-midline成熟奇形腫(35×40×43 mm)に蝶形骨篩骨洞PSDが合併した世界初の症例を報告した1)。左側痙攣発作を契機に発見され、手術で全摘出、病理で成熟奇形腫と確定した。PSDとの関連を有する病変として、従来は髄膜腫のみが注目されていたが、この報告はoff-midline成熟奇形腫も鑑別に含めるべきであることを示した。
Abri Aghdamら(2021)は、特発性PSDによる両眼性視力障害の1例において、外科的減圧後9か月でも視力回復が得られなかったことを報告し、特発性PSDでも視力障害は必ずしも可逆的でないことを強調した2)。早期減圧の重要性を論じるとともに、PSDと甲状腺機能低下症との合併も報告している。
Demir MK, Yapicier O, Kiliç D, Kilic T. Intracranial off-midline mature teratoma and pneumosinus dilatans: a unique clinical report. Asian J Neurosurg. 2025;20:165-169.
Abri Aghdam K, Aghajani A, Soltan Sanjari M. Bilateral visual loss caused by pneumosinus dilatans: idiopathic cases are not always reversible. J Curr Ophthalmol. 2021;33:197-200.