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角膜・外眼部疾患

Traboulsi症候群

Traboulsi症候群(Shawaf-Traboulsi症候群、FDLAB症候群)は、ASPH遺伝子の変異による極めてまれな常染色体劣性遺伝疾患である。1995年にレバノンのDruze派の近親婚家系で初めて報告された。FDLAB(Facial Dysmorphism, Lens subluxation, Anterior segment anomalies, spontaneous filtering Blebs)の頭文字で表される4つの主要所見を特徴とする。

有病率は100万人に1人未満と推定される。これまでに28例以上が報告されており、レバノン、インド、サウジアラビア、ペルー、中国、パキスタン、英国、メキシコなどの多様な民族で確認されている1)3)。近親婚家系での発症が多い。

項目内容
遺伝形式常染色体劣性
原因遺伝子ASPH(8q12.1)
有病率100万人に1人未満
Q Traboulsi症候群とマルファン症候群の違いは何か?
A

両疾患は水晶体脱臼を共有するが、遺伝形式と原因遺伝子が異なる。Traboulsi症候群は常染色体劣性でASPH遺伝子変異が原因であり、マルファン症候群は常染色体優性でFBN1遺伝子変異が原因である。Traboulsi症候群では自然発生的濾過胞と強膜菲薄化が特徴的であり、マルファン症候群の大動脈根拡張は認めない。Leiらの中国の症例はマルファン症候群と誤診されていたが、近親婚の家系歴と遺伝子検査によりTraboulsi症候群と確定された3)。鑑別には遺伝子検査が有用である。

  • 視力低下:高度近視を伴い、小児期から視力障害を呈する。
  • 霧視角膜混濁や眼圧上昇の進行に伴い出現する。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”
  • 水晶体脱臼:両側性の水晶体亜脱臼または脱臼を認める。Ibarra-Ramírezらの症例では、右眼に前房内への水晶体脱臼(瞳孔ブロックの既往を伴う)、左眼に後方下方への亜脱臼を認めた1)
  • 自然発生的濾過胞:眼圧上昇と強膜菲薄化により、前房と結膜下腔をつなぐ瘻孔から房水が流出し、濾過胞が自然形成される。本所見は当初Traboulsi症候群の特徴とされたが、すべての症例に認められるわけではない1)
  • 虹彩萎縮:扇形の虹彩萎縮やグラウコムフレッケンを認める1)
  • 強膜菲薄化:intercalary staphylomaとして顕在化することがある2)
  • 顔貌奇形:長い顔、鷲鼻、平坦な頬、下向き眼瞼裂、不正咬合、後顎症を呈する1)。ただし顔面特徴が非特異的な症例も報告されている3)
  • 小さな視神経乳頭眼底検査で小さな視神経乳頭と網膜変性所見を認める1)

ASPH遺伝子(染色体8q12.1)は、アスパルチル/アスパラギニル-β-ヒドロキシラーゼ(ASPH)をコードする。ASPHは様々なタンパク質のEGF様ドメイン内のアスパラギン酸およびアスパラギン残基の翻訳後ヒドロキシ化を触媒するC末端触媒ドメインを有する。

水晶体脱臼に関与するほぼすべての遺伝子(FBN1、ADAMTSL4、ADAMTS10、ADAMTS17)はEGFドメインと相互作用するタンパク質をコードする1)。ASPH変異によりこれらのタンパク質のヒドロキシ化が障害され、水晶体小帯の形成・維持に異常が生じる。

Ibarra-Ramírezらの文献レビューでは28例から17の異なる遺伝子変異が報告されている。ミスセンス変異5例、ナンセンス変異8例、スプライシング部位変異2例、大規模欠失1例、同義変異1例である1)。大部分の変異はエクソン21〜25に位置し、AspHオキシゲナーゼドメインに影響する1)

ミスセンス変異を有する患者の85.7%で濾過胞が形成されるのに対し、ナンセンス変異では33%にとどまる1)。この相関は濾過胞形成リスクの予測に有用である可能性があるが、症例数が限られているためさらなる検証が必要である1)

Q 遺伝子変異の種類と臨床像の関連は?
A

Ibarra-Ramírezらの文献レビューでは、ミスセンス変異を有する患者の85.7%が自然発生的濾過胞を形成したのに対し、ナンセンス変異では33%にとどまった1)。また、Senthilらの報告では特定の変異を共有する患者に心臓異常が認められた一方、別の変異では心臓の関与がなかった。これらは特定のASPH変異が異なる程度のEGFヒドロキシ化障害をもたらし、多様な表現型として発現する可能性を示唆するが、症例数が限られているため確定的な結論は得られていない1)

臨床診断

細隙灯顕微鏡検査:水晶体亜脱臼、虹彩萎縮、浅前房、角膜混濁、自然発生的濾過胞の有無を確認する。

眼圧測定隅角閉塞や緑内障の評価を行う。Ibarra-Ramírezらの症例では両眼で眼圧10 mmHgと正常であった1)

超音波生体顕微鏡(UBM):前眼部構造の詳細な評価に有用である。

遺伝子検査

全エクソームシーケンシング:ASPH遺伝子変異の同定に用いる。Leiらは全エクソームおよびサンガーシーケンシングにより新規ホモ接合性フレームシフト変異を同定した3)

サンガーシーケンシング:候補変異の確認と家系内の分離解析に用いる3)

画像検査:心臓超音波検査や胸部CTにより全身合併症を評価する3)

鑑別疾患Traboulsi症候群との鑑別点
マルファン症候群常染色体優性、大動脈根拡張
ホモシスチン尿症血中メチオニン上昇
孤立性水晶体異位全身症状なし

Leiらの症例は水晶体脱臼、長身、痩せ型の体型からマルファン症候群と臨床診断されていたが、近親婚の家系歴から常染色体劣性遺伝が疑われ、遺伝子検査によりTraboulsi症候群と確定された3)

水晶体切除術:水晶体亜脱臼に対する主要な治療である。慢性的な隅角閉塞による不可逆的な角膜・線維柱帯損傷を回避するため、亜脱臼が検出された時点での早期手術が推奨される。Ibarra-Ramírezらの症例では合併症なく水晶体嚢外摘出術が施行された1)

intercalary staphylomaに対する修復術:Beniwalらは交叉結合角膜を用いた生物学的encirclageという新たな手術法を報告した2)。三日月形に成形した角膜グラフトを強膜菲薄部に移植し、360度のencirclageとして縫合する方法である2)

水晶体切除術後には酸素透過性コンタクトレンズまたは眼鏡により屈折矯正を行う。緑内障に対しては点眼薬による眼圧管理を行う。

Q 手術のタイミングはいつが適切か?
A

水晶体亜脱臼が検出された時点で水晶体切除術を行うことが推奨される。思春期から若年成人期に発症することが多い。早期介入により慢性的な隅角閉塞による不可逆的な角膜・線維柱帯損傷を回避できる。ただし、強膜が脆弱化し低眼圧に陥った後は外科的介入の効果が限定的となるため、強膜の状態評価が重要である。術後は濾過胞形成のリスクがあるため、定期的な経過観察を行う1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

ASPHは非ヘム鉄・2-オキソグルタル酸オキシゲナーゼであり、小胞体に局在する。758アミノ酸からなる大タンパク質で、膜貫通ドメイン、Ca²⁺結合部位、テトラトリコペプチドリピート(TPR)、AspHオキシゲナーゼドメインを有する3)

ASPHは凝固因子(VII、IX、X)、プロテインC、トロンボモジュリン、LDL受容体、Notchリガンドなど、EGFドメインを含む多数のタンパク質をヒドロキシ化する3)。水晶体の安定性に関わるフィブリリン-1(FBN1)やLTBP2もASPHのヒドロキシ化基質であり、その機能障害が水晶体小帯の脆弱化を引き起こす3)

Dinchukら(2002)はASPHのオキシゲナーゼドメインを破壊したマウスで合指症、顔面奇形、口蓋形成不全を報告した。これらの異常はNotchリガンドSerrate-2(JAG2)のノックアウトと類似しており、EGFドメインのヒドロキシ化とNotchシグナル伝達経路の相互作用が示唆されている1)

水晶体の前方亜脱臼は虹彩の前方移動と隅角閉塞を引き起こし、眼圧上昇を招く。眼圧上昇と強膜菲薄化の組み合わせにより、前房と結膜下腔をつなぐ瘻孔が形成され、房水が流出して自然発生的濾過胞が生じると考えられている。

マルファン症候群との分子レベルの関連

Section titled “マルファン症候群との分子レベルの関連”

FBN1タンパク質はEGFドメインを含み、ASPHによるヒドロキシ化の基質となる。したがって、ASPH変異によるFBN1の機能低下がマルファン症候群と重複する臨床像(水晶体脱臼、自然発生的気胸)の原因と考えられている3)

Q なぜ自然発生的濾過胞が形成されるのか?
A

Traboulsi症候群では水晶体の前方亜脱臼により隅角閉塞と眼圧上昇が生じる。同時にASPH変異による結合組織の脆弱化で強膜が菲薄化している。この2つの要因が重なることで、強膜の菲薄部から房水が結膜下腔へ漏出し、自然発生的な濾過胞が形成される。ミスセンス変異の方がナンセンス変異より濾過胞形成率が高いことが報告されており1)、変異型による酵素活性の残存量の違いが強膜の脆弱度に影響する可能性がある。

Ibarra-Ramírezらは2024年にメキシコ人として初のTraboulsi症候群を報告した1)。新規ASPH変異体(エクソン20-21の欠失)を同定し、既知の遺伝子変異の多様性を拡張した。

Ibarra-Ramírezらは28例のレビューにおいて、ミスセンス変異では85.7%、ナンセンス変異では33%の患者で濾過胞が形成されたと報告し、遺伝子型-表現型相関の可能性を提示した1)

Leiらは2021年に中国人として初のTraboulsi症候群を報告し、心室中隔欠損、肺嚢胞、再発性自然発生的気胸の合併を記載した3)。心血管・呼吸器合併症がASPH変異と直接関連するかは今後の検証が必要である3)

Beniwalらは交叉結合角膜を用いた生物学的encirclageという新たな手術法を報告し、intercalary staphylomaに対する低侵襲な治療選択肢を示した2)

  1. Ibarra-Ramírez M, Campos-Acevedo LD, Valenzuela-Lopez A, et al. A New Case Report of Traboulsi Syndrome: A Literature Review and Insights Into Genotype-Phenotype Correlations. Genes. 2024;15(9):1120.
  2. Beniwal A, Bafna RK, Roop P, et al. Biological encirclage–Traboulsi syndrome. Indian J Ophthalmol. 2024.
  3. Lei C, Guo T, Ding S, et al. Whole-exome sequencing identified a novel homozygous ASPH frameshift variant causing Traboulsi syndrome in a Chinese family. Mol Genet Genomic Med. 2021;9:e1553.

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