Map(地図状線)
不規則な灰白色の線状構造:基底膜の異常な折れ込みやシート状増殖による。清明帯に囲まれた地図様の境界線として観察される。

角膜上皮基底膜ジストロフィ(epithelial basement membrane dystrophy: EBMD)は、角膜上皮の基底膜が異常に肥厚・変形することで、上皮細胞の正常な分化・移動が妨げられる前部角膜ジストロフィである。map-dot-fingerprint dystrophy、Coganマイクロシストジストロフィとも呼ばれる。
EBMDは前部角膜ジストロフィのなかで最も頻度が高く、有病率は報告により2〜43%と幅がある2)。50歳以上では最大75%に何らかの所見を認めるとされる3)。
最新のIC3D分類(International Committee for Classification of Corneal Dystrophies)では、本疾患は主に加齢性の角膜変性として位置づけられている2)。一方で一部には遺伝的背景が確認されており、TGFBI(transforming growth factor β-induced)遺伝子(染色体5q31)の変異がEBMD患者の約10%に同定されている2)。変異パターンは多様であり、遺伝的異質性を示す。
多くの患者は無症候性であり、検診や白内障術前評価で偶然発見される。しかし最大30%の患者は反復性角膜びらん(recurrent corneal erosion: RCE)のエピソードを経験する2)。
主な自覚症状は以下のとおりである。
症状は起床時に増悪しやすい。これは夜間の角膜脱水により上皮と基底膜の接着が脆弱化するためである。
細隙灯顕微鏡で以下の3種類の特徴的パターンを認める2)。
Map(地図状線)
不規則な灰白色の線状構造:基底膜の異常な折れ込みやシート状増殖による。清明帯に囲まれた地図様の境界線として観察される。
Dot(点状混濁)
Coganマイクロシスト:上皮内に封入された変性細胞の集簇である。基底膜異常により表層への正常な移動が阻害された上皮細胞が、その場でアポトーシスを起こし嚢胞化する。
Fingerprint(指紋状線)
同心円状の微細な線条:基底膜の波状隆起による。逆光照射や散瞳下での観察で検出しやすい。
これらのパターンは単独または複数が混在して出現する。中心部の病変は不正乱視の原因となり、角膜トポグラフィで不整なリングパターンとして検出される3)。
前眼部光干渉断層計(AS-OCT)では、上皮下の小さな高反射域や基底膜の肥厚所見を確認できる2)。生体共焦点顕微鏡(in vivo confocal microscopy)では、基底細胞層の細胞外高反射沈着物、Bowman層レベルの高反射線条、上皮内マイクロシストに相当する低反射構造が可視化される2)。
多くの方は無症状で日常生活に支障はありません。しかし反復性角膜びらんを合併すると、起床時に突然の激しい眼痛や涙が出ることがあり、数日間は仕事や運転に支障をきたす場合があります。また中心部の病変がある場合は、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しにくい視力変動が起こることがあります。
EBMDの原因は大きく2つに分類される。
加齢性(変性性):最も多い。加齢に伴う基底膜の変性・肥厚が主因であり、50歳以上に好発する3)。
遺伝性:TGFBI遺伝子変異が約10%の患者で同定されている2)。若年発症例では遺伝的背景をもつ可能性が高い。22q11.2欠失症候群(DiGeorge症候群)との合併も報告されており、未知の遺伝的経路が関与する可能性が示唆されている2)。
反復性角膜びらんの発症に関わるリスク要因としては、角膜外傷の既往と角膜ジストロフィの存在がある。外傷後は正常な接着構造の再構築が阻害され、ジストロフィでは構成タンパク質の異常により上皮接着が不安定となる。
EBMDの診断は主に細隙灯顕微鏡による角膜上皮のパターン観察に基づく。
| 検査法 | 目的 | 特徴的所見 |
|---|---|---|
| 細隙灯顕微鏡 | 基本診断 | map/dot/fingerprint |
| 陰性フルオレセイン染色 | 上皮不整の検出 | 微細な凹凸の描出 |
| 角膜トポグラフィ | 不正乱視の評価 | 不整なリング像 |
陰性フルオレセイン染色は微細なEBMDの検出に有用であり、肉眼的に不明瞭な病変の範囲も明らかにできる3)。
角膜トポグラフィでは、中心6mm以内のPlacido像の歪みがEBMDを示唆する3)。白内障術前評価において、ケラトメトリー値がデバイス間で一致しない場合はEBMDの存在を疑うべきである3)。
AS-OCTでは上皮下の高反射域と基底膜の肥厚を描出でき、生体共焦点顕微鏡では細胞レベルでの形態変化を可視化できるため、細隙灯検査で判断が困難な症例での確定診断に役立つ2)。
はい。EBMDの所見は他の角膜基底膜異常と類似することがあり、Fuchs角膜内皮ジストロフィの初期所見やReis-Bücklersジストロフィとの鑑別が必要になる場合があります。生体共焦点顕微鏡はこれらの鑑別に有用です。また、無症候性のEBMDは見逃されやすく、白内障手術前の検査で初めて発見されることもあります。
治療はRCEの有無および重症度に応じて段階的に行う。
軽症例やRCE予防を目的とする場合の第一選択である。
保存的治療で再発を繰り返す場合に適応となる。
上皮デブリードマン:不整な上皮を機械的に除去し、新たな健常上皮の再生を促す。白内障術前管理では中心部上皮の広範なデブリードマンが行われる3)。デブリードマン後にバンデージコンタクトレンズを装着する方法が標準的であり、再上皮化には平均6.8±0.6日を要する3)。保存羊膜(cryopreserved amniotic membrane)をデブリードマン後に使用すると再上皮化が4.6±0.8日とやや促進されるが、長期的な再発率やIOL計算の安定性に有意差はない3)。
Anterior stromal puncture(ASP):27G針で上皮を実質浅層に穿刺し、強固な瘢痕性接着を誘導する方法である。上皮がある程度再生した時期に施行する。
ダイヤモンドバー研磨:Bowman層表面をダイヤモンドバーで研磨し、不整な基底膜を除去する。
PTK(phototherapeutic keratectomy):エキシマレーザーで異常な上皮と基底膜を切除する2)。最も確実な再発予防効果が期待できるが、遠視化が生じうることと自費診療であることが課題である。
EBMDは角膜トポグラフィとバイオメトリーの精度を低下させる。デブリードマン後1か月でIOL計算値は平均1.56D変化し、治療により術後屈折誤差を±0.5D以内に抑えることが可能となる3)。
はい。EBMDが中心角膜にある場合、角膜の曲率測定やIOLの度数計算に誤差が生じ、術後に予想外の度数ずれが起こる可能性があります。特に多焦点眼内レンズや乱視矯正レンズを希望される場合は、術前にEBMDを治療して角膜表面を安定させることが重要です。治療後1か月以上経過してから再検査を行い、安定した測定値で手術計画を立てます。
EBMDの本態は、角膜上皮基底膜の異常な肥厚と変形である。
正常な角膜では、基底細胞がヘミデスモソームを介してBowman層上の基底膜に接着し、表層に向かって分化・移動する。EBMDでは基底膜がBowman層から角膜上皮内に向かって異常に隆起・侵入する2)。この肥厚した基底膜がバリアとして機能し、上皮細胞の正常な表層移動を阻害する。
阻害された上皮細胞はその場で表層細胞への分化を試み、最終的にアポトーシスを起こす。このプロセスが周囲の細胞による封入(マイクロシスト形成)につながる1)。マイクロシストは食作用によらず、死滅細胞を隣接する細胞が囲い込む受動的過程で形成される1)。
基底膜からの基底細胞の剥離と方向喪失は、基底膜の異常再形成を引き起こす。この結果、二次的にfingerprint(指紋状線)やmap line(地図状線)が形成される4)。
近年、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)のEBMD病態への関与が注目されている1)。
EBMD患者の角膜上皮では、粘膜類天疱瘡-2および粘膜類天疱瘡-3の濃度が健常者と比較して有意に上昇しており、外傷性RCE患者よりもEBMD患者で高い傾向を示す。1)
この所見に基づき、以下の「悪循環メカニズム」が提唱されている1)。
EBMDに特徴的な微細線条は、異常なIV型コラーゲン(基底膜構成成分かつ粘膜類天疱瘡基質)を含む多層構造であり、粘膜類天疱瘡による分解産物の蓄積を反映すると考えられている1)。
一方、粘膜類天疱瘡活性とその阻害因子(TIMP)のバランスについてはまだ十分に解明されておらず、TIMP濃度の評価やEMMPRINなどの粘膜類天疱瘡誘導因子の役割解明が今後の課題とされている1)。
TGFBI遺伝子変異はEBMD患者の約10%に認められるが、同定される変異パターンは研究間で異なっており、遺伝的異質性が示されている2)。Boutboulらの報告とEvansらの報告では変異の種類が異なり、EBMDの遺伝的基盤の多様性を裏付けている2)。
22q11.2欠失症候群(DiGeorge症候群)を有する若年患者においてEBMDの合併が初めて報告された2)。22q11.2領域の欠失がEBMDの直接的原因である可能性は低いものの、全身的な発生経路への影響を介した間接的な関連が示唆されている2)。
EBMD角膜上皮での粘膜類天疱瘡-2および粘膜類天疱瘡-3の上昇が実証されているが、TIMP(tissue inhibitor of metalloproteinases)レベルとの関連はまだ十分に解析されていない1)。粘膜類天疱瘡-TIMPバランスの解明は、将来的な粘膜類天疱瘡阻害薬による治療戦略の開発につながる可能性がある1)。
白内障術前のEBMD管理において、デブリードマン後の保存羊膜使用が上皮治癒を促進する可能性が示されているが、既存のバンデージコンタクトレンズと比較した明確な優位性は確認されていない3)。羊膜由来の成長因子や粘膜類天疱瘡阻害因子を活用した新たな治療法の開発が今後期待される3)。