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白内障・前眼部

前房出血

前房出血(hyphema)は、前房(角膜虹彩の間の空間)内に赤血球が蓄積した状態である。細隙灯顕微鏡でのみ確認できる微量の出血はマイクロハイフェマ(microhyphema)と呼ばれる。

最も多い原因は鈍的外傷である。鈍的外力により前房内圧が急激に上昇し、角膜輪部が伸展する。房水が後方および隅角部へ移動することで虹彩・毛様体が損傷され、出血を生じる。

出血量に応じて以下のように分類される。

グレード出血の程度
0マイクロハイフェマ
I前房の1/3未満
II前房の1/3〜1/2
III前房の1/2〜全充填未満
IV全前房出血

グレードIVのうち、鮮紅色の血液で前房が完全に満たされた状態を全前房出血(total hyphema)と呼ぶ。暗赤色〜黒色の血液で満たされた状態はエイトボール前房出血(8-ball hyphema / black ball hyphema)と呼ばれ、房水循環障害と低酸素を示唆する。

Q 前房出血は外傷がなくても起こるか?
A

外傷以外にも、眼内手術後、虹彩新生血管、眼腫瘍、血液疾患(白血病・血友病など)、抗凝固薬の使用などが原因で自然発生することがある。詳細は「原因とリスク要因」の項を参照。

前房出血の症状は病因と出血量により異なる。

  • 視力低下:出血が瞳孔領を覆うと顕著になる。
  • 眼痛・頭痛:外傷や眼圧上昇に伴い出現する。
  • 充血:毛様充血を伴う。
  • 羞明(まぶしさ)外傷性虹彩炎の合併時に増強する。

前房出血は下方に層を形成し(ニボー形成)、色調は経過時間により赤色から黒色まで変化する。凝固した血液はより暗い外観を呈する。下方角膜縁からの高さをミリメートル単位で記録することが重要である。

軽度(Grade I〜II)

眼圧上昇リスク:13.5%程度。

視力障害:瞳孔領が確保されていれば軽度にとどまる。

眼底透見:多くの場合可能。

重度(Grade III〜IV)

眼圧上昇リスク:Grade IIIで27%、Grade IVで52%と劇的に上昇。

エイトボール前房出血瞳孔ブロックや二次性隅角閉塞のリスクが高い。

眼底透見:不可能な場合が多く、超音波検査が必要。

主な併発症は以下の通りである。

  • 眼圧上昇:赤血球による線維柱帯閉塞が原因。
  • 虹彩離断:虹彩根部の断裂。
  • 隅角後退:長期的に緑内障を続発する可能性がある。
  • 角膜血染:高度前房出血に高眼圧が持続した場合に生じる。
  • 硝子体出血:外傷の程度による。
  • 水晶体亜脱臼・脱臼チン小帯の損傷を伴う場合。

鈍的外傷が最も多い原因である。眼球への圧縮力により虹彩・毛様体・線維柱帯の血管が破綻し、前房内に赤血球が蓄積する。

  • 眼内手術後白内障手術を含むあらゆる眼科手術で起こりうる。ワルファリン服用中の白内障手術では非服用者に比べ出血イベントが約3倍に増加する(全体で9〜10%の発生率)が、大多数は自己限定的な前房出血または結膜下出血であった5)
  • UGH症候群(ぶどう膜炎・緑内障・前房出血症候群):位置異常の眼内レンズが虹彩を慢性的に刺激し、炎症・新生血管・再発性前房出血を引き起こす。
  • Nd:YAGレーザー虹彩切開術後:通常軽微で自己限定的。
  • 線維柱帯切開術:Schlemm管穿破に伴う前房出血はほぼ必発であるが、通常2〜3日で自然消退する。

外傷歴のない前房出血では以下の原因を考慮する。

  • 新生血管糖尿病網膜症網膜静脈閉塞、眼虚血症候群などに続発する虹彩・隅角の新生血管。
  • 眼腫瘍:虹彩メラノーマ、網膜芽細胞腫など。
  • 血液疾患:白血病、血友病、フォン・ヴィレブランド病。
  • 血管異常若年性黄色肉芽腫(JXG)、虹彩微小血管腫(Cobb’s tufts)。
  • 薬剤性:抗凝固薬、抗血小板薬のほか、イブルチニブ(BTK阻害薬)による自然発生性前房出血が報告されている1)
  • 炎症性:ヘルペス性ぶどう膜炎、Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎。

鎌状赤血球症は特に重要なリスク因子である。前房内の低酸素環境で赤血球が鎌状化し、硬くなって線維柱帯を通過しにくくなる。その結果、少量の出血でも重篤な眼圧上昇を生じうる。さらに、血管内で鎌状化した赤血球は網膜中央動脈閉塞症や虚血性視神経症を引き起こす可能性がある。鎌状赤血球素因(trait)でもリスクとなる。

Q 抗凝固薬を服用中でも白内障手術は受けられるか?
A

ワルファリン継続下の白内障手術では出血イベントが増加するが、大多数は自己限定的な前房出血や結膜下出血であり、術後視力への悪影響は認められていない5)。ただし個々のリスクについては主治医と眼科医の連携が重要である。

前房出血の診断には以下の検査を段階的に行う。

  • 細隙灯顕微鏡検査:前房内の血液貯留を確認し、出血の高さ・色調・グレードを記録する。大規模な前房出血はペンライトでも確認可能である。
  • 視力検査:視力低下の程度を評価する。
  • 対光反応検査:出血量が多い場合は僚眼の間接反応も確認する。
  • 眼圧測定:眼圧上昇の有無を評価する。
  • Seidel試験フルオレセイン染色で角膜穿孔の有無を確認する。
  • 隅角鏡検査:隅角後退や周辺虹彩前癒着の評価に不可欠である。ただし再出血リスクが高いため、受傷後1〜2週間は避ける4)
  • 超音波生体顕微鏡前眼部OCT:隅角解離、毛様体解離、毛様体浮腫の観察に有用である。ただし超音波生体顕微鏡は穿孔性眼外傷では禁忌。
  • 超音波検査(Bモード):眼底が透見できない場合に網膜剥離や硝子体出血の評価に用いる。
  • 画像検査(CT・MRI):高度の結膜浮腫・低眼圧・結膜下出血を認め眼球破裂が疑われる場合に施行する。金属性異物が疑われる場合、MRIは禁忌である。
  • 鎌状赤血球スクリーニング:アフリカ系患者では全例でスクリーニングを検討する。
検査主な目的
細隙灯顕微鏡グレード分類・経過観察
隅角鏡検査隅角後退・虹彩前癒着
超音波生体顕微鏡 / 前眼部OCT毛様体・隅角の構造評価

治療の基本は安静により自然吸収を待つことである。

  • 体位:仰臥位を避け、座位またはベッドの頭側を30〜45度挙上する。血液を前房下方に沈殿させ、中央の視覚遮断を回避し、角膜内皮・線維柱帯への曝露を制限する。
  • 入院基準:小児、前房出血のニボーが1/3〜1/2を超える場合、指示に従えない患者、鎌状赤血球症で眼圧上昇を伴う場合は入院治療が望ましい。
  • 激しい運動の禁止:再出血予防のため安静を保つ。

日本における標準的な処方例は以下の通りである。

  • アトロピン点眼液(1%):1日1回(就寝前)。散瞳・毛様体筋弛緩により消炎と隅角へのストレス軽減を図る。
  • リンデロン点眼液(0.1%):1日4回。消炎目的。
  • アドナ錠(30mg):3錠 分3 毎食後。止血薬。

眼圧上昇に対しては以下を追加する。

  • チモブトール点眼液(0.5%):1日2回。β遮断薬による房水産生抑制。
  • ダイアモックス錠(250mg):2錠 分2 朝・夕食後。炭酸脱水酵素阻害薬
  • アスパラカリウム錠(300mg):2錠 分2(ダイアモックス併用時の低カリウム血症予防)。

抗線溶薬(トラネキサム酸)は再出血リスクの低減に有用である4)。ただし視力予後への影響は明確でない4)

外傷性前房出血の約5%が手術を要する。

  • 前房洗浄:角膜サイドポートからシムコ針を用いて前房灌流を行う。出血塊が大きいまたは硬化している場合は鑷子で摘出するか、硝子体カッターで切除・吸引する。
  • 手術時期:受傷後4日目頃が前房洗浄に適している。再出血の可能性が低下し、出血塊が眼組織からある程度分離している時期である。
  • 手術適応
    • 健常者:50 mmHg以上が5日間持続、または35 mmHg以上が7日間持続。
    • 鎌状赤血球症患者:25 mmHg以上が24時間以上持続。
    • 角膜血染の徴候がある場合。
    • 小児で全前房出血による視覚遮断が弱視のリスクとなる場合。
  • 緑内障手術:前房洗浄後も高眼圧が持続する場合は濾過手術などが適応となる。水晶体偏位・損傷がある場合は水晶体摘出が必要。瞳孔ブロックにはレーザー虹彩切開術を考慮する。
Q 前房出血で入院は必要か?
A

多くの場合、綿密なフォローアップを条件に外来管理が可能である。ただし小児、出血量が多い場合(ニボー1/3〜1/2超)、鎌状赤血球症で眼圧上昇を伴う場合、安静の指示に従えない場合は入院治療が望ましい。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

鈍的外力が眼球に加わると、前房内圧が急激に上昇する。角膜輪部の伸展が起こり、房水が後方および隅角部へ移動する。この力学的変化により虹彩・毛様体の血管が損傷され、前房内に出血を生じる。損傷した組織への剪断力が血管を破綻させる主要な機序である。

受傷後3〜7日に初期血栓が収縮・溶解することで再出血が発生する4)。発生率は5〜10%とされる4)。再出血は初回より多量かつ重篤となることが多い。再出血例の50%以上で眼圧上昇を認める。

再出血のリスク因子は以下の通りである。

  • 低眼圧または眼圧上昇
  • 前房の50%以上を占める出血
  • 全身性高血圧
  • アスピリンの使用

前房出血に伴う眼圧上昇は複数の機序で生じる。

  • 赤血球による線維柱帯閉塞:大量の正常赤血球が線維柱帯を物理的に閉塞する。
  • 溶血性緑内障:ヘモグロビンを含むマクロファージが線維柱帯を閉塞する。線維柱帯の赤褐色変色が特徴である4)
  • Ghost cell緑内障:硝子体出血後1〜4週間で変性赤血球(ghost cell)が出現する4)。Heinz小体が沈着し変形能を失った赤血球が線維柱帯を閉塞する。前房内にカーキ色の小胞を認める。前房出血のみでghost cell緑内障になることはまれである。

高度な前房出血に高眼圧が持続すると、角膜後面が血液で染色される。前房出血が消退した後も視力障害を残すことがあり、早期の前房洗浄が必要となる。

鈍的外傷後の慢性期合併症として重要である。毛様体輪状筋と縦走筋の間で断裂が起こり、隅角が後退する。特に180度以上の隅角後退を有する症例では10年で6〜20%の高率で緑内障を発症する。発症時期は受傷後数年以上経過してからが多いため、長期的な眼圧のフォローアップが不可欠である。

Q 再出血はどのくらいの確率で起こるか?
A

再出血の発生率は全体で5〜10%であり、受傷後3〜7日に生じることが多い4)。再出血は初回出血より重篤化しやすいため、この期間は特に安静を守り、綿密な経過観察を受けることが重要である。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

分子標的薬の普及に伴い、薬剤関連の自然発生性前房出血が報告されている。

Aldecoaら(2023)は、慢性リンパ性白血病に対しイブルチニブ(BTK阻害薬)420 mg/日を4ヶ月間服用中の60歳女性で自然発生性前房出血を報告した1)。イブルチニブの中止と局所ステロイド点眼により2週間で完全に消退した。イブルチニブはフォン・ヴィレブランド因子への血小板接着を低下させ、コラーゲン誘導性血小板凝集を抑制することが示唆されている。

Chiangら(2022)は、急性骨髄性白血病と重症COVID-19肺炎を合併した37歳男性で自然発生性前房出血を報告した2)。高度の血小板減少(6×10⁹/L)に加え、長時間の腹臥位による上強膜静脈圧上昇が関与したと推定された。

虹彩微小血管腫と先天性心疾患

Section titled “虹彩微小血管腫と先天性心疾患”

Isonら(2022)は、Eisenmenger症候群を有する56歳女性における虹彩微小血管腫(Cobb’s tufts)からの自然発生性前房出血を報告した3)。慢性低酸素血症(安静時SpO₂ 78%)と二次性赤血球増多症(Hb 22.5 g/dL)が虹彩間質血管の拡張を誘導し、微小血管腫の形成に寄与したと考えられた。アトロピンとデキサメタゾンの局所投与により出血は消退した。


  1. Aldecoa KAT, Macaraeg CSL, Dadlani A, Yadlapalli S. Spontaneous hyphema during ibrutinib treatment in a CLL patient. Case Rep Hematol. 2023;2023:1691996.
  2. Chiang J, Chan L, Stallworth JY, Chan MF. Spontaneous hyphema in the setting of COVID-19 pneumonia. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;26:101447.
  3. Ison M, Dorman A, Imrie F. Spontaneous hyphema from iris microhemangioma in Eisenmenger syndrome. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;26:101536.
  4. European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 5th Edition. Br J Ophthalmol. 2021;105(Suppl 1):1-169.
  5. American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Cataract and Anterior Segment Committee. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):P52-P110.

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