眼科的要因
落屑症候群(PXF):最も頻度の高い要因。チン氏帯が進行性に脆弱化する。囊内脱臼の約4割を占める。
網膜色素変性症:チン氏帯脆弱を伴い、術後IOL脱臼の有病率は9〜10%と報告されている6)。
硝子体手術の既往:周辺硝子体切除時のチン氏帯損傷や硝子体支持の喪失。
強度近視:チン氏帯脆弱を伴うことがある。硝子体液化も寄与する。

眼内レンズ(intraocular lens; IOL)脱臼は、白内障手術で挿入されたIOLが眼内の正常な固定位置からずれた状態の総称である。IOL位置異常の発症頻度は約1〜3%とされる。
IOLの偏位は以下の3つに分類される。
脱臼はさらに囊内脱臼(IOLが水晶体囊に包まれたまま脱臼)と囊外脱臼(IOLが囊から出て脱臼)に分けられる。囊内脱臼はチン氏帯断裂が進行してIOLが後方へ沈んでいく過程で生じ、落屑症候群によるチン氏帯劣化が原因の約4割を占める。
発症時期による分類では、IOL挿入から3か月以内を早期脱臼、3か月以降を晩期脱臼とする。早期脱臼は術中のIOL固定不良や水晶体囊・チン氏帯の破裂が原因となる。晩期脱臼は進行性のチン氏帯不全と前囊の収縮が主因である。
昭和大学藤が丘病院の統計では、水晶体脱臼の発生率は1,639眼中16眼(約1.0%)であり、関連因子はレーザー虹彩切開術後50.0%、眼打撲既往25.0%、落屑症候群(XFS)18.8%、Marfan症候群12.5%であった。
術後3か月以内の早期脱臼は手術操作上の要因で生じることが多い。一方、晩期脱臼は進行性のチン氏帯不全により術後数年〜十数年で発症することもある。落屑症候群や網膜色素変性症などの背景因子がある場合は長期の経過観察が必要である。
軽度では瞳孔領内にIOLの偏位が観察される。重度になると瞳孔領から外れた領域にIOLが観察される。体位変換によって位置が変化することも少なくない。
無散瞳下で眼球運動や瞬目をさせるとIOLの動揺が観察でき、軽度脱臼の診断に有用である。下方のチン氏帯が断裂していても上方が付着している場合、座位の細隙灯顕微鏡検査ではIOLが正常位置に見えることがある。仰臥位になるとIOLが後方に傾斜・沈下するため、術前には手術顕微鏡下で仰臥位の状態を確認する。
硝子体の液化が著しい例や無硝子体眼ではIOLが硝子体腔に落下し、無水晶体眼と同様の所見(強い遠視化)を呈する。
前房内にIOLが脱臼した場合、以下の重篤な合併症を伴いうる。
Simら(2022)は網膜色素変性症の64歳女性で両眼に順次発症した前方IOL脱臼を報告した6)。右眼では角膜内皮障害による水疱性角膜症、左眼では瞳孔ブロック緑内障(眼圧50 mmHg)を合併し、いずれもIOL摘出を要した。
IOL脱臼は水晶体囊とチン氏帯の支持機能の破綻によって生じる。リスク要因は多岐にわたる。
眼科的要因
落屑症候群(PXF):最も頻度の高い要因。チン氏帯が進行性に脆弱化する。囊内脱臼の約4割を占める。
網膜色素変性症:チン氏帯脆弱を伴い、術後IOL脱臼の有病率は9〜10%と報告されている6)。
硝子体手術の既往:周辺硝子体切除時のチン氏帯損傷や硝子体支持の喪失。
強度近視:チン氏帯脆弱を伴うことがある。硝子体液化も寄与する。
全身的・外的要因
晩期脱臼の主要な機序は**前囊収縮(カプセルフィモーシス)**である。連続曲線状前囊切開(CCC)後に前囊切開縁の水晶体上皮細胞が増殖し筋線維芽細胞に化生する。この収縮力がチン氏帯の遠心性の力に打ち勝つと囊切開部の収縮が進行する。後発白内障に対するNd:YAGレーザー後囊切開術の衝撃が亜脱臼の引き金となることもある。
落屑症候群(pseudoexfoliation syndrome; PXF)は、虹彩・水晶体表面・隅角に白色の落屑物質が沈着する加齢性疾患である。チン氏帯が進行性に脆弱化するため、白内障手術後のIOL囊内脱臼の最大のリスク要因であり、囊内脱臼の約4割を占める。散瞳不良と緑内障を伴うことが多い。
IOL脱臼の診断は散瞳下の細隙灯顕微鏡検査が基本である。以下の4項目を確認する。
脱臼・落下の鑑別と手術計画のため、手術顕微鏡下で仰臥位にて評価することが必須である。座位の細隙灯では瞳孔領にあったIOLが、仰臥位では後方に傾斜・沈下していることが多い。
| 検査法 | 主な用途 |
|---|---|
| 細隙灯顕微鏡 | IOL位置・動揺の評価 |
| Bモード超音波 | 硝子体腔内IOLの検出 |
| 前眼部OCT・超音波生体顕微鏡 | 虹彩後方のIOL評価 |
細隙灯顕微鏡でIOLが確認できても、硝子体の液化が著しい症例では手術顕微鏡下でIOLが直視できなくなる可能性がある。眼底検査は必須であり、IOLが硝子体腔に落下すると強い遠視化を示す。
術前診断として、囊内脱臼か囊外脱臼か、IOLをどのように虹彩上に持ち上げるか、硝子体切除の範囲、摘出から固定に必要な器具の判断が求められる。
Manoら(2021)は落屑症候群末期のIOL脱臼・眼圧上昇例で、swept-source OCTによるIOL傾斜角の経時的測定を行い、術後1・4・6か月でそれぞれ6.6°・7.9°・8.7°であったと報告した4)。
IOLの亜脱臼が軽度で視力への影響が少なく、周囲組織への障害がない場合は経過観察が選択肢となる。偽水晶体眼震盪(pseudophacodonesis)があり下方脱臼がない例は、無症状で経過することが多い。屈折矯正により視力を補正し、厳重なモニタリングを行う。
偏位の程度によっては整復のみで対応可能な場合がある。瞳孔捕獲・囊捕獲・ループの前房内脱臼・術後早期の非対称固定などは、サイドポートからフックやスパーテルで位置を整復できる。
IOLが脱臼・落下した場合の標準的な治療は、脱臼IOLを摘出した後に新しいIOLを縫着または強膜内固定する方法である。
角膜内皮保護のため、IOL移動・摘出時には眼粘弾剤(OVD)を使用する。
強膜内固定(山根法)
原理:30ゲージ針で強膜トンネルを作成し、3ピースIOLのハプティックを通して焼灼によりフランジを形成。縫合糸・接着剤不要。
利点:結膜切除が少なく、低侵襲。緑内障手術の併施に有利4)。
推奨IOL:PVDF製ハプティックのIOL(CT Lucia 602など)が耐久性に優れる。
経強膜縫着固定
原理:縫合糸でIOLを毛様溝に固定する。ab interno法またはab externo法で施行する。
縫合糸:10-0ポリプロピレン(従来)、9-0ポリプロピレン、CV-8ゴアテックス(高引張強度)。
課題:10-0ポリプロピレンでは平均4〜6.5年で縫合糸破断のリスクがある。
前房レンズ・虹彩固定
ACIOL:柔軟なオープンループ型。前房深度と隅角の評価が必須。50歳未満では回避を推奨する報告がある。
虹彩縫着固定:虹彩クリップレンズまたはMcCannel縫着術。角膜内皮障害のリスクに注意。
ポリビニリデンフルオライド(PVDF)などの折れにくい素材のマルチピースIOLであれば、脱臼IOLをそのまま硝子体腔内で強膜に再固定することも可能である。IOLの再脱臼が繰り返される症例や虹彩・強膜の状態が不良な症例では、最終的にACIOLへの交換が選択されることもある2)。
Manoら(2021)は落屑症候群末期の88歳女性(眼圧47 mmHg)に対し、山根法(flanged intrascleral fixation)と線維柱帯切除術を同時施行した4)。IOL摘出は下耳側のL字型切開(8時方向)から行い、上方結膜を温存して線維柱帯切除術に供した。術後6か月で矯正視力0.2→0.4、眼圧8 mmHgと良好な経過であった。
軽度の亜脱臼で視力に大きな影響がなく、周囲組織への障害がなければ経過観察が可能である。屈折矯正で視力を補正し、定期的にモニタリングする。ただし進行する可能性があるため、症状の変化があれば速やかに眼科を受診すべきである。
IOLに損傷がなく度数が適切であれば、強膜固定による再利用(リポジショニング)が可能である。Eomら(2022)はcable tie法を用いてC-loopハプティックの多焦点IOLを4点フランジ固定し、良好な遠方・近方視力を回復させた5)。IOL交換に比べてコスト面でも有利である。
IOL脱臼の発症機序はチン氏帯(Zinn小帯)の脆弱化・断裂を基盤とする。チン氏帯は水晶体囊を毛様体に懸架する線維であり、その断裂範囲に応じて臨床像が異なる。
落屑症候群では虹彩、水晶体表面、隅角、毛様体表面に落屑物質が沈着する。この物質はチン氏帯に直接蓄積し、加齢とともに線維の脆弱化が進行する。散瞳不良を伴うことが多く、白内障手術の難易度が上昇する。
連続曲線状前囊切開(CCC)後、前囊切開縁の水晶体上皮細胞が増殖し筋線維芽細胞に化生する。この細胞が生む求心性の収縮力がチン氏帯の遠心性の力を上回ると、カプセルフィモーシス(囊切開部の収縮)が生じる。後発白内障による上皮細胞増殖はIOLと水晶体囊の重量を増加させ、チン氏帯へのストレスをさらに増大させる。
網膜色素変性症の患者ではIOL脱臼の有病率が9〜10%と報告されている6)。変性した網膜からの毒性物質によるチン氏帯の直接障害が推定されている。血液眼関門の破綻により房水中のサイトカインが増加し、水晶体上皮細胞の増殖を促進して前囊収縮を加速させる機序も提唱されている6)。
FBN1遺伝子変異による常染色体優性遺伝性の結合組織疾患である。骨格系(高身長・クモ状指趾・側弯)、心血管系(大動脈瘤・解離)に加え、眼科的には約60%の症例で水晶体偏位を生じる。上方・上耳側への偏位が多い。球状水晶体、強度近視、網膜剥離、緑内障のリスクも高い。
強膜固定IOLでは屈折予測性が低下し、in-the-bag固定の72%に対し約50%の患者しか±0.5 D以内に収まらない。光調節型レンズ(Light Adjustable Lens; LAL)は紫外線照射により術後に度数を調整できるIOLである。
Maら(2023)は両側水晶体亜脱臼の53歳女性に対し、LALのトロカーベースISHF(強膜内ハプティック固定)を施行した1)。術後にmicro-monovisionを目標として度数調整を行い、両眼とも裸眼視力20/20を達成した。LALの強膜固定への応用はISHFの最大の弱点である屈折予測誤差を克服しうるアプローチである。
Beverら(2021)はIOLを意図的に網膜上に落下させ、27ゲージ鑷子で直接ハプティック先端を把持して強膜外へ引き出す変法を報告した3)。虹彩面での操作が不要であり、硝子体網膜手術に習熟した術者にとって安全で効率的な手技である。4眼の症例で全例レンズの安定性と良好な中心固定が得られた。
Eomら(2022)は6-0ポリプロピレンを用いたcable tie法により、C-loopおよびdouble C-loopハプティックの亜脱臼多焦点IOLの4点フランジ強膜内固定を報告した5)。結紮糸をケーブルタイ状にループ形成することで、光学部-ハプティック接合部に確実に固定される。2症例とも良好なIOL中心固定と遠方・近方視力が得られた。