術中合併症
後嚢破損:術中最も注意すべき合併症。前房の深化、水晶体物質の追随性消失、硝子体の迷入が徴候となる1)。
硝子体脱出:後嚢破損に続発。網膜剥離や眼内炎など二次的合併症の原因となる1)。
前嚢裂:嚢切開中や核処理中に発生。後嚢まで進展し水晶体核落下のリスクとなる2)。
虹彩損傷:虹彩括約筋損傷による散瞳、虹彩離断、前房出血が生じ得る1)。
脈絡膜上出血:急激な疼痛、赤色反射消失、浅前房が徴候。迅速な創閉鎖が重要である1)。

白内障手術の合併症とは、水晶体の混濁を除去し眼内レンズ(IOL)を挿入する手術に伴って発生する術中・術後の有害事象の総称である。白内障手術の歴史は1700年代にまで遡る。技術・感染管理・機器の進歩により合併症は減少している。
視力を脅かす主要な合併症には感染性眼内炎、術後前眼部中毒症候群(TASS)、中毒性後眼部症候群(TPSS)、脈絡膜上出血、嚢胞様黄斑浮腫、網膜剥離、持続性角膜浮腫、眼内レンズ脱臼、続発性緑内障などがある1)。永久的な視力喪失に至る合併症は稀である1)。
Steinらの研究では、術後1年以内の重篤合併症(眼内炎・脈絡膜上出血・RD)の発生率は全体で0.5%であった1)。この発生率は経時的に低下しており、1994〜1995年コホートの0.6%から2005〜2006年コホートでは0.4%まで減少した1)。英国の研究では超音波乳化吸引術後の全合併症率は9%、うち重篤合併症は2%であった1)。
重篤な合併症(眼内炎・脈絡膜上出血・網膜剥離)の発生率は約0.5%である1)。技術の進歩に伴い経年的に低下傾向にある。後発白内障など軽度の合併症を含めると全体の合併症率はより高い。
白内障手術後の合併症に伴う自覚症状は多岐にわたる。
合併症は発生時期により術中合併症と術後合併症に大別される。
術中合併症
後嚢破損:術中最も注意すべき合併症。前房の深化、水晶体物質の追随性消失、硝子体の迷入が徴候となる1)。
硝子体脱出:後嚢破損に続発。網膜剥離や眼内炎など二次的合併症の原因となる1)。
前嚢裂:嚢切開中や核処理中に発生。後嚢まで進展し水晶体核落下のリスクとなる2)。
虹彩損傷:虹彩括約筋損傷による散瞳、虹彩離断、前房出血が生じ得る1)。
脈絡膜上出血:急激な疼痛、赤色反射消失、浅前房が徴候。迅速な創閉鎖が重要である1)。
術後合併症
後発白内障:最も頻度の高い術後合併症。有病率は0.3〜28.4%、現代の技術では約5%以下2)。
嚢胞様黄斑浮腫:術後6〜10週にピーク。発生率は約1〜2%1)。
感染性眼内炎:発生率0.04〜0.2%。視力予後に重大な影響を及ぼす1)。
眼内レンズ脱臼・偏位:有病率0.1〜1.7%。水晶体嚢の支持不全が主因2)。
網膜剥離:強度近視眼やYAGレーザー後嚢切開後にリスクが上昇1)。
白内障手術の合併症リスクを高める要因は多岐にわたる。
後嚢破損・チン小帯断裂の発生率は低リスク症例で平均約2%、硝子体手術既往眼では最大9%に達する1)。
| リスク因子 | 分類 |
|---|---|
| 高齢・男性 | 患者因子 |
| 偽落屑症候群 | 患者因子 |
| 縮瞳・浅前房 | 眼球因子 |
上記以外にも以下の因子が報告されている1)2)。
術後遠隔期にも後嚢破損が生じ得る。
Chenら(2022)は、合併症のない両眼白内障手術の11年後に激しい眼こすりにより両側後嚢破損と前房内硝子体脱出を来した1例を報告した4)。偽落屑症候群、タムスロシン使用に伴うIFIS、アレルギー性結膜炎による激しい眼こすりがリスク因子として考察されている。
眼内レンズ脱臼の重要なリスク因子には硝子体網膜手術既往、加齢、強度近視、炎症、網膜色素変性、糖尿病、成熟白内障、結合組織疾患がある2)。
手術は可能であるが、術中虹彩緊張低下症候群のリスクがある1)。術前に服用歴を申告し、術者が粘弾性物質の使用や低灌流設定など適切な対策を講じることで安全に手術を行える。
白内障手術の合併症は臨床所見と各種検査により診断する。
後嚢破損の早期発見が極めて重要である。以下の術中徴候を見逃さないことが求められる1)。
PCOはNd:YAGレーザー後嚢切開術で効果的に治療でき、ほぼ即座に視力改善が得られる2)。ただしYAGレーザー後嚢切開後には網膜剥離のリスクがわずかに上昇する1)。
後嚢破損が生じた場合、さらなる損傷を最小化するための迅速な対応が求められる1)。
前部硝子体切除
適応:硝子体脱出が生じた場合に実施。
目的:硝子体牽引の除去と、残存水晶体嚢の保全による眼内レンズ固定の維持。
留意点:網膜への牽引を最小限に抑えることが重要である。
眼内レンズ固定の代替法
毛様溝固定眼内レンズ:嚢支持が不十分な場合の選択肢。ワンピースアクリル眼内レンズの毛様溝挿入は合併症リスクが高い7)。
前房眼内レンズ:適切なサイズ選択と配置が重要。サイズ不適合はUGH症候群の原因となる1)。
強膜内固定(山根法):ハプティックを強膜内トンネルに固定する方法1)。
眼内レンズ固定法の選択において、虹彩固定・経強膜固定・強膜内固定の3法はいずれも嚢支持不良時に有効であるとネットワークメタアナリシスで示されている1)。
水晶体断片の硝子体腔内落下の発生率は0.1〜0.28%である1)。
Bardoloiら(2021)は、後嚢破損後に23Gビトレクターを経毛様体扁平部から挿入し、前部硝子体切除を行ったうえで同じビトレクターにより沈降核を前房に挙上する改良PAL(posterior-assisted levitation)法を報告した3)。経毛様体扁平部からの硝子体切除により硝子体牽引が軽減される利点がある。
核が中間〜後部硝子体腔まで落下した場合は、硝子体網膜手術の専門医による硝子体手術(PPV)が必要となる3)。
光覚弁以上の視力が保たれている場合は硝子体内抗菌薬注入、光覚弁以下の重症例では硝子体手術と抗菌薬投与の併用が行われる1)。
前房内セフロキシムまたはモキシフロキサシンの術中注入による眼内炎予防が新たな知見として報告されている1)。
ステロイド点眼および非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)点眼が第一選択である。ステロイド点眼の急な中止はリバウンド炎症や嚢胞様黄斑浮腫の再燃を招くことがある1)。
術中に徐々に浅前房となり手術続行が困難になることがある。原因として灌流設定の不適切、創口からの液漏出過多、開瞼器・球後出血による眼球圧迫が多い。急激な浅前房で上記が原因でない場合はIMS(infusion misdirection syndrome)を疑い、手術を一時中止して眼底検査を行う。脈絡膜外腔出血・滲出がなければIMSと判断し、1時間程度待機して眼圧低下後に手術を再開する。
Nd:YAGレーザー後嚢切開術により、外来で短時間に治療できる2)。ほぼ即座に視力改善が得られる。ただし術後に網膜剥離のリスクがわずかに上昇するため、定期的な眼底検査が推奨される1)。
後嚢破損は硝子体脱出や嚢胞様黄斑浮腫、網膜剥離、眼内炎などの二次的合併症につながり得る1)。前部硝子体切除を行い硝子体牽引を除去したうえで、毛様溝固定眼内レンズ・前房眼内レンズ・強膜内固定眼内レンズなどの代替法で眼内レンズを固定する。
PCOは術後に残存する水晶体上皮細胞(LEC)が増殖・遊走し、後嚢上に混濁を形成する病態である2)5)。手術による前嚢への侵襲がLECのバリアを破壊し、創傷治癒反応として細胞増殖が開始される5)。LECは細胞間接着分子を介して後嚢に遊走し、筋線維芽細胞へと分化する。この過程にはTGF-βシグナリングが関与し、LECの増殖を抑制しつつ分化を促進する5)。
眼内レンズ素材がPCO発生率に影響する。PMMA 28.3%、シリコン 21.6%、アクリル 8.9%と報告されており、アクリル眼内レンズは細胞外基質タンパクとの結合により嚢との接着を促進し、LEC遊走を抑制する5)。また、眼内レンズ表面の石灰化沈着がPCOと共存する稀な症例も報告されており、眼内レンズ素材と宿主環境の相互作用が関与すると考えられている8)。
Naviaら(2024)は、陰性ディスフォトプシア予防のためのreverse optic capture(ROC)技術を用いたシリコン眼内レンズ挿入後わずか2週間でPCOを発症した2例を報告した5)。ROCでは光学部が前嚢の前方に配置されるため、LECと後嚢の間にバリアがなくなり急速なPCOが生じたと考察されている。
Sömmering ringは前嚢縁と後嚢が癒着して周辺部に形成される環状のPCOの一型である6)。通常は虹彩後方に隠れて無症状であるが、脱臼すると緑内障や角膜内皮障害を引き起こす。
AlQahtaniら(2023)は、先天白内障に対する水晶体吸引術の14年後にSömmering ringが前房に脱臼し、角膜浮腫・水疱性角膜症を来した20歳男性の1例を報告した6)。無水晶体眼・強度近視・幼少期の手術がリスク因子であった。
嚢胞様黄斑浮腫は中心窩周囲の毛細血管の透過性亢進と血液眼柵の破綻により生じる1)。Henle線維層と外網状層に液体が貯留し嚢胞が形成される。貯留液はミュラー細胞に機械的ストレスを与え、中心視力低下と暗点として現れる1)。
眼内手術中の眼圧変動により後毛様動脈または渦静脈が破綻し、脈絡膜上腔に血液が貯留する病態である2)。超音波乳化吸引術では手術時間が短く低眼圧の時間が短いため、発生率はさらに低いと考えられている1)。抗凝固薬(ワルファリン)の継続投与は脈絡膜上出血の頻度を有意に上昇させないとされる1)。
角膜内皮は器械操作による物理的損傷と、超音波エネルギーへの長時間曝露により障害される1)。不適切な器械挿入はDescemet膜の裂傷・剥離を引き起こす1)。フェムトセカンドレーザー白内障手術でも小さなDescemet膜剥離が報告されている1)。
FLACSと従来の手術の比較が複数の無作為化比較試験で検討されている。
FEMCAT試験およびFACTS試験では、FLACSと従来の超音波乳化吸引術の間で後嚢破損率に有意差は認められなかった1)。FEMCAT試験における成功率はFLACS 41.1%、従来法43.6%であり、FLACSの優位性は示されていない(OR 0.85; 95%CI 0.64–1.12)。
Naviaら(2024)の症例検討では、後嚢研磨によるLEC除去がPCO発生率を低減させる可能性が示唆されているが、未知のリスクから広く普及していない5)。後嚢切除(posterior CCC)はPCO発生の可能性を永久的に排除できるが、硝子体脱出のリスクを伴う5)。
術終了時のセフロキシムまたはモキシフロキサシンの前房内注入が、眼内炎予防の新たな手法として検討されている1)。