白内障は世界で推定9,500万人に影響を与えており、年間約1,000万件の手術が施行されている。白内障手術は世界で最も一般的な外来手術のひとつである。術後合併症予防のため、多種の局所点眼薬が処方される。
主な術後合併症は以下の3つである。
- 術後角膜浮腫:手術侵襲による角膜内皮障害
- 嚢胞状黄斑浮腫(CME):臨床的に有意な発生頻度は最大2%1)。多くは自然軽快するが、遷延すると視機能低下をきたす1)
- 術後眼内炎:発生率は0.006〜0.04%。重篤な視力障害につながりうる
術後点眼薬の主な薬物クラスは3つある。局所抗菌薬、局所NSAIDs、局所副腎皮質ステロイドである。最適な術後点眼レジメンを支持するデータは限られており、薬剤選択は術者ごとに異なる。
Q 白内障の術後にはどのような種類の点眼薬が使われるのか?
A 主に4カテゴリの点眼薬が使用される。眼内炎予防のための抗菌薬、嚢胞様黄斑浮腫予防のためのNSAIDs、炎症抑制のためのステロイド、術後ドライアイ治療のための人工涙液・シクロスポリン等である。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。
白内障術後に生じうる主な自覚症状は以下の通りである。
- 疼痛・異物感・充血:術後炎症に伴う症状
- 霧視・視力低下:嚢胞様黄斑浮腫やドライアイに伴う
- 刺激感・乾燥感:術後ドライアイによる
- 角膜浮腫:手術侵襲による角膜内皮障害で生じる
- 前房内細胞・フレア:前房炎症の指標。NSAIDs使用群ではステロイド単独群に比べ術後1週時点のフレアが有意に少ない1)
- 嚢胞状黄斑浮腫:黄斑部の嚢胞状肥厚。術後1〜3か月で発症することが多い
- 眼瞼浮腫・結膜充血・毛様充血:術後炎症に伴う
- ドライアイ所見:涙液層の不安定化、角膜上皮障害
術後炎症に起因する嚢胞様黄斑浮腫は、白内障手術の主要な合併症のひとつである。
- 嚢胞様黄斑浮腫の主因:手術により誘発される眼内炎症によるプロスタグランジン産生
- 発生率:臨床的に有意な嚢胞様黄斑浮腫は最大2%1)、2005〜2007年のデータでは3.3%
- 手術由来リスク因子:手術時間の延長、併施手術(緑内障手術など)、若年者への広範な処置
術後眼内炎は稀だが重篤な合併症である。
- 主な微生物源:患者の眼周囲常在菌(散発性術後感染の主な起因)2)
- 主要起因菌:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌
- リスク因子:後嚢破損、硝子体脱出、手術時間延長、免疫不全、活動性眼瞼炎、涙道閉塞、下方切開、皮質残存、男性、高齢2)
- 主な原因:角膜神経損傷(切開による)、術中の乾燥と灌流刺激、顕微鏡からの光毒性、術後点眼薬の毒性
- 眼圧上昇のリスク増大因子:若年者、高度近視患者、緑内障患者
Q 白内障手術後の嚢胞状黄斑浮腫はどのくらいの頻度で起こるのか?
A 臨床的に有意な嚢胞様黄斑浮腫の発生頻度は最大2%と報告されている1)。2005〜2007年のデータでは3.3%の発生率が示されている。多くは自然軽快するが、遷延すると視機能低下をきたすケースもある。
術後合併症の評価に用いる主な検査法は以下の通りである。
- OCT(光干渉断層計):嚢胞様黄斑浮腫の診断に用いる。黄斑部の嚢胞状変化と中央網膜厚(CRT)を定量的に評価する
- 細隙灯顕微鏡検査:前房内細胞・フレアを定量し、炎症の程度を評価する。角膜浮腫の評価にも用いる
- 眼圧測定:Goldmann圧平眼圧計等を用いた術後モニタリング。ステロイド点眼による眼圧上昇を検出する
- 涙液検査:涙液層破壊時間(BUT)、シルマーテストによるドライアイ評価
抗菌薬
目的:術後眼内炎の予防
第一選択:第4世代フルオロキノロン(ガチフロキサシン・モキシフロキサシン)
推奨法:前房内セフロキシム注入(1mg/0.1mL)が最もエビデンスあり。術後局所点眼は眼内炎予防効果が証明されていない1)
NSAIDs
目的:術中散瞳維持・嚢胞様黄斑浮腫予防
主な薬剤:ブロムフェナク0.09%・ネパフェナク0.1%・ケトロラク・ジクロフェナク
推奨:ステロイドとの併用で嚢胞様黄斑浮腫発生率が最も低下1)
ステロイド
目的:術後炎症抑制・嚢胞様黄斑浮腫予防
主な薬剤:プレドニゾロン1%・リメキソロン1%・ロテプレドノール0.5%・ジフルプレドナート0.05%
処方期間:通常術後2〜6週間
ドライアイ治療
目的:術後ドライアイの症状緩和
第一選択:防腐剤フリーの人工涙液・ジェル・軟膏
第二選択:局所シクロスポリン(眼表面炎症抑制・涙腺機能改善)
術後眼内炎予防のプロトコールは以下の通りである。
- 術前ポビドンヨード消毒:5〜10%ポビドンヨードを角膜・結膜円蓋・眼周囲皮膚に術前3分以上前に点眼する。感染予防のための確立された方法である1)
- 5%ポビドンヨード結膜嚢点眼:細菌量を減少させ、術後感染発生率を低下させるエビデンスがある2)
- 前房内セフロキシム注入(1mg/0.1mL):ESCRSの大規模前向きRCTで有効性が示された1) 2)。前房内投与は局所投与よりはるかに高い薬剤濃度を手術部位に送達し、より高い殺菌活性をもたらす2)
- 術後局所抗菌薬点眼:現行エビデンスは術後局所抗菌薬点眼を眼内炎予防策として証明しておらず、推奨されない1)
- 術前局所抗菌薬点眼:使用も推奨されない1)
Q 術後の抗菌薬点眼と前房内抗菌薬注入はどちらが効果的か?
A 前房内セフロキシム注入(1mg/0.1mL)の方が眼内炎予防効果のエビデンスが確立している。前房内投与は局所投与よりはるかに高い薬剤濃度を手術部位に送達する2)。現行エビデンスは術後局所抗菌薬点眼を眼内炎予防策として証明しておらず、推奨されていない1)。
術後嚢胞様黄斑浮腫予防におけるNSAIDsの位置づけと主な薬剤の用法を以下に示す。
代表的なNSAIDs点眼薬の比較:
| 薬剤名 | 濃度 | 用法 |
|---|
| ブロムフェナク | 0.09% | 1日2回 |
| ネパフェナク | 0.1% | 1日3回 |
| ケトロラク | — | 1日4回 |
| ジクロフェナク | — | 1日4回 |
推奨スケジュールは、手術前日から開始し術後4週間まで投与を基本とする。術中は手術1時間前に15分おきに点眼する。
NSAIDsのエビデンス(ESCRSガイドライン)は以下の通りである。
- NSAIDs vs ステロイド(嚢胞様黄斑浮腫発生率):術後1か月の嚢胞様黄斑浮腫発生率はNSAIDs単独群が低い(RR 0.26, 95%CI 0.17–0.41)1)
- NSAIDs+ステロイド vs ステロイド単独(嚢胞様黄斑浮腫発生率):RR 0.40(95%CI 0.32–0.49、21試験、n=3,638眼)1)
- NSAIDs+ステロイド vs ステロイド単独(3か月後の視力不良リスク):RR 0.41(95%CI 0.23–0.76、5試験、n=1,360眼)1)
- NSAIDs+ステロイド vs ステロイド単独(黄斑体積変化):MD −0.14(95%CI −0.21〜−0.07、6試験、n=570眼)で併用群が良好1)
- NSAIDs vs プラセボ(3か月後の黄斑浮腫発生率):RR 0.26(95%CI 0.15–0.43)1)
ESCRS PREMED RCTにおいて、ブロムフェナク0.09% 1日2回+デキサメタゾン0.1% 1日4回の併用群は、いずれかの単独群より嚢胞様黄斑浮腫発生率が低いことが示された2)。
NSAIDsとステロイドの併用が推奨される(GRADE +/++)1)。嚢胞様黄斑浮腫の一次治療としてNSAIDsまたはステロイド点眼が位置づけられる1)。
ステロイドは嚢胞様黄斑浮腫予防と術後炎症抑制の両目的で使用する。
- ジフルプレドナート 0.05%:手術24時間前からの予防的使用で術後炎症・疼痛管理に有効
- プレドニゾロン 1% vs リメキソロン 1%:リメキソロンはプレドニゾロンに比べ眼圧上昇傾向が低い
- ステロイドの特性:前房内細胞数の減少においてNSAIDsより即効的に効果的。ぶどう膜炎患者の炎症抑制に特に有効
NSAIDs+ステロイド
推奨度:第一推奨1)
効果:術後嚢胞様黄斑浮腫の75.8%を予防(ステロイド単独比)1)
エビデンス:OR 0.17(95%CI 0.05–0.50)で嚢胞様黄斑浮腫発生率低下1)
デポステロイド
対象:糖尿病性網膜症合併例で考慮1)
薬剤:トリアムシノロンアセトニド結膜下注射(単回)で3か月以内の嚢胞様黄斑浮腫リスクを有意に低下1)
注意:眼圧上昇リスクが増加する1)
抗VEGF
現状:定期使用を支持するエビデンスが不足1)
問題点:抗VEGF群はNSAIDs点眼群より黄斑浮腫発生率が有意に高い(RR 2.31, 95%CI 1.04–5.14)1)
結論:定期使用は非推奨1)
糖尿病患者における追加のエビデンスは以下の通りである。
- ステロイド+NSAIDsの併用でPCME eventsの75.8%を予防(ステロイド単独比)1)
- デポステロイド(トリアムシノロン)+局所ステロイドは局所ステロイド単独より優れるが、眼圧上昇の発生率が増加1)
- ベバシズマブ1.25mg硝子体内注射は糖尿病患者の術後黄斑厚・黄斑体積に有意な低下をもたらさない1)
Q 糖尿病患者の白内障手術では術後点眼に特別な配慮が必要か?
A 糖尿病患者ではNSAIDs+ステロイドの併用が強く推奨される。この組み合わせはステロイド単独と比べて術後嚢胞様黄斑浮腫の75.8%を予防できる1)。糖尿病性網膜症合併例ではトリアムシノロンアセトニドの結膜下注射補助も考慮されるが、眼圧上昇リスクを伴う1)。抗VEGFの定期使用はエビデンスが不足しており推奨されない1)。
- 第一選択:防腐剤フリー人工涙液・ジェル・軟膏
- 第二選択:局所シクロスポリン 2〜4週間(眼表面炎症抑制・涙腺機能改善)
- 追加治療薬:ジクアホソルナトリウム(P2Y2受容体作動薬、ムチン分泌増加)、レバミピド(ムチン分泌増加)。いずれも白内障術後ドライアイの症状・発生率を低下させる
後嚢破損・嚢外レンズ設置等の合併症例では術後炎症がより強く遷延する。
- 術後24時間以内に診察し、その後も頻回フォローアップを行う
- 点眼レジメンは通常症例と同様(NSAIDs+ステロイド+抗菌薬)を基本とする
- 縮瞳例:ピロカルピン1〜2%を1〜2週間追加
手術による眼内炎症が嚢胞様黄斑浮腫発症の主な機序である。
- 手術侵襲 → プロスタグランジン・ロイコトリエンの放出
- 血液眼関門の破綻 → 黄斑部への液体貯留
- 嚢胞状の黄斑肥厚形成
NSAIDsとステロイドはアラキドン酸代謝カスケードの異なる段階を阻害することで相乗的に作用する。
| 特性 | NSAIDs | ステロイド |
|---|
| 標的酵素 | COX | PLA2 |
| 抑制経路 | PG合成 | AA全経路 |
- NSAIDs:シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し、プロスタグランジン合成を抑制する。炎症・縮瞳抑制・散瞳維持に有効である
- ステロイド:ホスホリパーゼA2(PLA2)を阻害し、アラキドン酸カスケード全体を抑制する。広範な抗炎症効果を持つ
- 相乗効果の機序:NSAIDsはCOXを、ステロイドはその上流のPLA2を阻害するため、アラキドン酸カスケードの複数段階を遮断できる
- 角膜神経損傷(切開による)→ 反射性涙液分泌低下 → 涙液層不安定化
- 角膜神経損傷に加え、術中の乾燥・灌流刺激・顕微鏡からの光毒性・術後点眼薬の毒性が複合的に作用する
患者の眼周囲常在菌が術中に眼内侵入することで感染が成立する2)。コアグラーゼ陰性ブドウ球菌が最も多く関与する。
前房内・結膜下投与により術後点眼薬を省略する試みである。安全性・有効性は現時点で不明確である1)。
ESCRS EPICAT試験がdropless手術の最適戦略を検証するために計画されている1)。前房内・結膜下投与の組み合わせにより、患者の点眼負担を軽減できる可能性がある。コンプライアンス不良が予想される患者では選択肢として検討されている。
硝子体内ステロイド・抗VEGF・TNF-α阻害薬・テノン嚢下ステロイド注射・硝子体内ステロイドインプラントの嚢胞様黄斑浮腫治療への応用が検討されている。しかし、これらのエビデンスは限定的であり、バイアスリスクが中〜高と評価されている1)。
慢性嚢胞様黄斑浮腫に対するNSAIDsの長期使用は治療中止後の再燃リスクに注意が必要である1)。嚢胞様黄斑浮腫治療の最適期間・最適薬剤の組み合わせは未解決の研究課題である1)。
Q 「無点眼白内障手術(dropless cataract surgery)」とは何か?
A 前房内投与や結膜下投与を活用することで、術後の局所点眼薬を省略しようとする試みである。患者の点眼コンプライアンス問題を解決できる可能性がある。しかし安全性・有効性は現時点で不明確であり1)、ESCRSのEPICAT試験で検証中である1)。現時点では標準治療ではない。
- European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS). ESCRS Clinical Guidelines for Prevention and Treatment of Cataract. ESCRS; 2024.
- American Academy of Ophthalmology (AAO). Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(4):S1-S126.
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