猫ひっかき病の主な眼合併症
神経網膜炎:最多。黄斑スター+視神経乳頭浮腫
Parinaud眼窩腺症候群:眼瞼肉芽腫+耳前・顎下リンパ節腫脹
網膜静脈周囲炎:分節状静脈鞘形成・網膜分枝静脈閉塞
多巣性網膜炎:後部ぶどう膜炎の一型
虹彩毛様体炎:前眼部炎症

猫ひっかき病(Cat Scratch Disease; CSD)は、グラム陰性菌Bartonella henselae(B. henselae)の感染によって引き起こされる人畜共通感染症。1950年にDebréによって初めて記載された3)。
主な感染経路は感染猫による引っかき・咬傷。ノミ(Ctenocephalides felis)がネコとネコの間でB. henselaeを媒介し、ノミの糞が爪に付着した猫が人を引っかくことで感染する2)。
米国での15歳未満の発症率は約4.7人/10万人/年1)。小児・若年成人に多く、秋〜冬季に多発する3)。症例の90%以上は自然軽快するが、5〜15%で眼合併症が生じる4)。
猫ひっかき病の主な眼合併症
神経網膜炎:最多。黄斑スター+視神経乳頭浮腫
Parinaud眼窩腺症候群:眼瞼肉芽腫+耳前・顎下リンパ節腫脹
網膜静脈周囲炎:分節状静脈鞘形成・網膜分枝静脈閉塞
多巣性網膜炎:後部ぶどう膜炎の一型
虹彩毛様体炎:前眼部炎症
感染の特徴
病原体:Bartonella henselae(グラム陰性通性細胞内寄生菌)
ベクター:ネコノミ(Ctenocephalides felis)
感染源:感染猫の引っかき・咬傷
好発年齢:小児〜若年成人
季節性:秋〜冬に多い
通常は猫に引っかかれたり咬まれたりする直接的な接触が必要。ただし、近年の研究ではB. henselaeが各種生物学的・非生物学的液体中に安定して存在できることも報告されており、間接的接触による感染の可能性も示唆されている3)。感染猫自体は無症状のことが多い。
眼合併症の自覚症状は関与する部位によって異なる。
神経網膜炎では:
21歳女性の症例では、左眼の無痛性霧視が主訴で、Amslerグリッドで中心視野障害が確認された1)。
Parinaud眼窩腺症候群では:
神経網膜炎の古典的三徴:1)
網膜静脈周囲炎(periphlebitis)の所見:
再発を繰り返す症例では、最終的に傍静脈性の網脈絡膜萎縮が残存することがある4)。
脳炎(中枢神経合併症):
猫ひっかき病の眼合併症は以下の要因が関与する。
| リスク要因 | 内容 |
|---|---|
| 猫との接触歴 | 生後1年以内の仔猫は特に菌血症リスクが高い2) |
| ノミの寄生 | 猫のノミ寄生が猫ひっかき病発症の独立したリスク因子2) |
| 免疫状態 | 免疫不全者では重症化・播種性バルトネラ症のリスク増加3) |
| 季節 | 秋〜冬(仔猫の繁殖期とノミの活動期が重なる)3) |
| 年齢 | 小児・若年成人に多いが、高齢者では心内膜炎リスクが高い3) |
感染猫自体は多くの場合無症状。しかし、猫を治療することでB. henselaeの菌血症を減らし、人への感染リスクを低減できる。ノミ駆除が最も重要な介入で、猫へのドキシサイクリン+フルオロキノロン系抗菌薬投与(4〜6週間)が推奨される2)。「One Healthアプローチ」として医師・獣医師・飼い主が連携して管理することが理想的2)。
診断は「猫との接触歴」+「臨床症状」+「血清学的検査」の組み合わせが基本。
血清学的検査:
眼底検査:
光干渉断層計(OCT):
蛍光眼底造影(FA):
点眼超音波検査(POCUS):
PCR検査:
鑑別診断:
| 疾患 | 鑑別ポイント |
|---|---|
| 特発性頭蓋内圧亢進症 | 両眼性乳頭浮腫、BMI高値、女性 |
| 高血圧性網膜症 | 両眼性病変、血圧高値 |
| サルコイドーシス | ACE高値、胸部X線異常 |
| 梅毒 | RPR・FTA-ABS陽性 |
| トキソプラズマ症 | 特徴的な網脈絡膜炎病変 |
神経網膜炎の鑑別では、これらの疾患は通常両眼性であるのに対し、猫ひっかき病関連は片眼性が特徴1)。
成人の標準治療(神経網膜炎):
ドキシサイクリン100mg×2回/日+リファンピシン300mg×2回/日を4〜6週間。
21歳女性症例では同レジメンにて3か月後に矯正視力20/20へ回復1)。
単剤治療後に再発した症例への対応:
32歳男性のB. henselae関連両側性分節状網膜静脈周囲炎の症例では、ドキシサイクリン単剤(100mg×2回/日)を2回行ったが再発。最終的にドキシサイクリン+リファンピシン併用(各100mg×2回/日、300mg×2回/日)を3か月継続し、以後8年間再発なし4)。
脳炎合併例:
免疫不全者(HIV陽性など):
B. henselaeは通性細胞内寄生性の細菌で、血管内皮細胞・内皮前駆細胞・上皮細胞・赤血球・単球/マクロファージなど多様な細胞型に感染する能力を持つ4)。
感染の段階:
神経網膜炎の機序: 視神経乳頭炎(papillitis)→ 隣接する傍乳頭網膜への液体拡散 → 黄斑部スター形成(脂質・フィブリン滲出物)。この過程には免疫介在性炎症が関与すると考えられる。
脳炎の機序: 猫ひっかき病関連脳炎は直接的な脳内感染と傍感染性自己炎症(para-infectious autoinflammation)の2つの機序が想定される5)。傍感染性機序では、CSF中の高濃度IL-6とIgG産生が確認されている5)。
バクテリア学的特徴:
COVID-19と猫ひっかき病の関連: COVID-19感染後に潜伏していたB. henselae感染が再活性化した症例が報告されている。54歳男性でCOVID感染を契機に腫瘤の急速増大と胸水出現をきたし、NGSでB. henselaeを同定。ドキシサイクリン+アジスロマイシンへ変更後に改善した3)。アルゼンチンの全国調査では、COVID-19パンデミック下での在宅時間増加により、猫ひっかき病の発症率が増加したと報告されている3)。
次世代シークエンシング(NGS)の診断応用: 従来の血清学的検査やPCR法の限界(交差反応、感染と既往の区別困難)を克服する技術として注目。NGSは病原体の種同定と定量データを提供し、感染の重症度モニタリングに有用3)。
One Healthアプローチ: 猫ひっかき病根絶には、医師・獣医師・飼い主・公衆衛生担当者が連携するOne Healthアプローチが提唱されている。猫のノミ駆除と治療が、人へのB. henselae感染リスクを直接低減できる2)。
眼超音波検査の活用: 救急外来での点眼超音波検査(POCUS)による視神経鞘径測定は、眼底検査が困難な状況でも視神経浮腫を早期に検出する補助ツールとして有望。神経網膜炎の早期診断・早期治療開始につながりうる1)。
再発性眼バルトネラ症の長期管理: 単剤抗菌薬に抵抗性・再発性の眼バルトネラ症では、ドキシサイクリン+リファンピシン長期併用(3か月以上)が有効であることが症例報告で示されている。8年間の追跡で再発なしという良好な長期成績も報告されている4)。
免疫正常者の神経網膜炎は予後良好。適切な抗菌薬治療を行えば、多くの症例で視力回復が期待できる。21歳女性の症例では初診から3か月後に矯正視力20/20へ完全回復した1)。一方、再発性の網膜静脈周囲炎では長期的に傍静脈性の網脈絡膜萎縮が残存することがある4)。脳炎合併例では神経学的後遺症が残る場合もある5)。
Avaylon J, Lau K, Harter K, et al. Neuroretinitis as a Complication of Cat Scratch Disease. Cureus. 2023;15(9):e45866. doi:10.7759/cureus.45866
Okrent Smolar AL, Chow CA, Dhoot DS, et al. Cat scratch disease: What to do with the cat. Vet Dermatol. 2022;33(5):475-e141. doi:10.1111/vde.13108
Dong Y, Alhaskawi A, Zou X, et al. Post-COVID reactivation of latent Bartonella henselae infection: a case report and literature review. BMC Infect Dis. 2024;24:422. doi:10.1186/s12879-024-09336-7
Ng CC, Ng J, McDonald HR, Cunningham ET Jr. Bartonella henselae-associated recurrent, bilateral segmental periphlebitis. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;26:101475. doi:10.1016/j.ajoc.2022.101475
Nakamura M, Ura S, Yabe I, et al. Cat Scratch Disease-associated Encephalitis Followed by Parkinsonism. Intern Med. 2022;61:3115-3120. doi:10.2169/internalmedicine.9047-21