炎症性疾患

桿錐層剥離(網膜)
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 桿錐層剥離(BALAD)とは
Section titled “1. 桿錐層剥離(BALAD)とは”桿錐層剥離(Bacillary Layer Detachment; BALAD)は、多くのぶどう膜炎や網膜疾患で認められる光干渉断層計(OCT)上の所見である。視細胞の内節筋様体(inner segment myoid)のレベルで分離が生じ、網膜内に液体貯留腔が形成されるOCT所見を指す。
外境界膜(external limiting membrane:ELM)の直後、視細胞内節(inner segment:IS)筋様体内での分離により、桿錐層(bacillary layer)が他の網膜層から分離する。
「Bacillary(桿錐)」という用語は、視細胞の内節および外節(IS-OS)を指す。1700年代にレーウェンフック(van Leeuwenhoek)によって「stratum bacillorum et conorum(桿体および錐体層)」として記述され、1940年代にPolyakが桿錐層を視細胞のIS-OSとして定義した。
桿錐層剥離は2018年にMehtaらによって初めて報告された。以前は原田病での網膜下中隔、眼トキソプラズマ症での網膜下液、新生血管型加齢黄斑変性での非定型的な外網膜液として個別に報告されていたが、2018年まで特定の名称は付けられていなかった。
桿錐層剥離は独立した疾患ではなく、複数の網膜・ぶどう膜疾患で認められるOCT所見(サイン)である。原因となる基礎疾患を特定して治療することが重要で、桿錐層剥離の消失が視力回復の指標となる。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”桿錐層剥離に伴う自覚症状は基礎疾患によって異なるが、主に以下が挙げられる。
- 視力低下:桿錐層剥離が中心窩を侵す場合に顕著。治療開始が早いほど回復が良好。
- 歪視(metamorphopsia):外層網膜の変形に伴う。
- 中心暗点:病変の部位による。
- 飛蚊症・霧視:炎症性疾患を基礎とする場合に合併することがある。
桿錐層剥離は網膜下液(SRF)に類似した所見を呈する。中心窩に境界鮮明な円形または楕円形の隆起を認め、色は黄灰色で、病変周囲を低色素性の黄色いリングが囲む。好発部位は以下の通りである。
中心窩(fovea) > 中心窩付近(parafoveal) > 乳頭周囲(peripapillary)
OCT所見(最重要)
Section titled “OCT所見(最重要)”桿錐層剥離の診断はOCTで確定する。以下の特徴的なOCT所見が認められる1)。
- 低反射な視細胞筋様体(myoid zone:MZ)の分離
- 網膜内の嚢胞状の空間
- 前方境界(天井):顆粒状の高反射バンド(ELMが前方に存在)
- 後方境界(床):隣接網膜のエリプソイド帯(EZ)から連続する厚さと反射性が多様なライン(RPEに付着したまま分離した視細胞IS-OS)
- 症例の約半数で、後方境界の下に指状突起帯(IZ)と連続する2番目の高反射バンドを認める
- 桿錐層剥離の嚢胞腔内に、中程度の反射強度を持つ高反射物質が浮遊
- 大部分の症例で基部が鋭角な梨状(piriform)を呈する
- 網膜下液(SRF)の合併がみられることがある
マルチモーダルイメージング
Section titled “マルチモーダルイメージング”| 検査 | 所見 |
|---|---|
| 眼底自発蛍光(FAF) | 中心部:低自発蛍光。病変周囲:高自発蛍光リング |
| フルオレセイン蛍光造影(FFA) | 桿錐層剥離内への色素貯留による高蛍光(後期相で境界部が低蛍光) |
| インドシアニングリーン(ICGA) | 脈絡膜灌流不全による早期低蛍光を認めることがある |
| OCTA | 新生血管型加齢黄斑変性での網膜下新生血管確認;炎症性疾患での毛細血管血流減少 |
眼底写真の黄色い縁、近赤外線画像の高反射リング、FFA後期相の低蛍光境界、OCT上の桿錐層剥離の角度は、すべて互いに対応している1)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”桿錐層剥離を来す疾患は多岐にわたる。
変性・血管・その他
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”OCTによる診断
Section titled “OCTによる診断”桿錐層剥離の診断にはOCTが不可欠であり、以下の鑑別が重要である。
網膜下液(SRF)との鑑別
Section titled “網膜下液(SRF)との鑑別”| 特徴 | 桿錐層剥離 | 網膜下液(SRF) |
|---|---|---|
| 分離部位 | 視細胞内節筋様体(MZ)内 | RPEと神経網膜の間 |
| 腔内物質の反射性 | 高反射(IS-OSの残骸+フィブリン示唆) | より低反射 |
| RPEへの付着 | 分離したIS-OSはRPEに付着 | RPEは神経網膜から分離 |
出血性桿錐層剥離の特徴
Section titled “出血性桿錐層剥離の特徴”桿錐層剥離腔内の出血を「出血性桿錐層剥離」と呼ぶ。黄斑新生血管の症例で見られる。腔内に密な高反射物質を認める。網膜下出血と鑑別する必要があり、治療法が異なる1)。
網膜分離症との鑑別
Section titled “網膜分離症との鑑別”網膜分離症ではOCT上で連結する線維や索状物(strands)が認められる点が鑑別に有用である。
症例報告:2型黄斑毛細血管拡張症(MacTel 2)での出血性桿錐層剥離
Section titled “症例報告:2型黄斑毛細血管拡張症(MacTel 2)での出血性桿錐層剥離”Ramtohulら(2021)は、増殖性MacTel 2の55歳女性において、出血性桿錐層剥離を報告した1)。
OCTアンギオグラフィにより外層網膜レベルで網膜下新生血管を確認。OCTでは桿錐層剥離を認め、腔内の高反射物質は眼底写真の網膜下出血と位置が一致しており、ヘム蓄積を示唆した。ラニビズマブ(0.5mg/0.05mL)の単回硝子体内注射後1か月の追跡OCTでは、桿錐層剥離の著明な退縮が認められた。ただし、エリプソイド帯と指状突起帯の局所的な菲薄化が残存した1)。
この症例は、網膜下新生血管からの強い液体漏出と、網膜下出血による視細胞外節とRPEの接着の修飾が桿錐層剥離発症を誘発した可能性を示唆している1)。
OCT検査が診断の中心である。外境界膜(ELM)とエリプソイド帯(EZ)の間に嚢胞状の分離腔を認め、後方境界がRPEに付着したままであることが桿錐層剥離の特徴的所見である。基礎疾患を確定するには、眼底検査、FA、ICGA、OCTAなど複数の検査を組み合わせて評価する。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”桿錐層剥離を消失させるためには、基礎疾患を特定して治療することが必須である。桿錐層剥離そのものへの直接治療は存在しない。
疾患別治療アプローチ
Section titled “疾患別治療アプローチ”- 新生血管型加齢黄斑変性:適切な硝子体内抗VEGF薬投与。ラニビズマブ単回投与後に桿錐層剥離の著明な退縮が報告されている1)。
- 炎症性疾患(原田病、APMPPE、後部強膜炎など):ステロイドや免疫抑制剤による治療。桿錐層剥離がステロイド療法や血漿交換によく反応することが報告されている。
- 感染性疾患(トキソプラズマなど):適切な抗感染薬治療。
- 薬剤誘発性(ダブラフェニブ、トラメチニブなど):原因薬剤の中止または用量調整。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”解剖学的背景
Section titled “解剖学的背景”外層網膜の構造は外側から以下の通りである:網膜色素上皮(RPE)、指状突起帯(IZ)、視細胞外節(OS)、視細胞内節(IS)。内節はさらに遠位のエリプソイド帯(EZ)と近位の筋様体帯(myoid zone:MZ)に分けられ、その内側に外境界膜(ELM)が存在する。
MZにはゴルジ体、リボソーム、小胞体が含まれ、EZには密に詰まったミトコンドリアが存在する。
桿錐層剥離形成の機序
Section titled “桿錐層剥離形成の機序”視細胞の内節筋様体の構造は、ELMやEZほど強固ではないため、桿錐層剥離で見られるような分離が起こりやすい**脆弱な部位(zone of weakness)**となっている。
Mehtaらによると、桿錐層剥離の形成には以下の2つの要因が必要である:
- 視細胞を分離させるのに十分な強さを持つ、脈絡膜からの静水圧
- ELMとEZの間にある視細胞内節筋様体の脆弱な部位における空間
視細胞のEZはRPE/ブルッフ膜複合体に付着しており、網膜内液の蓄積がELMを押し上げることで、内節筋様体のレベルに劈開面(cleavage plane)が生じる。
基礎疾患の炎症よりも、網膜内および網膜下液の突然かつ急速な流入(retinal acute fluid accumulation:RAFA)が桿錐層剥離発症に大きく関与しているとされる。
脈絡膜虚血との関連
Section titled “脈絡膜虚血との関連”脈絡膜虚血も桿錐層剥離のもう一つの考えられる病態である。桿錐層剥離患者では脈絡膜の厚さが増していることが多く、原田病、交感性眼炎、APMPPEなどの桿錐層剥離を合併しうる疾患と関連している。桿錐層剥離がステロイド療法や血漿交換によく反応することもこの説を裏付けている。
新生血管型加齢黄斑変性における網膜下高反射物質(SHRM)による剪断力や、眼外傷における剪断力もMZの分離を引き起こす可能性がある1)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”桿錐層剥離のバイオマーカーとしての役割
Section titled “桿錐層剥離のバイオマーカーとしての役割”桿錐層剥離は原田病における視力予後不良のバイオマーカーとなる可能性が示唆されている。バイオマーカーとしての有用性を検証するための前向き研究が期待されている。
OCT技術の進歩
Section titled “OCT技術の進歩”高分解能OCTおよびスイープトソースOCTの普及により、より詳細な桿錐層剥離解析が可能となっている。en-face OCTやOCTAとの統合により、基礎疾患の病態評価・治療効果判定の精度向上が期待される。
各疾患における桿錐層剥離の意義
Section titled “各疾患における桿錐層剥離の意義”トキソプラズマ脈絡網膜炎、APMPPE、2型黄斑毛細血管拡張症など多様な疾患における桿錐層剥離の出現頻度・臨床的意義に関する研究が進行中である。桿錐層剥離の存在が治療決定に与える影響についても解明が求められている。
桿錐層剥離の消失は視力回復に関連しているが、完全な視力回復は必ずしも保証されない。Ramtohulら(2021)の症例では、桿錐層剥離退縮後もエリプソイド帯と指状突起帯の局所的な菲薄化が残存した1)。出血性桿錐層剥離や網膜下高反射物質の存在は視力予後不良のリスクとなる。早期治療が視細胞の構造・機能回復に最も重要である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Ramtohul P, Comet A, Denis D, Gascon P. Hemorrhagic bacillary layer detachment in macular telangiectasia type 2. Retina. 2021;41(6):e42-e43.