抗原の捕捉と運搬
前房内での抗原捕捉:前房内に侵入した抗原はF4/80陽性CD11b陽性の抗原提示細胞(APCs)に捕捉される。
TGF-β₂の役割:TGF-β₂がAPCsを補助し、抗原を捕捉してトラベクラ網を通過させ、血流に乗せる。
運搬経路:血行性に胸腺および脾臓へ運搬される。

前房関連免疫偏位(Anterior Chamber-Associated Immune Deviation; ACAID)は、眼の前房(anterior chamber)に免疫特権(immune privilege)を付与する能動的な免疫抑制・免疫寛容現象である。複数の器官系と細胞集団を統合する仕組みである。
眼は不必要な眼内炎症から自身を保護するためのいくつかのメカニズムを備えている。これらには:
これらの3つの機構が組み合わさることで眼の免疫学的特権が維持されている。免疫反応・炎症反応は人体に害を与える異物を排除する一方で、組織破壊・瘢痕形成も誘導し、眼組織の透明性を損なう原因となる。免疫特権により炎症反応が抑制される機構は、眼の透明性を保つために不可欠である。
1900年代半ばに、眼と脳に循環抗体や白血球に対する自然なバリアが存在し、リンパ排泄系が欠如していると考えられた。これが「免疫特権部位」という概念の基礎となった。
この考えが覆ったのは1970年代で、移植ルールを無視する免疫特権組織が発見された。その後、StreileinとNiederkornらの研究により、眼の免疫特権は単なる「免疫学的無反応(immunological ignorance)」ではなく、能動的な免疫抑制(Active Immune Privilege)から派生していることが明らかになった。
「免疫特権(immune privilege)」とは、特定の組織や空間(眼の前房・脳・精巣など)が、通常の免疫反応から保護されている状態を指す。単に免疫反応が起きにくいだけでなく、能動的な免疫抑制機構(前房関連免疫偏位など)が働いている。角膜はリンパ管と血管を欠いていることも免疫特権に寄与する重要な要因である。
前房関連免疫偏位は以下の特性を持つ:
前房内に置かれたあらゆる抗原が前房関連免疫偏位を誘導しうるが、すべての遭遇が永続的な前房関連免疫偏位を呼び起こすわけではない。
抗原の捕捉と運搬
前房内での抗原捕捉:前房内に侵入した抗原はF4/80陽性CD11b陽性の抗原提示細胞(APCs)に捕捉される。
TGF-β₂の役割:TGF-β₂がAPCsを補助し、抗原を捕捉してトラベクラ網を通過させ、血流に乗せる。
運搬経路:血行性に胸腺および脾臓へ運搬される。
脾臓での免疫偏位の誘導
CD8⁺T細胞の活性化:脾臓で抗原がクラスI分子上でペプチド断片に切断され、CD8⁺T細胞を活性化する。
CD4⁺T細胞の抑制:APCはTGF-βを分泌し、CD4⁺T細胞を抑制する。
調節細胞との相互作用:脾臓辺縁帯において、MZ調節性B細胞・γδ Treg・iNKT・NKT調節性細胞などと相互作用する。これらの免疫調節細胞が血流を介して移動し、抗原特異的な免疫偏位を誘導する。
前房を免疫特権の場にする液性因子も重要である:
前房関連免疫偏位の最もよく知られた臨床応用が角膜移植(keratoplasty)である。
通常の臓器移植:MHC不適合があると100%の拒絶反応が生じる。
角膜移植の特徴:MHC不適合でも拒絶率は約20%にとどまる。この低い拒絶反応率は、ドナー移植片によって提示される新しい抗原に対する後期の細胞性免疫・Th1反応を、前房の免疫特権が消失させていることを反映している。
ドナー角膜の上皮・内皮にはアロMHC抗原が発現し、本来は拒絶のターゲットになるはずである。しかし実際に拒絶されにくいのは、前房関連免疫偏位をはじめとする免疫抑制機構が備わっているためである。
前房関連免疫偏位は固形臓器移植では生涯にわたる免疫抑制が必要であるのに対し、角膜移植では一時的な免疫抑制のみで済む可能性のある免疫メカニズムである。
急性網膜壊死・ヘルペス虹彩毛様体炎など、ウイルス性ぶどう膜炎の病態に前房関連免疫偏位が関与していると考えられている。
ウイルスが眼内に侵入するとウイルスに対する前房関連免疫偏位が成立し、ウイルスに対する免疫反応が抑制される。これは炎症・組織破壊の軽減につながる一方、ウイルス増殖を助長し、眼内感染症が進展・遷延する結果となっている可能性がある。
研究では、光受容体間レチノイド結合タンパク質(IRBP)などの抗原に対して前房関連免疫偏位を臨床的に利用できることが示されている。前房関連免疫偏位および調節性T細胞(Tregs)を介してIRBP T細胞が抑制され、IRBPによる自己免疫性ぶどう膜炎からの保護につながる。ただし、これはまだ研究段階の知見である。
ヒト培養角膜内皮細胞療法(hCEC: human cultured endothelial cells therapy)は従来の角膜移植に代わる新しい治療法である。研究では、角膜内皮細胞の培養物がIL-2・IL-4の産生をブロックすることで免疫反応を抑制し、T細胞の活性化をブロックすることが示されている。ヒト培養角膜内皮細胞移植は前房関連免疫偏位の免疫抑制とその提供する独特な環境によって部分的に可能となっている。
前房関連免疫偏位は前房への抗原接種によって誘導される機構であるが、最近では硝子体腔および網膜下腔でも同様の機構が成立することが明らかになってきた。
これにより、眼球全体を通じた免疫特権の維持機構として、より広い概念での理解が必要となってきている。
眼の透明性を保つためには、過度な炎症反応は有害である。角膜・水晶体・硝子体の透明性は、炎症による混濁・瘢痕が生じると不可逆的に損なわれる。
前房関連免疫偏位は「眼の透明性保護のために進化した機構」と解釈できる。免疫反応を完全に遮断するのではなく、組織破壊的な細胞性免疫(DTH)を選択的に抑制しつつ、抗体産生(体液性免疫)は維持する「偏った(deviated)」免疫応答を誘導する。
網膜抗原で免疫したラット・マウスで誘導されるぶどう膜炎実験モデル(実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎、EAU)の研究からも、前房関連免疫偏位の病態への関与が示唆されている。実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎を惹起するT細胞はCD4⁺Th1細胞であるが、最近ではTh17細胞も病態形成に関与することが明らかになった。Behçet病に対する抗TNF-α抗体インフリキシマブの有効性もこの研究から派生した知見である。
炎症反応の低下は免疫経路を抑制することによって眼内腫瘍の増殖を許容してしまう可能性がある。前房関連免疫偏位を含む免疫特権機構が眼内腫瘍の免疫監視を弱める方向に働くことが懸念される。
前房関連免疫偏位を意図的に誘導することで、自己免疫性ぶどう膜炎(実験的にはIRBP誘導性)からの保護が示されている。将来的には、前房関連免疫偏位を人工的に誘導することで免疫介在性眼疾患の治療に応用できる可能性がある。
従来の角膜移植の代替としてhCEC療法が開発中である。角膜内皮細胞培養物がT細胞活性化を抑制する機序が示されており、前房関連免疫偏位の免疫特権環境がこの治療法の成立を支えていると考えられる。
前房関連免疫偏位におけるTreg細胞の役割のさらなる解明が進められており、眼の免疫特権を利用した新規免疫療法開発への応用が期待されている。Treg細胞は腫瘍に対する免疫反応も抑制するため、眼内腫瘍との関係についても研究が進んでいる。