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網膜・硝子体

梅毒性ぶどう膜炎

梅毒性ぶどう膜炎(syphilitic uveitis; SU)は Treponema pallidum の感染によってぶどう膜に炎症が生じる疾患である。梅毒は古くから「偉大なる模倣者(the great imitator/mimicker)」と称され5)、眼のあらゆる構造に炎症を起こしうる。

世界における梅毒の年間新規感染者数は570〜600万人に達し5)、近年再増加が問題となっている。眼病変は梅毒感染のあらゆる病期に生じうるが、とくに第2期〜晩期梅毒での発症が多い。感染性ぶどう膜炎全体の約10%を梅毒が占めるとされる3)

Q 梅毒は「偉大なる模倣者」とはどういう意味か?
A

梅毒の眼病変は前眼部炎症・ぶどう膜炎視神経炎・脈絡網膜炎など多岐にわたり、他の多くの眼疾患と酷似する所見を呈する。そのため診断が遅れやすく、この多彩な臨床像が「偉大なる模倣者」と称される理由である5)

  • 視力低下:網膜・脈絡膜病変や硝子体混濁によって生じる。程度は軽度〜高度まで幅広い。
  • 飛蚊症:硝子体混濁を反映する。
  • 充血・眼痛:前眼部炎症を伴う場合に出現する。
  • 羞明虹彩毛様体炎合併時に増強する。

病型は汎ぶどう膜炎が最多(75%)であり3)、後眼部病変として脈絡網膜炎が93%に認められる4)

前眼部所見

前房蓄膿:両側性に生じることがあり、全症例の約6%で認める2)

角膜後面沈着物(KP):羊脂様KPを形成することがある。

前房炎症:細胞・フレアの増加。

後眼部所見

すりガラス様浸潤:網膜に広がる特徴的な白色浸潤5)

前網膜沈着物硝子体前方への沈着物5)

ASPPC:急性梅毒性後極部多巣性胎盤状脈絡膜網膜炎5)

全身・神経眼科所見

Argyll Robertson瞳孔:対光反射消失・近見反応保持5)

視神経炎・乳頭浮腫:神経梅毒合併時に出現。

眼筋麻痺:脳神経障害による複視

主な病型別の出現頻度を以下に示す。

病型頻度
汎ぶどう膜炎75%3)
脈絡網膜炎93%4)
前房蓄膿6%2)
Q ASPPCとはどのような所見か?
A

ASPPC(Acute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitis)は梅毒に特異性の高い後眼部所見で、後極部に大型の胎盤状(プラコイド)の黄白色病変が形成される5)蛍光眼底造影では特徴的な早期低蛍光・後期過蛍光を呈する。

原因菌は Treponema pallidum subsp. pallidum である。経粘膜(性行為)・経皮的接触により感染し、血行性に全身へ播種された後に眼組織に到達する。

主なリスク因子は以下の通りである。

  • MSM(男性間性交渉者):梅毒の主要なリスク集団。硝子体液中の梅毒抗体陽性例はすべてHIV陽性であり、CD4細胞数の中央値は228/μLであった4)
  • HIV感染:免疫不全が梅毒の眼病変を重症化させる。血清学的偽陰性のリスクも高まる。
  • IRIS(免疫再構築炎症症候群):HIV陽性患者に対するART開始後に発症し得る1)

梅毒の診断には非特異的検査と特異的検査を組み合わせる。

  • RPR(迅速血漿レアギン試験)/VDRL:非特異的検査。疾患活動性の指標となり、治療反応のモニタリングに有用。あるレビュー例ではRPR 1:256と高値を示した3)
  • EIA(酵素免疫測定法)/FTA-ABS:特異的トレポネーマ検査。感染の確認に用いる。

硝子体液中のEIAによる梅毒抗体検出は感度90.9%・特異度100%と高い精度を示す4)。血清検査が偽陰性となりうるHIV合併例でも診断に有用である。

検査感度特異度
血清EIA高感度(スクリーニング)高特異度
硝子体EIA90.9%4)100%4)
  • OCT:楕円体帯(EZ)の障害が症例の89%に認められる4)
  • 蛍光眼底造影(FA):血管漏出が100%の症例で認められる4)
  • 超広角眼底撮影:周辺病変の把握に有用。

神経梅毒の合併が疑われる場合(視神経炎・眼筋麻痺・脳神経症状)は腰椎穿刺を行う。CSF-VDRLが陽性であれば神経梅毒の確定診断となる。

血清学的検査

RPR/VDRL:活動性指標・治療モニタリングに使用。

EIA/FTA-ABS:梅毒感染の確認に用いる特異的検査。

眼内液・画像検査

硝子体EIA:感度90.9%・特異度100%4)

OCT:EZ障害89%・FA血管漏出100%4)

髄液検査

CSF-VDRL陽性:神経梅毒の確定診断。

眼症状+神経症状:腰椎穿刺を検討する。

第一選択は水性ペニシリンGの静脈内投与である。

主な治療レジメンを以下に示す。

レジメン投与量・方法
ペニシリンG(第一選択)400万単位を4時間ごとに静注、10〜14日間2)
セフトリアキソン(代替)静注投与4)

治療成功率は約90%と報告されている3)

硝子体出血牽引性網膜剥離などの合併症を生じた場合は、硝子体手術PPV)が検討される2)

Q ステロイドはどのような状況で使えるか?
A

ステロイドは、適切な抗菌薬投与を十分に行ったうえで炎症が残存する場合に限り、補助的に使用が検討される。免疫抑制なしにステロイドを先行投与することは、梅毒の増悪につながるため禁忌である5)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

T. pallidum は初感染部位から血行性に播種され、眼組織を含む全身臓器に到達する。梅毒の眼病変は第1期〜晩期梅毒のいずれの病期にも生じうるが、後眼部病変は第2期以降に多い。

T. pallidum血液網膜関門を通過し、脈絡膜・網膜・硝子体に炎症を引き起こす。宿主の免疫応答(CD4陽性T細胞・マクロファージ)が炎症の主体であり、免疫不全(HIV感染)では病変の重症化・非典型化が生じる。

HIV陽性患者が梅毒眼病変を有する場合、抗レトロウイルス療法(ART)開始後に炎症が一過性に増悪するIRISが発生することがある1)

  • ART開始後の発症時期:中央値28日
  • unmasking IRIS:ART開始前に未診断だった梅毒が顕在化する
  • paradoxical IRIS:治療中の梅毒が一時的に増悪する

Pipitoら(2023)のレビューでは、IRIS症例においてART前のCD4細胞数は低値(中央値196/μL)であったが、ART後に318/μLへ回復したことが報告されている1)。CD4低値例では梅毒血清検査が偽陰性となるリスクもある1)

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

眼内液を用いた診断技術の発展

Section titled “眼内液を用いた診断技術の発展”

硝子体液中のEIAによる梅毒抗体検出(感度90.9%・特異度100%)は、血清学的偽陰性例や難治性後眼部炎症例に対して診断価値が高い4)。特にHIV合併例や免疫不全状態では血清診断の信頼性が低下するため、眼内液検査は重要な補助診断法として位置づけられつつある。

ART開始に伴うIRISの発生機序と最適な管理戦略についての研究が進んでいる1)。IARSの予防・治療における抗梅毒治療とARTのタイミングの最適化が今後の課題である。

Q 硝子体内抗体検査はどのような症例に有用か?
A

血清梅毒検査が偽陰性になりやすいHIV合併例や、血清検査陰性にもかかわらず梅毒性ぶどう膜炎が強く疑われる症例に有用である4)。硝子体EIAは特異度100%であり、陽性であれば梅毒性ぶどう膜炎の診断的根拠となる。

Q HIV陽性患者でART開始後に眼炎症が悪化した場合はどう対応するか?
A

ART開始後28日前後に炎症が増悪する場合はIRISを疑う。Unmasking型とparadoxical型を鑑別し、梅毒の治療が不十分な場合はペニシリンG治療を先行させる1)。ステロイドの追加は抗梅毒治療を確立したうえで検討する。


  1. Pipito N, Calcagno A, Caramello P, et al. Immune reconstitution inflammatory syndrome in patients with syphilitic uveitis: a review. J Ophthalmic Inflamm Infect. 2023;13:30.
  2. Gonzalez Collazo MV, Benito Pascual B, Saiz Hernandez de Mendoza A, et al. Syphilitic uveitis: bilateral hypopyon and pars plana vitrectomy. Am J Ophthalmol Case Rep. 2021;23:101142.
  3. Harford RR, Bhullar SB, Bhullar KS. Unilateral syphilitic uveitis: a case report. J Ophthalmic Inflamm Infect. 2021;11:18.
  4. Silpa-archa S, Srisomboon T, Ruamviboonsuk P, et al. Ocular fluid antibody detection by enzyme immunoassay in syphilitic uveitis. Ocul Immunol Inflamm. 2023;31:1802-1808.
  5. Chauhan MZ, Dohrn MF, Bhullar S, et al. Demystifying ocular syphilis: a comprehensive review. Eye. 2023;37:3237-3247.

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