一次予防
ヒドロキシ尿素:HbF産生を誘導し、鎌形化を抑制する。SCM発症リスクを低減する。SCD管理の主軸薬剤であり、眼合併症予防の観点からも早期導入が推奨される。
輸血療法:重症例や薬物療法が不十分な場合に行われる。HbS比率を下げることで全身・眼の虚血イベントを抑制する。

鎌状赤血球黄斑症(Sickle Cell Maculopathy; SCM)は、鎌状赤血球症(Sickle Cell Disease; SCD)患者において黄斑部の網膜が菲薄化する病態である。
SCDはβ-グロビン遺伝子の点変異(Glu→Val)によりHbS分子が生成されることで発症するヘモグロビン異常症である。HbS分子は脱酸素化により重合・線維化し、赤血球を三日月形(鎌形)に変形させる。この変形赤血球が微小血管を閉塞することで、全身臓器と同様に眼にも虚血性変化を引き起こす。
眼合併症としては増殖性鎌状赤血球網膜症(Proliferative Sickle Retinopathy; PSR)が広く知られているが、SCMはPSRよりも早期から無症状で進行する点が特徴的である。PSRは主に周辺網膜の血管新生を特徴とするのに対し、SCMは黄斑部の網膜内層(とくに深部毛細血管叢)の虚血と菲薄化を本態とする。
PSRは周辺網膜の虚血→血管新生を主病態とし、視力脅威性の硝子体出血や牽引性網膜剥離を引き起こす。SCMは黄斑部の網膜内層の菲薄化が主病態であり、無症状のまま進行することが多い。両者は同一患者で共存しうる。
SCMの大部分は無症状である。視力は長期間にわたって保たれることが多く、患者自身が異常を自覚しないまま病変が進行する。
症状が出現する場合、以下が認められる。
以下の検査モダリティで特徴的な所見が得られる。
OCT所見とOCTA所見の比較を下表に示す。
| 検査 | 主な所見 |
|---|---|
| OCT | 網膜内層の菲薄化(RIPL) |
| OCTA | FAZ拡大・毛細血管脱落 |
OCT所見(網膜内層菲薄化:RIPL)
SCM患者の44〜60%に、黄斑部の網膜内層の菲薄化(Retinal Inner Plexiform Layer thinning; RIPL)が認められる。内顆粒層・内網状層・神経節細胞層の選択的な菲薄化が特徴的である。急性RAO合併例では内網膜全層の菲薄化と浮腫が急速に進行し、やがて永続的な萎縮へと移行する1)。
OCTA所見(傍中心窩血管網の変化)
OCTAでは中心窩無血管野(Foveal Avascular Zone; FAZ)の拡大と、傍中心窩毛細血管網の脱落・粗大化が観察される。これらの所見は自覚症状がない早期から検出可能であり、疾患活動性を反映するバイオマーカーとして注目されている。
ある。患者の44〜60%にOCTで網膜内層の菲薄化が検出される。視力が保たれていてもOCTAではFAZ拡大や毛細血管脱落が認められる場合があり、定期的な画像検査によるスクリーニングが重要である。
SCMの直接的原因は、HbS分子の重合による変形赤血球の黄斑部毛細血管への閉塞である。しかし、その発症リスクはヘモグロビン遺伝子型によって大きく異なる1)。
主なリスク因子と保護因子を下表に示す。
| 因子 | 内容 | 方向 |
|---|---|---|
| HbSS型 | 最重症の遺伝子型 | リスク |
| HbF>15% | 鎌形化を抑制 | 保護 |
| 高齢・長罹患 | 虚血蓄積 | リスク |
SCMの診断は、SCD患者の定期眼底検査における画像所見を主体とする。自覚症状が乏しいため、スクリーニング目的での積極的な検査実施が重要である1)。
現在の標準的スクリーニング検査。網膜内層(神経節細胞層・内網状層・内顆粒層)の厚みを定量評価する。早期の菲薄化を検出でき、経時的な変化の追跡にも適している。
造影剤不要で傍中心窩毛細血管網を可視化できる。FAZ面積の定量測定・毛細血管脱落の評価が可能であり、病勢評価に優れる。蛍光眼底造影(FFA)より低侵襲で繰り返し施行できるため、フォローアップに有利である。
機能的評価に用いる。OCTで形態変化が明確でない早期症例でも、傍中心窩の振幅低下を検出できる場合がある。視機能の客観的評価指標として研究・臨床の両面で注目されている。
毛細血管非灌流域や血管吻合像の直接描出に有用。ただし造影剤使用のリスクがあり、現在はOCTAによる代替が進んでいる。
定期スクリーニングにはOCTが標準的である。詳細な血管評価にはOCTAが補完的に用いられる。機能評価にはmfERGが有用であり、形態と機能の両面から評価することで病態の全体像を把握できる。
一次予防
ヒドロキシ尿素:HbF産生を誘導し、鎌形化を抑制する。SCM発症リスクを低減する。SCD管理の主軸薬剤であり、眼合併症予防の観点からも早期導入が推奨される。
輸血療法:重症例や薬物療法が不十分な場合に行われる。HbS比率を下げることで全身・眼の虚血イベントを抑制する。
既存病変
確立した治療なし:一度生じた黄斑菲薄化(RIPL)を改善する治療法は現時点では存在しない。病変の進行を遅らせることが治療目標となる。
急性RAO合併時:内科的・眼科的緊急対応が必要。眼動脈閉塞に準じた治療が行われるが、効果は限定的なことが多い。
スクリーニング
定期OCT検査:SCD患者、特にHbSS型では成人後から定期的に施行する。
眼科・血液内科の連携:SCMの管理には両科の連携が不可欠。全身管理の強化が眼合併症の予防につながる。
SCMの中心的な病態は、黄斑部の深部毛細血管叢(Deep Capillary Plexus; DCP)における慢性虚血である。
HbS分子は脱酸素環境下で重合し、赤血球を変形・硬化させる。この変形赤血球は柔軟性に乏しく、直径5〜10 μmの毛細血管を通過できないため微小閉塞を繰り返す。黄斑部では耳側終末細動脈(Temporal Terminal Arteriole; TTA)が最も末梢側に位置し、虚血の影響を受けやすい解剖学的部位である。
毛細血管非灌流が生じると、内顆粒層・内網状層の神経細胞への酸素・栄養供給が断たれ、選択的な細胞死(アポトーシス)が起こる2)。この過程では以下のメカニズムが関与する。
耳側終末細動脈は黄斑部への単一の血流経路であり、側副血行路に乏しい。そのため、この部位の閉塞がFAZ拡大と傍中心窩毛細血管脱落として反映される。
OCTA由来のFAZ面積・毛細血管密度指数は、SCD患者の眼微小循環の定量的バイオマーカーとして研究が進む。健常者との比較やヒドロキシ尿素の治療効果判定への利用が検討されている。mfERGは機能的指標として、OCTの形態評価と組み合わせることで早期病変の発見精度が向上する可能性がある。
SCMと無症候性脳梗塞(Silent Cerebral Infarction; SCI)の間に関連があることが示唆されている。黄斑の微小循環障害は脳の微小血管障害を反映する可能性があり、眼科所見が神経学的リスクの予測因子となりうるかどうかが研究されている。SCD患者における「眼科→脳神経科」の連携管理モデルの構築が今後の課題である。
SCD自体の根本治療として、造血幹細胞に対する遺伝子治療(BCL11A抑制によるHbF再誘導など)が実用化段階に入っている。これらの全身治療が黄斑症を含む眼合併症の進行をどの程度抑制するかは、長期フォローアップデータの蓄積が待たれる。
研究段階の知見ではあるが、SCMと無症候性脳梗塞の間に関連が示唆されている。黄斑部の微小血管障害は全身の微小血管障害を反映する可能性があり、眼科検査が神経学的リスク評価の補助ツールとなるかどうかが研究されている。現時点では確立した関係性ではなく、今後の研究成果が待たれる。