後方進展リスク
進行性拡大:分離腔が後方(黄斑方向)へ拡大傾向を示す症例。
後方境界が後極に近接:進行すれば視機能への影響が生じうる位置にある場合。

加齢性網膜分離症(senile retinoschisis)は、網膜の外叢状層(OPL: outer plexiform layer)が層間で分離する疾患である。変性性網膜分離症とも呼ばれる。有病率は1.65〜7%と報告され2)、中高年以降に好発する加齢性変化の一つである。
両眼性が約70%を占め、下耳側の周辺部に好発する。X連鎖性若年性網膜分離症とは異なり、遺伝的関連は認めない2)。
別の疾患である。若年性(X連鎖性)網膜分離症はRS1遺伝子変異による遺伝性疾患で黄斑部に好発するのに対し、加齢性網膜分離症は遺伝的関連を持たない加齢性変化であり、周辺部に好発する。
大多数は無症状であり、健診や他疾患の検査時に偶発的に発見されることが多い。
眼底検査では特徴的な所見が観察される。下表に主な眼底所見をまとめる。
| 所見 | 特徴 | 鑑別への意義 |
|---|---|---|
| ドーム状隆起 | 平滑・透明な半球状 | 固定・不動性 |
| water silk現象 | 内層の波打つ光沢 | 本症に特徴的 |
| snowflakes | 内層の白色沈着点 | 変性の指標 |
分離した内層は薄く、透過性が高い。分離腔は固定されており、体位変換によって形態が変化しない点が網膜剥離との鑑別に重要である1)。
嚢胞様変性(Blessig-Iwanoff嚢胞)が融合・拡大することで外叢状層が層間分離するとされる。加齢に伴う網膜の変性が主要な原因であり、特定の遺伝的素因は同定されていない2)。
主なリスク要因は以下の通りである。
スペクトラルドメインOCT(SD-OCT)は加齢性網膜分離症の診断において中心的な役割を担う2)。SD-OCTでは分離腔の広がり・深さ・層間の柱状構造物(垂直な組織架橋)を非侵襲的かつ高解像度で描出できる。断面像により外叢状層での層間分離を直接確認できるため、確定診断に有用である2)。
網膜分離症と網膜剥離の鑑別は治療方針に直結する。以下の特徴が鑑別の要点となる。
| 特徴 | 網膜分離症 | 網膜剥離 |
|---|---|---|
| 隆起の移動性 | 固定・不動 | 体位変換で移動 |
| 透過性 | 高い(透明) | 低い(混濁) |
| 暗点の性質 | 絶対暗点 | 相対暗点 |
SD-OCTで「柱状組織架橋」を伴う分離腔が確認されれば網膜分離症に特徴的であり、網膜剥離との鑑別精度が向上する2)。
網膜分離症は網膜層内での分離であり、多くは無症状で進行が緩徐である。網膜剥離は網膜色素上皮からの網膜の剥離であり、視野欠損や視力低下が急速に進行することが多い。OCTで両者を鑑別できる。詳細は「標準的な治療法」の項も参照。
ほとんどの加齢性網膜分離症は無症状で安定しており、経過観察が第一選択となる。網膜剥離への進展リスクは内層・外層双方に裂孔を生じた場合に限られ、その年間進行率は約0.05%ときわめて低い2)。
分離症の後方進展を阻止する目的でバリケードレーザー光凝固が施行されることがある2)。以下の状況で考慮される。
後方進展リスク
進行性拡大:分離腔が後方(黄斑方向)へ拡大傾向を示す症例。
後方境界が後極に近接:進行すれば視機能への影響が生じうる位置にある場合。
外層裂孔形成
外層のみの裂孔:外層に裂孔があるが内層は保たれている状態。
進行監視:外層裂孔は内層裂孔との合併がなければ剥離リスクが低い。
分離症性剥離
内外両層裂孔:内層・外層双方に裂孔が生じた場合に剥離が発生する。
早期介入:この状態はバリケードレーザーの主要な適応となる。
進行性裂孔原性網膜剥離
裂孔原性網膜剥離:分離症性剥離から裂孔原性剥離へ移行した症例。
手術適応:レーザーのみでは対応困難であり手術を要する。
分離腔が黄斑部に及ぶ症例では、経過観察のみでは視力回復が困難となる。このような症例に対する硝子体手術(PPV: pars plana vitrectomy)の有効性が報告されている1)。
Desjarlaisら(2022)は黄斑浸潤を伴う変性性網膜分離症に対して硝子体手術を施行した症例を報告し、術後に視力改善が得られたことを示した1)。手術には内境界膜(内境界膜)剥離および気体充填が含まれた。本報告はこの適応に関するエビデンスの蓄積に貢献した。
外叢状層での層間分離は、シナプス結合部での組織断裂をもたらす。この断裂により、分離部位に対応する視野に絶対暗点(光刺激に全く反応しない暗点)が生じる1)。
分離の進行機序については「Henle線維仮説」が提唱されている。外叢状層に含まれるHenle線維(視細胞の軸索)は組織的に脆弱な部位であり、加齢に伴う嚢胞様変性の融合と液体貯留が線維間を引き離すことで層間分離が生じると考えられている1)。
外叢状層は視細胞(光受容体)と双極細胞の間でシナプス結合が行われる部位である。この層が分離すると双方のシナプス結合が断裂し、光刺激の信号が伝達されなくなるため、対応する視野に完全な暗点(絶対暗点)が形成される。
変性性網膜分離症はこれまで手術適応が限られてきたが、黄斑部に分離腔が及んだ症例に対する硝子体手術の有効性が症例報告レベルで蓄積されている1)。
Desjarlaisら(2022)の報告では、黄斑浸潤を来した変性性網膜分離症に対する硝子体手術(ILM剥離・気体充填を含む)により視力改善が得られた1)。今後の症例集積によりエビデンスが強化されることが期待される。
SD-OCTの技術的進歩により、分離腔の三次元的広がりや内外層の薄さを精密に評価できるようになった2)。これにより、後方進展リスクの高い症例を早期に同定し、より適切な介入タイミングを判断する研究が進んでいる。長期的な自然経過と進行予測因子の同定が今後の課題である2)。
大多数の症例は長期にわたり安定して経過し、視力に影響を与えないとされる。網膜剥離への進展は年間0.05%程度であり、非常にまれである。ただし定期的な経過観察により進行の兆候を早期に捉えることが重要である。