血管閉塞性
網膜静脈閉塞症(RVO):中央年齢39歳と比較的若年。心血管疾患リスク因子を持つのは36%のみ。1)
網膜動脈閉塞症(RAO):D-ダイマー上昇が61%に認められ、血栓形成が主な機序。1)
傍中心窩急性中間部黄斑症(PAMM):深部毛細血管叢の虚血による黄斑部病変。OCTで確認する。

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に伴う網膜病変とは、SARS-CoV-2感染を契機として生じる後眼部の血管性・炎症性疾患群の総称である。
主に血管性イベントとして発現し、網膜静脈閉塞症(RVO)・網膜動脈閉塞症(RAO)・綿花様白斑・点状出血・傍中心窩急性中間部黄斑症(PAMM)などが報告されている。1) 前眼部所見(結膜炎など)は比較的よく知られているが、網膜を含む後眼部所見はより少なく、かつ多様である。1)
イタリアで行われた多施設前向き研究SERPICO-19は、COVID-19入院患者の網膜所見を健常対照と比較した代表的なコホート研究である。さらに2022年のシステマティックレビューでは21件の研究が統合分析されており、網膜病変の疫学・病態の理解に貢献している。1)
SERPICO-19研究では6か月後に出血・白斑・静脈拡張などの所見が改善することが確認された。1) ただし網膜静脈閉塞症やRAOなどの血管閉塞を生じた場合は視力への影響が残存することがある。
多くの網膜病変は無症状または軽微な症状にとどまる。血管閉塞を生じた場合は以下の症状が現れる。
SERPICO-19研究(COVID-19入院患者 vs 健常対照)では以下の所見頻度が報告された。1)
| 所見 | COVID-19患者 | 健常対照 | 有意差 |
|---|---|---|---|
| 網膜出血 | 9.25% | 1.5% | p=0.01 |
| 綿花様白斑 | 7.4% | 0% | 有意 |
| 静脈拡張 | 27.7% | 3.0% | 有意 |
COVID-19関連網膜病変の主なカテゴリを以下に示す。
血管閉塞性
網膜静脈閉塞症(RVO):中央年齢39歳と比較的若年。心血管疾患リスク因子を持つのは36%のみ。1)
網膜動脈閉塞症(RAO):D-ダイマー上昇が61%に認められ、血栓形成が主な機序。1)
傍中心窩急性中間部黄斑症(PAMM):深部毛細血管叢の虚血による黄斑部病変。OCTで確認する。
炎症・その他
綿花様白斑:神経線維層の虚血性梗塞。COVID-19患者の7.4%に認められた。1)
中心性漿液性脈絡網膜症(CSCR):自然軽快することが多い。
真菌性眼内炎:重症COVID-19に伴う免疫抑制状態(ステロイド大量投与など)で発症リスクが上昇。
MIS-C関連ぶどう膜炎:小児COVID-19関連多臓器炎症症候群での眼合併症。2)
Invernizziらの研究では、網膜静脈径がCOVID-19の重症度と正の相関を示すことが報告された。1)
小児COVID-19関連多臓器炎症症候群(MIS-C)の患者5例においてぶどう膜炎が報告されており、60%に眼表面異常を伴っていた。2) 小児COVID-19後に眼症状がある場合は眼科的評価が必要である。
SARS-CoV-2は細胞への侵入にACE2(アンジオテンシン変換酵素2)受容体とTMPRSS2(セリンプロテアーゼ)を利用する。1) 網膜においてACE2は神経節細胞層・内核層(INL)・外核層(ONL)・毛細血管内皮細胞に発現しており、ウイルスの直接侵入と病変形成の解剖学的基盤となっている。1)
① 凝固亢進機序:ACE2の喪失はアンジオテンシンII(AngII)の上昇をもたらし、血管収縮・炎症・凝固促進につながる。1) D-ダイマー・フィブリノゲンの上昇が血栓形成リスクを高め、網膜血管閉塞を引き起こす。
② サイトカインストーム:TNF-α・IL-6などの炎症性サイトカインの大量放出が網膜血管内皮を障害する。1) 内皮障害と微小血栓形成が複合的に網膜循環を悪化させる。
高血圧・糖尿病などの基礎疾患はCOVID-19関連網膜病変のリスクを増大させる可能性がある。1) ただし若年の網膜静脈閉塞症患者の多くはこれらリスク因子を持たず、COVID-19感染自体が独立したリスクとなりうる。
COVID-19関連網膜病変の診断は、眼科的検査と全身の凝固・炎症マーカーの組み合わせで行う。
以下の検査法が診断に用いられる。
| 検査 | 目的 | 対象病変 |
|---|---|---|
| 眼底検査 | 出血・白斑・閉塞の確認 | 全般 |
| OCT | 網膜層構造の評価 | PAMM・黄斑浮腫 |
| 蛍光眼底造影(FA) | 血管閉塞・血管透過性亢進 | 網膜静脈閉塞症・RAO |
凝固・炎症マーカーの評価はCOVID-19関連網膜血管閉塞の病態把握に重要である。1)
COVID-19関連網膜病変に対する標準治療は確立されておらず、各病変の性質に応じた対症療法が中心となる。
黄斑浮腫を伴う網膜静脈閉塞症では年齢に関わらず抗VEGF治療の適応となる。COVID-19関連網膜静脈閉塞症の中央年齢は39歳と若く、心血管リスク因子のない例でも発症が報告されている。1) 治療の要否は黄斑への影響で判断する。
剖検で死亡したCOVID-19患者の網膜組織の21%にSARS-CoV-2の核酸が検出された。1) これはウイルスが網膜に直接侵入しうることを示す重要な知見である。網膜でのACE2発現部位(神経節細胞層・INL・ONL・毛細血管内皮)がウイルスの標的となる。1)
Reinholdらの研究では、COVID-19患者の10眼中8眼に網膜毛細血管内皮の損傷と微小血栓が組織学的に確認された。1) 内皮障害は凝固亢進とサイトカインストームの両者によって引き起こされ、網膜微小循環の障害につながる。
COVID-19の網膜関与はECOR(Eye as Complement to fOldRs)モデルとして概念化されている。1) このモデルでは病態が二相性に進行する:
第1相(急性期):サイトカインストームによる急性血管炎・内皮障害。網膜出血・綿花様白斑が生じる段階に対応する。
第2相(遷延期・後遺症期):持続的な凝固亢進と線維化傾向。網膜静脈閉塞症・RAOなどの血管閉塞イベントが生じうる段階である。
① 凝固亢進:SARS-CoV-2によるACE2の機能喪失はレニン-アンジオテンシン系のバランスを崩し、AngII過剰となる。1) AngIIは血管内皮活性化・組織因子発現・血小板活性化を促進し、D-ダイマー・フィブリノゲンの上昇として計測される。
② サイトカインストーム:TNF-α・IL-6・IL-1βなどの炎症性サイトカインの大量放出が血管内皮の透過性亢進をもたらす。1) 白血球の血管内皮への接着増加と微小血栓形成が組み合わさり、網膜毛細血管の閉塞と虚血が生じる。
現時点での知見の多くは後方視的研究・少数例の観察研究に基づく。1) COVID-19関連網膜病変の正確な有病率・危険因子・予後を明らかにするには、より大規模な前向きコホート研究が必要とされる。1)
COVID-19に関連する網膜静脈閉塞症とRAOでは、それぞれの発症機序の比重が異なる可能性が示唆されている。1) 動脈閉塞では凝固亢進(D-ダイマー上昇)が前景に立つ一方、静脈閉塞では内皮炎症・血流うっ滞が関与するとされるが、両者の正確な病態の違いは未解明である。1)
SERPICO-19研究の6か月フォローアップでは、急性期に認められた出血・白斑・静脈拡張などの多くが改善した。1) ただし観察期間を超えた長期予後については更なるデータが必要である。
Long COVID患者における網膜微細血管の変化が報告されており、光干渉断層血管撮影(OCTA)を用いた評価が研究されている。網膜が全身の微小循環障害の「窓」として後遺症の評価に活用できるかどうかは今後の研究課題である。