この疾患の要点
網膜動脈閉塞症(RAO )は網膜 への血流が突然遮断される眼科的緊急疾患である。
突然発症する無痛性の視力 低下・視野欠損 が特徴で、痛みがないため発見が遅れることがある。
脳卒中と同一の危険因子・病態を共有し、「Eye stroke(眼の脳卒中)」とも呼ばれる。
網膜の不可逆的損傷は閉塞後わずか105分で始まるとされ、超急性期の対応が視力予後を左右する。
発症が疑われたら直ちに脳卒中センターへ緊急紹介し、全身検索と血管内治療の適応を評価する。
50歳未満の若年発症例では卵円孔開存(PFO)や凝固異常など特殊な原因を積極的に検索する。
巨細胞性動脈炎 (GCA)による動脈炎性CRAO は両眼失明のリスクがあり、即座のステロイド 開始が必要である。
網膜動脈閉塞症(Retinal Artery Occlusion; RAO)は、網膜に栄養を供給する動脈が閉塞し、急激な視力低下または視野欠損をきたす疾患である。閉塞部位によって以下の3型に分類される。
CRAO
網膜中心動脈閉塞症 (Central Retinal Artery Occlusion):網膜全体への血流が遮断される。最重症型。
発生率 :1.3〜2.1人/10万人/年。80歳代では12.38人/10万人/年に上昇する。4)6)
BRAO
網膜動脈分枝閉塞症 (Branch Retinal Artery Occlusion):網膜の一部に限局した視野欠損をきたす。
発生率 :4.99人/10万人/年。CRAOより2倍以上多い。4)
OAO
眼動脈閉塞症 (Ophthalmic Artery Occlusion):眼動脈本幹が閉塞する最重症型。桜実紅斑を欠く点がCRAOと異なる。6)
網膜中心動脈は眼動脈の枝として視神経乳頭 から網膜内に入り、網膜内層(神経節細胞層・内顆粒層)に酸素・栄養を供給する。この血流が途絶すると、網膜内層は急速に虚血壊死に陥る。
脳卒中との関係は密接であり、CRAO患者の15〜20%が30日以内に脳卒中を発症するとされる。「Eye stroke(眼の脳卒中)」として、脳卒中センターによる緊急全身評価が推奨されている。6)
Q 網膜動脈閉塞症は脳卒中と関係があるのか?
A CRAOは脳卒中と同一の危険因子(動脈硬化、心房細動、塞栓など)を共有し、発症後30日以内の脳卒中リスクが高い。6) 眼症状を診た際に全身血管評価を行うことが重要である。詳細は「標準的な治療法」の項 を参照。
突然発症する無痛性の視力低下が最大の特徴である。
突然の視力低下 :数秒〜数分以内に完成する。CRAOでは光覚消失に至ることも多い。
視野欠損 :BRAOでは閉塞した分枝に対応する扇形の視野欠損を生じる。
無痛性 :疼痛を伴わないため、患者が緊急性を認識しにくい点に注意が必要である。
一過性黒内障 :閉塞が不完全・短時間の場合、数分間の視力消失後に回復することがある。これは脳卒中の前駆症状(TIA)として重要である。
6歳女児のCOVID-19関連CRAOでは、突然の両眼視力喪失をきたした症例が報告されており、小児での発症も(まれながら)起こりうる。1)
急性期に特徴的な所見を呈する。時間経過とともに所見は変化する。
桜実紅斑(cherry-red spot) :CRAOの最も典型的な所見。網膜全体が白濁するなか、中心窩 のみ脈絡膜 循環が透見されて赤く見える。OAOでは脈絡膜循環も障害されるため桜実紅斑を欠く。6)
網膜白濁(混濁) :急性期に虚血による細胞内浮腫で網膜内層が白濁する。
ボックスカー現象(boxcar segmentation) :動脈・静脈内で血液が分断され、節状に見える所見。急性期の強い虚血を示す。
傍中心窩急性中間層黄斑 症(PAMM ) :OCT で確認される網膜中間層の高反射帯。BRAOの急性期に特徴的。6)
毛様体 網膜動脈の温存 :CRAOでも毛様体網膜動脈(人口の15〜25%に存在)が温存されていれば、中心窩の視力が保たれることがある。6)
Q 桜実紅斑はなぜ生じるのか?
A CRAOでは網膜内層全体が虚血性浮腫で白濁する。しかし中心窩は網膜が薄く(内層がほぼない)、下方の脈絡膜からの赤色が透見されるため、周囲の白濁との対比で赤く見える。詳細な機序は「病態生理学」の項 を参照。
RAOの主な原因は塞栓であり、全症例の約70〜80%を占める。年齢・基礎疾患によって原因が異なる。
50歳以上と50歳未満では原因分布が大きく異なる。
年齢層 主な原因 検索すべき病態 50歳以上 動脈硬化性塞栓・血栓 頸動脈狭窄・心房細動・高血圧 50歳未満 凝固異常・PFO・血管炎 奇異性塞栓・自己免疫疾患
塞栓 :頸動脈プラーク由来(コレステロール塞栓・石灰化塞栓)、心臓由来(心房細動・弁膜症・心内膜炎)が多い。
動脈硬化 :高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙が主なリスク因子。糖尿病患者では片眼にBRAO発症後、対側眼にCRAOをきたした症例が報告されている。4)
卵円孔開存(PFO) :50歳未満のCRAOにおける重要な原因。経食道心エコー(TEE)で診断される。PFO合併CRAOの経食道心エコー施行必要率は85.7%に達するとされ、若年CRAOではTEE実施が推奨される。3)
ヒアルロン酸(HA)注射 :美容整形目的の鼻根部へのHA皮下注射後にRAOをきたした症例が報告されている。逆行性塞栓機序が考えられており、0.08 mLという少量のHAでも閉塞が起こりうる。2)
巨細胞性動脈炎(GCA) :50歳以上、特に女性に多い。CRAOの約5〜10%が巨細胞動脈炎関連とされ、未治療では対側眼失明のリスクがある。ESR・CRP ・CBCでスクリーニングを行う。6)
COVID-19 :凝固亢進状態・血管内皮障害を介した血栓形成によりRAOをきたすことがある。小児での発症も報告されている。1)
Si Mら(2023)は、40歳女性でHA鼻根注射後にRAOをきたし、PFOを合併していた1例を報告した。体外カウンターパルセーション(ECP )治療後に視力が光覚弁(CF )30 cmから20/133に改善した。逆行性塞栓機序が示唆され、わずか0.08 mLのHAで閉塞が生じうることが強調されている。2)
予防・日常のケア
高血圧・糖尿病・脂質異常症の管理が網膜動脈閉塞症の一次予防に有効です。
禁煙は動脈硬化進行を抑制するうえで最も重要な生活習慣改善です。
美容目的の顔面へのヒアルロン酸注射は視力喪失のリスクがある処置です。施術を受ける際はリスクを十分に理解してください。
突然の視力低下・視野欠損が生じたら、痛みがなくても直ちに眼科を受診してください。
RAOは臨床所見で診断できることが多いが、原因検索のための全身評価が不可欠である。
細隙灯顕微鏡・眼底検査 :桜実紅斑・網膜白濁・ボックスカー現象を確認する。閉塞動脈の同定と閉塞範囲の評価を行う。
光干渉断層計(OCT) :急性期に網膜内層(神経節細胞層・内顆粒層)の高反射・肥厚を確認する。BRAOのPAMM検出に有用。6) 陳旧化すると網膜内層の菲薄化・萎縮が残る。COVID-19関連CRAOでは5か月後もRNFL 菲薄化が持続した報告がある。1)
蛍光眼底造影 (FA) :網膜動脈の充盈遅延・充盈欠損を確認する。閉塞部位の同定に有用。
網膜電図 (ERG) :陰性型(b波振幅低下・a波相対的保存)がCRAOに特徴的。内層優位の虚血を反映する。
緊急全身評価として以下を行う。
頸動脈超音波・MRA :動脈硬化性病変・塞栓源の検索。
心電図・ホルター心電図 :心房細動の検出。
心エコー(経胸壁:TTE) :心臓弁膜症・心内血栓の評価。若年CRAOではTTEの診断率は14.3%にとどまり、TEEが85.7%で必要となる。3)
経食道心エコー(TEE) :若年CRAOやPFOが疑われる症例で実施する。PFOはTTEでは見落とされやすい。3)
血液検査 :CBC・凝固系(PT・APTT・Dダイマー)・ESR・CRP(GCA除外)。50歳以上の新規CRAOでは必ず巨細胞動脈炎鑑別のためESR・CRPを測定する。6)
TOAST分類 :脳梗塞の病因分類と同じ枠組みで原因を分類する(大動脈源性塞栓・心原性塞栓・小血管閉塞・その他の原因・原因不明)。5)
Q 若い人のCRAOで特に気をつけることは?
A 50歳未満の若年CRAOではPFO(卵円孔開存)による奇異性塞栓が重要な原因となる。経胸壁心エコー(TTE)の診断率は低く、経食道心エコー(TEE)が必要なケースが多い。3) 凝固異常・自己免疫疾患の検索も重要である。
RAOは眼科的緊急疾患であり、視力予後改善のためには超急性期の迅速な対応が不可欠である。
網膜の不可逆的損傷は閉塞後わずか105分で始まるとされる。6) 急性期治療の目標は、いかに早く網膜血流を再開させるかにある。
以下の急性期処置と全身治療の概要を示す。
治療法 対象・タイミング 内容 眼球マッサージ 発症直後 眼圧 低下で塞栓を末梢へ移動前房穿刺 急性期 眼圧急低下で血流再開を促す tPA静脈内投与 発症4.5時間以内 全身血栓溶解療法 動脈内血栓溶解 発症後できるだけ早期 選択的動脈内ウロキナーゼ注入
脳卒中センター緊急紹介 :急性CRAOは脳卒中センターへ緊急紹介し、「Eye strokeプロトコル」に従って評価・治療を行う。6)
眼球マッサージ :眼圧を低下させ、塞栓を末梢へ移動させることを目的とする。即時に施行可能な処置である。
前房穿刺(眼圧急降下法) :前房 水を穿刺吸引して眼圧を急激に低下させ、動脈灌流圧を相対的に高める。
tPA静脈内血栓溶解療法 :発症4.5時間以内の適応例に施行する。6) 脳卒中センターと連携して実施する。
選択的眼動脈内へのウロキナーゼ注入が行われることがある。
Li Zら(2025)は、糖尿病を有する50代女性で左BRAO後5か月に右CRAOをきたした症例を報告した。右CRAOに対し動脈内ウロキナーゼ30万単位を投与したところ、視力が20/2000から20/33.3に改善した。先行する左BRAOへの同治療でも20/400から20/100への改善が得られた。4)
巨細胞動脈炎関連CRAOが疑われる場合は、確定診断を待たずにステロイドの全身投与を即座に開始する。治療の遅れは対側眼失明のリスクがある。6)
急性期治療後は、原因に応じた再発予防治療を継続する。
抗血小板療法 :動脈硬化性塞栓源が疑われる場合はアスピリン内服を基本とする。5)
抗凝固療法 :心房細動など心原性塞栓源がある場合は抗凝固薬を選択する。
PFO閉鎖術 :若年CRAOでPFOが原因と考えられる場合に適応を検討する。
危険因子管理 :高血圧・糖尿病・脂質異常症・禁煙指導を徹底する。
COVID-19関連CRAOの6歳女児例では、低分子ヘパリン(LMWH)100 mg/kgとメチルプレドニゾロン30 mg/kgが使用され、発症5か月後のフォローアップ時にRNFL菲薄化が持続していた。1)
治療における注意点
RAOの治療効果は時間依存性であり、発症後早期ほど視力回復の可能性が高い。
HA注射後RAOは超急性期の対応が重要だが、HA溶解酵素(ヒアルロニダーゼ)の眼動脈内投与は施設限定的であり、通常の眼科では施行できない。
巨細胞動脈炎関連RAOではステロイドを躊躇なく開始する。生検確定前でも治療を優先する。
tPA使用には出血リスクなど厳格な適応基準がある。脳卒中センターと連携して判断する。
Q 発症してから何時間以内に受診すれば間に合うか?
A 網膜の不可逆的損傷は閉塞後105分から始まるとされる。6) 発症したら数時間以内の受診が重要だが、tPA静脈内投与の適応は4.5時間以内とされている。いずれにしても「目の脳卒中」として、脳卒中センターへの緊急受診が基本である。
眼動脈(内頸動脈の第一枝)から分岐した網膜中心動脈(CRA)は、視神経乳頭から網膜内に入り、網膜内層(神経節細胞層・内網状層・内顆粒層)に酸素・栄養を供給する。網膜外層(光受容体)は脈絡膜毛細血管から栄養を受けるため、CRAOでは外層は比較的保たれる。
毛様体網膜動脈は眼動脈ではなく毛様体後短動脈から分岐する変異血管であり、人口の15〜25%に存在する。6) CRAOでもこの血管が温存されていれば中心窩の視力が保たれる可能性がある。
OAOでは眼動脈本幹が閉塞するため、網膜循環と脈絡膜循環の双方が障害される。脈絡膜虚血により桜実紅斑は出現せず、より広範な虚血をきたす。6)
心臓・大動脈源性塞栓 :コレステロール塞栓(Hollenhorst plaque)・石灰化塞栓・血小板フィブリン血栓が頸動脈プラーク・大動脈弓から遊離し、網膜動脈を閉塞する。
奇異性塞栓(PFO経由) :静脈系の血栓がPFOを通じて動脈系に入り込み、網膜動脈を閉塞する。腕-網膜循環時間が延長する(正常の約2倍の25秒に達した症例報告がある)。5)
Wieder MS ら(2021)の文献レビュー(7例)では、CRAOを伴うPFO症例でTEEが診断に必要だった割合が85.7%に達し、TTEでの診断率は14.3%にとどまった。TEEなしにPFOを見落とす危険性が示された。3)
逆行性塞栓(HA注射後) :顔面動脈に注入されたHAが逆行性に眼動脈・網膜動脈に到達する機序。注射圧・解剖学的変異(顔面動脈と眼動脈の吻合)が関与する。わずか0.08 mLのHAでも閉塞が起こりうる。2)
網膜神経節細胞 は虚血に対して極めて脆弱であり、血流途絶から数分以内に機能障害が始まる。不可逆的損傷は105分から生じるとされる。6) これが本疾患の緊急性の根拠である。急性期を過ぎると網膜内層の萎縮・菲薄化が進行し、視機能の回復は望めない。
CRAOを脳卒中の同等疾患と捉え、脳卒中センターが眼科と連携して急性期評価・治療を行う「Eye strokeプロトコル」の普及が進んでいる。6) このプロトコルにより、tPA投与率の向上や脳卒中の早期発見・二次予防が期待される。
選択的眼動脈内へのウロキナーゼ注入は一部施設で実施されているが、ランダム化比較試験は限られる。Li Zら(2025)の報告では、CRAOに対して20/2000から20/33.3という劇的な視力改善が得られており、今後の症例蓄積が期待される。4)
大動脈内バルーンパンピングを体外から模倣し、拡張期に下肢を圧迫することで眼灌流圧を高める非侵襲的治療法である。
Si Mら(2023)のHA注射後RAO症例では、ECPによりCF 30 cmから20/133への視力改善が報告された。2) ただし、ECPのRAOに対するエビデンスはいまだ症例報告・小規模研究にとどまる。
若年CRAOでPFOが原因と同定された場合、経皮的PFO閉鎖術による奇異性塞栓の予防が検討される。
Wieder MSら(2021)は7例のPFO合併CRAO文献レビューにおいて、適切な抗凝固・抗血小板療法またはPFO閉鎖が推奨されると結論した。3) ただしCRAOに特化したPFO閉鎖のランダム化試験は行われていない。
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