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網膜・硝子体

眼科領域における酸化ストレス

1. 眼科領域における酸化ストレスとは

Section titled “1. 眼科領域における酸化ストレスとは”

酸化ストレス(oxidative stress)とは、細胞内で産生される活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)と、これを無害化する抗酸化防御系との均衡が崩れた状態である。2)

ROSには以下のような種類がある。2)

  • スーパーオキシドアニオン(O₂⁻):ミトコンドリア電子伝達系の漏れにより産生される。
  • 過酸化水素(H₂O₂):膜を容易に透過し、細胞全体に傷害を拡大させる。
  • ヒドロキシルラジカル(•OH):最も反応性が高く、DNA・タンパク質・脂質を直接酸化する。
  • 一酸化窒素(NO)とその誘導体:過剰産生時は炎症・血管障害に寄与する。

眼は全身の中でも特に酸化ストレスに脆弱な臓器である。光エネルギーへの恒常的な曝露、高い酸素消費量、および光増感物質(A2Eなど)の蓄積が、眼組織でのROS産生を促進する。2)酸化ストレスは現在、100種類以上の眼科疾患の発症・進行に関与すると考えられている。2)

Q 酸化ストレスはどの眼科疾患に関係するのか?
A

緑内障・加齢黄斑変性(AMD)・糖尿病網膜症・白内障・網膜色素変性(RP)・ドライアイなど、主要な眼科疾患の多くで酸化ストレスの関与が示されている。2)詳細は「主な症状と臨床所見」の項を参照。

酸化ストレスは単独で特異的な症状を示すものではなく、各疾患固有の症状として現れる。

  • 視力低下:加齢黄斑変性・白内障・糖尿病網膜症・網膜色素変性で共通して認められる。
  • 視野障害:緑内障(周辺視野の欠損)・RPの夜盲・糖尿病網膜症による黄斑浮腫による中心暗点
  • 羞明・コントラスト低下:白内障・加齢黄斑変性初期に多い。
  • 夜盲(鳥目):RPにおける早期症状。桿体光受容体の変性による。6)
  • ドライアイ症状:眼乾燥感・異物感・灼熱感。NOX4が関与する。2)

疾患別の代表的な酸化傷害関連所見を以下に示す。

緑内障

視神経乳頭陥凹拡大:ROSによる網膜神経節細胞(RGC)のアポトーシス

眼圧上昇線維柱帯細胞の酸化傷害による房水流出障害。7)

房水中SOD活性低下:酸化ストレス指標として確認されている。7)

加齢黄斑変性・糖尿病網膜症

ドルーゼンRPE萎縮:SOD1欠損マウスで自然発症する加齢黄斑変性様病変。A2E蓄積による光毒性。2)

網膜新生血管:VEGF誘導とROSの相互増強による滲出型加齢黄斑変性の進行。

糖尿病網膜症:ポリオール経路亢進・AGEs蓄積・NADPH過剰消費が酸化傷害を連鎖させる。4)

以下に疾患別の主要な酸化傷害機序と所見をまとめる。

疾患別の酸化ストレス機序と主要バイオマーカーを以下に示す。

疾患主な機序代表的バイオマーカー
緑内障RGC変性・ETC障害血清TAS低下・房水SOD↓7)
加齢黄斑変性A2E蓄積・SOD1欠損8-OHdG・MDA上昇2)
糖尿病網膜症ポリオール経路・AGEsGSH低下・NADPH消費4)
網膜色素変性桿体死滅→高酸素→ROS錐体周囲酸素分圧上昇6)
白内障GSH枯渇・EMTGSH低下・タンパク凝集2)
ドライアイNOX4・炎症サイクルMDA・8-OHdG上昇2)
Q 網膜色素変性で錐体まで障害されるのはなぜか?
A

RPでは桿体光受容体の変性・死滅が先行する。桿体が消失すると外顆粒層の酸素消費が減少し、局所的な相対的高酸素状態が生じる。この過剰酸素がROSを産生して錐体を二次的に傷害する。6)詳細は「病態生理学」の項を参照。

ミトコンドリア電子伝達系(ETC)の障害

Section titled “ミトコンドリア電子伝達系(ETC)の障害”

ミトコンドリアETC複合体I・IIIがROSの主要産生源である。1)複合体Iの機能低下はLHON(レーベル遺伝性視神経症)・DOA(優性視神経萎縮)の本態である。1)

  • LHON:有病率は1/50,000。ミトコンドリアDNA変異(11778・3460・14484番)によるETC障害。1)
  • DOA:有病率は1/35,000。OPA1遺伝子変異による内膜融合障害とROS過剰産生。1)

加齢とともに内因性抗酸化酵素(SOD・カタラーゼ・グルタチオンペルオキシダーゼ)の活性は低下する。網膜色素上皮(RPE)では光増感物質A2Eが年齢依存的に蓄積し、可視光照射でROSを産生する。2)

高血糖は以下の経路を通じてROSを大量産生する。4)

  • ポリオール経路:アルドース還元酵素がグルコースをソルビトールに変換する際にNADPHを消費し、抗酸化力を低下させる。
  • AGEs(終末糖化産物)蓄積:タンパク質架橋・RAGE受容体を介したNF-κB活性化。
  • PKC活性化:NADPH酸化酵素を増強し、O₂⁻産生を増加させる。

SOD1・SOD2・CAT遺伝子の多型や変異は、抗酸化防御の個体差を生む。2)Nrf2(核内因子E2関連因子2)は抗酸化遺伝子群の転写マスターレギュレーターであり、その機能低下は全身的な酸化感受性上昇に直結する。2)

酸化ストレスを直接測定するゴールドスタンダードの臨床検査は確立されていないが、以下のバイオマーカーが研究・臨床評価に用いられている。

  • マロンジアルデヒド(MDA):脂質過酸化の指標。血清・房水・涙液で測定可能。2)
  • 8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG):DNA酸化傷害の指標。尿・血清・組織で測定。2)
  • 4-ヒドロキシノネナール(4-HNE):脂質過酸化アルデヒド。組織免疫染色で確認。
  • 総抗酸化能(TAS):血清TASの低下は緑内障患者で一貫して報告されている。7)
  • グルタチオン(GSH):細胞内抗酸化の主役。白内障・糖尿病網膜症患者の水晶体・血液で低下。2)
  • 房水SOD活性:緑内障眼でSOD活性の低下が確認されている。7)

各疾患では酸化マーカーと組み合わせた診断アプローチが行われる。

  • 加齢黄斑変性蛍光眼底造影OCTによるドルーゼン・RPE萎縮評価
  • 緑内障:OCTによるRNFL菲薄化・視野検査(Humphrey)
  • 糖尿病網膜症:眼底写真(国際分類による病期判定)・OCT血管造影
  • 網膜色素変性:全視野網膜電図による桿体・錐体応答の定量評価

加齢黄斑変性に対する抗酸化サプリメント療法は唯一エビデンスが確立したアプローチである。2)

AREDS2処方(1日量):ビタミンC 500 mg・ビタミンE 400 IU・ルテイン 10 mg・ゼアキサンチン 2 mg・亜鉛 80 mg・銅 2 mg。中間加齢黄斑変性から進行加齢黄斑変性への進行リスクを約25%低減する。2)

遺伝性視神経症(LHON・DOA):ミトコンドリア補助療法

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以下の抗酸化剤がミトコンドリアETC障害の補助療法として用いられる。1)

コエンザイムQ10

作用:ETCでの電子シャトル役・直接的な抗酸化作用。

LHON/DOAへの使用:Table5記載の21種の治療選択肢の中核。1)

イデベノン(Raxone®):CoQ10類似体。欧州でLHON承認。RHODOS試験で視力改善。1)

NAC・ニコチンアミド

N-アセチルシステイン(NAC):グルタチオン前駆体。神経保護効果が示されている。1)

ニコチンアミド(ビタミンB3):NAD⁺補充によりETC複合体Iを支援。1)

リポ酸・EPI-743:抗酸化連鎖反応での再生補助。臨床試験段階。1)

クコシ多糖体(LBP:Lycium Barbarum Polysaccharide)

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LBPはクコの実(枸杞子)から抽出される天然多糖体であり、Nrf2経路を活性化して抗酸化・神経保護効果を示す。3)

  • 加齢黄斑変性:LBP 13.7 g/日を90日間投与した試験で、黄斑変性の保護効果が報告された。3)
  • 網膜色素変性:LBP 5 g/日を12か月間投与した42名の試験で、視野・網膜電図の保護効果が示された。3)
  • 緑内障:1 mg/kgを11週間投与したマウス試験でRGC保護効果が確認された。3)
  • ドライアイ:250〜500 mg/kgを21日間投与した動物試験で酸化傷害の軽減が示された。3)
Q AREDS2サプリメントは誰でも飲んでよいか?
A

AREDS2は中間加齢黄斑変性(多数の中等サイズドルーゼン、または1個以上の大型ドルーゼン)以上の患者を対象に有効性が示されている。2)健常眼や初期ドルーゼンのみの患者への効果は確立していない。眼科医の診断に基づいて使用すべきである。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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ミトコンドリアETCと酸化ストレスの起点

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ミトコンドリア内膜に組み込まれた電子伝達系(ETC)の複合体I・IIIが電子漏れにより大量のO₂⁻を産生する。1)超酸化物ジスムターゼ(SOD)がO₂⁻をH₂O₂に変換し、カタラーゼ・グルタチオンペルオキシダーゼがH₂O₂を無害化する。2)この多段階防御が破綻すると酸化傷害が連鎖する。

SODには3つのアイソフォームが存在する。2)

  • SOD1(Cu/ZnSOD):細胞質・ミトコンドリア間膜腔。SOD1欠損マウスはAMD様変性を自然発症する。2)
  • SOD2(MnSOD):ミトコンドリアマトリックス。ミトコンドリア由来ROSの第一防衛線。
  • SOD3(EC-SOD):細胞外基質。角膜・水晶体・房水に発現し、細胞外の抗酸化を担う。2)

血液網膜関門(BRB)と酸化ストレス

Section titled “血液網膜関門(BRB)と酸化ストレス”

血液網膜関門(BRB)は内境界膜・網膜血管内皮の密着結合(tight junction)で構成される。9)酸化ストレスは密着結合タンパク(claudin・occludin・ZO-1)を修飾してBRBを破綻させ、炎症性浸潤・血漿タンパク漏出を招く。4)

NF-κB・MAPK経路の活性化がBRB破綻を増幅させ、「パラ炎症(para-inflammation)」と呼ばれる慢性低強度炎症状態が成立する。4)この状態では完全な組織修復が起こらず、変性が潜伏しながら進行する。

RPの原発病変は遺伝子変異による桿体光受容体の変性であるが、最終的には錐体も変性する。6)

錐体変性の機序は以下の通りである。6)

  1. 桿体の変性・死滅により外顆粒層の酸素消費量が著減する。
  2. 脈絡膜からの酸素供給は維持されるため、外顆粒層が相対的高酸素状態になる。
  3. 過剰酸素がROSを産生し、生存する錐体を酸化傷害により変性させる。
  4. この「高酸素→ROS→錐体傷害」の連鎖がRP後期の中心視力喪失の主機序とされる。

加齢黄斑変性における光毒性と A2E

Section titled “加齢黄斑変性における光毒性と A2E”

RPEリポフスチン成分のA2E(N-retinylidene-N-retinylethanolamine)は、青色光照射によりROSを産生する光増感物質である。2)A2Eはリソソーム機能も障害し、RPEによる光受容体外節の貪食・分解を妨げる。この悪循環がドルーゼン蓄積・地図状萎縮への進行を促進する。

糖尿病網膜症のポリオール経路

Section titled “糖尿病網膜症のポリオール経路”

高血糖下でアルドース還元酵素がグルコースをソルビトール・フルクトースに変換し、NADPHを消費する。4)NADPHはグルタチオン還元酵素の補酵素であるため、その枯渇は細胞内抗酸化能を直撃する。同時にPKC・NF-κB・MAPK経路が活性化され、VEGF・TNF-α産生が増加し、BRBを破綻させる。4)

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

RPの錐体変性に対するNAC経口投与の第II相試験が実施中である。

Schiffら(2021)は24名のRP患者を対象にNAC 600 mg/日から段階的に1800 mg/日まで増量する24週間試験を実施した。6)視野検感度・OCT錐体層厚に改善傾向が認められた。現在、NCT05537220(NAC Attack trial)として第II相RCTが進行中である。6)

AAV-Nrf2遺伝子治療(RP錐体保護)

Section titled “AAV-Nrf2遺伝子治療(RP錐体保護)”

Nrf2をコードするAAVベクターをRP動物モデルに網膜下投与した研究で、錐体光受容体の顕著な保護効果が報告された。5)

AAV-NRF2投与群では非投与群に比べ、錐体網膜電図振幅・錐体細胞数が有意に高値を維持した。5)Nrf2は標的遺伝子(HO-1・NQO1・GPx・GCL)を通じて抗酸化酵素群を一括誘導するため、単一遺伝子治療による網膜保護戦略として注目される。5)

iPSC-RGCモデルを用いた薬剤スクリーニング

Section titled “iPSC-RGCモデルを用いた薬剤スクリーニング”

LHON・DOAのiPS細胞由来網膜神経節細胞(iPSC-RGC)を用いた創薬プラットフォームが構築されており、NAC・CoQ10・EPI-743などの候補薬剤の評価が進んでいる。1)

DMF(フマル酸ジメチル)によるNrf2活性化

Section titled “DMF(フマル酸ジメチル)によるNrf2活性化”

多発性硬化症治療薬DMF(BG-12)は強力なNrf2活性化剤であり、網膜変性モデルでの保護効果が報告されている。2)眼科領域への応用の可能性が示唆されるが、全身副作用(リンパ球減少)の評価が課題である。

miR-26a-5pを増強する介入により、SOD・カタラーゼの遺伝子発現が増加し、糖尿病網膜症モデルでの網膜酸化傷害が軽減されることが示された。8)miRNA標的治療は糖尿病網膜症の分子的治療選択肢として研究段階にある。

クコシ多糖体(LBP)を用いた複数の疾患別臨床試験が進行中であり、長期的な安全性データの蓄積が期待されている。3)

Q NAC(N-アセチルシステイン)は市販で入手できるが、自己判断で使ってもよいか?
A

NACはサプリメントとして市販されているが、RPへの使用は現在臨床試験段階であり有効性・安全性は確立していない。6)自己判断での長期高用量服用は避け、使用を検討する場合は必ず眼科医に相談すること。


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