前眼部所見
急性出血性結膜炎:結膜充血と点状出血を伴う。
前部ぶどう膜炎:非肉芽腫性角膜後面沈着物(KP、+1〜+3)と前房フレアを伴う一過性炎症。通常2〜3週間以内に自然消退する。

リフトバレー熱ウイルス(Rift Valley fever virus; RVFV)は、ブニヤウイルス目フェヌイウイルス科フレボウイルス属に属する3分節の単鎖RNAアルボウイルスである3)。RVFVは、蚊が媒介する新興の人獣共通感染症であるリフトバレー熱(RVF)の原因ウイルスであり、ヒトと反芻動物の双方に感染する4)。
RVFは1930年にケニアのリフトバレーで初めて報告された5)。その後、東アフリカ・南アフリカ・西アフリカ・エジプト・マダガスカルへと拡大し、2000年にはアラビア半島(サウジアラビアおよびイエメン)へ初の大規模流行が発生した4)。2000年のサウジアラビアにおけるアウトブレイクでは約883例のヒト感染が報告され、124例が死亡した4)。
ヒトのRVF感染者の大多数(90〜98%)は無症候性または軽症にとどまる2)。有症状例では発熱・頭痛・筋肉痛・関節痛などインフルエンザ様症状が主体である1)。重症例は有症状例の8〜10%に発生し、出血熱・脳炎・眼疾患の3病型に大別される2)。眼症状は有症状例の0.5〜15%に出現するが、2000年サウジアラビアのアウトブレイクでは感染者の15%に視覚症状が認められた4)。致死率は入院例で21%(95% CI 14〜29)と報告されている1)。
男女比は3.5:1で男性に多い。リスク要因は感染動物との直接接触(農夫・牧畜業者)および蚊の刺咬への曝露である。
日本国内でのRVF発生報告はない。しかしRVFの流行地域への渡航歴がある場合は、帰国後の発症に注意が必要である。気候変動により媒介蚊の分布が拡大する可能性も指摘されている5)。
RVFの眼症状は、全身症状の発症から5〜14日後に片眼性または両眼性に出現する。
系統的レビューでは、霧視または部分的失明が24%(95% CI 7〜45; 11研究, 225例)に認められた1)。
RVFの眼所見は前眼部と後眼部の双方に出現する。
前眼部所見
急性出血性結膜炎:結膜充血と点状出血を伴う。
前部ぶどう膜炎:非肉芽腫性角膜後面沈着物(KP、+1〜+3)と前房フレアを伴う一過性炎症。通常2〜3週間以内に自然消退する。
後眼部所見
黄斑・黄斑周囲網膜炎:最も特異的かつ高頻度な眼所見。境界明瞭な壊死性病変として観察され、周囲に境界不明瞭な乳白色斑を伴う。網膜出血を随伴する。
網膜血管炎:静脈炎が主体。まれに動脈炎も認められる。動脈閉塞や血管の鞘走(sheathing)を伴うことがある。
硝子体混濁:硝子体細胞の浸潤による。
視神経乳頭浮腫・蒼白:重症例で認められる。
蛍光眼底造影(FA)では、活動期に網膜炎部位の初期低蛍光、細静脈・細動脈の充盈遅延、血管および病変の後期染色(staining)が認められる。経過観察のFAでは数ヶ月後に閉塞黄斑血管、血管閉塞、血管痙攣、ウィンドウ欠損が出現する。
RVFVはヤブカ属(Aedes)およびイエカ属(Culex)の蚊が主要な媒介生物である3)。73種の蚊がRVFV伝播能を持つとされる5)。
ヒトへの感染経路は以下の通りである。
エルニーニョ・南方振動(ENSO)イベントの際には蚊の繁殖地が増加し、広域流行サイクルが発生する。
WHOの推奨によるRVFの確定診断には以下の検査が用いられる5)。
| 検査法 | 対象 | 備考 |
|---|---|---|
| RT-PCR | ウイルスRNA | ウイルス血症期に有効 |
| ELISA(IgM/IgG) | 抗体 | 血清学的確認に使用 |
| ウイルス分離 | 生ウイルス | BSL3施設が必要 |
RT-PCRはL・S・M各セグメントを標的とし、RT-LAMPでは10コピー/反応の検出感度が報告されている5)。ウイルス血症の期間が一時的であるため、分子診断のみでは症例確定が困難であり、血清学的検査の併用が推奨される5)。
中和抗体検出にはプラーク減少中和試験(PRNT)が標準とされる5)。
眼科的評価は以下の検査で行う。
RVF網膜炎の鑑別疾患は多岐にわたる。感染症における主な鑑別には、サイトメガロウイルス網膜炎、ヘルペス性網膜壊死、梅毒性網膜炎、トキソプラズマ網脈絡膜炎、ウエストナイルウイルス・デングウイルス・チクングニアウイルスによる網膜炎が含まれる。流行地域からの渡航歴が重要な鑑別手がかりとなる。
眼症状はRVF全身症状の発症から5〜14日後に出現するのが一般的である。4〜20日後に出現するとの報告もある。前部ぶどう膜炎は通常2〜3週間以内に自然消退する。
現在、FDAに承認されたRVFの特異的治療薬は存在しない。治療は支持療法が中心となる。
前部ぶどう膜炎は通常2〜3週間で自然消退する。活動性の網膜炎・網膜出血・硝子体反応も10〜12週間以内に消退することが多い。しかし、瘢痕形成により永久的な視力障害が残ることがあり、網膜合併症例の40〜50%で視力喪失が報告されている。
RVFV感染における眼合併症の発症機序は、免疫介在性反応によるものか、ウイルスの直接的な細胞毒性によるものか、依然として解明されていない。
死後検査では局所的な網膜壊死とともに、血管周囲性カフ形成(perivascular cuffing)や円形細胞の炎症浸潤を伴う網膜色素上皮(RPE)の変性が報告されている。しかし、眼組織内でのウイルスの存在は証明されていない。
スプレーグ・ドーリーラットを用いた実験的研究では、皮下感染後に網膜・毛様体・脈絡膜・視神経からウイルスが分離された。この研究はRVFVが後眼部に親和性(tropism)を持つことを示し、眼組織におけるウイルス介在性の炎症性サイトカイン増加と白血球数増加を実証した。
RVFVゲノムはL(大)・M(中)・S(小)の3分節から構成される3)。S分節はアンビセンス極性を持ち、N蛋白質(ヌクレオカプシド)とNSs蛋白質をコードする。M分節は糖蛋白質前駆体(Gn・Gc)とNSm蛋白質をコードする。L分節はRNA依存性RNAポリメラーゼをコードする3)。
NSs蛋白質はI型インターフェロン(IFN)のアンタゴニストとして機能する主要な病原性因子である6)。NSsは宿主のIFN-β mRNAの転写を抑制し、さらにPKR(dsRNA依存性プロテインキナーゼ)の翻訳後分解を誘導して効率的なウイルス蛋白質合成を可能にする6)。この免疫回避機構が重症化の一因と考えられている。
RVFVは感染初期に樹状細胞を標的とし、その成熟や遊走に影響を及ぼす可能性がある4)。肝細胞が急性RVFの主要な標的細胞である。RVFVは多くの宿主種で強い神経親和性を示し、マウス・ラット・ハムスター・非ヒト霊長類・ヒトにおいて脳炎を引き起こす4)。
中和抗体はGn・Gc糖蛋白質を標的とし、感染後1週間以内に検出可能となる5)。RVFVは単一血清型であり、異なる遺伝系統間で交差防御が成立する4)。
WHOは高い流行可能性がある優先疾患としてRVFVを指定しているが、現在ヒトに対して承認されたワクチンは存在しない4)。動物用ワクチンは数種類が流行国で認可されている。
Alkanら(2023)はRVFワクチン開発の包括的レビューで、次世代生弱毒化ワクチン候補を概説した4)。MP-12株やClone 13株をベースとした弱毒生ワクチン、ChAdOxベクターワクチンなどが有望な候補として検討されている。MP-12またはarMP12-ΔNSm21/384のワクチン接種により、異なる遺伝系統のRVFV株に対して80%以上のプラーク減少率が達成された。
Wichgers Schreurら(2023)は、BunyaVax技術に基づく4分節ゲノムRVFVワクチンなど、次世代弱毒生ワクチンの展望を報告した7)。これらのワクチンは動物・ヒト双方への使用を目指して開発が進行している。
Newman-Gerhardtら(2013)は、RVF網膜炎の発症に自己免疫的な機序が関与する可能性を報告した1)。網膜炎が全身症状から遅れて発症する点や、眼組織内でウイルスが証明されていない点から、免疫学的機序の関与が示唆されている。
Lapaら(2024)はRVFVの診断法の現状を総説した5)。RT-LAMPは19 RNAコピー/反応の高感度を示し、ポイント・オブ・ケア診断ツールとしての可能性がある。ウイルス血症期間が短いため分子診断と血清学的検査の併用が推奨されている。マルチプレックスRT-qPCRや次世代シーケンシングの応用も検討されている。