グルタミン酸興奮毒性
NMDA受容体の過剰活性化:細胞内へのCa²⁺流入を招く。
カスパーゼ放出:Ca²⁺流入に続いてアポトーシスに至る。
グルタミン酸代謝の不均衡:グリア細胞による再取り込み機能が低下する。

糖尿病網膜症は糖尿病の最も多い合併症であり、先進国における予防可能な失明の主要原因である1)。従来糖尿病網膜症は微小血管症として分類されてきた。しかし近年、米国糖尿病学会は糖尿病網膜症を「網膜内の複数の細胞型間の相互依存関係が進行性に破綻する、組織特異的な神経血管合併症」と定義した1)。
網膜神経変性(retinal neurodegeneration)とは、網膜における神経細胞の細胞死を指す。網膜神経節細胞(RGC)は、糖尿病患者の死後組織学的検査やOCT画像においてその喪失が確認されている。
神経変性は微小血管異常に先行する可能性がある。糖尿病患者の網膜では、臨床的に目に見える微小血管異常がない段階でも、構造的・機能的・分子レベルの神経変性が存在する2)。糖尿病網膜疾患(diabetic retinal disease; DRD)という概念が提唱され、血管・炎症・神経変性のすべてを包括的に捉える視点が広がっている1)。
2020年時点で、世界の糖尿病網膜症患者は推定1億3000万人である。2045年までに約1億6000万人に増加すると予測されている3)。
糖尿病網膜症では微小血管障害のみならず、神経細胞の変性・グリア細胞の活性化が独立した病態として関与する。網膜神経血管ユニット(NVU)全体の機能障害が本質であるため、「神経血管疾患」と位置づけられるようになった1)。
糖尿病網膜症における神経変性は、初期には無症状であることが多い。視力は保たれていても、以下のような機能的欠損が検出される。
糖尿病網膜症の臨床的診断は、眼底検査で出血・微小血管瘤・綿花状白斑などの血管異常を認めた際に行われる。しかし神経変性による変化はこれらの血管所見に先行する。
糖尿病網膜症における神経変性の根本的原因は、慢性高血糖による代謝異常である。
糖尿病網膜症における神経変性は通常の眼底検査では検出できない。以下の特殊な検査が必要である。
| 検査法 | 検出される異常 | 特徴 |
|---|---|---|
| コントラスト感度 | 著明な低下 | 時間的処理速度は正常 |
| 色覚(FM100-hue) | エラースコア悪化 | 石原式検査では正常 |
| マイクロペリメトリー | 乳頭周囲の感度低下 | 中心窩感度は保持 |
起きている可能性がある。OCTやmfERGでは、眼底検査で異常を認めない糖尿病患者でも、神経節細胞層の菲薄化や電気生理学的異常が検出される1)。これらは臨床的に明らかな網膜症に先行する変化である。
現時点で神経変性に対して承認された薬物は存在しない1)。糖尿病網膜症の治療は、視力を脅かす合併症(糖尿病黄斑浮腫・増殖糖尿病網膜症〔PDR〕)に対する対症療法が中心である。
糖尿病網膜症の進行を予防・遅延させる唯一確立された戦略は、厳格な血糖コントロールである1)。
糖尿病網膜症における神経変性の主要な機序は、アポトーシスとグリア活性化の2つである。
網膜のグリア細胞(アストロサイト・ミュラー細胞・ミクログリア)は、高血糖やAGEsなどのストレスシグナルを感知して活性化される1)。
グルタミン酸興奮毒性
NMDA受容体の過剰活性化:細胞内へのCa²⁺流入を招く。
カスパーゼ放出:Ca²⁺流入に続いてアポトーシスに至る。
グルタミン酸代謝の不均衡:グリア細胞による再取り込み機能が低下する。
酸化ストレス
ROS産生亢進:PKC経路やNADH酸化酵素の活性化による。
iNOS過剰発現:虚血網膜の内核層でNOが過剰放出される。
ミトコンドリア機能障害:神経アポトーシスを誘導する。
AGEsは受容体(RAGE)依存的・非依存的に炎症反応を誘導する1)。RAGE活性化はグリア活性化と炎症性サイトカイン分泌を惹起する。NF-κBやTGF-βなどの転写因子が血管内皮細胞・ペリサイト・マクロファージで過剰発現し、周囲の神経細胞のアポトーシスやペリサイト・毛細血管の喪失を招く。
アンジオテンシンIIはNF-κB経路を活性化する炎症性因子として機能する。AT1受容体刺激はシナプトフィジンへの影響を介して糖尿病網膜の機能障害に寄与する。
神経変性と血管新生には共通の分子メディエーターが存在する。
マイクロRNA(miRNA)は高血糖による障害を複数の病態軸(酸化ストレス・炎症・神経変性・血管機能不全)にわたって統合・増幅する調節因子として機能する3)。
Chenら(2025)の総説では、miR-150の欠損がT2Dマウスで視細胞アポトーシスを悪化させること、miR-26a-5pの低下がPTENを標的として神経細胞アポトーシスを増悪させることが報告されている3)。ヒトの研究では、miR-29a-5pの血中レベル上昇が糖尿病網膜症患者の高血糖・脂質異常と相関し、SIRT3抑制を介してRGCのアポトーシスを誘導する。
現時点では両方の可能性がある。動物モデルでは神経変性が微小血管障害に先行し、その発症に寄与することが示されている。一方、BRBの軽微な損傷に続く慢性的な神経免疫炎症反応が神経変性を引き起こす可能性もある4)。両者は独立しつつ相互に関連する病態と考えられている1)。
EUROCONDOR第II-III相臨床試験(NCT01726075)では、2型糖尿病患者にソマトスタチンおよびブリモニジン(α2アドレナリン作動薬)の点眼を局所投与し、神経保護効果を検討した1)。
Simóら(2019)の報告では、全体としてソマトスタチンとブリモニジンは神経機能障害の予防に有効性を示さなかった。しかし、ベースラインでmfERG異常を有するサブグループでは、両薬剤が神経機能障害の進行を停止させた1)。
シチコリンはリン脂質(ホスファチジルコリン)の合成前駆体である。
Parravanoら(2020)の二重盲検RCT(NCT04009980)では、軽度DRの患者にシチコリン+ビタミンB12点眼を36ヶ月間投与し、機能的・構造的・血管性の進行抑制が認められた1)。
ミトコンドリア内膜のカルジオリピンを安定化するテトラペプチドである。糖尿病マウスモデルで血糖改善なしに視覚機能の低下を逆転させた1)。第I/II相臨床試験(NCT02314299)が実施された。
エリスロポエチン由来の非赤血球生成ペプチドである。糖尿病ラットでグリア機能障害・ミクログリア活性化・神経損傷を予防したが、第II相臨床試験では最高矯正視力(BCVA)・網膜感度・CMTの改善は認められなかった1)。
Biancoら(2022)のレビューでは、IL-6経路、TNF-α阻害、インテグリン受容体拮抗薬(リスチガニブ、THR-687など)、カリクレイン-キニン系阻害薬(KVD001、THR-149)などの臨床試験が報告されている1)。これらは主に糖尿病黄斑浮腫の治療を目的とするが、神経炎症の抑制を介して神経保護にも寄与する可能性がある。
Chenら(2025)は、miRNAが糖尿病網膜症の病態の複数軸を統合的に調節することから、早期介入のための非侵襲的バイオマーカーおよび治療標的として有望であると報告している3)。血漿中miR-26a-5pは早期糖尿病網膜症の網膜神経変性バイオマーカーとしての可能性が示されている3)。
ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットでは初期にNGF発現が増加するが、時間経過とともにNGF発現が低下し、RGCとミュラー細胞のアポトーシスが続いて生じる。局所NGF投与によりこれらの細胞喪失が軽減されることが示されている6)。