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網膜・硝子体

糖尿病網膜症における神経変性

1. 糖尿病網膜症における神経変性とは

Section titled “1. 糖尿病網膜症における神経変性とは”

糖尿病網膜症は糖尿病の最も多い合併症であり、先進国における予防可能な失明の主要原因である1)。従来糖尿病網膜症は微小血管症として分類されてきた。しかし近年、米国糖尿病学会は糖尿病網膜症を「網膜内の複数の細胞型間の相互依存関係が進行性に破綻する、組織特異的な神経血管合併症」と定義した1)

網膜神経変性(retinal neurodegeneration)とは、網膜における神経細胞の細胞死を指す。網膜神経節細胞(RGC)は、糖尿病患者の死後組織学的検査やOCT画像においてその喪失が確認されている。

神経変性は微小血管異常に先行する可能性がある。糖尿病患者の網膜では、臨床的に目に見える微小血管異常がない段階でも、構造的・機能的・分子レベルの神経変性が存在する2)。糖尿病網膜疾患(diabetic retinal disease; DRD)という概念が提唱され、血管・炎症・神経変性のすべてを包括的に捉える視点が広がっている1)

2020年時点で、世界の糖尿病網膜症患者は推定1億3000万人である。2045年までに約1億6000万人に増加すると予測されている3)

Q 糖尿病網膜症はなぜ『神経血管疾患』と呼ばれるようになったのか?
A

糖尿病網膜症では微小血管障害のみならず、神経細胞の変性・グリア細胞の活性化が独立した病態として関与する。網膜神経血管ユニット(NVU)全体の機能障害が本質であるため、「神経血管疾患」と位置づけられるようになった1)

糖尿病網膜症における神経変性は、初期には無症状であることが多い。視力は保たれていても、以下のような機能的欠損が検出される。

  • コントラスト感度低下:糖尿病患者は網膜症がなくてもコントラスト感度が著明に低下する。
  • 色覚異常:Farnsworth-Munsell 100-hueテストでエラースコアが有意に悪化する。石原式検査や蛍光眼底造影では正常を示す例でも検出される。
  • 視力低下:病変が進行し黄斑浮腫や網膜虚血を伴うと顕著になる。

糖尿病網膜症の臨床的診断は、眼底検査で出血・微小血管瘤・綿花状白斑などの血管異常を認めた際に行われる。しかし神経変性による変化はこれらの血管所見に先行する。

  • OCT所見:黄斑部の神経線維層(NFL)および神経節細胞層-内網状層複合体(GCIPL)の菲薄化が、血管異常がない段階でも認められる1)。菲薄化は鼻側黄斑の乳頭黄斑線維束に局在し、糖尿病網膜症の重症度とは無関係である。
  • 進行速度:糖尿病網膜症のない糖尿病患者において、黄斑NFLは年間0.25 μm、GCIPLは年間0.29 μmずつ菲薄化が進行するとの報告がある1)
  • 高輝度網膜内病巣(HF):OCT Bスキャンで30 μm未満の点状高輝度病変として認められる。ミクログリア細胞の集簇と推定されており、糖尿病網膜症・糖尿病黄斑浮腫(DME)の重症度に伴い数が増加する1)。HF数は黄斑感度と逆相関を示す。

糖尿病網膜症における神経変性の根本的原因は、慢性高血糖による代謝異常である。

  • 慢性高血糖:終末糖化産物(AGEs)の蓄積を促進し、グリア活性化と炎症性サイトカイン分泌を誘導する1)
  • 酸化ストレス:活性酸素種(ROS)の産生が亢進し、神経細胞のアポトーシスを誘導する。PKC経路の活性化やNADH酸化酵素の増加が関与する。
  • 血糖変動:血糖コントロール不良は神経網膜の菲薄化と関連する1)
  • 血液網膜関門(BRB)の破綻:ペリサイトやグリア細胞の機能障害が内側BRBの崩壊を促進する4)。持続的な微小血管漏出が慢性的な神経免疫炎症反応を誘発し、神経細胞の喪失に至る可能性がある4)

糖尿病網膜症における神経変性は通常の眼底検査では検出できない。以下の特殊な検査が必要である。

  • 多局所網膜電図(mfERG):糖尿病網膜症がなくても、潜時遅延や多局所律動様波の異常として電気生理学的欠損が検出される1)。3年間の予測モデルでは感度88%、特異度98%が報告されている。
  • 全視野網膜電図:律動様波の異常が認められる。
検査法検出される異常特徴
コントラスト感度著明な低下時間的処理速度は正常
色覚(FM100-hue)エラースコア悪化石原式検査では正常
マイクロペリメトリ乳頭周囲の感度低下中心窩感度は保持
  • OCT:GCIPL菲薄化の検出に有用である。神経節細胞解析アルゴリズムにより黄斑部の構造変化を定量評価できる1)
  • OCTA(OCT血管造影):深層毛細血管叢(DCP)の血管密度低下が神経網膜の菲薄化と関連する1)
  • 高輝度網膜内病巣(HF)の定量:炎症性変化のin vivoバイオマーカーとして注目されている1)
Q 通常の眼底検査で問題がなくても神経変性は起きているのか?
A

起きている可能性がある。OCTやmfERGでは、眼底検査で異常を認めない糖尿病患者でも、神経節細胞層の菲薄化や電気生理学的異常が検出される1)。これらは臨床的に明らかな網膜症に先行する変化である。

現時点で神経変性に対して承認された薬物は存在しない1)。糖尿病網膜症の治療は、視力を脅かす合併症(糖尿病黄斑浮腫・増殖糖尿病網膜症〔PDR〕)に対する対症療法が中心である。

糖尿病網膜症の進行を予防・遅延させる唯一確立された戦略は、厳格な血糖コントロールである1)

  • 抗VEGF療法:血管源性浮腫に対する第一選択である。ただし1〜2年の治療後も持続性糖尿病黄斑浮腫の頻度は高い1)
  • 副腎皮質ステロイド硝子体内投与:炎症性糖尿病黄斑浮腫に有用である。フルオシノロンアセトニド(FAc)0.19 mgインプラントやデキサメタゾン0.7 mgインプラントが承認されている1)。ステロイドはIL-6、MCP-1、ICAM-1などの炎症性サイトカインを減少させる1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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糖尿病網膜症における神経変性の主要な機序は、アポトーシスグリア活性化の2つである。

網膜のグリア細胞(アストロサイト・ミュラー細胞・ミクログリア)は、高血糖やAGEsなどのストレスシグナルを感知して活性化される1)

  • ミュラー細胞の膠化:糖尿病網膜症の特徴的所見である。房水中のグリア活性化バイオマーカー(GFAP・アクアポリン1・アクアポリン4)の有意な上昇が確認されている1)。活性化したミュラー細胞は炎症性サイトカイン・ケモカイン・VEGFを分泌する1)
  • ミクログリアの活性化:網膜グリア細胞の5〜20%を占める。活性化すると増殖・遊走・貪食を示し、神経損傷を惹起する3)。RIP3を介したミクログリアのネクロプトーシスが初期糖尿病網膜症の神経炎症を促進するとの報告もある3)

グルタミン酸興奮毒性

NMDA受容体の過剰活性化:細胞内へのCa²⁺流入を招く。

カスパーゼ放出:Ca²⁺流入に続いてアポトーシスに至る。

グルタミン酸代謝の不均衡:グリア細胞による再取り込み機能が低下する。

酸化ストレス

ROS産生亢進:PKC経路やNADH酸化酵素の活性化による。

iNOS過剰発現:虚血網膜の内核層でNOが過剰放出される。

ミトコンドリア機能障害:神経アポトーシスを誘導する。

AGEsは受容体(RAGE)依存的・非依存的に炎症反応を誘導する1)。RAGE活性化はグリア活性化と炎症性サイトカイン分泌を惹起する。NF-κBやTGF-βなどの転写因子が血管内皮細胞・ペリサイト・マクロファージで過剰発現し、周囲の神経細胞のアポトーシスやペリサイト・毛細血管の喪失を招く。

レニン・アンジオテンシン系の関与

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アンジオテンシンIIはNF-κB経路を活性化する炎症性因子として機能する。AT1受容体刺激はシナプトフィジンへの影響を介して糖尿病網膜の機能障害に寄与する。

神経変性と血管新生には共通の分子メディエーターが存在する。

  • IGF-1:血管新生を直接刺激する一方、神経栄養因子としても機能する。慢性的な高値は神経細胞死をもたらすことが動物モデルで示されている。
  • ソマトスタチン:SST2R活性化を介してVEGFを低下させ血管新生を抑制するとともに、アポトーシスを低下させ神経変性を防ぐ。
  • S100B:網膜グリア細胞によるVEGF産生を誘導し、この効果はRAGEノックダウン細胞では消失する。神経変性と血管新生を結ぶ分子としてRAGEが中心的役割を担う。

マイクロRNA(miRNA)は高血糖による障害を複数の病態軸(酸化ストレス・炎症・神経変性・血管機能不全)にわたって統合・増幅する調節因子として機能する3)

Chenら(2025)の総説では、miR-150の欠損がT2Dマウスで視細胞アポトーシスを悪化させること、miR-26a-5pの低下がPTENを標的として神経細胞アポトーシスを増悪させることが報告されている3)。ヒトの研究では、miR-29a-5pの血中レベル上昇が糖尿病網膜症患者の高血糖・脂質異常と相関し、SIRT3抑制を介してRGCのアポトーシスを誘導する。

Q 神経変性は血管異常の原因なのか、結果なのか?
A

現時点では両方の可能性がある。動物モデルでは神経変性が微小血管障害に先行し、その発症に寄与することが示されている。一方、BRBの軽微な損傷に続く慢性的な神経免疫炎症反応が神経変性を引き起こす可能性もある4)。両者は独立しつつ相互に関連する病態と考えられている1)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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ソマトスタチン・ブリモニジン点眼(EUROCONDOR試験)

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EUROCONDOR第II-III相臨床試験(NCT01726075)では、2型糖尿病患者にソマトスタチンおよびブリモニジン(α2アドレナリン作動薬)の点眼を局所投与し、神経保護効果を検討した1)

Simóら(2019)の報告では、全体としてソマトスタチンとブリモニジンは神経機能障害の予防に有効性を示さなかった。しかし、ベースラインでmfERG異常を有するサブグループでは、両薬剤が神経機能障害の進行を停止させた1)

シチコリンはリン脂質(ホスファチジルコリン)の合成前駆体である。

Parravanoら(2020)の二重盲検RCT(NCT04009980)では、軽度DRの患者にシチコリン+ビタミンB12点眼を36ヶ月間投与し、機能的・構造的・血管性の進行抑制が認められた1)

ミトコンドリア内膜のカルジオリピンを安定化するテトラペプチドである。糖尿病マウスモデルで血糖改善なしに視覚機能の低下を逆転させた1)。第I/II相臨床試験(NCT02314299)が実施された。

エリスロポエチン由来の非赤血球生成ペプチドである。糖尿病ラットでグリア機能障害・ミクログリア活性化・神経損傷を予防したが、第II相臨床試験では最高矯正視力(BCVA)・網膜感度・CMTの改善は認められなかった1)

Biancoら(2022)のレビューでは、IL-6経路、TNF-α阻害、インテグリン受容体拮抗薬(リスチガニブ、THR-687など)、カリクレイン-キニン系阻害薬(KVD001、THR-149)などの臨床試験が報告されている1)。これらは主に糖尿病黄斑浮腫の治療を目的とするが、神経炎症の抑制を介して神経保護にも寄与する可能性がある。

miRNAベースのバイオマーカーと治療標的

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Chenら(2025)は、miRNAが糖尿病網膜症の病態の複数軸を統合的に調節することから、早期介入のための非侵襲的バイオマーカーおよび治療標的として有望であると報告している3)。血漿中miR-26a-5pは早期糖尿病網膜症の網膜神経変性バイオマーカーとしての可能性が示されている3)

ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットでは初期にNGF発現が増加するが、時間経過とともにNGF発現が低下し、RGCとミュラー細胞のアポトーシスが続いて生じる。局所NGF投与によりこれらの細胞喪失が軽減されることが示されている6)


  1. Bianco L, Arrigo A, Aragona E, et al. Neuroinflammation and neurodegeneration in diabetic retinopathy. Front Aging Neurosci. 2022;14:937999.
  2. American Academy of Ophthalmology. Diabetic Retinopathy Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2024.
  3. Chen J, Zhang J, Li C, et al. Targeting microRNAs in diabetic retinopathy: from pathogenic mechanisms to therapeutic potentials. Front Endocrinol. 2025;16:1664604.
  4. Yang S, Gong H, Mao D, et al. Blood-retinal barrier breakdown in eye diseases. Chin Med J. 2020;133:2588-2598.
  5. Kanu LN, Ciolino JB. Nerve growth factor as an ocular therapy: applications, challenges, and future directions. Semin Ophthalmol. 2021;36:224-231.

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