初期
眼底所見:正常であることが多い。視神経・網膜血管・網膜色素上皮に明らかな異常を認めない。
OCT所見:発症早期には正常範囲内であることが多い2)3)。網膜電図に比べ約6ヶ月遅れて異常を検出しうる。

メラノーマ関連網膜症(melanoma-associated retinopathy; MAR)は、悪性黒色腫(メラノーマ)の患者に発症する腫瘍随伴症候群である。悪性腫瘍に異所性に発現した神経系抗原が免疫系に認識され、特異抗体が産生されることで自己免疫機序により網膜が障害される。
広義の癌関連網膜症(CAR)の一型として位置づけられる。CARでは主に杆体視細胞が障害されるのに対し、MARでは網膜双極細胞が主な標的となる点が異なる。CARの原因癌は肺小細胞癌が最多であるが、MARの原因は悪性黒色腫に限られる。
以前は欧米のみで報告されていたが、近年本邦でもその存在が知られるようになった。Keltnerら(2001)による62例の集積が最大の症例シリーズである2)。男性に多く、主に転移性の皮膚メラノーマに伴って発症するが、ぶどう膜メラノーマや鼻腔内メラノーマに随伴する症例も報告されている4)。
MARの症状出現はメラノーマの転移や再発の兆候である可能性がある2)3)。平均生存期間は診断後約5.9年であるが、数十年に及ぶ長期生存例もある。進行期メラノーマにおいて抗体の存在が良好な予後と相関するとの報告があり、自己抗体がメラノーマ細胞の排除に保護的な機能を果たす可能性が示唆されている。
MARの視覚症状はメラノーマの転移や再発の初期兆候となることがある2)3)。メラノーマの既往がある患者に新たな視覚症状が出現した場合は、眼科検査とともに全身の腫瘍学的精査が推奨される。
MARの発症は通常急性であり、進行性かつ無痛性の視覚障害を呈する。
症状は通常両側性であるが、まれに片側性にとどまる報告もある1)。
MARの眼底所見は初期には正常であることが多い。進行に伴い以下の所見が出現する。
初期
眼底所見:正常であることが多い。視神経・網膜血管・網膜色素上皮に明らかな異常を認めない。
OCT所見:発症早期には正常範囲内であることが多い2)3)。網膜電図に比べ約6ヶ月遅れて異常を検出しうる。
進行期
視神経乳頭蒼白:網膜変性の進行に伴い出現する。
網膜血管狭細化:持続的な網膜変性プロセスを反映する。
RPE変化:網膜色素上皮の消失・顆粒状変化を呈する。脈絡膜網膜萎縮を生じることもある5)。
OCT所見:内顆粒層(INL)・内網状層(IPL)の菲薄化2)、INL内の嚢胞様変化4)、interdigitation zoneの消失4)を認める。
MARの原因は悪性黒色腫である。腫瘍細胞に網膜抗原が異所性に発現し、これを免疫系が認識することで抗網膜抗体が産生される。産生された自己抗体が網膜双極細胞を障害し、網膜機能障害を引き起こす。
主なリスク要因は以下の通りである。
MARの臨床診断は、以下の三徴に基づく。
網膜電図はMARの診断に不可欠な検査である。b波振幅の著明な低下とa波の保持が特徴で、陰性型網膜電図(negative ERG)を呈する。この所見は先天停止性夜盲(CSNB)に類似するが、後天性発症である点が異なる。
網膜電図はOCTよりも早期に異常を検出できる2)。ある症例では、網膜電図は発症時に既に著明な異常を示していたのに対し、OCTの異常検出は約6ヶ月遅れた2)。
MARと他の腫瘍随伴網膜症の網膜電図所見を以下に比較する。
| 疾患 | a波 | b波 |
|---|---|---|
| MAR | ほぼ正常 | 著明に低下 |
| CAR | 低下 | 低下 |
ウェスタンブロッティングや免疫組織化学染色で網膜双極細胞に対する血清自己抗体を検出する。確定診断に有用であるが、抗体価は病勢により変動するため、少なくとも3回以上の測定が必要である。抗体が検出されなくてもMARを否定できない3)。
主な標的抗原には以下がある。
網膜電図がOCTよりも早期に異常を検出できる2)。網膜電図は発症時から双極細胞機能障害を捉えるのに対し、OCTの構造変化は約6ヶ月遅れて出現する。メラノーマ患者に視覚症状が出現した場合は網膜電図を優先的に実施すべきである。
MARに対する決定的な治療法は確立されていない。治療は原発腫瘍の制御と網膜症に対する免疫調節の二つの柱からなる。
原発巣に対する治療が第一である。腫瘍量の減少により抗原刺激が減り、自己抗体産生が抑制される可能性がある3)。転移巣切除術、化学療法、放射線療法が検討される。
ペムブロリズマブ(抗PD-1抗体)の投与により網膜電図の正常化と視覚症状の完全寛解が得られた報告がある3)。
Khaddourら(2021)は、自己抗体陰性のMAR患者にペムブロリズマブを免疫抑制薬なしで投与し、2サイクル(6週間)後に視覚症状が改善、網膜電図のb波が正常化したことを報告した3)。転移性メラノーマも完全代謝寛解に至り、投与終了30ヶ月後も再発を認めなかった。
Tshuva-Bittonら(2025)は、7年間の詳細な経過観察を行い、ペムブロリズマブ開始後に暗順応網膜電図のb波振幅が60%以上改善し、OCTでも黄斑厚の増加と視野の改善を認めたことを報告した2)。
腫瘍治療
原発巣の制御:腫瘍量減少により抗原刺激を軽減する。手術・化学療法・放射線療法を含む。
免疫チェックポイント阻害薬:ペムブロリズマブ等のPD-1阻害薬。腫瘍制御とMAR改善の双方に有効な報告がある2)3)。
免疫調節療法
免疫グロブリン静注療法(IVIG):免疫調節を通じて視野改善が報告されている。有効性のエビデンスは限定的。
免疫抑制薬:アザチオプリン、シクロスポリンなど。他の治療との併用で視野や網膜電図の改善を示す場合がある2)。
血漿交換療法:抗体除去を目的とするが、有益性が示されたのは数例のみ。
MARに対するステロイド全身投与は一般的に禁忌とされる。ステロイドは癌免疫を抑制し、ICIの抗腫瘍効果を減弱させる可能性がある3)。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。
MARの病態は、悪性黒色腫に異所性に発現した網膜抗原に対する自己免疫反応を基盤とする。腫瘍細胞と網膜細胞が共通の抗原を有し、抗腫瘍抗体が網膜にも交差反応を起こすことで網膜機能が障害される。
MARにおける主要な標的はTRPM1(transient receptor potential cation channel subfamily M member 1)である1)4)。TRPM1はmGluR6共役型イオンチャネルであり、網膜ON型双極細胞のシグナル伝達経路において重要な役割を果たす4)。メラノサイト特異蛋白として同定されたTRPM1は、悪性黒色腫細胞のmRNAの異常スプライシングにより新抗原が生じ、免疫応答が誘発されると考えられている1)。
TRPM1とTRPM3は類似の配列を有し、MAR患者の血清は両者に交差反応を示す可能性がある4)。この交差反応性が網膜への広範な影響をもたらし、双極細胞のみならず視細胞障害にも関与する可能性が指摘されている4)。
抗TRPM1抗体がON型双極細胞のシナプス伝達を阻害することで、杆体系のシグナルが双極細胞レベルで遮断される。この選択的な障害により、網膜電図ではa波(視細胞由来)が保持される一方でb波(双極細胞由来)が著明に低下する。
Cohenら(2024)は、片側性MARの症例でSD-OCTの詳細解析を行い、内網状層(IPL)の正常な5層構造が失われ、ON型双極細胞に対応するIPLサブラミナの消失を認めた1)。この構造変化はTRPM1変異による先天停止性夜盲(cCSNB)とほぼ同一であり、異なる疾患メカニズムが共通の下流標的(TRPM1)に収束することを示した。
MARの免疫応答は、標的抗原の局在により2型に分けられる3)。
この免疫学的異質性が、ICI投与後のMAR転帰のばらつきを説明する3)。
TRPM1は網膜ON型双極細胞のシグナル伝達に関わるイオンチャネルである。MARではこのTRPM1に対する自己抗体が産生され、双極細胞の機能が障害される1)4)。抗TRPM1抗体の検出はMARの確定診断に有用である。
Tshuva-Bittonら(2025)は、46歳男性の皮膚メラノーマ随伴MARを7年間にわたり多モダリティで経過観察した2)。ペムブロリズマブ開始後、暗順応b波振幅が60%以上改善し、黄斑OCT厚の増加と視野のMD値改善を認めた。INLおよびIPLの菲薄化が網膜厚変化の主因であり、外網膜には顕著な変化を認めなかった。
Cohenら(2024)は、寛解期メラノーマ患者にニボルマブ投与後に片側性MARが発症した症例を報告した1)。ニボルマブの中止により症状と網膜電図所見が改善し、マイクロペリメトリーでも網膜感度の回復を確認した。IPLのサブラミナレベルの構造解析により、ON型双極細胞経路の選択的障害が示された。
Khaddourら(2021)は、自己抗体が検出されないMAR患者にペムブロリズマブのみで治療し、網膜電図の完全正常化と症状消失を達成した初めての症例を報告した3)。この所見はB細胞介在性の病態においてICI治療が安全かつ有効である可能性を示唆する。
OCTの層別セグメンテーションにより、MARにおける双極細胞障害をINLおよびIPL厚の変化として定量的に評価できる可能性がある2)。総黄斑厚よりも層別解析が病態の把握に有用であることが示されている。