網膜白濁
黄斑部白濁:中心窩を除く黄斑部に出現する。境界不明瞭で広範囲に分布する。
周辺部白濁:周辺部にのみ発生する例もある。散瞳下の倒像鏡検査が診断に重要。
蛍光眼底造影所見:白濁部は無灌流領域に一致する。

マラリア網膜症(malarial retinopathy)は、マラリア感染(主に熱帯熱マラリア原虫 Plasmodium falciparum)に伴い網膜に生じる特徴的な変化の総称である。1993年にマラウイの小児で初めて報告された。
脳マラリア(cerebral malaria)は、マラリア感染患者における覚醒不能な昏睡と定義される重篤な合併症である。脳マラリアやその他の重症マラリア患者に高頻度で認められる。
2023年のWHO世界マラリア報告書によれば、全世界で2億4900万例のマラリア症例が報告されており、推定死亡率は10万人あたり14.3人である1)。患者の大部分はサハラ以南のアフリカおよび東南アジアに集中している1)。
熱帯熱マラリア原虫による重症感染症で最も多いが、三日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)感染でもいくつかの特徴が報告されている。
脳マラリアに伴う場合、患者は昏睡状態にあるため自覚症状の訴えは困難である。意識回復後に以下の症状が認められることがある。
眼底所見は通常両眼対称性である。特徴的な4つの所見を以下に示す。
網膜白濁
黄斑部白濁:中心窩を除く黄斑部に出現する。境界不明瞭で広範囲に分布する。
周辺部白濁:周辺部にのみ発生する例もある。散瞳下の倒像鏡検査が診断に重要。
蛍光眼底造影所見:白濁部は無灌流領域に一致する。
血管変色
オレンジ〜白色変色:網膜血管(特に周辺部)がオレンジ色または白色に変色する。
トラムライン様変色:太い血管では二重輪郭として認められる。
小児集団:現在までこの所見は小児でのみ報告されている。
網膜出血
乳頭浮腫
視神経乳頭浮腫:脳マラリアを含む様々な昏睡で認められる。
予後不良の指標:脳マラリア患者における存在は死亡率上昇と関連する1)。
その他、眼振・眼球浮遊運動・嚢胞状黄斑浮腫が認められることがある。
綿花状白斑も一部のマラリア患者で出現するが、マラリア網膜症に典型的な白濁とは異なり、より鮮明で限局的な分布を示す1)。
眼底所見は通常両眼対称性に認められる。片眼のみに所見が出現することは稀であり、両眼の散瞳下眼底検査が診断に重要である。
マラリア網膜症の原因は、網膜微小血管系における感染赤血球の集積(sequestration)である。熱帯熱マラリア原虫が最も一般的な原因であり、赤血球内で増殖した原虫が赤血球膜の物性を変化させ、血管内皮に接着することで微小循環障害を引き起こす。
マラリア網膜症のリスク要因は以下の通りである。
脳マラリアの診断において網膜所見は極めて重要である。散瞳下の倒像鏡検査により、臨床所見の項で述べた4つの特徴的所見を確認する。
寄生虫血症を伴う昏睡状態の小児においてマラリア網膜症を検出した場合、脳マラリアの診断に対する陽性的中率は95%、陰性的中率は90%である。一方、散瞳眼底検査を行わずにWHO基準のみで臨床診断した場合の陽性的中率は77%にとどまる。
資源の乏しい地域では誤診が問題となる。マラウイでの前向き解剖研究では、脳マラリアと診断された死亡小児の23%に脳マラリアの組織病理学的特徴がなかった。
OCTはマラリア網膜症の診断に有用な情報を提供する。
| OCT所見 | 意義 |
|---|---|
| 内網膜の高反射性焦点 | 感染赤血球の毛細血管内集積 |
| 網膜神経線維層の高反射 | 軸索梗塞 |
| 中心窩温存の高反射帯 | 神経網膜内層の虚血変化 |
Wilsonらのシステマティックレビューでは上記3つの特異的OCTバイオマーカーが報告されている1)。
深部毛細血管叢における血流欠損を検出できる1)。中心窩周囲の深部毛細血管叢で血流消失領域(flow void)が観察され、黄斑部の虚血範囲を定量的に評価する手段となる。
以下の疾患との鑑別が必要である。
網膜血管のオレンジ〜白色変色はマラリア網膜症に特徴的であり、鑑別上重要な所見である。
マラリア流行地域では検査・画像診断が利用できないことが多い。末梢血中の寄生虫血症は偶発的所見の可能性がある。マラリア網膜症の検出は脳マラリアに対して陽性的中率95%と高い診断精度を示し、限られた資源で診断精度を向上させる手段となる。
マラリア網膜症に対する特異的治療法は存在しない。治療の基本は、現地の薬剤感受性・耐性パターンに基づいた全身的抗マラリア療法である。
Bezzinaら(2024)が報告した41歳男性の症例では、西アフリカへの渡航後に抗マラリア予防薬を内服せず脳マラリアを発症し、アルテスネート(artesunate)・セフトリアキソン・デキサメタゾン・アシクロビルによる治療が行われた1)。集中治療室での1週間の治療後に抜管され、意識を回復した。
網膜症自体に対する治療法は報告されていない。保存的管理と経過観察が行われる1)。
脳マラリアの小児の大部分は48時間以内に意識を回復するが、約10%に持続的な神経学的欠損が生じ、約20%が死亡する。
網膜症の重症度は昏睡の持続期間および死亡リスクと相関する。視神経乳頭浮腫と周辺部網膜白濁の存在が最も高い相対リスクをもたらす。
成人では合併症のないマラリアでも軽度の網膜症が認められることがあるが、より重度の網膜症はより重篤な全身疾患と関連する。
マラリア網膜症の病態は、網膜および脳の微小血管系における感染赤血球の集積(sequestration)に基づく。病態生理は以下の3つの主要因子から構成される1)。
これらの結果、組織灌流が低下し、虚血と臓器障害が引き起こされる。
網膜は体内で最もペリサイト密度が高い組織であり、ペリサイトは微小血管の安定化・血流調節・血管新生制御に関与する2)。アストロサイトは栄養因子・抗酸化物質・炎症性サイトカインを放出してタイトジャンクションの完全性を調節し、ミュラー細胞は全網膜層にわたり足突起を介して血管を取り囲み、グリオトランスミッターの放出を通じて内皮細胞透過性を調節する2)。
マウスモデルでの研究では、マラリア寄生虫が血液網膜関門を通過し、おそらくミュラー膠細胞を介して神経網膜に浸潤することが発見されている。
脳マラリア患者ではフィブリンと血小板からなる血栓が形成される。網膜微小血管の血栓症が虚血と低酸素症を誘発し、細胞内浮腫と網膜の透明性喪失を招く。
網膜毛細血管や周辺部網膜血管の分岐点に集積する感染赤血球においてヘモグロビンレベルが激減していることが原因と考えられる。
死後の免疫組織化学的解析により、網膜組織と脳組織でVEGFR1およびアクアポリン4の発現亢進が同様に認められている1)。網膜と脳は共通の微小血管病態を有すると考えられている。これがマラリア網膜症による脳マラリア診断の根拠でもある。
Bezzinaら(2024)は、脳マラリアに伴うマラリア網膜症の41歳男性症例で、OCTにて外網状層(OPL)および外顆粒層(ONL)レベルのパッチ状高反射性変化を、OCT-Aにて深部毛細血管叢の血流欠損を検出し、II型急性黄斑部神経網膜症(AMN)の合併を報告した1)。マラリア網膜症における単独のII型AMN報告は本症例が初めてである。
深部毛細血管叢は解剖学的に分水嶺領域にあたる。初期の虚血変化がOPL以深に限局してII型AMNとして出現し、内層の障害(表層・中間毛細血管叢の領域)はより高度な虚血を反映する可能性がある1)。この仮説が正しければ、AMNの病型が全身の虚血重症度の指標となりうる。
マラリア流行地域では倒像鏡へのアクセスさえ困難である。血清バイオマーカーによる診断の研究が進められている。
網膜画像を撮影し、自動解析や遠隔の専門家レビューに供する手法の有用性が検討されている。眼底検査機器の提供とトレーニングの普及が課題である。