Grade I(軽度)
TG値:2,500〜3,499 mg/dL
周辺部血管の変化:周辺部の網膜血管が乳白色かつ細く見える。
後極部:後極部の血管は正常な色調を保つ。

網膜脂血症(lipemia retinalis)は、血清トリグリセリド値の著明な上昇に伴い、網膜動静脈がクリーム色〜乳白色に変化する稀な眼底所見である。1880年にHeylが「intraocular lipaemia」として初めて記載した4)。
本症は高リポタンパク血症のI型・III型・IV型・V型に関連して出現する。重度の高トリグリセリド血症(500〜2,000 mg/dL)は米国人口の約1.7%にみられると推定される。重度高トリグリセリド血症患者のうち約23%が本症を発症するとの報告がある4)。
眼底所見自体は可逆的であり、トリグリセリド値が正常化すれば速やかに消失する。しかし急性膵炎や心血管イベントなど致死的な合併症の徴候となりうるため、早期発見と全身管理が極めて重要である3)。
網膜脂血症は通常無症状である。血管閉塞や網膜虚血を伴わない限り、視力に影響しないことが多い。
網膜脂血症はトリグリセリド値に応じて3段階に分類される(Vinger & Sachsの分類)。変化は周辺部から始まり後極部へ進展する。
Grade I(軽度)
TG値:2,500〜3,499 mg/dL
周辺部血管の変化:周辺部の網膜血管が乳白色かつ細く見える。
後極部:後極部の血管は正常な色調を保つ。
Grade II(中等度)
TG値:3,500〜5,000 mg/dL
後極部への進展:乳白色の変化が視神経乳頭周囲まで及ぶ。
動静脈鑑別:動静脈の色調差がやや不明瞭になる。
Grade III(重度)
TG値:5,000 mg/dL超
サーモンピンク色眼底:眼底全体がサーモンピンク色を呈する。
動静脈の判別困難:乳白色の動脈と静脈は血管径のみで区別される4)。
OCTでは高反射で怒張した網膜血管や、内顆粒層・神経節細胞層の高反射点が認められることがある3)。これらの高反射点はカイロミクロンの網膜内蓄積を反映すると考えられ、トリグリセリド値正常化後も数ヶ月かけて徐々に消失する。
本症自体は通常視力に影響しない。しかし高トリグリセリド血症が持続すると、網膜動静脈閉塞症や網膜虚血を併発し、視力低下に至ることがある。不可逆的な脂質滲出による視力喪失の報告もあり、早期の脂質管理が重要である4)。
網膜脂血症の直接的原因は、血漿中のトリグリセリドを豊富に含むカイロミクロンによる光散乱である。高トリグリセリド血症を伴わない高脂血症では本症は出現しない。
なお、トリグリセリド値が同等であっても網膜脂血症の発症には個人差がある。ヘマトクリット値や網膜・脈絡膜血管の透過性の差が関与すると推測されている5)6)。
遺伝性であっても、厳格な低脂肪食・薬物療法でトリグリセリド値を低下させれば眼底所見は改善する2)。ただしLPL完全欠損例では通常の脂質低下薬への反応が乏しく、生涯にわたる厳格な脂肪制限食が必要となる。
散瞳下の眼底検査が診断の基本である。網膜動静脈の乳白色〜クリーム色変化を確認し、臨床所見の項に基づきステージングを行う。
高度の脂血症では検体の脂濁により通常の生化学分析が不能となることがある。その場合、特殊処理(希釈・溶媒添加)が必要となる4)。
| 検査法 | 主な所見 |
|---|---|
| 光干渉断層計(OCT) | 血管高反射、内層高反射点 |
| 蛍光眼底造影 | 通常特記所見なし |
| 眼底自発蛍光 | 脂質による蛍光亢進 |
OCTでは怒張した高反射血管に加え、内顆粒層・神経節細胞層に白い高反射点が認められる3)。蛍光眼底造影(FA)およびインドシアニングリーン造影は通常特記所見を認めない。
近赤外画像および眼底自発蛍光では、脂質充満血管セグメントに一致した反射亢進・蛍光亢進が報告されている1)。
網膜電図(網膜電図)では錐体・桿体反応ともにa波・b波振幅の低下を示すことがある。
家族性カイロミクロン血症が疑われる場合、LPL遺伝子を含む脂質異常症関連遺伝子パネルの検索が有用である2)。FCSスコア(Moulinらの基準)により家族性と多因子性の鑑別が可能である2)。
網膜脂血症自体に対する眼科的治療は不要である。治療の目標は基礎疾患である高トリグリセリド血症の是正であり、血清トリグリセリド値を500 mg/dL未満に低下させることが推奨される4)。
教科書的には、基本的に内科的治療による血清トリグリセリド値の正常化が必要である。
脂肪制限食が治療の基盤である。飽和脂肪酸の摂取制限、炭水化物の過剰摂取回避、アルコール制限が推奨される。
Prairieら(2024)は、55歳男性(TG 3,141 mg/dL)に対しアトルバスタチン40 mgと食事・生活習慣改善を行い、3ヶ月でTG 689 mg/dLまで低下、網膜脂血症が完全に消失したことを報告した3)。
LPL欠損症の乳児では、母乳を中止し厳格な低脂肪ミルクへの変更がトリグリセリド値を著明に低下させる2)。
主要なトリグリセリド低下薬として以下がある。
Christakopoulos(2023)は、30歳男性(TG 2,850 mg/dL)に対しインスリンとアトルバスタチンの投与開始1日後に血管内脂質凝集体が消失したことを報告した1)。
Ortiz de Salido-Menchecaら(2021)は、40歳男性(TG 11,930 mg/dL)にアトルバスタチン40 mg+フェノフィブラート200 mgに加え、インスリン治療を行い、12日後にTG 529 mg/dLまで低下、網膜脂血症が消失したことを報告した4)。
重度の高トリグリセリド血症で急性膵炎を合併している場合、血漿交換療法(plasmapheresis)によるトリグリセリドの急速な除去が考慮される。
眼科的治療は通常不要であるが、背景にある高トリグリセリド血症の精査・治療のため内科(脂質代謝内科・内分泌内科)への紹介が必要である。糖尿病を合併している場合は糖尿病内科での管理も重要となる。
網膜脂血症の眼底所見は、血漿中のトリグリセリドを豊富に含むカイロミクロンによる光散乱に起因する5)。カイロミクロンは腸管で吸収されたトリグリセリドを輸送する大型リポタンパク質であり、やや小さいVLDL(超低密度リポタンパク質)もトリグリセリド輸送に関与するが、眼底所見への寄与は少ないとされる5)。
周辺部網膜血管は後極部に比べて口径が小さい。トリグリセリド値の上昇初期には、まず周辺部の細い血管でカイロミクロンの光散乱効果が視認可能となる。値のさらなる上昇に伴い、後極部の太い血管でも乳白色変化が顕在化する。最終的に網膜全体および脈絡膜血管の変化も加わり、眼底がサーモンピンク色を呈する4)。
トリグリセリド値と眼底所見の相関は必ずしも絶対的ではない。
Lai & Chang(2021)は、5年間の経過観察で2症例の治療反応性を比較した6)。1例ではTG 1,031 mg/dLでも網膜脂血症が持続し、もう1例ではTG 4,660 mg/dLで眼底が正常化した。この差異には脾摘の既往、高トリグリセリド血症の罹患期間、年齢、遺伝的要因が関与する可能性が示唆されている。
ヘマトクリット値や網膜・脈絡膜血管の透過性の個人差も発症閾値に影響すると考えられている5)。
高トリグリセリド血症は血漿粘稠度を上昇させ、脳虚血の独立したリスク因子となる1)。網膜血管内の脂質凝集体が血管腔を占拠すると、局所ヘマトクリットの低下とヘマトクリット/粘稠度比の低下を招き、網膜虚血を惹起しうる1)。
Christakopoulos(2023)の症例では、OCTでp-MLM(prominent middle limiting membrane)サインが認められた1)。これは深部毛細血管叢レベルでの灌流不全を示す所見であり、黄斑虚血・萎縮の前駆徴候である。
LPLは脂肪組織・心臓・骨格筋の血管内皮細胞上に局在し、カイロミクロンやVLDL中のトリグリセリドを加水分解する2)。LPL遺伝子にはこれまでに250以上の病的バリアントが報告されている2)。ホモ接合型変異ではLPL活性が完全に消失し、標準的な脂質低下薬に抵抗性を示す。ヘテロ接合型では部分的な活性低下にとどまり、食事療法やフィブラートへの反応が保たれることが多い2)。
Christakopoulos(2023)は、高トリグリセリド血症に伴う血管内脂質凝集体について、近赤外画像での反射亢進、眼底自発蛍光での蛍光亢進、OCTでのp-MLMサインなど、従来報告のないマルチモーダル画像所見を初めて詳細に記述した1)。これらの所見は典型的な網膜脂血症との鑑別や、網膜虚血リスクの評価に有用である可能性がある。
OCTで検出される内層網膜の高反射点は、臨床的な血管色調の正常化後も数ヶ月にわたり残存することが複数の症例で確認されている3)。この所見がカイロミクロンの網膜内蓄積を反映するのであれば、OCTは治療効果の長期的なモニタリング指標となる可能性がある。
Ainら(2024)は、LPL遺伝子のc.984G>T、c.337T>C、c.724G>Aの3バリアントについて系統的文献レビューを実施した2)。ホモ接合型患者は平均TG値が最も高く(65.6〜161.3 mmol/L)、急性膵炎の合併率も高い一方、ヘテロ接合型では平均TG値が11.4 mmol/Lと比較的低く、食事療法・フィブラートで管理可能な症例が多かった。今後、遺伝子型に基づく個別化治療の実現が期待される。