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網膜・硝子体

網膜電図(ERG)

網膜電図(Electroretinogram; ERG)は、光刺激に対する網膜の電気的活動を測定する診断検査である。網膜ニューロンからの電流とグリア細胞の寄与が組み合わさって生じる電位変化を角膜上の電極で記録する。非侵襲的に記録できる網膜機能の客観的指標であり、遺伝性・後天性の多様な網膜疾患の診断情報を提供する。

疾患進行のモニタリング、薬剤の網膜毒性評価、眼内異物残留の影響評価にも使用される。

  • 1865年: ホルムグレン(スウェーデン)が両生類網膜から最初の網膜電図を記録
  • 1877年: デュワー(スコットランド)がヒトで初めて網膜電図を記録
  • 1908年: アイントホーフェンとジョリーがa波・b波・c波の3成分に分離
  • 1941年: リッグス(米国)がコンタクトレンズ電極を導入し、広範な臨床応用が始まる
  • 1967年: ラグナー・グラニトが暗順応ネコ網膜での研究によりノーベル賞を受賞

ISCEV(国際臨床視覚電気生理学会)が1989年に網膜電図記録の標準規格を策定し、2015年に更新した。

Q 網膜電図ではどのような眼疾患が診断できるのか?
A

遺伝性・後天性の多様な網膜疾患の診断に使用される。具体的には網膜色素変性、先天停止性夜盲(CSNB)、レーバー先天性黒内障(LCA)、錐体・杆体ジストロフィ、ビタミンA欠乏夜盲、自己免疫性網膜症(AIR)、毒性網膜症などが挙げられる。

2. 適応疾患と代表的な網膜電図所見

Section titled “2. 適応疾患と代表的な網膜電図所見”

自覚症状(ERG検査の適応となる症状)

Section titled “自覚症状(ERG検査の適応となる症状)”

以下の症状を呈する患者に網膜電図検査が適応となる。

  • 夜盲(暗所での視力低下): 杆体系機能障害を示唆する最も重要な症状
  • 原因不明の視力低下: 屈折白内障黄斑疾患では説明できない視力低下
  • 視野狭窄・暗点: 周辺視野の進行性障害
  • 羞明(まぶしさ): 錐体機能障害を示唆することがある

代表的な網膜電図所見パターン

Section titled “代表的な網膜電図所見パターン”

疾患により網膜電図所見は異なる。代表的なパターンを以下に示す。

杆体優位の障害

網膜色素変性・杆体錐体ジストロフィ:暗所視応答から振幅低下が始まり、最終的に網膜電図が消失する。

ビタミンA欠乏(VAD)夜盲:DA 0.01での暗所視応答消失、DA 3.0/DA 10.0のa波・b波振幅低下、律動様波振幅著減。錐体応答は遅延潜時を示す。杆体は錐体より早期かつ広範に障害される。1)

先天停止性夜盲(CSNB)完全型:DA 0.01でb波消失。ffERGでRiggs型とSchubert-Bornschein型(complete/incomplete)に亜分類される。4)

混合型・錐体障害

自己免疫性網膜症(AIR):杆体・錐体応答の両方が低下〜消失。AAO Task Force(2025)の診断基準にffERGの杆体・錐体応答低下が含まれる。3)

錐体ジストロフィ:錐体反応・31 Hzフリッカー反応が消失。網膜電図なしでは診断不可能な症例もある。

陰性型網膜電図:正常a波+減衰b波。CSNB・メラノーマ関連網膜症・若年性X連鎖網膜分離症で認められる。光受容器は正常だが内顆粒層以降のシグナル伝達障害を示す。

その他の重要な所見:

  • レーバー先天性黒内障(LCA): 網膜電図はしばしば非記録的。有病率1:80,000〜1:200,000、遺伝性網膜ジストロフィ(IRD)の約5%を占める4)
  • 代謝性疾患(cblC型メチルマロン酸血症): 暗所視・明所視成分の振幅低下。黄斑症の進行モニタリングに有用2)
  • ムコ多糖症(MPS): 杆体媒介性網膜症が網膜電図で7年間にわたり杆体-錐体ジストロフィに進行。網膜電図異常が眼底検査所見に先行する7)
  • ミトコンドリア疾患(MIDD): ffERGは典型的に異常だが眼底表現型より軽度。パターン網膜電図・多焦点網膜電図が黄斑病変の検出に高感度4)

網膜電図には目的に応じた複数の測定法がある。主な3種類の特性を以下に示す。

代表的な網膜電図の種類を比較する。

種類対象領域主な用途
全視野網膜電図(ffERG)網膜全体広範な機能障害の検出
多焦点網膜電図(mfERG)中心30度内黄斑内局所機能評価
パターン網膜電図(pERG)黄斑・RGC黄斑・神経節細胞評価

複数の網膜発生源からの総和反応を記録する。広範な網膜機能不全(杆体・錐体ジストロフィ、癌関連網膜症、毒性網膜症)の検出に有用であるが、小さな網膜病変の検出には不向きである。

ISCEV標準プロトコールの5つの基本記録条件:

  • 暗順応下弱フラッシュ(DA 0.01): ON型双極細胞由来のb波を記録
  • 暗順応下強フラッシュ(DA 3.0/DA 10.0): a波(杆体+錐体)+b波の混合杆体・錐体反応
  • 明順応下強フラッシュ(LA 3.0): 錐体経路のa波+b波
  • 31 Hzフリッカー: 錐体経路機能を選択的に評価
  • 律動様波(OPs): b波上昇脚の小波。アマクリン細胞由来。振幅低下・潜時遅延は網膜血流障害を示唆

中心30度内の61〜103箇所の局所反応を同時記録する。黄斑内の機能不全を詳細に評価できる。ヒドロキシクロロキン毒性評価に用いられる。

黄斑の網膜神経節細胞(RGC)活動を評価する。N35・P50・N95の3成分で構成される。4回/秒の反転刺激で一過性pERGを記録する。

  • 明所視陰性電位(PhNR): RGC由来。RGC機能を反映するffERG成分として注目
  • c波: RPE視細胞由来。ISCEV標準では評価対象外
  • d波: OFF型双極細胞由来。光消失に続く正電位
Q ffERGとmfERGの違いは何か?
A

ffERGは網膜全体の総和反応を記録し、広範な機能不全(網膜色素変性、毒性網膜症など)の検出に適する。mfERGは中心30度内の61〜103箇所の局所反応を同時に記録し、黄斑内の局所的な機能不全の評価に特化する。ffERGでは検出できない小さな病変もmfERGなら検出可能である。

患者準備(ISCEV 2015ガイドライン)

Section titled “患者準備(ISCEV 2015ガイドライン)”
  • 検査前に眼底写真・蛍光眼底造影(FAG)等の強力照明を避ける(やむを得ない場合は室内照明下30分以上の回復を確保)
  • 最大散瞳を行い、検査前に瞳孔径を記録する。屈折矯正は不要
  • 暗順応20分、明順応10分
  • 暗順応後のコンタクトレンズ電極挿入は薄暗い赤色光下で行い、さらに5分の暗順応を確保
  • 弱フラッシュ→強フラッシュの順で提示(部分的明順応を防止するため)
  • 乳児は親の脚上に仰向けで検査可能

主な記録電極の特性を比較する。

電極名素材・形態特徴
BA電極PMMAコンタクトレンズ再利用可・各サイズあり
DTL電極銀/ナイロン糸使い捨て・快適性高い
Jet電極金メッキプラスチック使い捨て
皮膚電極眼窩下縁配置小児に耐容性良好

皮膚電極は振幅が小さくノイズが多いが、小児に耐容性が良好である。

乳児・非協力的患者では記録電極の選択と鎮静下記録が重要である。

  • 乳児では皮膚電極や鎮静下記録が診断実現可能性を向上させる4)
  • 小児遺伝性網膜疾患(IRD)の診断ワークフローにはffERG±パターン/mfERGが組み込まれている4)
  • 眼振の鑑別において網膜電図は遺伝性網膜ジストロフィと他の原因(神経学的・解剖学的・運動性)の鑑別に有用5)

以下の因子が網膜電図結果に影響を与えるため、検査条件の標準化が重要である。

  • 刺激持続時間・照射網膜面積・刺激間隔
  • 瞳孔径
  • 全身循環・薬剤
  • 網膜発達度(年齢・乳幼児)
  • 眼透光体の透明度(白内障など)
  • 強度近視・麻酔
Q 小児では網膜電図をどのように行うのか?
A

乳児・非協力的な小児では、皮膚電極(眼窩下縁配置)や鎮静下記録が診断実現可能性を向上させる。乳児は親の脚上に仰向けで検査することも可能である。皮膚電極は振幅が小さくノイズが多いという制限があるが、耐容性に優れる。4)

5. 網膜電図の臨床応用と治療モニタリング

Section titled “5. 網膜電図の臨床応用と治療モニタリング”

網膜電図は診断のみならず、治療効果の客観的評価にも用いられる。

ビタミンA欠乏(VAD)夜盲の網膜電図モニタリング

Section titled “ビタミンA欠乏(VAD)夜盲の網膜電図モニタリング”

ビタミンA欠乏夜盲に対するビタミンA補充療法の効果を網膜電図で経時的に評価できる。

Poornachandraら(2022)は、腸リポフスチン症の20代男性と酒精性肝疾患の50代男性(いずれも血清ビタミンA 0.02 mg/mL、正常0.3〜0.6 mg/mL)の2症例について、ビタミンA補充(筋注100,000単位/日×3日→経口50,000単位/日×2週間)前後の経時的網膜電図を報告した1)。治療前網膜電図ではDA 0.01での暗所視応答消失、DA 3.0/DA 10.0のa波・b波振幅低下、律動様波振幅著減を認めた。治療1週間後に暗所視応答の改善が始まり、1か月後にはほぼ正常化した。

網膜電図から得られる重要な知見:

  • 杆体はRPEからのビタミンA供給に依存しており、錐体より早期かつ広範に障害される1)
  • 機能回復の順序は錐体→周辺杆体→傍中心窩杆体である1)
  • 治療1週間で応答改善がない場合は、VAD以外の原因を再検討する1)

先天代謝異常症(cblC型メチルマロン酸血症)の網膜電図モニタリング

Section titled “先天代謝異常症(cblC型メチルマロン酸血症)の網膜電図モニタリング”

Micheliettaら(2025)は、新生児スクリーニングで発見されたcblC型メチルマロン酸血症の1例を報告した2)。生後8日で治療開始(OHCbl 1 mg筋注/日、ベタイン100 mg×3/日、葉酸5 mg×2/週)したが、7か月時のffERGで暗所視・明所視成分の振幅低下を認め、同時期にbull’s eye黄斑症が出現した。治療下でも網膜変性は進行した。

cblC患者の管理における示唆:

  • 網膜電図はcblC患者で黄斑症が明らかでない段階でも実施が推奨される2)
  • 高用量OHCbl(6.5±3.3 mg/kg/日)投与例で眼科的転帰が良好との報告がある2)

自己免疫性網膜症(AIR)の診断における網膜電図

Section titled “自己免疫性網膜症(AIR)の診断における網膜電図”

AAO Task Force(2025)のAIR診断フレームワーク3):

  1. 6か月以内の進行所見
  2. 前房/硝子体細胞1+未満
  3. OCT外層障害
  4. FAF異常
  5. ffERGで杆体・錐体応答低下
  6. 抗網膜抗体(ARA)陽性

ffERGによる杆体・錐体応答低下の確認が診断基準の一つを構成している。

Chenら(2025)は、重症筋無力症(MG)患者における自己免疫性網膜症(AIR)3例を含む計7例を報告した3)。全例で網膜電図は杆体・錐体機能障害を示した。ARA陽性6例は免疫抑制療法によるMG改善にもかかわらず、視力悪化が継続した。

6. 病態生理学・各波形成分の発生機序

Section titled “6. 病態生理学・各波形成分の発生機序”

各波形成分の細胞起源は以下の通りである。

a波:

  • 暗順応下強フラッシュ: 杆体+錐体の両視細胞(ヒト網膜では杆体の寄与が優位)
  • 明順応下: 錐体視細胞+OFF型双極細胞

b波:

  • 暗順応下弱フラッシュ: ON型双極細胞(杆体ON双極細胞)
  • 明順応下: ON型+OFF型双極細胞の組み合わせ

正常a波に減衰b波が組み合わさる陰性型網膜電図は、光受容器が正常であっても内顆粒層以降のシグナル伝達が障害されていることを示す。cCSNBではON双極細胞機能障害によりDA 0.01でのb波が消失する4)

ビタミンA欠乏の網膜への影響メカニズム

Section titled “ビタミンA欠乏の網膜への影響メカニズム”
  • 杆体はRPEからのビタミンA(11-シス-レチナール)供給に依存しており、VADで早期・広範に障害される1)
  • 錐体にはMüller細胞を介した独自の視色素再生経路が存在し、VADに対する相対的抵抗性を説明する1)
  • MMACHC蛋白欠損→ビタミンB12のアデノシルコバラミン・メチルコバラミンへの変換障害→メチルマロン酸(MMA)・ホモシステイン(Hcy)蓄積2)
  • 外網膜の視細胞・RPE・Müller細胞は高密度ミトコンドリアを有し、代謝障害に脆弱である2)
  • 中心窩発達は出生後〜幼児期に進行するため、この時期にHcy・MMAの毒性蓄積に対し脆弱である2)

遺伝性網膜疾患(IRD)の診断ワークフローへの網膜電図統合が進んでいる。

Mordàら(2025)は、小児IRDの段階的診断ワークフローとして、年齢適応画像診断(OCT/FAF)+電気生理検査(ffERG±パターン/mfERG)+標的全身スクリーニング→遺伝子検査(パネル→WES→WGS)の順序を提案した4)。トリオ解析・CNV/SV検出・定期的再解析により診断率が向上するとしている。

cblC型メチルマロン酸血症における高用量ヒドロキシコバラミン(OHCbl)療法の網膜保護効果が検討されている。

Venditti et al.は、OHCbl高用量(0.4〜2.7 mg/kg/日)投与6例中5例で黄斑症・網膜症の発症がなかったと報告した。歴史的コホート(0.3 mg/kg/日)では全27例で黄斑症が発症している2)。Scalaisら(2021)は、高用量(平均6.5±3.3 mg/kg/日)を5か月未満で治療開始した4例で、眼科的・認知的転帰が良好であったと報告した2)

AIR診断のバイオマーカー標準化

Section titled “AIR診断のバイオマーカー標準化”

AAO Task Force(2025)がAIRの診断・管理・研究ガイドラインを策定し、ffERGの杆体・錐体応答低下を診断基準の一つとして位置づけた3)。抗網膜抗体(ARA)検出法の標準化が今後の課題である3)


  1. Poornachandra B, Jayadev C, Sharief S, et al. Serial 網膜電図 monitoring of response to therapy in vitamin A deficiency related night blindness. BMJ Case Rep. 2022;15:e247856.
  2. Michieletto P, Baldo F, Madonia M, et al. Retinal changes in early-onset cblC methylmalonic acidemia identified through expanded newborn screening: highlights from a case study and literature review. Genes. 2025;16:635.
  3. Chen Y, Zhang Y, Luo J, et al. Autoimmune retinopathy in patients with myasthenia gravis: cases series and literature review. BMC Ophthalmology. 2025;25:521.
  4. Mordà D, et al. Pediatric inherited retinal dystrophies: a comprehensive review. Prog Retin Eye Res. 2025;109:101405.
  5. Gurnani B, et al. Nystagmus in children: a comprehensive review. Clin Ophthalmol. 2025;19:1617-1637.
  6. Chang MY, Borchert MS. Cortical visual impairment in children. Surv Ophthalmol. 2020;65:708-724.
  7. Collin RJ, et al. Retinopathy in mucopolysaccharidoses. Ophthalmology. 2025;132(4):470-.

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