ISCEV報告項目
明ピーク:暗谷比:Arden ratioに相当。1.80以上が正常。
暗谷振幅:暗極小の絶対値(mV)。RPE構造的完全性を反映。
明ピーク到達時間:明期開始からの経過時間(分)。通常7〜12分。

眼電図(Electrooculogram; EOG)は、眼球に常在する静止電位(standing potential)を外眼角部の皮膚電極で記録する電気生理学的検査である。この静止電位は角膜がプラス、後極(ブルッフ膜側)がマイナスで、健常眼では約6mVの電位差が生じている。実際の検査で記録される信号振幅は通常250〜1,000μV程度である。
EOGの静止電位はRPEの経上皮電位(transepithelial potential; TEP)を間接的に反映する。光刺激に反応して変化するこの電位差を時系列で記録し、暗極小(dark trough)と明極大(light peak)の比を算出することでRPE機能を評価する。
EOGは1951年にエルウィン・マーグ(Erwin Marg)が記述・命名した。1962年にジェフリー・アーデン(Geoffrey Arden)がArden ratioの臨床的有用性を報告し、眼底疾患の診断検査として普及した。現在はISCEV(国際臨床視覚電気生理学会)が標準基準を定め、2017年に最新版が発行されている。
EOGは光受容体と双極細胞の機能を評価する網膜電図(網膜電図)とは異なり、主にRPEの機能的完全性を反映する。そのため網膜電図が正常でもEOGが選択的に異常を呈する疾患の診断に有用である。検査は約1時間を要するため、一般臨床での施行頻度は限られている。
網膜電図は主に光受容体(錐体・杆体)や双極細胞など神経網膜の機能を評価する。EOGはRPE(網膜色素上皮)の機能的完全性を反映する。Best卵黄状黄斑ジストロフィーでは網膜電図が正常でもEOGが異常を示すため、この2検査の組み合わせが診断に有用となる。
EOG自体に自覚症状はない。EOG異常を示す網膜・RPE疾患において以下の症状が認められる。
EOG検査から得られるArden ratio(L/D比:明極大÷暗極小)が主要な判定指標である。
以下にArden ratioの判定基準を示す。
| 判定 | Arden ratio | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 正常 | ≧1.80 | RPE機能正常 |
| 境界域 | 1.65〜1.80 | 要精査 |
| 異常 | <1.65 | RPE広範障害 |
1.5未満の場合は広範な網膜外層の障害を強く示唆する。2017年ISCEVはArden ratioよりも「明ピーク:暗谷比(light peak to dark trough ratio)」という用語を推奨している。
EOG波形の特徴的な所見は以下の通りである。
MEWDSでは患眼でArden ratioが健眼を上回る「supernormal response」が報告されている。
Wang Fら(2024)は、MEWDSの1症例においてEOGとen-face IS/OS-楕円体帯(EZ)複合体画像を組み合わせて評価した。患眼(右眼)のArden ratioは2.5で、僚眼(左眼)の1.7を上回るsupernormal responseを示した。暗極小は右眼5.0分/422.0μV・左眼7.0分/351.5μVで、明極大は右眼19.0分/1,051.1μV・左眼21.0分/611.7μVであった1)。
このsupernormal responseの機序は未解明であるが、急性炎症期のRPE過活性化が関与すると推察されている1)。
Best卵黄状黄斑ジストロフィーが最も代表的であり、網膜電図が正常な場合でもEOGが選択的に低下する。その他、白点状網膜症(Fundus Albipunctatus)、コロイデレミア、クロロキン・ヒドロキシクロロキン毒性、糖尿病性網膜症(進行例)なども低値を示す。詳細は「EOGが異常を示す疾患・状態」の項を参照。
EOGの異常(Arden ratio低下または正常)はRPE機能の状態を反映する。疾患ごとのEOG所見を把握することが診断に有用である。
以下に主要疾患のEOG所見をまとめる。
| 疾患名 | EOG所見 | 特記事項 |
|---|---|---|
| Best病 | 著明低下 | 網膜電図は正常 |
| 白点状網膜症 | 低下〜正常 | 短時間暗順応で光上昇なし |
| Stargardt病(進行期) | 低下 | 初期は正常のこともある |
| コロイデレミア | 低下 | 病期に応じて悪化 |
| 網膜色素変性 | 低下 | 杆体錐体ジストロフィーも同様 |
| クロロキン毒性 | 低下 | 薬剤中止後も持続 |
以下の疾患ではRPE機能が保たれているためEOGは正常範囲内にある。
以下の薬剤はEOG静止電位を変化させることが知られている。
EOGの標準的な検査手順はISCEV(2017年版)に準拠する。
以下に検査の主要な段階を示す。
| 段階 | 時間 | 内容 |
|---|---|---|
| 前順応 | 最低15分 | 35〜70ルクス室内照明下 |
| 暗順応記録 | 15〜20分 | 暗室・赤色LED追視 |
| 明順応記録 | 15〜20分 | Ganzfeld照明・LED追視 |
Ganzfeldドームで均一な光刺激を与えながら、1分ごとに赤色LEDを交互に追視させる(1往復あたり10回)。
ISCEV報告項目
明ピーク:暗谷比:Arden ratioに相当。1.80以上が正常。
暗谷振幅:暗極小の絶対値(mV)。RPE構造的完全性を反映。
明ピーク到達時間:明期開始からの経過時間(分)。通常7〜12分。
検査時の注意点
前順応の徹底:35〜70ルクスで最低15分。強い光刺激は避ける。
追視の正確さ:1分ごとに5往復。眼球運動障害があると実施困難。
偽正常化に注意:基準電位が著しく低い場合、L/D比が偽正常化する。
ISCEVのオプション検査として「速い振動(Fast Oscillations; FO)」がある。1分ごとに暗期と明期を交互に繰り返す方法で、RPE基底側膜のCFTR(嚢胞性線維症膜コンダクタンス調節因子)塩化物イオンチャネルの機能を反映する。嚢胞性線維症(CF)ではFOが減少する可能性が示唆されている。
前順応(35〜70ルクスで最低15分)に加え、暗順応記録15〜20分・明順応記録15〜20分を行うため、全体で約1時間を要する。幼児・高齢者・眼球運動障害のある患者では正確な追視が困難なため実施が難しい場合がある。
EOGで記録される静止電位はRPEの経上皮電位(TEP)を反映する。TEPはRPE細胞の頂部膜(apical membrane)と基底側膜(basolateral membrane)の膜電位差によって生じる。
暗順応時、光受容体からのイオン輸送が変化し、RPEへのイオン流入量が減少する。その結果、RPEの経上皮電位が低下し暗極小が形成される。暗極小は非光感受性成分であり、RPEそのものの構造的完全性(細胞密度・細胞膜の完全性)に依存する。
明順応時には以下の一連の機序によりRPEが脱分極し電位が上昇して明極大が形成される。
このカスケードにおけるベストロフィンの中心的役割が、Best病でEOGが選択的に異常を示す理由を説明する。Best病ではBEST1遺伝子変異によりベストロフィン機能が障害され、明極大が生じにくくなるためArden ratioが低下する。
光刺激が小胞体からのCa²⁺放出を誘発し、ベストロフィン(BEST1遺伝子産物)を介したカルシウム依存性Cl⁻チャネルが開口する。塩化物イオンがRPEから排出されることでRPEが脱分極し、経上皮電位が上昇して明極大が形成される。Best病でEOGが選択的に低下するのはこのベストロフィン機能障害によるものである。
EOGの電気信号を用いて眼球運動から意図を読み取るBCI(Brain-Computer Interface)/HCI技術の研究が2000年代以降急増している。
Belkhiriaら(2022)はEOGベースHCIに関する2000年から2020年の文献をレビューし、障害者コミュニケーション支援・車椅子の眼球操作・眼球追跡などへの応用が急速に拡大していることを報告した3)。
J!NS MEMEのようなメガネ型ウェアラブルデバイスへのEOGセンサ搭載が実現し、日常生活での眼球運動・眠気・集中度のモニタリングへの応用が進んでいる3)。眼球運動の直接記録に赤外線CCDカメラを用いる方法も普及しており、従来のENG(電気眼振図)に代わりつつある。
EOGの原理を応用した電気眼振図(electronystagmography; ENG)は眼球運動の定量記録に使用される。睡眠ポリソムノグラフィー(PSG)でも眼球運動チャンネルとしてEOGが標準的に使用されている。
Shoukatら(2022)は中脳出血後に輻湊後退眼振(convergence-retraction nystagmus)を呈した症例のPSG所見を報告した。覚醒期には周波数2.8Hz・振幅60μVの眼振がEOGで記録された2)。中枢神経系(CNS)障害による眼振は通常睡眠中に消失するが、この症例では非REM期・REM期ともに眼振が持続し、中脳出血に特徴的な所見とされた2)。
MEWDSの急性期に患眼でArden ratioが健眼を上回るsupernormal responseが生じる機序は未解明である。RPEの急性炎症性過活性化が関与する可能性が示唆されているが、その分子機序の解明が今後の課題である1)。