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小児眼科・斜視

胎児性アルコール症候群

1. 胎児性アルコール症候群とは

Section titled “1. 胎児性アルコール症候群とは”

胎児性アルコール症候群(fetal alcohol syndrome; FAS)は、妊娠中の母親のアルコール摂取により胎児に生じる不可逆的な先天性疾患である。特徴的顔貌、成長遅滞、中枢神経障害の三徴を主症状とする。

FASは胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)の最重症型に位置づけられる。FASDにはアルコール関連神経発達障害(ARND)、アルコール関連先天異常(ARBD)、出生前アルコール曝露に伴う神経行動障害(ND-PAE)が含まれる。

世界のFASD有病率は1000人あたり7.7人と推定される。米国の学童におけるFASD有病率は0.6〜5.0%である。FAS患者1人あたりの生涯コストは約200万ドル(2002年推定)に達し、米国全体では年間40億ドル超の社会的負担が生じている。

臨床診断は以下の4項目中2つ以上を満たす場合になされる。

  • 特徴的顔貌:短眼瞼裂、薄い赤唇縁、平滑な鼻唇溝
  • 成長遅滞:身長または体重が10パーセンタイル未満
  • 脳への影響:小頭症、脳構造異常
  • 神経行動学的影響:認知・行動・学習障害

新生児期からの早期診断にはRDSS(改訂形態異常スコアリングシステム)が使用可能であり、41点満点中5点以上でFASDが示唆される1)

Q 胎児性アルコール症候群はどのくらい頻度が高いか?
A

世界のFASD有病率は1000人あたり7.7人と推定される。米国学童では0.6〜5.0%にFASDが認められ、決して稀な疾患ではない。

FASにおける眼科的な自覚症状は主に視力低下と行動上の問題である。

  • 視力低下:スウェーデンのFAS児の報告では最大65%で矯正視力0.2未満を呈する
  • 行動・学習の問題:注意散漫、社会的合図の読み取り困難、学習障害が高頻度に認められる

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

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FASでは眼周囲・眼内・眼球運動の広範な領域に所見を認める。眼科検査はFASの早期診断に有用である。

眼周囲所見

短眼瞼裂(眼瞼狭小):水平方向の眼瞼裂が短く、FASの最も重要な眼科的診断基準である。

内眥開褶(蒙古ひだ):アルコール曝露乳児の最大80%に認められる。

小眼球症:眼球全体の発育不全を伴う。

内眥間距離開離:両内眥間の距離が増大する。

眼瞼下垂:上眼瞼が下垂し視野を制限する。

眼内所見

視神経形成不全・視神経萎縮:スウェーデンのFAS児では最大48%に認められる。

網膜血管蛇行:最大49%に出現し、FASに高頻度の所見である。

前眼部異常:Axenfeld-Rieger類似所見、Peter異常、緑内障、ブドウ膜コロボーマが報告されている。

白内障:まれに合併する。

眼球運動・機能異常として以下が認められる。

  • 斜視:FAS児の25〜50%に発症する1)
  • 眼振:水平および垂直眼振を認めることがある
  • 弱視:斜視や屈折異常に伴い発症する
  • サッケード異常:反応時間の延長、過度な方向エラーが報告されている

アルコールは既知の中枢神経系催奇形因子であり、胎盤を自由に通過する。FASの発症には以下の機序が関与する。

  • 前方神経堤細胞への直接毒性:顔面・脳の構造形成に不可欠な神経堤細胞をアルコールが障害する
  • エピジェネティック変化:DNAメチル化・ヒストン修飾の異常により神経可塑性が破壊される
  • レチノイン酸シグナル伝達の阻害:アルコールがレチノイン酸合成を阻害し、顔面・脳の構造形成異常を引き起こす

飲酒の量とパターンが催奇形作用の重要な決定因子である。特にビンジ飲酒(大量一気飲み)は胎児への影響が大きい。安全な飲酒量の閾値は現在も不明である。

脆弱X症候群(FXS)の前変異(PM)保因者である母親はアルコール・薬物乱用のリスクが高いことが報告されている2)。FXSとFASの二重診断例では、認知・行動障害が相加的に重症化する2)

Q 妊娠中の少量のアルコールなら安全か?
A

安全な飲酒量の閾値は不明である。飲酒量だけでなくパターン(ビンジ飲酒)も催奇形作用に大きく影響する。妊娠中は完全禁酒が推奨される。

FASの診断は臨床的に行われる。特異的なバイオマーカーは未確立である。

臨床診断は4項目(特徴的顔貌、成長遅滞、脳への影響、神経行動学的影響)のうち2つ以上を満たす場合になされる。母親のアルコール曝露歴が確認されることが診断の補強となるが、情報が得られない場合もある。

眼科検査はFASの早期診断に有用であり、以下が推奨される。

  • 眼周囲形態計測:眼瞼裂の横径測定が最も重要
  • 視力検査:年齢に応じた方法を選択。乳幼児にはVEP(視覚誘発電位)の併用が有用
  • 細隙灯顕微鏡検査:前眼部異常(Axenfeld-Rieger類似所見、Peter異常等)の評価
  • 眼底検査:視神経乳頭の大きさ・形態、網膜血管蛇行の有無を重点的に観察

RDSSスコアの主要評価項目と配点を以下に示す。

評価項目所見配点(例)
赤唇縁薄い2〜4点
鼻唇溝平滑2〜4点
頭囲小頭症2〜4点

RDSSは41点満点で5点以上がFASD示唆とされる1)。ある症例報告では生後3日の男児で薄い赤唇縁、平滑な鼻唇溝、小頭症、扁平な鼻根、長い鼻唇溝を認め15点と判定された1)

FASに類似する疾患として以下が挙げられる。

  • ウィリアムズ症候群:特徴的顔貌と心疾患を伴うが、過社交性が特徴
  • ディジョージ症候群:心奇形と免疫不全を合併
  • ヌーナン症候群:低身長、心奇形、特徴的顔貌
  • 胎児性ヒダントイン症候群抗てんかん薬フェニトイン曝露による先天異常

FASは不可逆的な疾患であり、根治治療は存在しない。妊娠中の禁酒が唯一の予防法である。治療の目標は二次障害の軽減と生活の質の向上である。

早期発見と行動療法・特別支援教育の組み合わせが転帰改善の最重要因子である。以下の多職種連携による個別化治療が推奨される。

  • 作業療法:微細運動・感覚統合の改善
  • 言語療法:言語発達の遅れに対する介入
  • 認知行動療法(CBT):行動上の問題への対処
  • 屈折矯正:高頻度の屈折異常に対し眼鏡処方を行う
  • 斜視治療:アイパッチ(遮閉療法)、プリズム眼鏡、斜視手術を病態に応じて選択
  • 視神経形成不全のフォロー:定期的な視野検査・視力評価が必要

FASに特異的な薬剤は存在しない。注意欠如・多動症(ADHD)を合併する場合は刺激薬が使用される。

FASでは心房中隔欠損症(ASD)などの心奇形を合併することがある。軽症例は経過観察とするが、重症例では外科的修復が必要となる。ある症例では34歳になって初めてASDが診断され、続発性肺高血圧に至った例が報告されている4)

Q FASは治療できるか?
A

FASは不可逆的疾患であり治癒は不可能である。しかし早期介入(行動療法・特別支援教育・眼科的管理)により二次障害を軽減し、生活の質を改善することは可能である。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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アルコールの催奇形作用は複数の経路を介して発揮される。

神経堤細胞毒性

直接的細胞死:アルコールは前脳を組織する前方神経堤細胞にアポトーシスを誘導する。

顔面・脳構造の形成障害:神経堤細胞の減少により特徴的顔貌と脳構造異常が生じる。

エピジェネティック異常

DNAメチル化異常:遺伝子発現パターンの恒久的変化を引き起こす。

ヒストン修飾異常:クロマチン構造が変化し、神経可塑性が破壊される。

レチノイン酸阻害

合成酵素の競合阻害:アルコールとレチノイン酸は共通の代謝酵素を使用する。

顔面形成異常:レチノイン酸シグナルの低下が中顔面の発育障害を引き起こす。

視神経形成不全は動物実験モデルにおいて、網膜神経節細胞と軸索密度の減少、グリア細胞の障害、髄鞘の損傷として確認されている。

脳構造への影響として、基底核・小脳・脳梁の不均衡な容積縮小が報告されている2)。これらの脳構造変化はサッケード異常や注意障害の基盤となる。

カンナビジオール(CBD)によるFASD行動障害の改善

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Korenら(2021)は5例のFASD患者を対象にCBD(カンナビジオール)の投与を行い、Nisonger破壊的行動スコアが18±1.0から6±2.1へ有意に改善したことを報告した(p=0.0002)3)。用量例として5歳児にCBD油(20%)2滴/日、12歳児にCBD油(15%CBD+1%THC)3滴/朝が使用された。攻撃性・衝動性・落ち着きのなさの著明な改善が認められ、副作用の報告はなかった。

ただしこの研究は症例数5例の非盲検研究であり、使用されたカンナビノイドの種類・投与経路も統一されていない3)。今後の大規模ランダム化比較試験が必要である。

胎生期の栄養補助による予防研究

Section titled “胎生期の栄養補助による予防研究”

胚形成期のコリン補給や天然抗酸化物質の投与によるFASD予防の可能性が検討されている。アブラナ科野菜に含まれる抗酸化物質が、神経堤細胞へのアルコール誘発ストレスを軽減する可能性が示唆されている。


  1. Patel T, Narula S, Naderzad E, Early D, Nandhagopal T. Fetal alcohol spectrum disorder in a newborn. Cureus. 2022;14(9):e28836.
  2. Aishworiya R, Biag HMB, Salcedo-Arellano MJ, et al. Fragile X syndrome and fetal alcohol syndrome - occurrence of dual diagnosis in a set of triplets. J Dev Behav Pediatr. 2023;44(7):e470-e475.
  3. Koren G, Cohen R, Sachs O. Use of cannabis in fetal alcohol spectrum disorder. Cannabis Cannabinoid Res. 2021;6(1):74-76.
  4. Pirnat M, Lesjak V, Suran D, Lovrec Orthaber T. A case of secondary pulmonary hypertension in a patient with atrial septal defect and fetal alcohol syndrome. Cureus. 2024;16(7):e65611.

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