
上斜筋ミオキミア
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 上斜筋ミオキミアとは
Section titled “1. 上斜筋ミオキミアとは”上斜筋ミオキミア(Superior Oblique Myokymia:SOM)は、上斜筋の律動的なれん縮により起こる発作性の単眼性異常眼球運動である。純粋な眼振ではなく「眼振様運動」に分類されることもある。
1970年に「Superior Oblique Myokymia」という名称が提唱された。それ以前は「benign intermittent uniocular microtremor(良性の間欠性単眼性微細振戦)」と呼ばれていた。特定の年齢層への偏りはなく、健康な若年成人に発症することが多い。稀な疾患であり、確立された治療プロトコルは存在しない。
厳密には純粋な眼振ではなく、「眼振様運動」に分類されることもある。眼振は眼球の反復性往復運動を指すが、SOMは上斜筋のれん縮による発作性の回旋・下転運動であり、通常の眼振とは発生機序・所見・頻度が異なる。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”主症状は片眼の間欠性動揺視(「揺れ」として自覚)である。「きらめき(shimmering)」「羽ばたき(fluttering)」として自覚されることもある。
- 動揺視の性状:発作的に出現し、持続時間は数秒間のことが多い。場合によっては数時間続くこともある
- 垂直複視:下方視時に垂直複視を主訴に受診することが多い
- 伴わない症状:「揺れ」に伴う眼痛や頭痛は認めない
- 患者の訴え方:本人は「上下に揺れて見える」と訴えることが多い
エピソードは数秒から数時間持続し、数時間から数週間にわたって繰り返す場合がある。すべての報告例で症状は片側性である。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”- 内方回旋運動:細隙灯顕微鏡で発作性の眼球の内方回旋運動が観察される
- 誘発眼位:内下方視など上斜筋が強く作用する眼位で誘発しやすい
- 球結膜血管の微動:顎台に顔を乗せた状態で内下方視をさせると、球結膜血管の微動が観察できる
- 眼振の特性:回旋眼振の急速相は内方回旋方向で、同時に下転方向のずれを伴う。振幅は4度未満と小さく、周波数は最大50Hzと高頻度
- ホンダ徴候(Honda sign):罹患眼の上に聴診器を当てるとオートバイのエンジン音に似た音が聞こえることがある(稀)
- 通常正常な所見:視力・眼圧・視野・対光反射・眼底所見・眼球運動範囲は通常正常
罹患眼の上に聴診器を当てると、オートバイのエンジン音に似た音が聞こえることがある所見で、Honda sign(ホンダ徴候)と呼ばれる。上斜筋の高頻度なれん縮に由来すると考えられているが、稀な所見である。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”多くの症例では、原因となる背景的疾患は認められない(特発性)。
- 特発性:最多。通常は他の全身疾患との関連はない
- 神経血管圧迫:中脳背側部における神経血管圧迫が原因との報告がある。脳幹背側部で滑車神経を血管が拍動性に圧迫するという説があり、圧迫原因として上小脳動脈の接触、嚢胞、脳腫瘍が挙げられる
- 続発性:滑車神経麻痺・頭部外傷・脳幹梗塞に引き続いて発生した報告がある
- その他の関連疾患:脳幹腫瘍・小脳橋角部病変・多発性硬化症(MS)との関連報告がある1)
- 誘発因子:疲労・ストレス・気分の変化が誘発因子となりうる。蛍光灯や点滅光との関連も報告されている
統計的に女性で右眼のSOM発症率が高いが、MRIで滑車神経や周囲構造に解剖学的左右差は認められない。
疲労・ストレス・気分の変化がSOMの誘発因子となりうることが報告されている。また、蛍光灯や点滅光との関連も指摘されている。こうした誘因を避けることで症状の頻度を減らせる可能性がある。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”SOMの診断は主に細隙灯顕微鏡による観察で行う。
- 基本の観察法:患者を顎台に乗せたまま内下方視をさせ、球結膜血管の微動(発作性の内方回旋運動)を観察する
- 誘発操作:患者の視線を下外方から中央へ移動させると眼球運動が誘発されることがある
- 観察所見:間欠的な垂直・回旋性の微細な震えが片眼に観察される
- 脳MRI:特記すべき所見がないこともある。薄切MRI(CISS法)で神経根出口部の神経血管競合(neurovascular conflict)を確認できることがある
- MRA:time-of-flight法との併用で滑車神経の視認性が向上し、動脈接触の検出が可能となる
振幅・周波数・方向性がSOMと類似する疾患との鑑別が重要である。以下の比較表を参考にする。
| 疾患 | 方向 | 振幅 | 周波数 |
|---|---|---|---|
| 上斜筋ミオキミア | 回旋・下転 | <4度 | 最大50Hz |
| ハイマン・ビールショウスキー現象 | 垂直 | 最大30度 | <5Hz |
| 方形波ジャーク | 水平 | 小 | 高頻度 |
その他の鑑別疾患として以下が挙げられる。
- 単眼性振り子様眼振(多発性硬化症):SOMとの鑑別点は、SOMが間欠的に起こることと微動の速度が速い点である
- Spasmus nutans(点頭けいれん):頭部振戦・頭位異常を伴い、臨床像が明らかに異なる
- 眼瞼ミオキミア:眼瞼のぴくつきによる動揺視はSOMと混同されやすい
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”確立された有効な治療法はない。症状の程度と患者の希望に応じて治療を選択する。
日本の標準的な治療として、以下の薬剤が症状の軽減に試みられる。ただし根治は困難である。
- カルバマゼピン:症状の軽減に役立つ場合がある
- バクロフェン:症状の軽減に役立つ場合がある
海外では以下の薬剤でもさまざまな程度の成功が報告されている(補足情報)。
- ガバペンチン:副作用が比較的少ないとされ、第一選択薬として使用されることがある
- その他:フェニトイン・クロナゼパム・ミルタザピン・メマンチンなどの報告がある
- ベータ遮断薬(プロプラノロール・チモロール・ベタキソロール):血圧振幅を減少させ症状を軽減する可能性がある
- ボツリヌス毒素注射:成功率が一定せず、一時的緩和にとどまる可能性がある
外科的治療法
Section titled “外科的治療法”保存的治療が無効な場合に検討する。
- 上斜筋切腱術と下斜筋後転術の併用:有効性の報告がある
- 上斜筋前部の鼻側水平移動術:術式の選択肢の一つ
- 微小血管減圧術(MVD):MRIで血管圧迫が原因と特定された場合に検討する。Noro らは外側上小脳下アプローチによるMVDを施行した2例で即時・完全な症状消失を報告しており、24か月・17か月の追跡でも再発を認めなかった1)
カルバマゼピン・バクロフェンなどの保存的治療が無効な場合、外科的治療が検討される。上斜筋切腱術と下斜筋後転術の併用、あるいはMRIで血管圧迫が確認された場合に微小血管減圧術(MVD)が選択肢となる。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”上斜筋は滑車神経に支配され、眼球を内転時に下方回転させる(下転作用)。上斜筋が単独で収縮すると眼球は下外方へ偏位する。
SOMで観察される回旋眼振の急速相は上斜筋の作用方向(内方回旋方向)であり、同時に下転方向のずれを伴う。眼筋電図では上斜筋に異常に長い活動電位(7〜8ms)が認められるが、下斜筋では認められない。この異常な電気活動が上斜筋のれん縮を引き起こすと考えられている。
病態としては、以下のメカニズムが想定されている。
- エファプス伝達(ephaptic transmission):血管圧迫等による滑車神経への障害 → 分節性脱髄 → 隣接する神経線維間での電気的クロストークがSOMを引き起こす可能性がある
- 滑車神経核の刺激性亢進:滑車神経核の病的な過活動が病態の根底にあると考えられている1)
- 神経根出口部(nerve root exit zone)の障害:滑車神経が神経根出口部で障害されることが原因の可能性がある
統計的に女性で右眼に多いが、MRIで滑車神経や周囲構造に解剖学的左右差は認められておらず、この性差・側性差の原因は不明である。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”微小血管減圧術(MVD)の有効性
Section titled “微小血管減圧術(MVD)の有効性”Noro らは外側上小脳下アプローチを用いたMVDをSOM患者2例に施行し、術後に即時かつ完全な症状消失を報告した。追跡期間24か月・17か月でいずれも再発を認めなかった1)。MRIで神経血管圧迫が確認できる症例において、MVDは有力な治療選択肢となりうる。
ベータ遮断薬の可能性
Section titled “ベータ遮断薬の可能性”ベータ遮断薬(プロプラノロール・チモロール・ベタキソロール)が血圧振幅を減少させることでSOMの症状を軽減する可能性が最近報告されている。標準的薬物療法との比較研究は今後の課題である。
研究上の課題
Section titled “研究上の課題”SOMは希少疾患であるため、無作為化比較試験(RCT)の実施が困難な状況にある。患者数の確保が難しいことに加え、症状が予測不能で変動しやすい経過をたどるため、既存薬の有効性を客観的に評価することが難しい。治療プロトコルの確立には、多施設共同研究や症例登録制度の整備が必要である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Gurnani B, et al. Nystagmus and Abnormal Eye Movements: A Comprehensive Review of Types, Causes, and Diagnostic Approaches. Clinical Ophthalmology. 2025;19:1617-1642.