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神経眼科

鎖骨下動脈盗血症候群

鎖骨下動脈盗血症候群(Subclavian Steal Syndrome; SSS)は、椎骨動脈起始部よりも近位に位置する鎖骨下動脈の狭窄または閉塞を特徴とする病態である。狭窄部遠位の鎖骨下動脈への血流を補うため、同側椎骨動脈内に逆行性血流(retrograde flow)が生じ、脳への血流が上肢側へ「盗血」される現象が起こる。

有病率は報告によりばらつきがあり0.6〜6.4%の範囲とされる2)。動脈硬化が最多原因であり、50〜60歳代の喫煙歴のある男性に好発する2)。左鎖骨下動脈への発症が右側より2〜3倍多い。

先天性・後天性の稀な原因として以下が報告されている。

  • 先天性大動脈弓奇形:右大動脈弓+異所性左鎖骨下動脈(RAA-ALSA)。人口の0.1%未満に認められ、RAA-ALSAに伴うSSSは現在11例のみの報告である1)
  • 高安動脈炎:大型血管の炎症性狭窄による発症1)
  • 放射線治療後:頸部への放射線照射後に加速された動脈硬化・線維化が生じ鎖骨下動脈を閉塞する。治療から狭窄発症までの中央値は約21年であり、鎖骨下動脈狭窄を発症した患者の低頸部放射線量中央値は4400 cGyと報告されている4)
  • 胸郭出口症候群(TOS):鎖骨-第一肋骨間隙での血管圧迫2)
  • 大動脈縮窄修復後・冠動脈バイパス術後(内胸動脈使用時の冠動脈鎖骨下盗血症候群)・透析シャント:体外シャント造設に伴う血行動態的変化4)
Q SSSはどのくらいの頻度で起こるのですか?
A

有病率は0.6〜6.4%の範囲で報告されているが、多くは無症候性であり超音波検査や両腕の血圧測定で偶然発見されることが多い。症候性となるのはごく一部であり、特に全身性動脈硬化の進んだ患者で問題となる。

SSSの多くは無症候性であり、左右の腕の血圧差や超音波検査で偶然発見される。症候性の場合、主として椎骨脳底動脈系への血流低下に起因する症状を呈する。

椎骨脳底動脈不全の症状

  • めまい(dizziness)・回転性めまい(vertigo):最もよくみられる症状。
  • 失神・ふらつき:突然の体位変換や患側上肢の運動時に誘発されやすい。
  • 複視:眼球運動を制御する脳幹核への虚血による3)
  • 構音障害:脳幹の嚥下・発声中枢の虚血による3)
  • 視覚のかすみ・一過性の視力障害:後頭葉の視覚野虚血により生じる。片眼性の場合もある。

上肢症状

  • 上肢間欠性跛行:運動誘発性の腕の痛みや疲労感。患側上肢の激しい運動中に増悪する2)
  • しびれ・冷感・パレステジア:患側上肢の末梢循環不全による4)

症状の誘発因子としては、患側上肢の激しい運動中や患側方向への急激な頭部回転時がある。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

血圧差

両上肢間の収縮期血圧差は最も重要な身体所見である。収縮期血圧差が15 mmHg以上あれば有意な鎖骨下動脈狭窄を示唆する4)。症例報告ではより大きな左右差が認められることがある(例:左腕79 mmHg vs 右腕108 mmHg、差29 mmHg2))。

その他の所見

  • 血管雑音(bruit):鎖骨上窩または後頭下部の聴診で確認される4)
  • 上肢動脈不全所見:患側橈骨動脈の脈拍微弱、爪の萎縮変化。

眼科所見

椎骨脳底動脈系虚血による後頭葉・視放線への障害では同名半盲や高次視機能障害を呈しうる。また、延髄障害(Wallenberg症候群)では眼球運動障害眼振・Horner症候群を合併することがある。OCT検査では網膜動脈閉塞・虚血に伴う網膜層の菲薄化と消失が観察されうる。

Q 左右の腕で血圧が違うのはSSSのサインですか?
A

収縮期血圧差が15 mmHg以上あれば有意な鎖骨下動脈狭窄を示唆する4)。ただし、この所見だけでSSSと確定できるわけではなく、超音波検査による椎骨動脈血流の評価など追加検査が必要である。日常的に両腕で血圧を測定することは早期発見の手がかりとなりうる。

SSSの最多原因は粥状動脈硬化症(atherosclerosis)である。以下のリスク因子が動脈硬化の進行と鎖骨下動脈狭窄のリスクを高める。

  • 高血圧:動脈壁への持続的な機械的ストレス
  • 脂質異常症:プラーク形成の促進3)
  • 糖尿病:全身性血管障害の促進3)
  • 喫煙:動脈硬化の最大の修正可能リスク因子の一つ2)
  • 高齢:累積的な動脈硬化進行

SSSは全身性動脈硬化の指標(マーカー)でもあり、心筋虚血・脳卒中などの重大心血管・脳血管イベント(MACE)リスクの増加を示唆する。

両上肢同時の血圧測定がスクリーニングの第一歩である。収縮期血圧差が15 mmHg以上あれば有意な鎖骨下動脈狭窄を示唆し、精査が必要となる4)

超音波検査(カラードプラ法)

Section titled “超音波検査(カラードプラ法)”

椎骨動脈における逆行性血流の確認がSSS診断の鍵となる非侵襲的検査である。鎖骨下動脈の最高収縮期血流速度(PSV)が240 cm/秒を超えると有意な狭窄を示唆する。上肢間の圧較差が10 mmHgを超える場合もSSSを示唆する所見である3)

CT血管造影(CTA)・MR血管造影(MRA)

Section titled “CT血管造影(CTA)・MR血管造影(MRA)”

CTA・MRAはいずれも鎖骨下動脈狭窄・閉塞の部位と程度を非侵襲的に描出できる。CTAは撮影時間が短く、血管壁の石灰化やプラークの評価が可能である。MRAは非侵襲的だが、狭窄部位が実際より高度に描出されることがある。3D再構成は解剖学的異常や大動脈弓奇形の評価に有用である1)

侵襲は大きいが高解像度の画像が得られ、側副血行路の描出に優れる。治療介入(ステント留置など)の同時施行が可能である。

SSSの症状は以下の疾患と重複する。

鑑別疾患鑑別のポイント
上肢末梢動脈疾患(PAD)脳神経症状を伴わない
後方循環系脳卒中画像で梗塞巣を確認
大動脈弁狭窄症心音・エコーで鑑別
糖尿病性神経障害血糖コントロール歴
胸郭出口症候群(TOS)SSS治療後も症状が残存する場合は合併を考慮2)

無症候性の場合は内科的管理(動脈硬化リスク因子の管理・抗血小板薬投与)が基本である。症候性の場合は重症度に応じて薬物療法・血管内治療・手術を選択する。自然軽快の報告もある4)

脳梗塞発作予防として抗血小板療法を行う。アスピリン、スタチン、降圧薬による積極的な心血管リスク管理が内科的治療の基盤となる。

2018年ESCガイドラインでは、ほとんどの症候性SSS症例において経皮的バルーンステント留置術が第一選択とされている。経皮的血管形成術(PTA)も局所的な近位鎖骨下動脈閉塞に推奨される。

  • 95%以上の患者で虚血症状の持続的消失が得られる。
  • 再狭窄率は完全閉塞例で最も高く、5年間で7〜41%と報告されている4)

血管内治療が困難な場合(高度閉塞・石灰化・線維化・先天奇形)に選択される。放射線照射後の完全閉塞・線維化例は血管内治療が困難であり、外科バイパスが推奨される4)

  • 頸動脈-鎖骨下動脈バイパス術:最も一般的な外科術式4)
  • 頸動脈-腋窩動脈バイパス術:先天性大動脈弓奇形例で選択された術式。6 mm PTFEグラフトを使用し術後2日で退院、術後15日で術前症状がほぼ完全に消失した症例が報告されている1)
  • 鎖骨下動脈転位術(carotid-subclavian transposition)1)
  • 外科バイパスの5年不全率は0〜4%と報告されている4)

SSSと胸郭出口症候群(TOS)が合併する場合は、まずSSS治療で鎖骨下動脈基部の血流を改善し、それでも症状が残存する場合にTOS評価・第一肋骨切除を検討する2)

Q SSSの治療後も症状が残る場合はどうすればよいですか?
A

SSS治療(ステント留置など)で鎖骨下動脈の血流が改善したにもかかわらず症状が残存する場合、胸郭出口症候群(TOS)の合併が考えられる2)。挙上位CTAなどでの精査が有用であり、TOS確診後は第一肋骨切除・斜角筋切離などの外科的治療が有効な場合がある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

正常では椎骨動脈は鎖骨下動脈から起始し、順行性に脳へ血流を供給する。SSSでは鎖骨下動脈の椎骨動脈起始部より近位に狭窄・閉塞が生じると、遠位の鎖骨下動脈圧が低下する。その結果、椎骨動脈内に逆行性の圧力勾配が形成され、脳への血流が上肢へ「盗血」される。

  • 軽度:椎骨動脈の収縮期血流減少のみ(完全な逆転なし)
  • 中等度:収縮期に逆行性血流が生じ、拡張期は順行性(交互性血流)
  • 高度:椎骨動脈の完全逆行性血流

椎骨動脈の逆行性血流は椎骨脳底動脈接合部に血行力学的ストレスを増大させ、動脈瘤形成に寄与しうる。左鎖骨下動脈石灰化・閉塞による左椎骨動脈血流消失が右椎骨動脈による代償を招き、接合部に嚢状動脈瘤が形成された症例が報告されている3)

右大動脈弓+異所性左鎖骨下動脈(RAA-ALSA)は胎生4〜8週の大動脈弓発生異常に起因する。第4咽頭弓動脈と背側大動脈の退縮・残存パターンにより多様な奇形が生じる。ALSAはKommerell憩室から起始し、食道後方・食道気管間・気管前の3経路をとる。この経路のALSAの閉鎖・狭窄により先天性SSSが生じる1)

椎骨脳底動脈系の灌流領域と障害パターン

Section titled “椎骨脳底動脈系の灌流領域と障害パターン”

椎骨脳底動脈系は脳幹部・後頭葉を灌流する。部位別の主な障害症候群を以下に示す。

  • 延髄:Wallenberg症候群(眩暈・嚥下障害・Horner症候群・交代性知覚障害)
  • :MLF症候群・Foville症候群・Millard-Gubler症候群
  • 中脳:Weber症候群・Benedikt症候群・Parinaud症候群
  • 後大脳動脈虚血:同名半盲・高次視機能障害

放射線による加速された動脈硬化および線維化が鎖骨下動脈閉塞の原因と推定される。ホジキンリンパ腫治療後の報告が多く、治療から鎖骨下動脈・頸動脈狭窄までの中央値は約21年である4)

Q SSSから動脈瘤が形成されることがありますか?
A

椎骨動脈の逆行性血流が椎骨脳底動脈接合部に血行力学的ストレスを持続的に与え、嚢状動脈瘤が形成された症例が報告されている3)。4D flow MRIなどの先進的画像技術により、逆行性血流のリアルタイム動態可視化が可能となっており、今後の診断・治療戦略への貢献が期待されている。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

Kageyamaら(2024)は、SSS治療後も症状が残存した59歳女性を報告した2)。ステント留置で鎖骨下動脈基部の血流は改善したが、めまい・しびれが持続。挙上位CTAで肋鎖間隙の鎖骨下動脈狭窄を認め、神経原性TOSと診断。内視鏡補助下鎖骨下アプローチで第一肋骨切除・斜角筋切離を施行し、術後即日に症状が改善した。12か月後も再発なく、握力は左12→23 kgに改善、DASHスコアは90→4点に改善した。

Nakataら(2023)は、RAA-ALSAによる先天性SSSの74歳女性を報告した1)。6年間にわたる反復性回転性めまい誘発性転倒と右側失調を主訴としていた。CTAで左鎖骨下動脈起始部の閉鎖と2.4 cmの狭窄区間を認め、左頸動脈-腋窩動脈バイパス術(6 mm PTFEグラフト)を施行。術後2日で退院し、術後15日でほぼ完全に症状が消失した。

Castañeda Aguayoら(2024)は、Wallenberg症候群を呈した66歳女性においてSSS関連の椎骨脳底動脈接合部動脈瘤を報告した3)。左鎖骨下動脈の閉塞による椎骨動脈血流消失と逆行性血流による血行力学的ストレスが動脈瘤形成に寄与したと考察した。4D flow MRIにより逆行性血流のリアルタイム動態可視化が可能であり、今後の診断・治療戦略に貢献が期待される。また、3Dプリンティングによる患者固有の血管解剖を再現した術前シミュレーションや、拡張現実(AR)による術中血管位置リアルタイムオーバーレイなどの先進技術の応用も展望されている。

Wooら(2022)は、12年前に扁桃癌に対し左頸部リンパ節への放射線治療(6000 cGy/30回)を受けた67歳男性において、SSS→後方循環TIA・脳梗塞を報告した4)。CTA上で左鎖骨下動脈近位部の完全閉塞を認め、ドプラ超音波で左椎骨動脈の逆行性血流を確認。MRIで左後頭葉に亜急性梗塞を認めた。放射線治療と大血管疾患の用量-効果曲線は未確立であるが、鎖骨下動脈狭窄を発症した患者の低頸部放射線量中央値は4400 cGyと報告されている。


  1. Nakata J, Stahlfeld KR, Simone ST. Subclavian steal syndrome in a right aortic arch with aberrant left subclavian artery atresia. SAGE Open Med Case Rep. 2023;11:2050313X231180045.
  2. Kageyama A, Suzuki T, Kiyota Y, et al. A case of concomitant subclavian steal syndrome and thoracic outlet syndrome. J Vasc Surg Cases Innov Tech. 2024;10(5):101617.
  3. Castañeda Aguayo F, Aguirre AJ, Garcia I, et al. Wallenberg syndrome secondary to vertebrobasilar aneurysm associated with subclavian steal syndrome. Cureus. 2024;16(10):e72108.
  4. Woo JD, Markowitz JE. A great heist: subclavian steal syndrome causing posterior transient ischemic attack and stroke. Perm J. 2022;26(4):148-153.

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