Type I(乳頭浮腫型)

乳頭静脈炎(乳頭血管炎)
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 乳頭静脈炎とは
Section titled “1. 乳頭静脈炎とは”乳頭静脈炎(Papillophlebitis)は、網膜中心静脈閉塞症(CRVO)の臨床的亜型(不全型)であり、45歳未満の若年健康者に発症する稀な疾患である1)2)。「乳頭血管炎(optic disc vasculitis)」という呼称もある。
中高年のCRVOが加齢・高血圧・動脈硬化を背景とするのに対し、乳頭静脈炎は20〜35歳の健康な若年者、特に女性に多い点が特徴的である。Hayreh(1972)は本疾患を以下の2型に分類した。
Type II(中心静脈閉塞型)
病巣:視神経乳頭部または後篩状板部
機序:網膜中心静脈の炎症
特徴:静脈拡張・蛇行・網膜出血を伴う。ステロイド無効との報告もある
CRVOは高血圧・糖尿病・動脈硬化などのリスク因子を持つ中高年に多く、虚血型では重篤な視力障害が生じやすい。一方、乳頭静脈炎は若年健康者に発症し、視力は比較的保たれることが多く、6〜12か月で自然消退する予後良好な疾患である。ただし若年のCRVOでは乳頭血管炎の鑑別が重要であり、全身的ステロイド投与が必要な場合もある。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
- 片眼性の視力低下・霧視:急性発症で無痛性。視力は通常正常または正常に近く、虚血型CRVOとは対照的である。
- 飛蚊症:硝子体細胞や出血による2)。
- マリオット盲点の拡大:視野検査で確認される特徴的所見。
- 視神経乳頭浮腫:著明な発赤・腫脹と乳頭境界不鮮明。
- 網膜静脈の拡張・蛇行:著明な静脈怒張が全象限にみられる。
- 網膜内出血:乳頭周囲に集中する様々な程度の出血1)2)。
- 綿花様白斑(cotton-wool spots):毛細血管閉塞による局所的な神経線維層梗塞1)。
- 硝子体細胞:炎症を示唆する所見。
- RAPD陰性:相対的瞳孔求心路障害は通常陰性であり、虚血型CRVOとの重要な鑑別点。対光反射は正常であることが多い。
- 黄斑浮腫:CRVOと比較してまれだが起こりうる1)2)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”病因は多くの場合特発性と推定されているが、血液高凝固状態との関連が報告されている。
以下の表に主なリスク因子と全身疾患合併率を示す。
| リスク因子・合併疾患 | 頻度・特記事項 |
|---|---|
| 糖尿病 | 3〜9% |
| 高血圧 | 23〜42% |
| 炎症性腸疾患、乾癬 | 関連あり |
| 妊娠、経口避妊薬 | 関連あり |
| 高地、脱水 | 関連あり |
遺伝性凝固異常との関連も重要である。ヨーロッパで最も一般的な遺伝性過凝固障害であるFactor V Leiden(FVL)変異はギリシャでのヘテロ接合有病率が15%(欧州最高水準)と高く、FVLとMTHFR-C677Tヘテロ接合変異の合併による乳頭静脈炎症例が報告されている2)。
COVID-19との関連も注目されている。SARS-CoV-2はACE2受容体を介して血管内皮障害を引き起こし、凝固系を活性化させる。COVID-19患者の30%以上に静脈・動脈血栓塞栓イベントが発症するとされ、罹患6週間後に乳頭静脈炎を発症した症例も報告されている1)。
20〜35歳の若年女性に多い。凝固異常(Factor V Leiden変異など)、COVID-19罹患後、経口避妊薬の使用などがリスク因子として報告されている。全身疾患(高血圧、糖尿病)の合併例もある。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”乳頭静脈炎は除外診断であり、うっ血乳頭・視神経炎など同年齢層で一般的な疾患との鑑別が重要である。
- OCT(光干渉断層計):黄斑部は正常のことが多く(CRVOとの鑑別点)、網膜神経線維層(RNFL)浮腫を示す。ただし黄斑浮腫の報告例もある2)。OCT-angiographyでは乳頭浮腫と静脈うっ滞を検出できる2)。
- 蛍光眼底造影(FA):網膜内出血による遮蔽蛍光、視神経乳頭・網膜静脈の染着と漏出が特徴的。乳頭血管炎関与例では高度の乳頭過蛍光が認められる。静脈のstaining・leakage、乳頭からのleakage・late stainingを確認する1)。
- 頭部MRI/CT:視神経乳頭浮腫の他の原因を除外するために施行する。通常は正常である。
診断確定と原因検索のために以下の検査を行う。
- 全血算(CBC)、血清電解質
- 凝固系:PT/INR・PTT、プロテインC/S、アンチトロンビンIII
- 遺伝性血栓性素因:Factor V Leiden変異、プロトロンビン遺伝子変異(G20210A)
- ホモシステイン値、ビタミンB6・葉酸
- 自己免疫マーカー(ANA、ANCA等)
- COVID-19検査(流行期・罹患歴あり)
鑑別すべき疾患として以下が挙げられる。
- 網膜中心静脈閉塞症(CRVO):中高年・リスク因子あり。RAPD陽性、虚血所見あり
- 切迫型非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION):発症年齢・RAPD・FA所見で鑑別
- 高血圧網膜症:全身性高血圧の存在
- 糖尿病性乳頭症:糖尿病の既往
- 感染性乳頭炎:感染症マーカー
- 特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)に続発する片眼性うっ血乳頭
- 視神経鞘髄膜腫、眼窩占拠性病変
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”エビデンスに基づいた普遍的に受け入れられた治療法は現時点では確立されていない。
副腎皮質ステロイドが主な治療法であり、血管炎の関与が推定されることから用いられる。Type Iでは有効だが、Type IIでは無効との報告もある。無治療でも自然改善を示す疾患であるため、ステロイドの明確な優位性を示すエビデンスはない。臨床的に重症例に対してのみ全身ステロイド療法を検討することが多い。
Ntoraら(2021)は、22歳女性(FVLヘテロ接合+MTHFR-C677Tヘテロ接合変異合併)に経口メチルプレドニゾロン50 mg/日を開始・漸減したところ、1週間で所見改善、1か月で完全消退を確認した。視力・視野は6か月後も正常に維持された2)。
その他の治療として、抗血小板療法・抗凝固療法も提案されているが効果は証明されていない。
黄斑浮腫が重篤な場合の治療として、硝子体腔内抗VEGF薬注入が検討されることがある(FDA未承認)。
Insausti-Garcíaら(2022)は、COVID-19罹患後に乳頭静脈炎を発症した40歳男性に対し、初期にアスピリン100 mg/日経口とブロムフェナク0.9 mg/mL点眼(1日2回)で開始した。その後黄斑浮腫による視力低下(20/200)に対して硝子体内デキサメタゾン徐放性インプラント(Ozurdex)を注入し、2週間後に視力20/40へ改善した1)。
無治療でも自然改善を示す疾患であり、予後は概ね良好で6〜12か月での自然消退が期待できる。しかし最大30%が虚血性静脈閉塞に進行するリスクがあるため、定期的な眼科経過観察は欠かせない。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”乳頭静脈炎の病態生理は明確ではなく、発症機序は単一ではないと考えられている。
主な仮説として、視神経乳頭の特発性炎症が網膜中心静脈を圧迫し、二次的な静脈不全・網膜内出血を引き起こすという説がある。Hayreh分類のType Iでは前篩状板部血管の非特異的炎症が、Type IIでは視神経乳頭部または後篩状板部における網膜中心静脈の炎症が機序として推定されている。
COVID-19関連の発症機序については以下のカスケードが提唱されている1)。
- SARS-CoV-2がACE2受容体に結合
- 血管内皮障害 → 内皮機能障害
- 血管収縮・虚血・組織浮腫・凝固亢進状態
- サイトカインストーム(CRP、IL-2、IL-6、IL-7、TNFなど)
- 全身性炎症反応症候群 → 凝固カスケード活性化 → 過凝固状態
COVID-19関連凝固異常(CAC)のパターンとして、D-ダイマーとフィブリノゲンの上昇が炎症マーカーと並行して生じることが特徴とされている1)。
遺伝性凝固異常の関与についても報告がある。FVLヘテロ接合とMTHFR-C677Tヘテロ接合の合併が凝固不均衡をきたし、乳頭静脈炎発症に寄与しうると推定されている2)。MTHFR-C677T変異はホモ接合の場合に高ホモシステイン血症を引き起こし過凝固状態に寄与しうるが、ヘテロ接合のみでは高ホモシステイン血症が生じない場合もある。
発症機序は単一ではないが、視神経乳頭の炎症が網膜中心静脈を圧迫するメカニズムが推定されている。若年者では高血圧・動脈硬化といった中高年のCRVOリスク因子がないため、凝固異常(遺伝性因子)や感染後の炎症(COVID-19など)が相対的に重要な誘因となる。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”COVID-19罹患後の乳頭静脈炎
Section titled “COVID-19罹患後の乳頭静脈炎”Insausti-Garcíaら(2022)は、40歳男性がCOVID-19罹患6週間後に乳頭静脈炎を発症した症例を報告した1)。検査ではD-ダイマー672 μg/L(正常<460)、フィブリノゲン451 mg/dL(正常200〜400)、CRP 0.898 mg/dL(正常<0.500)と凝固・炎症マーカーの上昇を確認。遺伝性血栓性素因はすべて正常。硝子体内デキサメタゾンインプラント(Ozurdex)注入後2週間で視力20/200から20/40へ改善した。デキサメタゾンによる急速な改善は炎症仮説を支持する可能性がある。
遺伝性凝固異常の合併例
Section titled “遺伝性凝固異常の合併例”Ntoraら(2021)は、FVLヘテロ接合とMTHFR-C677Tヘテロ接合変異の合併による乳頭静脈炎発症例(22歳女性)として世界初の報告を行った2)。経口メチルプレドニゾロン単独で完全寛解。遺伝子スクリーニングが乳頭静脈炎診断における重要な検索項目であることが示された。血液内科コンサルテーションが将来の合併症予防に必須とされている。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Insausti-García A, Reche-Sainz JA, Ruiz-Arranz C, et al. Papillophlebitis in a COVID-19 patient: inflammation and hypercoagulable state. Eur J Ophthalmol. 2022;32(1):NP168-NP172.
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Ntora E, Dalianis G, Terzidou C. Papillophlebitis associated with coexisting heterozygous mutations of Factor V Leiden and methylenetetrahydrofolate reductase enzyme (C677T). Cureus. 2021;13(5):e15081.