視床の変性
視床前核・背内側核:大型神経細胞の50〜80%が脱落する。反応性アストロサイトが2〜3倍に増加する(アストログリオーシス)。
FDG-PET所見:視床領域の代謝が大幅に低下する。睡眠障害・自律神経機能不全の主因となる。

致死性家族性不眠症(Fatal Familial Insomnia; FFI)は、PRNP遺伝子のコドン178においてアスパラギン酸からアスパラギンへの置換(D178N変異)をきたす遺伝性プリオン病である。常染色体優性遺伝であり、生涯発症リスクは90%を超える。1)
1986年にLugaresiらが初報告した。世界で約70家系のFFIと25例の孤発性致死性不眠症(sporadic fatal insomnia; sFI)が報告されており、きわめてまれな疾患である。2)
コドン129の多型(Met-Met型またはMet-Val型)が病型の表現に影響する。漢民族ではMet-Met(M/M)ホモ接合の遺伝子頻度がヨーロッパ人より高く、感受性が高い可能性がある。3) 発症年齢は12〜89歳と幅広く、平均約50〜51歳である。病悩期間は8〜72か月とされる。1)
FFIの三主徴は睡眠障害・運動機能障害・自律神経過活動である。眼科的徴候(サッケード嵌入・変動する複視)は疾患の初期から出現しうる。
孤発性致死性不眠症(sFI)はFFIと同様の臨床像を呈するが、PRNP変異は伴わない。
世界で約70家系のFFIと25例のsFIが報告されているにすぎず、きわめてまれなプリオン病である。2) 漢民族など特定の民族的背景を持つ家系に多いとされる。
神経眼科的所見が本疾患の特徴的な早期所見として重要である。
その他の全身臨床徴候は以下の通りである。
サッケード嵌入や変動する複視はFFIの早期から出現しうる。Mastrangeloらの研究では初期FFI患者全例にサッケード嵌入が認められており、視床損傷の初期指標となる可能性がある。複視がFFIの最初の症状として受診のきっかけになることもある。2)
FFIの原因はPRNP遺伝子(第20染色体)のD178N変異(コドン178:GAC→AAC)である。変異により正常プリオンタンパク質(PrP)が異常アイソフォーム(PrPSc)へとミスフォールディングし、不溶性PrPが神経組織に蓄積して変性を引き起こす。
FFIの診断は困難であり、しばしば遅れる。MRI・EEG・CSF検査が正常を示す場合もあり、臨床診断には高い疑いが必要である。
以下の表に主要な検査と所見をまとめる。
| 検査 | 所見・感度 |
|---|---|
| EEG | 過剰なθ・δ波。CJD典型の周期性鋭波複合は通常なし |
| CSF 14-3-3蛋白 | FFI患者の50%でのみ異常2) |
| CSF RT-QuIC | FFIで83%、sFIで50%陽性2) |
| CSF T-Tau >284 pg/ml | FFI診断の感度78%・特異度80%1) |
「ほぼ確実(probable)」の臨床診断には、睡眠関連の変化に加え、進行性の自律神経機能不全または体性運動徴候のいずれかが必要とされる。
遺伝子検査がゴールドスタンダードであり、遺伝子検査なしでの確定診断は困難である。MRI・EEG・CSF検査(14-3-3蛋白・RT-QuIC)はすべて正常を示すことがあり、FFIを否定する根拠にはならない。2) PSGで睡眠紡錘波の消失を確認し、FDG-PETで視床低代謝を示せば診断の強い根拠となる。
現時点でFFIに対する有効な根治的治療法は存在しない。管理の中心は対症療法と緩和ケアである。
ベンゾジアゼピン系薬剤を含む一般的な睡眠薬・鎮静薬はFFIの不眠に無効である。3) これはFFIの不眠が視床の神経変性に基づくためと考えられており、薬物による睡眠誘導は困難である。GHBで徐波睡眠の誘発が1例報告されているが、予後改善効果は確認されていない。
FFIの中心的な病態は視床の選択的変性である。正常PrPタンパク質が異常アイソフォーム(PrPSc)へとミスフォールディングし、PrPScが自己増殖のテンプレートとして機能することでプロテアーゼ耐性の不溶性PrPが蓄積・神経変性が進行する。
視床の変性
視床前核・背内側核:大型神経細胞の50〜80%が脱落する。反応性アストロサイトが2〜3倍に増加する(アストログリオーシス)。
FDG-PET所見:視床領域の代謝が大幅に低下する。睡眠障害・自律神経機能不全の主因となる。
他の脳領域の病変
大脳皮質・小脳皮質・オリーブ核:反応性グリオーシスが生じる。まれに大脳皮質の海綿状変化を伴うが、比較的軽度・低頻度である。
PrPSc分布との一致:代謝低下の進行パターンはPrPSc脳内分布と一致することが示されている。1)
Mastrangeloらは、臨床症状出現前から視床が最初に損傷を受けることを示唆した。視床は眼球の運動制御に重要な役割を担うため、サッケード嵌入を伴う固視障害はFFI早期の視床損傷を示す指標となりうる。
Cortelliらは同一FFI患者の経時的FDG-PETで、初期の視床低代謝から、帯状回・辺縁系・大脳皮質(前頭葉基底部・外側前頭皮質)へと代謝低下領域が漸増することを確認した。この分布はPrPScの脳内拡散と一致する。1)
Patelらは、CSF RT-QuICが陰性であったにもかかわらず、死後検査でFFIと確定された症例を報告した。2) RT-QuICはsCJDでは感度97%・特異度100%に達するが、FFI・GSS・sFIなどの遺伝性・非典型的プリオン病では感度が低下する(FFI: 83%、sFI: 50%)。FFI診断における生前のバイオマーカーとしては限界があり、改良型アッセイの開発が求められている。
Schmitzらは遺伝性プリオン病のCSFバイオマーカー精度を評価し、FFI患者ではT-Tau >284 pg/mlで感度78%・特異度80%となることを報告した。1) また、Chenらの中国における遺伝性プリオン病コホート研究では、FFI患者の41.47%がT-Tau <2000 pg/mlを示し、ミオクローヌスを伴う症例ではT-Tauが相対的に高値であった。1)
Wangらは、COVID-19流行期にCSF白血球増多(初回36.60×10⁶/L)を呈したFFI症例を報告した。1) プリオン病でのCSF白血球増多はまれであるが報告があり(遺伝性CJD 26例中5例、孤発性CJD 298例中3例で軽度上昇)、古典的な炎症反応とは異なる機序が示唆されている。白血球増多が感染症・自己免疫性脳炎と誤認されうるため、診断遅延の原因となる。
D178N変異を有するPrPSc形成を標的とした治療法の開発が研究の最終目標とされている。浸透率が90%を超えることから、将来的には無症候性変異保因者への予防的介入試験のデザインも検討される。発症年齢の親子間予測が困難なため、予防試験の設計に課題が残る。1)
Wang Z, Huang Y, Wang S, et al. A case report of fatal familial insomnia with cerebrospinal fluid leukocytosis during the COVID-19 epidemic and review of the literature. Prion. 2024;18(1):1-10.
Patel D, Ibrahim H, Rankin J, et al. Fatal insomnia: the elusive prion disease. BMJ Case Rep. 2021;14:e241289.
Tan Y, Liang J, Li X, et al. A fatal familial insomnia patient newly diagnosed as having depression: A case report. Medicine. 2021;100:41(e27544).