この疾患の要点
1.5症候群は橋の病変により、患側への水平注視麻痺と同側の核間麻痺が同時に生じる眼球運動障害 である。
健側眼の外転のみが残存し、正面位では健側が外斜視 (麻痺性橋外斜視)となる。
垂直注視は通常保たれる。
主な原因は血管障害(橋梗塞・橋出血)であり、若年者では多発性硬化症 が多い。
MRI(±MRA)が病変同定の第一選択検査である。
治療は原疾患へのアプローチが最優先であり、複視 が残存した場合はFresnel膜プリズムや斜視 手術が選択肢となる。
脳血管障害・多発性硬化症によるものは予後が比較的良好で、多くが後遺症なく回復する。
1.5症候群(One and a Half Syndrome; OHS)は、橋被蓋部の病変により生じる水平眼球運動障害である。
「1」の成分 :患側への共役水平注視麻痺(conjugate horizontal gaze palsy; CHGP)
「0.5」の成分 :同側の核間麻痺(internuclear ophthalmoplegia; INO )
この組み合わせにより、患側眼は水平方向にほとんど動かず、健側眼の外転のみが可能となる。健側眼の外転時には単眼性眼振 が認められ、輻湊による内転は通常保たれる。正面位では必ず健側が外斜視となり、これを麻痺性橋外斜視 (paralytic pontine exotropia)と呼ぶ。
本症候群は1967年にCharles Miller Fisherが橋病変患者の眼筋麻痺パターンとして初めて記載・命名した。1)
孤立型のOHSはまれで、通常は他の脳神経麻痺・片麻痺・半側感覚障害を伴う。Wall & Wray(1983)の20例検討では、対側片麻痺30%、半側感覚障害35%に認めた。1)
Foyaca-Sibat & Ibanez-Valdes(2004)はOHSを以下の3型に分類している。1)
分類 定義 Type 1 CHGP+INO Type 2 CHGP+片眼内転保存または瞳孔 異常 Type 3 CHGP+片側垂直麻痺またはその他の組み合わせ
OHSの病変部位に他の脳神経障害が加わると、番号付き症候群として体系化されている。1)
8.5症候群 :OHS+同側顔面神経麻痺(PPRF・MLF・顔面神経束の同時病変)
9症候群 :OHS+顔面神経麻痺+対側片麻痺(橋ラクナ梗塞)
13.5症候群 :8.5症候群+同側三叉神経 障害(リンパ腫による)
15.5症候群 :OHS+両側顔面神経麻痺(両側橋被蓋病変)
16.5症候群 :OHS+片側顔面神経+片麻痺+片側聴力低下(転移性橋腫瘍)
Q 1.5症候群の「1」と「0.5」はそれぞれ何を意味するのか?
A 「1」は患側への共役水平注視麻痺(両眼が患側へ向く動きの完全消失)に相当し、「0.5」は同側の核間麻痺(INO)に相当する。合計すると「1.5」の水平眼球運動が失われることから命名された。
水平複視 :健側方向を見ると増強する。
霧視 :視界がぼやける感覚。
動揺視 (oscillopsia) :視界が揺れて見える。
めまい・ふらつき :脳幹部病変に伴う神経症状として出現する。
上下複視は少ない :斜偏位 (skew deviation)を合併しても、上下の複視を訴えることはほとんどない。
患側への水平注視が完全に制限 :患側への外転も内転も不可。
健側注視時の患側眼内転制限 :INO成分による。
健側眼の外転のみ可能 :外転時に単眼性眼振を伴う。
麻痺性橋外斜視 :正面位で健側が外斜視となる。
輻湊による内転は保存 :多くの場合。
垂直注視は保たれる 。
斜偏位(skew deviation)の合併 :認めることがある。
その他の眼振パターン :注視誘発眼振・上向き眼振・同側への回転眼振など。
Q 1.5症候群では垂直方向の眼球運動に問題は出るか?
A 垂直注視は通常保たれる。これは垂直眼球運動の経路がMLFや橋のPPRFとは異なる中脳レベルで制御されるためである。ただし病変が中脳に及んだ場合は垂直運動も障害されうる。
橋梗塞 :脳底動脈から分岐する下橋被蓋枝の梗塞が大部分を占める。
橋出血 :高血圧が主なリスク因子。
脳底動脈瘤・動静脈奇形 :血管構造異常による。
海綿状血管腫などの橋部腫瘍 。
頭部外傷 。
多発性硬化症(脱髄疾患 ) :特に若年者に多い。
若年者 :多発性硬化症、炎症性病変(脳幹脳炎・神経Behçet病など)
高齢者 :血管障害(椎骨脳底動脈の血栓症・塞栓症・脳幹出血)
小児 :脳幹腫瘍
脳幹の悪性腫瘍 :神経膠腫・転移性メラノーマ・上衣腫・アストロサイトーマ
感染症 :神経嚢虫症・脳幹結核腫・脳幹脳炎
Wernicke脳症 :チアミン(ビタミンB₁)欠乏。アルコール依存症・食事摂取不良・胃切除後に注意。
全身性エリテマトーデス (SLE)の初発症状 としての報告もある。1)
健側の外転以外の水平性眼球運動の制限を確認する。
両眼の患側方向への速度低下、患側の内転速度の低下も診断に役立つ。
正面位での麻痺性橋外斜視は重要な所見である。
輻湊による内転が可能であることを確認する (輻湊を含む完全な眼球運動評価が必要)。
脳神経に特に注意を払った神経学的診察により、病変の局在診断が可能となる。
MRI(±MRA) :脳幹病変の検出・局在化の第一選択。脳幹被蓋部の描出には軸撮影に加え冠状断も依頼する。
拡散強調画像(DWI)の注意点 :脳梗塞は発症直後のDWIで高信号を示さないことがあり、再撮影が必要な場合がある。
CT :橋出血や橋部腫瘍は比較的容易に診断できる。下橋被蓋枝の梗塞巣が確認できる症例は少ない。
多発性硬化症 :側脳室周囲に特徴的画像所見。ただし橋病変は描出されないことが多い。
Wernicke脳症 :乳頭体や中脳水道周囲に特徴的画像所見。ただし橋病変は描出されないことが多い。
血管造影(angiography) :血管性病因が疑われる場合に適応。
OHSに類似した眼球運動異常を呈する疾患との鑑別が重要である。
偽OHS(重症筋無力症 ) :重症筋無力症(MG)がOHSを模倣することがある。MGでは輻湊を試みても内転障害が改善されない。1) 日内変動の欠如・テンシロン試験で改善しないことからも鑑別できる。
Fisher症候群 :両眼対称性の眼球運動障害ではなく、体幹失調によるふらつきもないことで鑑別する。
動眼神経麻痺 との鑑別 :上転制限・下転制限がなく、眼瞼下垂 もなく、散瞳 ・対光反射減弱などの内眼筋障害を欠くことで区別する。
8.5症候群との鑑別 :OHSには顔面神経麻痺がない点で区別する。1)
甲状腺眼症 :甲状腺眼症が疑われる場合は甲状腺機能検査を実施する。
Q 重症筋無力症との区別はどのように行うか?
A 重症筋無力症(MG)は1.5症候群を模倣する偽OHSを呈することがある。OHSでは輻湊による内転が保たれるのに対し、MGでは輻湊を試みても内転障害が改善されない。また日内変動の欠如・テンシロン試験で改善しないことも鑑別の根拠となる。
治療は原疾患への対応が最優先 である。OHSそのものを直接治療する手段はなく、脳幹病変の原因疾患を治療することで眼球運動異常の改善を図る。
原疾患の治療
脳梗塞(橋下部被蓋梗塞) :発症4.5時間以内に拡散強調画像で梗塞巣が確認できれば、t-PA(アルテプラーゼ:アクチバシン)0.6mg/kg静注が可能。t-PA静注後に再開通がなければステント回収型デバイスによる血管内治療を検討する。
急性期薬物治療 :発症24時間以内ならラジカット(エダラボン)点滴静注も選択肢。ただし眼球運動異常だけでこれらの超急性期治療が行われることはほとんどない。
日常的な薬物治療 :メチコバール錠(500μg)3錠+カリクレイン錠(10単位)3錠(分3)で経過観察することが多い(ともに保険適用外)。
橋出血・橋部腫瘍 :脳神経外科が主体となる。
多発性硬化症 :ステロイドパルス療法 。無効なら血液浄化療法(神経内科と協力)。
Wernicke脳症 :ビタミンB₁療法(神経内科と協力)。
対症療法(複視管理)
Fresnel膜プリズム処方 :正面視で複視が残存した場合に選択する。
アイパッチ・片眼遮閉 :複視の即時管理として有用。
斜視手術(外眼筋 後転術+調整縫合) :両眼視・頭位・整容性改善を目的として行う。
ボツリヌス毒素注入 :特に失調性非共同眼振による動揺視に有効。一時的な効果だが、リハビリテーション中の管理に適する。
治療における注意点
t-PAおよびエダラボンは脳梗塞に対する適応であり、眼球運動異常のみを理由に投与されることはほとんどない。適応の判断は神経内科・救急科と連携して行う。
メチコバール錠・カリクレイン錠はともに眼球運動障害への保険適用外使用であることに注意する。
Q 複視が残った場合にはどのような対処法があるか?
A 正面視で複視が残存した場合、Fresnel膜プリズム処方が選択される。より積極的な介入としては、外眼筋後転術+調整縫合による斜視手術が両眼視・頭位・整容性の改善を目的として行われる。動揺視が問題となる場合はボツリヌス毒素注入も有効な選択肢となる。
PPRF(傍正中橋網様体) :脳幹の水平注視中枢。大脳半球・上丘・前庭神経核・小脳から入力を受ける。
外転神経核 :PPRFからの信号を受け、同側の外直筋を制御する。対側MLFを介して対側内直筋も制御する。
MLF(内側縦束) :外転神経核から交叉して対側動眼神経内直筋亜核に至る介在ニューロンの経路。橋から中脳に至る長い線維束である。
衝動性眼球運動 :前頭葉8野→反対側PPRF
滑動性追従運動 :後頭葉19野→同側PPRF
前庭系眼球運動 :三半規管→前庭神経核→PPRFを経由せず直接反対側外転神経核
PPRFの興奮→同側外転神経核→(1)同側外直筋+(2)交叉して対側MLF→対側動眼神経内直筋核→対側内直筋という経路で共役水平注視が成立する。
同側のPPRF/外転神経核と同側のMLFが同時に障害されることで発症する。想定される4つの病変パターンを以下に示す。
同側の外転神経核とPPRFの両方の損傷
同側の外転神経核のみの損傷
同側のPPRFのみの損傷
2つの別個の病変による同側外転神経根線維と対側MLFの損傷
PPRF病変の部位による違い :
外転神経核より吻側の病変:サッケード ・追従運動は障害されるが、前庭誘発反射性水平眼球運動は保存される。
外転神経核レベルの病変:随意運動に加え前庭誘発反射性運動も消失する。
外転神経核の損傷:随意・反射を含むすべての同側水平眼球運動が停止する。
MLFの核間ニューロン障害→対側注視時の同側眼内転麻痺+対側外転眼の水平衝動性眼振が生じる。外転時に認められる眼振は解離性律動眼振であり、患眼の内転不全に対する適応現象と考えられている。内転障害の程度はさまざまで、改善後に運動制限が消失しても内転速度の低下が残存することが多い。
輻湊・対光反射・垂直眼球運動はMLFを通らないため、通常保存される(病変が中脳に及ばない限り)。
Nathan et al.(2024)は、42歳の高血圧未治療女性が右片麻痺・めまい・射出性嘔吐で救急搬送された症例を報告した1) 。来院時血圧は170/110mmHg。左眼の完全水平注視麻痺と右眼外転時の眼振を認め、CTで左中脳・上部橋の出血を確認した。降圧治療により管理し、1か月の入院後に退院。2.5年後のフォローアップで眼球運動は改善し、日常生活を遂行可能となった。
脳血管障害によるOHS :予後は比較的良好。画像で病巣が確認できない軽症梗塞例は数日で治癒することもある。
Wernicke脳症 :早期治療開始で1〜2週間で眼球運動異常が消失する。
多発性硬化症 :完全消失はまれでわずかな制限を残すことが多い。ただし眼球運動異常で発症するMS自体の予後は良好。
橋出血によるOHS :6か月で完全回復の報告がある。1)
MS・脳血管障害・脳幹ラクナ梗塞 :多くが後遺症なく回復する。1)
OHSを核として番号付き症候群の体系が近年整理されつつある。8.5・9・13.5・15.5・16.5症候群など、病変の拡大に応じた命名体系の確立が進んでいる。1)
Nathan B, Rajendran A, G E. One-and-a-Half Syndrome in a Case of Brainstem Bleed. Cureus. 2024.
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