眼振
下向性眼振(DBN):SPS患者で視界の揺れとともに報告される。最も代表的な眼振型である。
注視誘発眼振・反跳眼振:水平方向の注視で誘発される眼振。
周期性交代性眼振(PAN):亜急性小脳失調症患者で報告。
両側水平回旋性衝動性眼振:垂直性サッカードの消失を伴う。

グルタミン酸脱炭酸酵素(glutamic acid decarboxylase: GAD)は、中枢神経系の主要な抑制性神経伝達物質であるグルタミン酸をガンマアミノ酪酸(GABA)へと変換する酵素である。この酵素に対する自己抗体(抗GAD抗体)は、小脳失調症、スティッフパーソン症候群(stiff person syndrome: SPS)、インスリン依存性糖尿病など多くの臨床症候群に関与する。これらの疾患群はGAD抗体スペクトラム障害(GAD-SD)と総称される3)。
GADにはGAD67とGAD65の2つのアイソフォームが存在する。GAD67は細胞質全体に分布するのに対し、GAD65はシナプス小胞の膜に付着し、神経終末に局在する。GAD65はGAD2遺伝子(染色体10p12.1)にコードされ、シナプス伝達に必要なGABAの迅速な合成を担う2)。
抗GAD抗体の陽性率は一般集団で1.7%、新規診断2型糖尿病患者で3.7〜4.7%(ADOPT試験)とされる。1型糖尿病患者では約80%、SPS患者では約60%に高値の抗GAD抗体が認められる3)。SPSの有病率は100万人に1〜2人と推定されている2)。
抗GAD抗体陽性患者では、以下の神経眼科的所見が報告されている。
GADは膵臓のβ細胞にも発現している。1型糖尿病患者の約80%で抗GAD抗体が陽性であり、GAD-SD患者の30〜60%に1型糖尿病が合併する3)。ただし1型糖尿病患者のうちSPSを合併するのは1万人に1人程度と稀である。
抗GAD抗体症候群の神経眼科的症状は多彩である。
SPS関連の全身症状として、体幹・四肢の筋硬直、痛みを伴う筋痙攣、歩行障害がある4)。
眼振
下向性眼振(DBN):SPS患者で視界の揺れとともに報告される。最も代表的な眼振型である。
注視誘発眼振・反跳眼振:水平方向の注視で誘発される眼振。
周期性交代性眼振(PAN):亜急性小脳失調症患者で報告。
両側水平回旋性衝動性眼振:垂直性サッカードの消失を伴う。
眼筋麻痺・網膜症
両側性眼筋麻痺:混合型胸腺腫合併例で、水平・上方への眼球運動がほぼ完全に消失した報告がある。
前庭動眼反射(VOR)障害:両側性水平方向VORの障害やVORの遷延。
自己免疫性網膜症:SPS患者で内網状層・外網状層の変性が報告されている。
オプソクローヌス:下向性眼振に加え多方向性の衝動性眼球運動が出現。
眼振(特に下向性眼振)と複視が代表的である。眼振はSPS・小脳失調症いずれの病態でも出現し、視界の揺れ(oscillopsia)の原因となる。
抗GAD抗体症候群の病因は完全には解明されていないが、自己免疫性または腫瘍随伴性の病態に関連すると考えられている。
SPSには以下の3つの病型が存在する4)。
SPS患者20例を対象とした報告では、75%に他の自己免疫疾患が合併していた(甲状腺機能低下症11例、IDDM 7例、重症筋無力症2例、シェーグレン症候群2例など)5)。
さらに95%(19/20例)にグルテン感受性の血清学的証拠が認められ、30%にセリアック病が確認された5)。
抗GAD抗体症候群の診断は、臨床症状、素因となるリスク因子、臨床検査の結果を総合して行う。
2023年にNicholas Hらが提唱した新診断基準は以下の5項目で構成される2)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 臨床症状 | 体幹・四肢の硬直、または音・感覚・情動で誘発される痙攣 |
| 臨床徴候 | 筋トーヌス亢進、傍脊柱筋と腹直筋の同期的硬直、腰椎前弯変形 |
| 血清所見 | 高力価抗GAD65抗体(血清/CSF)、または抗GlyR/抗amphiphysin抗体 |
電気生理学的所見(EMGでの傍脊柱筋弛緩不全、音刺激への過大反応、拮抗筋同時収縮)と除外診断を加えて総合的に判定する。
眼球運動障害・複視を呈する疾患として、重症筋無力症、Wernicke脳症、進行性核上性麻痺、多発性硬化症などとの鑑別が重要である。
抗GAD抗体症候群の治療は、対症療法と免疫調節療法を組み合わせて行う。根治療法は存在しない。
対症療法
ベンゾジアゼピン系:GABA作動性経路を増強し、SPSの対症療法の基礎となる2)。
バクロフェン:GABA_B作動薬。垂直眼振、周期性方向交代性眼振に著効することがある。処方例:ギャバロン錠(5mg)3〜6錠/日、分1〜3。
ダントロレン・チザニジン:筋弛緩薬として併用される5)。
ガバペンチン:追加的な症状緩和効果が期待される5)。
プリズム眼鏡:眼位依存性の眼振による動揺視の軽減に使用する。
免疫調節療法
IVIG:最も広く使用され有効性が証明されている2)。高用量0.4g/kg×7日が有効と報告される2)。
血漿交換療法:病原性抗GAD抗体の除去を目的とする。
ステロイドパルス療法:メチルプレドニゾロン500mg/日×6日3)。
リツキシマブ:IVIG不耐例の代替として考慮される2)。
ミコフェノール酸モフェチル:経口免疫抑制薬として長期管理に使用5)。
Yangら(2025)は、APS-2を合併した抗GAD65抗体関連SPS患者にIVIG(0.4g/kg×7日)を追加投与し、3日目に腹部筋痙攣が消失、7日目に体幹硬直が著明に改善したと報告した2)。1か月後のフォローアップでも症状の再燃は認められなかった。
一方、Hadjivassiliouら(2021)のSPS 20例の報告では、IVIGの長期的有効性は限定的であった(9例に使用、長期有効は1例のみ)。経口免疫抑制薬(ミコフェノール酸モフェチル)のほうが有効であったと報告されている5)。
バクロフェン(GABA_B作動薬)が垂直眼振・周期性方向交代性眼振・衝動性眼球運動混入に対して著効することがある。処方例はギャバロン錠(5mg)3〜6錠/日である。プリズム眼鏡による動揺視の軽減も試みられる。
抗GAD抗体がGABA作動性経路を阻害するメカニズムとして、主に2つの説が提唱されている。
抗GAD抗体がGAD酵素を攻撃し、中枢神経系(CNS)におけるGABAの合成を阻害するという説である。in vitroでの抗GAD IgGの活性がこの機序を裏付ける。
抗GAD抗体がシナプス小胞からのGABA放出を妨害するという説である。GAD65欠損マウスの研究では、低頻度の刺激ではGABA放出が維持されるが、持続的な刺激下ではGABA放出の欠陥が明らかとなった。これはGAD65の欠如が、神経伝達物質の代謝回転が高い時期にシナプス小胞の動員・補充を損なうことを示唆する。
抗GAD抗体は1型糖尿病とSPSで異なるエピトープを認識する3)。
この認識パターンの違いが、同じ抗GAD抗体でありながら異なる臨床像を呈する理由の一つと考えられている。
小脳の出力はすべて抑制性である。免疫学的機序による小脳の障害はこの抑制性出力の調節障害を引き起こし、CNSの過剰興奮状態をもたらす5)。免疫性小脳失調では遺伝性・変性型よりもこの過剰興奮が顕著であり、SPSにおける硬直・痙攣や皮質ミオクローヌスとして臨床的に発現する。
小脳にはGABA作動性ニューロン(プルキンエ細胞、ゴルジ細胞)が豊富に存在する。抗GAD抗体によるGABA産生・放出の障害はこれらの細胞に選択的に影響を及ぼし、小脳萎縮や眼球運動障害の原因となる。
Hadjivassiliouら(2021)は、SPS患者20例中19例(95%)にグルテン感受性の血清学的証拠を認め、6例にセリアック病を確認した。グルテンフリー食(GFD)により12/19例が改善し、7例はGFD単独で長期管理が可能であった5)。グルテン感受性が抗GAD関連疾患の免疫応答を駆動している可能性が示唆されている。
Sanoら(2025)は、同種造血幹細胞移植後にGAD-SDと1型糖尿病を発症した症例を報告した。移植後の免疫再構築の異常が自己免疫反応を惹起した可能性がある。これまでに6例のHCT後GAD-SD発症例が報告されており、発症までの期間は10か月〜4年である3)。
Sibillaら(2025)は、抗GAD抗体陽性のSPS(type 1)にインスリノーマを合併した初の症例を報告した。腫瘍摘出後の神経症状の改善は部分的かつ一過性であった4)。
efgartigimod(FcRn阻害薬)は、SPS・重症筋無力症合併例での有効性が報告されており、抗GAD関連疾患に対する新たな治療候補として注目されている2)。自家造血幹細胞移植も難治例への選択肢として報告されている5)。