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神経眼科

家族性自律神経失調症の神経眼科的徴候

1. 家族性自律神経失調症の神経眼科的徴候とは

Section titled “1. 家族性自律神経失調症の神経眼科的徴候とは”

家族性自律神経失調症(Familial Dysautonomia; FD)は、ライリー・デイ症候群(Riley-Day syndrome)とも呼ばれる常染色体劣性の神経発達障害である。1949年、RileyとDayがアシュケナージ系ユダヤ人の小児において、涙液産生の減少・多汗・唾液分泌過多・深部腱反射の減弱・血圧の変動を特徴とする広範な感覚・自律神経異常を初めて報告した。

現在、FDは遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー(HSAN)のIII型に分類される1)。アシュケナージ系ユダヤ人における有病率は約1/3,700であり、保因者頻度は約1/27〜1/32と推定される。他のHSAN型にはこのような強い民族的偏りは見られない。

2001年に原因遺伝子として第9染色体長腕上のIKAP(I-κBキナーゼ結合タンパク質)/ELP-1(エロンゲーター1タンパク質)が同定された。最も一般的な変異はイントロン20のドナースプライス部位におけるT→C置換であり、この変異によりIKAP遺伝子のスプライシング異常が生じ、感覚ニューロンの発達が障害される1)

Q なぜアシュケナージ系ユダヤ人に多いのか?
A

原因となるIKAP遺伝子変異の保因者頻度がアシュケナージ系ユダヤ人集団で約1/27〜1/32と非常に高いためである。創始者効果(founder effect)と呼ばれる集団遺伝学的現象による。他のHSAN型にはこの民族的偏りは見られない。

FDの眼症状は進行性であり、以下の自覚症状がみられる。

  • 涙の減少:基礎分泌および情緒性涙液の産生が著明に低下する。泣いても涙が出ないことが特徴的である。
  • 眼痛の欠如:角膜知覚低下(全身性ニューロパチーの一部)により、異物や刺激物による眼痛に対して無感覚となる。
  • 視力低下:進行性に生じ、加齢とともに悪化する。最終的に法的盲に至ることがある。
  • 色覚異常:赤緑色覚異常が高齢の患者で観察される。
  • 中心視野欠損:視神経萎縮の進行に伴い生じる。

FDの神経眼科的所見と全身徴候は多岐にわたる。

神経眼科的所見

神経原性無涙症:最も一般的な眼徴候。基礎・情緒性涙液産生の著明な減少。

角膜知覚低下:全身性ニューロパチーの一部。角膜上皮欠損・擦過傷・瘢痕のリスクが高い。

兎眼:眼瞼閉鎖不全により角膜乾燥を助長する。

視神経萎縮:耳側で最も顕著。乳頭黄斑線維束のRNFL欠損を伴う。

OCT所見:黄斑部の網膜神経節細胞層とRNFLの菲薄化。周辺部は比較的保存される。

眼球運動異常サッケード介入や視運動性反応の緩徐化がみられる。

主な全身徴候

自律神経クリーゼ:一過性の高血圧・頻脈・びまん性発汗・嘔吐・性格変化を呈するエピソード1)

起立性低血圧:立ちくらみ・失神の原因。長期的には腎不全を招く。

嚥下障害:口咽頭の協調不全。誤嚥性肺炎のリスクが高い。

舌の茸状乳頭欠如:味覚障害を生じる。特徴的な診断的所見でもある。

骨格異常:低身長・脊柱側弯症。上唇の直線化も特徴的である。

晩発性の視神経症は生後10年以降に記録されることが多く、近年の生存率向上に伴い、より多くの患者でこの所見が明らかになりつつある。

Q FDで視力が低下するのはなぜか?
A

2つの経路がある。第一に、視神経萎縮による網膜神経節細胞・網膜神経線維層の進行性減少(特に乳頭黄斑線維束)が視力低下・中心視野欠損・色覚異常を引き起こす。第二に、無涙症・角膜知覚低下・兎眼による慢性的な角膜上皮障害が角膜瘢痕に至る。

FDの原因は第9染色体長腕上のIKAP/ELP-1遺伝子の点変異である。3つの変異が発見されているが、最も一般的なのはイントロン20のドナースプライス部位におけるT→C置換である。

この変異によるmRNAスプライシング異常は以下の結果をもたらす。

  • エクソン20のスプライシングアウト:フレームシフト変異が生じ、早期終止コドンにより短縮型IKAPタンパク質が産生される
  • 組織特異的な異常:ニューロンでは主に変異型IKAP mRNAが産生されるが、他の細胞では正常型と変異型が混在する
  • 神経支配の障害:胚発生期のIKAP欠損により一次感覚神経支配が失敗し、後根神経節および交感神経細胞が消失する

自律神経クリーゼの発生機序としては、動脈バロレセプターの求心性ニューロン障害により、交感神経系の流出が制御不能となることが示されている1)

現在の確定診断はIKAP遺伝子のDNA検査が第一選択である。遺伝子検査が利用可能になる以前は、以下の臨床的特徴の組み合わせにより診断されていた。

主要な臨床診断基準を以下に示す。

診断的所見内容
無涙症涙液産生の著明な減少
茸状乳頭の欠如舌の茸状乳頭が認められない
膝蓋腱反射の消失深部腱反射の減弱〜消失

このほか、皮内ヒスタミン試験(正常な発赤反応が誘発されない)も診断に用いられていた。ただし他のHSAN型でも皮内ヒスタミン反応が誘発されない可能性があり、臨床所見の慎重な評価が必要である。腓腹神経生検では無髄軸索の著明な減少が確認される。

FDの鑑別診断として、以下の自律神経系疾患を考慮する。

  • Adie症候群瞳孔緊張症+腱反射異常を呈する。低濃度(0.125%)ピロカルピン塩酸塩の点眼試験で脱神経性過敏による縮瞳が認められる
  • Ross症候群:Adie症候群に加え起立性低血圧・発汗異常などの自律神経症状を伴う。FDの自律神経障害との類似点がある
  • Horner症候群:眼交感神経系の障害により縮瞳・眼瞼下垂・涙液分泌低下を呈する。1%アプラクロニジン塩酸塩(アイオピジン)点眼による脱神経性過敏の検出が有用である

FDに対する根本的な治療法は存在しない。対症療法を通じて生活の質(QOL)を向上させることが治療の目標である。

眼科的管理

人工涙液:定期的な使用により角膜を潤滑する。治療の柱である。

湿潤箱ゴーグル:睡眠中の角膜乾燥を防止する。

ソフトコンタクトレンズ:角膜保護効果がある。

涙点閉鎖:涙液の排出を抑制し、眼表面の湿潤を保つ。

眼瞼縫合術:難治例に行われるが、外見上の問題と視力制限がある。

角膜移植:治癒不全や上皮欠損のため成功率は限定的である。

全身管理

ミドドリン:起立性低血圧の管理。生存率の向上に寄与する。

クロニジン:臥位高血圧や自律神経クリーゼの期間短縮に使用される。

ジアゼパム:自律神経クリーゼの急性期対応に使用される。

栄養管理:とろみ付きフォーミュラ、代替授乳技術。嚥下障害への対応。

噴門形成術+胃瘻造設:誤嚥性肺炎の予防と逆流症状の軽減に有効。

自律神経クリーゼはFD患者の重要な急性期合併症であり、バロレセプターからのフィードバック障害による交感神経系の無制御な流出が原因である1)

  • 第一選択:ベンゾジアゼピン(GABA受容体を介した抑制性神経伝達の促進)+クロニジン(中枢性α-アドレナリン作動薬でノルエピネフリン末梢放出を抑制)1)
  • β遮断薬(ラベタロール):カテコールアミンに対する競合的拮抗により血圧・心拍数を低下させる1)
  • カルビドパ:ドパミン合成阻害薬。嘔吐には有効であるが、血圧への効果は不明確である1)

眼の充血を認めた場合は、慢性眼瞼炎細菌性結膜炎真菌性角膜炎の可能性を速やかに評価すべきである。慢性眼瞼炎は局所抗菌薬と副腎皮質ステロイド軟膏の併用で治療される。顕著な斜視がある場合は、早期の矯正手術が視機能の維持に有益である。

Q 自律神経クリーゼで嘔吐が起きるのはなぜか?
A

クリーゼ時のカテコールアミンサージに伴い、ドパミンも血中に放出される。このドパミンがarea postrema(最後野)の化学受容器引き金帯にあるD2/D3受容体を活性化することで嘔吐が誘発される1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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IKAP/ELP-1タンパク質の機能と障害

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IKAPは神経組織および網膜で最も高い発現を示し、全身に広く発現するタンパク質である。in vitroおよびin vivoの研究により、以下の機能が示唆されている。

  • ニューロンの移動・生存・髄鞘形成:発達過程における重要な役割を担う
  • 軸索分岐:末梢神経の適切な分枝パターンの形成に寄与する
  • 逆行性神経栄養因子輸送:標的組織からのシグナルを神経細胞体に伝達する

最も一般的なIKAP遺伝子変異(イントロン20のT→C置換)により、エクソン20が可変的にスプライシングアウトされる。これによりフレームシフトが生じ、早期終止コドンにより著しく短縮されたIKAPタンパク質が産生される。

このスプライシング異常は組織特異的である。ニューロンでは主に変異型IKAP mRNAが産生される傾向があるが、他の細胞では正常型と変異型のmRNAが異なる比率で混在する。この組織特異性の原因は不明である。

胚発生期におけるIKAP欠損は、標的組織への一次感覚神経支配の失敗を招く。その結果、後根神経節および交感神経細胞が消失する。特に無髄感覚ニューロンの著しい消失が特徴であり、深部腱反射の減弱や全般的な痛覚・温度覚の障害をもたらす。

OCTを用いた研究では、FDにおける視神経症は黄斑部の網膜神経節細胞層とその軸索であるRNFLの減少を特徴とし、より周辺部の神経節細胞は比較的保たれることが示されている。視神経萎縮は通常、視神経乳頭の耳側で最も顕著であり、乳頭黄斑線維束の選択的障害を反映している。

動脈バロレセプターからの求心性情報を伝達する感覚ニューロンの障害が根本にある。この障害により中枢神経系へのフィードバックが失われ、交感神経系の流出が制御不能となる1)

クリーゼ時にはカテコールアミン(エピネフリン・ノルエピネフリン)のサージが生じる。同時にドパミンも血中に放出され、area postrema(最後野)の化学受容器引き金帯に存在するD2/D3受容体を活性化することで嘔吐を誘発する1)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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FDの原因がスプライシング異常であることから、スプライシング修飾による治療への関心が高まっている。特に2つの薬剤が注目されている。

  • キネチン(kinetin):スプライシング欠損を克服し、野生型IKAPの発現を増加させることが示されている
  • ホスファチジルセリン(phosphatidylserine):キネチンと同様にIKAPの発現を回復させる効果が報告されている

ただし、IKAPレベルを上昇させることが視神経萎縮などの神経学的特徴のさらなる悪化を予防または遅延できるかどうかを検証するための長期試験が現在進行中である。

従来の治療に抵抗する難治性自律神経クリーゼに対して、デクスメデトミジン(中枢性α2-アドレナリン作動薬)の有効性が報告されている。

Subediら(2022)は、19歳男性のFD患者における難治性自律神経クリーゼの症例を報告した。ラベタロール・ジアゼパム・クロニジンに反応しなかった患者に対し、デクスメデトミジンを0.4 μg/kg/hrで開始し、0.1 μg/kg/hrずつ30分ごとに増量したところ、3時間以内に血圧が正常化し症状が消失した1)

また、9例のFD患者を対象とした後方視的研究では、14回の入院中10回でデクスメデトミジン使用後に血圧および心拍数の低下が確認されている1)

ただし、デクスメデトミジンに関する前向き研究は未実施であり、FDの希少性が十分な検出力を持つ研究の実施を困難にしている1)

Randら(2023)は、希少自律神経疾患研究の将来について論じ、ウェアラブルデバイスによるリアルワールドデータ収集、遺伝子治療・遺伝子編集技術の進歩、患者レジストリを活用した国際的な協調データ収集の可能性を提唱した。希少疾患の80%以上に遺伝的要素があり、遺伝子治療による治療・治癒の成功例が蓄積されつつある2)

Q スプライシング修飾療法でFDは治るのか?
A

キネチンやホスファチジルセリンによりIKAPタンパク質の発現が増加することは示されているが、それが視神経萎縮などの神経学的障害の進行を予防・遅延できるかは未確定である。長期試験が進行中であり、現時点では研究段階の治療である。


  1. Subedi A, Sharma R, Lalani I. Experience With Dexmedetomidine Use in the Treatment of Dysautonomic Crisis in Familial Dysautonomia: An Off-Label Use. Cureus. 2022;14(10):e29988.
  2. Rand CM, Weese-Mayer DE. The future of rare autonomic disease research. Clin Auton Res. 2023. doi:10.1007/s10286-023-00957-7.

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