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神経眼科

昏睡における神経眼科学的所見

1. 昏睡における神経眼科学的所見とは

Section titled “1. 昏睡における神経眼科学的所見とは”

昏睡(coma)とは、有害刺激の有無にかかわらず外部刺激に反応しない遷延性の意識消失状態である。脳への重大な損傷が原因であり、外傷・脳卒中・脳腫瘍・重度の血糖異常・遷延性脳低酸素症・てんかん発作・薬物中毒など多様な病因がある。

昏睡患者は思考能力と周囲の認識能力を失う。多くは徐々に回復するが、遷延性意識障害(植物状態)への移行や死亡もある。転帰は神経学的損傷の原因・重症度・部位に大きく依存する。

昏睡の重症度評価には**グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)**が広く用いられる。開眼反応・言語反応・運動反応を評価し、8点未満は一般に昏睡状態と判定する。ただしGCSには眼球運動の検査が含まれていない。

Full Outline of Unresponsiveness(FOUR)スコアは、眼反応・運動反応・脳幹反射・呼吸を評価する代替法である。GCSとFOURスコアはいずれも転帰の優れた予測因子となる。

昏睡患者に対する神経眼科学的検査の主目的は、昏睡の原因・局在・重症度の特定を支援することにある。眼瞼・瞳孔・眼球運動・眼底の各所見は、脳幹機能障害のレベルを反映する。瞳孔対光反射の消失は外傷性脳損傷における予後不良の予測因子の一つである。

Q GCSとFOURスコアの違いは何か?
A

GCSは開眼・言語・運動の3要素を評価するが、眼球運動は含まれない。FOURスコアは眼反応・運動反応・脳幹反射・呼吸の4要素を評価し、脳幹機能をより詳細に反映する。両者とも転帰の予測因子として有用である。

昏睡患者は意識を失っており、自覚症状を訴えることはできない。昏睡に至る前(意識レベル低下の初期段階)には、頭痛・悪心嘔吐・視力低下・複視・意識朦朧などが先行することがある。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

昏睡患者の神経眼科学的所見は、瞳孔所見・自発眼球運動・眼位と眼球運動・眼瞼・眼底所見に大別される。

瞳孔対光反射は容易に検査でき、昏睡の原因の局在診断に直結する。まず明所・暗所での瞳孔径を観察し不同視の有無を確認する。片眼に光を当て、両眼の反応性(迅速・緩慢・無反応)を記録する。交互対光反射検査(swinging flashlight test)により相対的瞳孔求心路障害(RAPD)を検出する。

瞳孔不同がある場合、対光反応の大きさと速さにより患眼を判定する。反応がない、または遅い方が患眼である。

片側散瞳・固定

ハッチンソン瞳孔:脳ヘルニア(鉤ヘルニア)による動眼神経圧迫。緊急所見。

後交通動脈瘤破裂:動眼神経に沿った圧迫性病変。

薬剤性散瞳:アトロピン点眼・スコポラミンパッチなどが模倣。1%ピロカルピンで鑑別可能。

両側縮瞳(ピンポイント)

橋背側の損傷:橋出血などで瞳孔散大路が遮断される。瞳孔径1mm程度まで縮小するが、対光反射は温存される。

延髄傍正中網様体からのEW核抑制経路の障害で異常興奮が生じる。

両側小瞳孔・反応あり

代謝性・薬剤性:脳の器質的損傷がない場合、代謝性または全身性薬剤性の病因を示唆。

間脳の損傷や多くの毒物・薬物でも同様の所見を呈する。

ホルネル症候群

片側縮瞳・眼瞼下垂・無汗症:同側の交感神経路(視床下部→脳幹後外側→脊髄→交感神経幹→眼)の障害。

確認法:コカインまたはアプラクロニジン点眼で診断。

Argyll Robertson瞳孔は、対光反射が消失する一方で近見反応(輻湊反応)が保存される対光-近見反応解離を呈する。中脳背側(視蓋前域)の病変が原因であり、神経梅毒のほか糖尿病・脳血管障害・脱髄疾患でも生じる。

随意的な眼球運動の有無を確認するため、眼瞼を他動的に開け目的ある動きを観察する。反応のない患者に目的ある眼球運動が見られる場合は、カタトニア・ロックドイン症候群・偽装昏睡を疑う。

  • ロービング眼球運動:ゆっくりとした水平方向の両側共役偏視。浅い昏睡で見られ、核上性(皮質性)の病因(中毒・代謝性疾患、両側大脳半球の障害)を示唆する。
  • 眼球ボビング:両眼が急速に下方へ動いた後、緩徐に中間位に戻る共役運動。橋の構造的病変(梗塞・出血)に関連し、傍正中橋網様体(PPRF)やomnipause neuronsの損傷による垂直サッカード経路の障害を反映する1)
  • 逆眼球ボビング(ocular dipping):緩徐な下向きの動きに続き急速に中間位へ戻る運動。低酸素性虚血性脳損傷に多く、皮質機能の抑制と脳幹反射の相対的温存を反映する1)
  • リバース・ボビング:急速な上向きの動きに続き、緩徐に下方の中間位に戻る。代謝性脳症(肝性・尿毒症性脳症)に多く、びまん性皮質機能障害を示唆する1)
  • 共同偏視:前頭眼野を含む病変では病変側への偏視、橋の病変では病変反対側への偏視を生じる。
  • 脳神経麻痺:第III脳神経麻痺では眼球は「外下方」を向き、第VI脳神経麻痺では内側に偏位する。
  • 斜偏位(skew deviation):脳幹病変に伴い両眼の垂直方向の偏位が生じることがある。
  • 追従性眼球運動:動く物体への追従が認められれば、植物状態ではなく少なくとも最小意識状態にあることを示す。
  • 視神経乳頭浮腫(うっ血乳頭):頭蓋内腫瘍・出血などによる頭蓋内圧亢進を示唆する。視神経周囲くも膜下腔の圧上昇で軸索流が停滞し、乳頭浮腫が生じる。両眼の乳頭発赤腫脹・境界不鮮明・乳頭面上の出血と白斑・静脈拡張を認める。
  • テルソン症候群:くも膜下出血や外傷性脳損傷による急激な頭蓋内圧亢進が、硝子体網膜下・網膜内・網膜前出血を引き起こす病態である。
Q 片側の瞳孔が散大して反応しない場合、何を疑うか?
A

ハッチンソン瞳孔を疑う。脳ヘルニア(鉤ヘルニア)による動眼神経圧迫が原因の緊急所見である。ただしアトロピン点眼やスコポラミンパッチによる薬剤性散瞳も同様の所見を呈するため、1%ピロカルピン点眼による鑑別が重要となる。詳細は「臨床所見」の項を参照。

昏睡の原因は大きく構造的病変と全身性・代謝性の原因に分類される。

  • 外傷性脳損傷(TBI):頭部外傷による脳実質の直接損傷。光に対する瞳孔反応は予後不良の予測因子の一つ。
  • 脳血管障害:脳出血(被殻・視床・橋・小脳)やくも膜下出血。出血部位により瞳孔所見・眼球運動障害のパターンが異なる。
  • 脳腫瘍:直接的な圧迫や頭蓋内圧亢進により昏睡に至る。
  • 代謝性脳症:重度の高血糖・低血糖・肝性脳症・尿毒症性脳症・電解質異常など。
  • 低酸素性虚血性脳損傷:心停止や窒息後の遷延性脳低酸素症。
  • てんかん重積状態:遷延するてんかん発作。
  • 薬物中毒・毒物:オピオイド(縮瞳を生じる)、バルビツール酸、ベンゾジアゼピン、有機リン中毒(極度の縮瞳)など。

対光反射検査は最も基本的かつ重要な検査法である。半暗室にてペンライトの光を片眼に照射し、直接反応(照射眼の縮瞳)と間接反応(非照射眼の縮瞳)を確認する。反応が迅速か遅鈍か、縮瞳の程度が十分か不十分かを観察する。

**交互対光反射検査(swinging flashlight test)**はRAPDを検出する検査法で、左右眼を交互にペンライトで刺激し瞳孔径の変化を観察する。光を当てた眼の縮瞳が維持できずに散瞳してくる場合にRAPD陽性と判定する。片眼の視神経障害や重度の網膜障害で陽性となる。

薬剤性散瞳の鑑別には1%ピロカルピン点眼試験が有用である。アトロピン化された瞳孔はピロカルピンに反応せず縮瞳しないため、動眼神経麻痺との鑑別が可能である。

ホルネル症候群の診断にはアプラクロニジン点眼試験が用いられる。両眼に点眼して30〜45分後に観察すると、健眼は変化しないが患眼は散大し眼瞼下垂の改善がみられる。

頭位眼球反射(人形の目現象)

Section titled “頭位眼球反射(人形の目現象)”

頸椎の安定性を確認した上で行う。眼瞼を開いた状態で頭部を左右に素早く回転させ、眼球の動きを観察する。

  • 陽性所見(頭の回転と反対方向に眼球が共役運動):第III・VI・VIII脳神経、中脳・橋の対応する核、前庭システムが両側で無傷であることを示す。
  • 陰性所見(眼球が正中位に固定、または頭と同方向に動く):中脳から橋レベルの脳幹機能障害を示唆する。

温度刺激試験(カロリックテスト)

Section titled “温度刺激試験(カロリックテスト)”

鼓膜の正常を確認した上で行う。体温より7℃高い(温水)または低い(冷水)少量の水を外耳道に注入する。

  • 陽性所見:水平方向の共役眼振が出現する。冷水は反対側へ、温水は同側へ眼振の速相を引き起こす(COWS: Cold Opposite, Warm Same)。
  • 予後予測:陽性所見は植物状態からの離脱の強力な予測因子(陽性的中率硝子体切除術=0.93)とされる。前庭眼反射の消失は脳死を100%予測するとの報告がある。
  • 陰性所見:深い代謝性昏睡、前庭損傷、中脳〜橋レベルの脳幹機能障害を示す。

綿棒などの触覚刺激を角膜表面に加え、両側性の瞬目が見られれば陽性である。陽性反応は第V・VII脳神経が両側で無傷であることを示す。反射の消失は、第V・VII脳神経および/または橋の病変を示唆する。

患者の目に向かって異なる方向から手を素早く動かし、瞬目反射を誘発させる。求心性入力(視覚の温存)の有無を評価するのに役立つ。

Q 温度刺激試験で反応がない場合はどう解釈するか?
A

陰性所見は深い代謝性昏睡、前庭損傷、または中脳から橋レベルの脳幹機能障害を示す。前庭眼反射の消失は脳死を100%予測するとの報告があり、予後判定において極めて重要な所見となる。詳細は「前庭眼反射の検査」の項を参照。

昏睡患者における神経眼科学的所見から、障害部位の推定が可能である。脳血管障害の出血部位別に特徴的な所見パターンを示す。

所見橋出血視床出血くも膜下出血
瞳孔縮小小・左右不同種々
注視運動麻痺病巣側病巣反対側なし
眼球上下運動ありなしなし

局所的な所見(片麻痺・失語症・共同偏視・片側性の反射異常)は器質的病変を示唆する。

  • 前頭眼野の病変:病変側への共同偏視(「病巣を見つめる」)
  • 橋の病変:病変反対側への共同偏視(「病巣から目をそらす」)
  • 中脳背側の病変:両側性の固定・散瞳、Parinaud症候群(上方注視麻痺・対光-近見反応解離・輻湊後退眼振)
  • 小脳出血:瞳孔は小で左右不同を呈することが多い。同側の末梢性顔面神経障害を伴う。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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瞳孔反応の神経経路と障害機序

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瞳孔の対光反射は求心路(網膜→視神経→視蓋前域→EW核)と遠心路(EW核→動眼神経→毛様神経節→瞳孔括約筋)からなる。近見反応の遠心路は対光反射と共通であるが、EW核への核上性線維は対光反射の求心線維が通る中脳視蓋前域や後交連より腹側を走行する。そのため視蓋前域の障害では対光-近見反応解離が生じる。

毛様神経節における対光反射と調節反応に関わる神経細胞の比は3:97とされる。この比率のため対光反射が障害されても近見反応による縮瞳は保たれやすい。

橋の障害、特に橋出血では瞳孔径1mm程度まで縮小する。延髄傍正中網様体からEdinger-Westphal(EW)核を抑制する上行性経路が想定されており、この抑制線維の障害によりEW核が異常興奮し強い縮瞳をきたすと考えられている。対光反射・近見反応は温存される。

古典的眼球ボビングは橋腹側の病変に典型的に関連する。傍正中橋網様体(PPRF)やomnipause neuronsの損傷がサッカード抑制を破綻させ、制御不能な垂直サッカードを生じる1)。小脳(小脳室頂核)による調節機能の障害も、急速相と緩徐相の不均衡に寄与する1)

各変法の臨床的意義は異なる。古典的眼球ボビングは不可逆的な脳幹病理を示唆するが、代謝性脳症に伴う変法は一過性・可逆的であることが多い1)

Q なぜ対光反射が消失しても近見反応は保たれることがあるのか?
A

毛様神経節における対光反射と調節反応に関わる神経細胞の比は3:97であり、対光反射の経路が選択的に障害されても調節・近見反応の経路は温存されやすい。さらに近見反応のEW核への核上性線維は対光反射の経路よりも腹側を走行するため、中脳視蓋前域の病変では対光-近見反応解離が生じる。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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眼球ボビング変法の臨床的意義

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Buiら(2025)は、眼球ボビングの各変法と臨床的局在の関連を詳細にレビューした1)。古典的眼球ボビングは橋の構造的病変(梗塞・出血)に関連し、垂直サッカード経路および注視保持中枢の損傷を反映する。逆眼球ボビング(inverse ocular bobbing)は代謝性脳症(肝性・尿毒症性)に多く、局所的脳幹病変ではなくびまん性皮質機能障害を示す。Ocular dippingは低酸素性虚血性脳損傷に頻繁に関連し、皮質機能の抑制と脳幹反射の相対的温存を反映する。Reverse ocular dippingは稀で、重度の代謝性または小脳障害に見られる。

Yangら(2018)はPPGと診断された連続14例を解析した1)。年齢中央値60歳、男性が12/14例であった。PPGの周期は1.5〜6.5秒。主な原因は急性虚血性脳卒中(5例)、発作後状態(3例)、低酸素性虚血性脳症(2例)であった。全視野PPGの88.9%が類似した両側大脳半球損傷を有し、半視野PPGの80%が一側性または著明に非対称の両側大脳半球損傷を有していた。7例が神経学的寛解を達成し、1例が植物状態に移行、6例が死亡した。

眼球ボビングの詳細な眼球運動解析

Section titled “眼球ボビングの詳細な眼球運動解析”

Changらは橋出血後に眼球ボビングを発症した症例の詳細な眼球運動記録を報告した1)。眼球ボビングに振子様振動が随伴し、脳幹内の異なる神経機構間の複雑な相互作用が示唆された。包括的な眼球運動記録の重要性が強調されている。


  1. Bui TK, et al. Nystagmus. Clin Ophthalmol. 2025;19:1617-1643.

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