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神経眼科

ミラール・ギュブレール症候群

1. ミラール・ギュブレール症候群とは

Section titled “1. ミラール・ギュブレール症候群とは”

ミラール・ギュブレール症候群(Millard-Gubler syndrome; MGS)は、橋腹尾側(ventrocaudal pons)基底部の片側性病変により生じる古典的な脳幹交叉性症候群である。病変と同側の外転神経(CN VI)・顔面神経(CN VII)障害、および対側の錐体路徴候(片麻痺・不全片麻痺)を三主徴とする。顔面外転神経交叉性麻痺症候群、橋腹側症候群とも呼ばれる。

1858年にフランス人医師Auguste Louis Jules MillardとAdolphe-Marie Gublerにより初めて報告された。19世紀に記述された最初期の脳幹交叉性症候群の一つであり、神経眼科の古典的疾患に位置づけられる。

本症候群の特徴として、脳神経核そのものではなく神経束(fascicles)が障害される点が挙げられる。脊髄視床路と内側毛帯は病変の背側に位置するため損傷を受けず、体性感覚症状は通常認めない。

Q ミラール・ギュブレール症候群という名称の由来は?
A

1858年にフランス人医師MillardとGublerが初めて報告したことに由来する。19世紀に記述された最初期の脳幹交叉性症候群の一つであり、橋腹側症候群・顔面外転神経交叉性麻痺症候群とも呼ばれる。

  • 水平複視:病変側を注視した際に悪化する。外転制限による非共同性の水平複視である。
  • 顔面の運動障害:病変と同側の顔面筋弛緩性麻痺による閉眼不全・口角偏位を生じる。
  • 四肢の運動障害:対側上下肢の片麻痺・不全片麻痺を自覚する。
  • 感覚障害は通常なし:脊髄視床路・内側毛帯が温存されるため、体性感覚症状は原則生じない。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

病変の局在と障害神経に対応した以下の所見を呈する。

障害される3構造と対応する所見を下表に示す。

障害構造主な所見
外転神経(CN VI)病変と同側外転制限・内斜視・水平複視
顔面神経(CN VII)病変と同側末梢型顔面神経麻痺・角膜反射遠心路消失
錐体路病変と対側片麻痺・深部腱反射亢進・バビンスキー陽性
  • 同側の外転神経麻痺:外転制限・内斜視(esotropia)・外転サッケード遅延。病変側注視で増悪する非共同性水平複視を認める。
  • 同側の末梢型顔面神経麻痺:顔面筋の弛緩性麻痺、角膜反射の遠心路消失(求心路は保持。角膜感覚は正常)。
  • 対側の錐体路徴候:上下肢の片麻痺・不全片麻痺、深部腱反射亢進、バビンスキー徴候陽性。
  • 小脳性運動失調:中小脳脚まで損傷が及んだ場合に出現しうる。
  • 乳頭浮腫:頭蓋内圧亢進を伴う占拠性病変では両側乳頭浮腫を来すことがある1)
Q ミラール・ギュブレール症候群ではなぜ顔面の感覚は保たれるのか?
A

本症候群では外転神経・顔面神経・錐体路の線維束が障害される。角膜反射の遠心路(CN VII)は消失するが、求心路(三叉神経 CN V)は温存されるため角膜感覚は正常である。また脊髄視床路・内側毛帯は病変の背側に位置し損傷を受けないため、体性感覚症状も生じない。

橋前内側は脳底動脈の橋穿通枝により血液供給を受ける。この領域の虚血・出血・腫瘍・炎症がMGSの原因となる。年齢層によって原因疾患の分布が異なる。

高齢者に多い原因

脳血管障害(虚血・出血):最も多い原因。脳底動脈支配領域の虚血に関連する。動脈硬化・高血圧・糖尿病がリスク因子。

橋前部クモ膜下血腫:占拠性病変の一形態として認められる。

若年者に多い原因

占拠性病変(腫瘍・結核腫):若年者での代表的な原因。結核流行地域では脳幹結核腫も重要1)

感染症:結核、神経嚢虫症、菱脳炎。

脱髄疾患多発性硬化症が代表。橋病変の若年者で鑑別が必要。

  • 血管性リスク因子:動脈硬化、高血圧、糖尿病(虚血性病変の場合)。
  • 感染性リスク因子:結核流行地域への渡航・在住歴(結核腫の場合)。
  • 橋出血の特徴:出血では四肢麻痺または両側性運動障害、縮瞳が特徴的に認められる。
Q 若い患者でミラール・ギュブレール症候群が発症した場合、どのような原因を考えるべきか?
A

若年者では占拠性病変(腫瘍・結核腫)、感染症(結核・神経嚢虫症)、脱髄疾患(多発性硬化症)が原因となりやすい。結核流行地域では孤立性脳幹結核腫も鑑別に挙げる。高齢者では脳血管障害が主因となる。

脳幹病変の確認と原因鑑別を目的として、CTとMRIを段階的に施行する。

  • 頭部CT(単純):急性期にまず施行し、出血を除外する。
  • MRI(拡散強調像含む):より詳細な評価に不可欠。拡散強調画像により超急性期梗塞を検出できる。橋前面の占拠性病変・脱髄病変の鑑別にも有用。結核腫では辺縁造影効果を伴う集簇性病変として認められ、MRSでlipid/lactateピークが鑑別に有用1)
  • CT血管造影(CTA)/磁気共鳴血管造影(MRA):虚血性の場合に閉塞・狭窄部位の同定に使用する。
  • CBC、CMP、ESR、CRP:全身炎症・感染の評価
  • ANA、ANCA:自己免疫性疾患の鑑別
  • ECG・心機能検査:虚血性病変での心原性塞栓源の検索

鑑別診断:橋レベルの交叉性脳幹症候群

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MGSと類似する橋症候群との鑑別が重要である。

症候群特徴的な障害MGSとの相違点
Foville症候群CN VI + CN VII + PPRF + 錐体路病側への注視麻痺・Horner症候群を伴う
Raymond症候群CN VI + 錐体路顔面神経麻痺を伴わない
Gelle症候群CN VII + CN VIII + 錐体路外転神経麻痺を伴わない
Brissaud-Sicard症候群CN VII + 錐体路外転神経麻痺を伴わない
Gasperini症候群CN V-VIII + 脊髄視床路感覚障害を伴う

Foville症候群はPPRF障害を含み病変側への注視麻痺を呈する。MGSはPPRFを含まないため、外転神経麻痺による外転制限はあるが注視麻痺は生じない。

Q ミラール・ギュブレール症候群とFoville症候群はどう区別するのか?
A

Foville症候群はPPRF(橋傍正中網様体)の障害を含み、病変側への水平注視麻痺・Horner症候群・舌前2/3の味覚低下を伴う。MGSはPPRFを含まず、外転神経麻痺による外転制限にとどまる。CN VI + CN VII + 錐体路の障害に注視麻痺が加わる場合はFoville症候群を疑う。

  • 急性虚血性脳卒中:発症後3〜4.5時間以内であれば、アルテプラーゼ(アクチバシン)0.6 mg/kgの静脈内投与を検討する。再開通が得られない場合はステント回収型デバイスによる血管内治療も考慮する。
  • 脳血管障害の二次予防:抗血小板療法・スタチン投与、血圧・血糖・脂質管理、禁煙を徹底する。
  • 結核性脳幹結核腫:抗結核療法(イソニアジド75 mg+リファンピシン150 mg+ピラジナミド400 mg+エタンブトール275 mg/錠、3錠/日)にステロイド(デキサメタゾン0.4 mg/kg→漸減、計8週間)および抗てんかん薬(レベチラセタム500 mg×2/日)を併用した治療プロトコールが報告されている1)

外転神経麻痺による内斜視・複視に対して以下を段階的に検討する。

  • 基底外方プリズム:内斜視の矯正を目的とした保存的対応の第一選択。
  • ボツリヌス毒素注入(患眼の内直筋):一時的な内斜視軽減と二次的拘縮の予防を目的とする。
  • 斜視手術:偏位が少なくとも6か月以上安定した後に検討する。軽度〜中等度は外直筋短縮術・内直筋後転術が適応。高度な麻痺では上・下直筋全幅移動術が推奨される。術後の側方視での複視残存は必発であり、術前十分な説明が必要。
  • 外転神経麻痺の保存的管理:末梢循環障害によるものはビタミン剤・循環改善薬で約6か月の保存的経過観察を行う。

角膜保護(顔面神経麻痺による閉眼不全への対応)

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末梢型顔面神経麻痺に伴う角膜反射消失・兎眼は角膜障害リスクを高める。

  • 人工涙液・眼軟膏:急性期の眼表面潤滑の基本。
  • 上眼瞼へのボツリヌス毒素注入:保護的眼瞼下垂の作成による角膜保護。
  • 外科的療法:眼瞼縫合術・上眼瞼ゴールドプレート挿入など。
Q 外転神経麻痺による複視はいつ手術を検討するのか?
A

斜視手術は偏位が少なくとも6か月間安定している場合に検討する。軽度〜中等度例ではプリズムやボツリヌス毒素注入が先行する。手術後も側方視での複視残存は避けられないため、術前に十分な説明が必要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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MGSは核障害ではなく神経束(fascicles)の障害による症候群である。橋腹尾側基底部の一側性病変が3つの構造を同時に障害することで特徴的な交叉性症候群が生じる。

外転神経束(CN VI)

走行:橋腹尾側を走行する神経束。

障害による所見:同側の外転制限・内斜視・水平複視。核ではなく束の障害のため、注視麻痺は伴わない。

血管支配との対応:橋前内側(脳底動脈の橋穿通枝)の虚血により障害される。

顔面神経束(CN VII)

走行:外転神経核を回る「膝(genu)」部分の神経束。

障害による所見:同側の末梢型(下位運動ニューロン型)顔面神経麻痺。額のシワ寄せ消失・閉眼不全・口角偏位を認める。角膜反射の遠心路消失(求心路 CN V は保持)。

錐体路線維

走行:橋基底部を通過する皮質脊髄路線維。橋内で交叉前の経路を走行。

障害による所見:対側(病変と反対側)の片麻痺・深部腱反射亢進・バビンスキー徴候陽性。

温存される構造:脊髄視床路・内側毛帯は病変の背側に位置し障害されない。

外転神経核は大細胞群と小細胞群で構成され、すべての水平眼球運動の最終共通経路である。外転神経核は内側縦束(MLF)・橋傍正中網様体(PPRF)と密接に接している。MGSでは核外の神経束が障害されるため、MLF・PPRFは通常温存され、核障害で生じる完全水平注視麻痺は呈しない。

水平注視の信号経路はPPRF→同側外転神経核→外直筋、およびMLFを介して対側動眼神経内直筋亜核→内直筋への2経路からなる。MGSで外転神経束のみが障害された場合、この共役経路は保持され、外転筋の収縮だけが欠如する形の孤立した外転麻痺を呈する。

橋前内側の血管支配は脳底動脈の橋穿通枝(paramedian pontine perforators)であり、この領域の虚血がMGSの最多原因となる。橋前外側は前下小脳動脈(AICA)、橋外側は脳底動脈・AICA・上小脳動脈(SCA)からの外側橋穿通枝が担当する。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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非血管性原因によるMGSの症例報告

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MGSの原因として血管性病変が最多であるが、感染性病変によるMGSも報告されている。

Chakrabortyら(2022)は、思春期女性に発症した橋前面結核腫によるMGS症例を報告した1)。右外転神経麻痺・右末梢型顔面神経麻痺・左片麻痺・両側乳頭浮腫を呈し、MRIで橋前面に辺縁造影効果を伴う集簇性病変を認めた。抗結核4剤療法+デキサメタゾン8週漸減+レベチラセタムによる治療で、6か月後のMRIにて病変は著明に縮小した。残余麻痺を認めつつも回復傾向が得られた。

結核流行地域では頭蓋内占拠性病変の約40%が結核腫とされ、そのうち孤立性脳幹結核腫は約5%と稀少である1)。孤児疾患に近い疫学的特性から、診断の遅れが生じやすい。MRSにおけるlipid/lactateピークが結核腫の鑑別において有用であることが指摘されている1)


  1. Chakraborty U, Santra A, Pandit A, et al. Space occupying lesion presenting as Millard-Gubler syndrome. BMJ Case Rep. 2022;15:e248590.

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