術後・医原性
上眼瞼挙筋短縮術:最多原因。先天性眼瞼下垂手術、残留下垂への再手術、繰り返し手術で生じやすい。
前頭筋吊り上げ術:フロンタリス筋スリング術後にも報告されている。
単眼挙上不全・下斜視の術後:眼筋手術後に発症しうる。

ベル現象(Bell’s phenomenon)とは、強制閉瞼時に眼球が上方かつ外方へ偏位する角膜保護反射である。逆ベル現象(Inverse Bell’s phenomenon)は、この反射が逆転し、閉瞼時に眼球が下方および内方へ奇異的に偏位する現象(反射性眼球低緊張:reflexive globe hypotonia)を指す。
Gupta et al.(1965)は正常集団における逆ベル現象の有病率を2%と報告した1)。ベル現象は集団内で多様性があり、正常個人の約10%がベル現象の標準から何らかの逸脱を示し、約8%が生まれつき下方への反応を示す。小児から成人まで幅広い年齢層に見られ、記録上最年少は先天性眼瞼下垂に対する上眼瞼挙筋短縮術を受けた6歳児である。
正常集団の約8%が生まれつき逆ベル現象(閉瞼時の下方反応)を示す。術後の逆ベル現象に限ると有病率は約2%とされる1)。眼瞼下垂手術後や各種眼疾患に合併して生じることもある。
逆ベル現象そのものに特異的な自覚症状は乏しい。合併しうる症状は以下の通りである。
医師が確認する主な所見は以下の通りである。
外傷後の遅発性発症例では、受傷6か月後に逆ベル現象が出現し、上眼瞼中央部の尖鋭化(central peaking)を伴ったことが報告されている1)。
眼瞼下垂修復術(上眼瞼挙筋短縮術)が最も一般的な原因であり、既報の多くを占める1)。その他の原因はさまざまな疾患・病態にわたる。
術後・医原性
上眼瞼挙筋短縮術:最多原因。先天性眼瞼下垂手術、残留下垂への再手術、繰り返し手術で生じやすい。
前頭筋吊り上げ術:フロンタリス筋スリング術後にも報告されている。
単眼挙上不全・下斜視の術後:眼筋手術後に発症しうる。
全身・眼局所疾患
末梢性顔面神経麻痺:閉瞼障害による兎眼と合併することがある。下眼瞼の外反を伴いやすい。
脊髄癆:全身性神経疾患に伴う例として報告されている。
甲状腺眼症:眼窩炎症・眼球突出に伴って生じうる。
結膜瘢痕・眼瞼の瘢痕性内反:眼瞼形態の変化が関与する。
ザルツマン結節状角膜変性:上方の結節がある場合に認められることがある。
術後逆ベル現象の全体的有病率は2%(1965年報告)である1)。上眼瞼挙筋の短縮量が多いほどリスクが上昇し、18〜28mmの大量短縮術では32人中2人(約6%)に逆ベル現象が生じた1)。約17%の逆ベル現象患者に下方角膜炎・涙液減少・結膜弛緩などの眼表面異常を合併する。
上眼瞼挙筋短縮術では術中に上直筋周囲の軟部組織への操作が伴う。術後の組織浮腫・炎症が上直筋の一過性機能不全を引き起こし、逆ベル現象が生じると考えられる。浮腫・炎症の消退とともに自然回復することが多い。
逆ベル現象の診断は通常、臨床診断である。
検査手技:検者が患者の上眼瞼を指で持ち上げながら閉瞼を指示し、眼球が下方に回転するかを観察する。全方向の注視運動が正常であることも確認する。
術前評価の重要性:手術前から逆ベル現象が存在したかどうかの評価が、術後合併症との鑑別に不可欠である。患者の過去の手術歴を詳細に把握する。
Bell現象の有無は核上性単眼上転障害(Bell現象を認める)と末梢性障害の鑑別に利用される。末梢動眼神経の外側を走行する下斜筋(IO)・上直筋(SR)線維が選択的に障害されると、病側のBell現象が欠如する。
鑑別診断:進行性外眼筋麻痺、動眼神経麻痺などを鑑別する。
以下の基準に該当する場合はMRI検査が推奨される。
| 適応基準 | 内容 |
|---|---|
| 年齢 | 50歳未満 |
| 既往 | 悪性腫瘍の既往歴 |
| 神経所見 | 第III・IV・VI脳神経麻痺の合併 |
| 眼底所見 | 視神経乳頭浮腫 |
| 経過 | 3か月経過後も顕著な改善なし |
その他の検査として、動眼神経損傷のレベルを特定する電気診断検査や電気眼振図も検討される。
逆ベル現象に対して確立された治療法・薬物療法はない。
自然軽快が基本的な経過であり、術後の大多数の症例では数日〜数か月以内に自然消失する。既報10例はすべて1〜4週間以内に正常なベル現象へ回復した1)。術後3週間での自然消失は組織浮腫・炎症の減少と相関していることが示されている。
消失までの対症療法は以下の通りである。
以下に、既報術後症例の回復期間を示す。
| 文献 | 手術術式 | 回復期間 |
|---|---|---|
| Betharia & Kalra(1985) | 挙筋短縮術 | 12日 |
| Betharia & Sharma(2006) | 挙筋短縮術 | 1週間 |
| Na & Yang(2009) | 挙筋短縮術 | 2〜4週間 |
| Goel et al.(2017) | 挙筋短縮術 | 2〜3週間 |
| Pandey et al.(2019) | 前頭筋吊り上げ術 | 2週間 |
(Liakopoulos et al. 2021、Table 1より引用1))
外傷後症例の手術的対応:Liakopoulos et al.(2021)が報告した外傷後遅発性逆ベル現象の1例では、兎眼の手術的矯正(全層皮膚移植による修復的眼瞼形成術)後3か月で逆ベル現象が正常化した1)。
確立された薬物療法はなく、術後症例では通常自然軽快する。消失するまでの間は、露出性角膜炎を予防するために十分な潤滑点眼薬の使用と定期的な眼科的観察が必要である。角膜障害がある場合は積極的な角膜保護処置が必要となる。
逆ベル現象の発症機序については複数の説が提唱されている。
末梢動眼神経は脳幹内から投射先の外眼筋に応じて線維束が分かれて走行し、外側を走行する下斜筋(IO)・上直筋(SR)線維が選択的に障害されると病側のBell現象が欠如する。核上性単眼上転障害ではBell現象が保たれることから、Bell現象の有無が障害部位の推定に役立つ。
通常の閉瞼時には、三叉神経-動眼神経投射を介して眼球が上方に移動する(ベル現象)。逆ベル現象では、この反射が何らかの機序で逆転し、上斜筋・下直筋の作用により眼球が下方・内方へ偏位する。術後浮腫や滑車神経核と顔面神経核の異常連絡など複数の機序が提唱されているが、単一の明確な機序は確立されていない。
Liakopoulos et al.(2021)は、6歳女児の外傷後遅発性逆ベル現象の1例を報告した1)。左上眼瞼・眉毛部の外傷(交通事故)後10日時点では正常なベル現象を認めたが、受傷6か月後に逆ベル現象が出現した。これは既報にない外傷後の遅発性発症例である。兎眼に対する修復的眼瞼形成術(全層皮膚移植)後3か月で逆ベル現象が正常化した。著者らは、対側の滑車神経麻痺を合併していたことから、小児の脳可塑性を介した下転等価神経支配の増加が関与した可能性を指摘している。また、逆ベル現象の消失が兎眼の手術的矯正後に生じたことは、第IV・VII脳神経核間の異常連絡説を支持するとしている1)。