コンテンツにスキップ
神経眼科

機能性視覚障害

機能性視覚障害(Functional Visual Loss; FVL)は、視路に器質的な異常を認めないにもかかわらず、視力低下・視野障害などの視覚症状を呈する疾患群である。機能性神経障害(Functional Neurological Disorder; FND)のサブタイプと位置づけられる。1)

非器質性視覚障害(Non-Organic Visual Loss; NOVL)、心因性視覚障害、転換性障害とも呼ばれる。DSM-5では身体症状症、ICD-11では身体的苦痛症に分類される。

大きく3つに分類される。

  • 身体表現性障害(眼心身症):無意識の心理的葛藤が視覚症状として表出されるもの。患者自身は症状を意図的に作出していない。
  • 虚偽性障害(作為症):意図的に症状を作出するが、明確な外的利得(金銭・免責など)を目的としない。
  • 詐病:意図的に症状を偽り、明確な外的利得を目的とする。

日本の眼科臨床では、眼心身症と転換型視覚障害(ヒステリー)に大別して扱われることが多い。

  • 神経眼科外来新患の5〜12%を占める。1)外来受診患者全体では1〜5%とされる。
  • 女性が男性の2〜4倍多い。
  • 発症ピークは7〜12歳。60歳代以降は少ない。
  • 小児では学童期・女児に多く、精神科疾患の合併は少ない。
  • 53%に眼・脳の併存疾患(片頭痛IIH糖尿病網膜症緑内障など)が共存する。1)
Q 機能性視覚障害と詐病はどう違うのか?
A

機能性視覚障害(眼心身症・転換型)では、患者は視覚症状を無意識的に体験しており、意図的な虚偽はない。詐病は金銭・免責などの外的利得を目的に意図的に症状を偽るもので、検査への非協力的な態度や診断書の要求を伴うことが多い。詐病との鑑別は「診断と検査方法」の項で詳述する。

  • 視力低下:最も多い症状。両眼性が多いが、片眼性もある。
  • 視野障害:トンネル視(管状視野)・半盲など。
  • 色覚異常:色覚低下を訴える例がある。
  • 羞明(まぶしさ):FVL患者に多く、サングラス着用患者34名中79%がFVLだったとの報告がある。1)
  • 日常生活との乖離:視力低下を訴えるにもかかわらず、歩行・入室はスムーズ。家庭でのテレビ視聴が正常なことも特徴的である。

転換型は自ら視力低下を訴える例が多いのに対し、非転換型(眼心身症)は自覚症状に乏しく、学校健診で視力低下を指摘されて来院する例が多い。

転換型

自覚症状:患者自身が強く訴える。視力低下・視野障害を主訴に来院。

視力:検査ごとに変動しやすい。励ましにより改善する例がある。

代表的訴え:発症が比較的急激で、心理的誘因が見出されやすい。

非転換型(眼心身症)

自覚症状:乏しいことが多い。学校健診や他の疾患の検査中に発見される。

視力:両眼性で矯正0.3以下が多い。屈折は数ジオプトリーにわたって変動する。

代表的訴え:小学3〜4年生に多い。眼鏡願望が背景にあることがある。

すべての型に共通する重要な臨床所見を以下に示す。

  • 対光反射:正常(RAPD陰性)。これが機能性視覚障害の最も重要な他覚所見である。
  • 視力変動:検査ごとに不安定・変動する。屈折も数ジオプトリーにわたって変動する。
  • 視野の特徴:トンネル状視野(検査距離を変えても視野の大きさが変わらない)、らせん状視野、クローバー状視野、等感度線の交差・重なりが認められる。
  • 両眼視機能:視力低下の程度に見合わないほど良好な立体視が保たれる。立体視40秒は視力1.0、61秒は0.5、160秒は0.1に相当することを利用して評価できる。
  • 自覚的検査と他覚的検査の矛盾:視力の訴えと眼底・VEP網膜電図などの他覚所見が一致しない。
Q トンネル状視野とはどのような所見か?
A

通常の視野は検査距離が遠くなると漏斗状に広がるが、トンネル状視野では検査距離を変えても視野の大きさがほとんど変わらない。らせん状視野やクローバー状視野とともに、機能性視覚障害に特徴的な所見である。

機能性視覚障害の誘因は家庭環境・学校環境に関連するものが7割を占める。

  • 家庭環境:習い事の負荷、兄弟の誕生、両親の離婚・不和など。
  • 学校環境:いじめ、転校、担任教師との関係など。
  • 眼鏡願望:小学3〜4年生に多い。親が眼鏡を嫌がる状況で、患児がそのストレスを視力低下として表出する。自覚していないことがほとんどである。
  • 成人の誘因:外傷・手術後に発症することがある。明確なストレス体験が見出されるのは20%程度にとどまる。1)
  • 精神疾患の合併:うつ病、不安障害、PTSD、ADHD、自閉スペクトラム症1)
  • 眼・脳の疾患の共存:片頭痛、IIH(特発性頭蓋内圧亢進症)、糖尿病網膜症。25%に他の神経疾患が合併する1)
  • 小児期の有害体験:情緒的ネグレクトなどの逆境体験はFND全般のリスク因子とされる1)
  • 外傷・手術歴:成人FVL患者の14%に頭部・眼外傷歴、14%に最近の手術歴がある1)

FVLの診断は、器質的疾患を除外するだけでなく、FVLを積極的・陽性的に診断することが重要である。1)

全患者にMRIを推奨する。脳卒中・多発性硬化症・腫瘍・後部皮質萎縮症の除外に不可欠である。1)基本検査として、調節麻痺薬を用いた屈折・視力・眼圧・対光反射・眼位眼球運動・両眼視機能・細隙灯・眼底・OCTを行う。

  • トリック法(レンズ打ち消し法):凸レンズと凹レンズを組み合わせて和が0Dになるよう設定し、「矯正レンズが入っている」と患者に思わせて視力を測定する。励ましながら行うことがコツである。
  • 雲霧法(Fogging test):視力が良い方の眼を雲霧(高度遠視矯正)して霞ませた状態で、視力が悪いとされる眼での良好な視力を証明する。1)
  • OKNドラム(視運動性眼振:ドラムを回転させたときに視運動性眼振が誘発されれば、少なくとも0.1以上の視力があることを意味する。
  • 鏡テスト:大きな手持ち鏡を眼前に提示して自分の顔を追視させる。追視が得られれば視力の存在が証明される。1)
  • ボトムアップ法:20/20(最小)の視標から始めて上の行(大きい視標)へ進む。通常とは逆向きに試験することで、患者が行の読み止めタイミングを予測しにくくする。
  • 立体視検査(Frisby stereotest):55秒の立体視は視力6/12(0.5)相当に相当する。視力と立体視の乖離がFVLを示唆する。1)
  • Bagoliniレンズ:斜線の刻まれたレンズを通して光源を見たとき、十字状の光が見えれば両眼単一視が存在することを意味する。1)
  • プリズム検査:10Δ垂直プリズム・20Δ水平プリズム・4Δ垂直プリズム解離テストなどを用いる。1)
  • Finger to finger法:両手人差し指を互いに近づける課題。真の全盲でも固有感覚で遂行可能だが、FVL患者は「見えない」と認識して遂行できないことが多い。
  • 両眼開放視野計(アイモ® vifa):両眼ランダム測定で視野障害の程度が変化すればFVLを疑う。
  • VEP(視覚誘発電位):パターン刺激で正常振幅・潜時が得られる。機能性視覚障害患者は検査に協力的であり、成績が正常者よりも良好な場合すらある。
  • 網膜電図(網膜電図):オカルト黄斑症や網膜分離症などとの鑑別に有用である。

以下の器質疾患を必ず除外する。

  • 屈折異常弱視、Stargardt病、錐体ジストロフィ、AZOOR(急性帯状潜在性網膜外層症)
  • 球後視神経炎、多発性硬化症、Leber遺伝性視神経
  • 下垂体腫瘍、後部皮質萎縮症

心因性視覚障害と詐病の主な鑑別点を以下に示す。

項目心因性視覚障害詐病
検査への態度協力的非協力的
外的利得なしあり
診断書の要求少ない多い
症状の一貫性変動しやすい一定に保とうとする
Q 機能性視覚障害はどのような検査で診断するのか?
A

陽性診断のために複数の検査を組み合わせる。トリック法・雲霧法・OKNドラム・鏡テストなどの心理的トリックを用いた視力評価が有用である。視野ではトンネル状・らせん状視野が特徴的で、立体視と視力の乖離もFVLを示唆する。VEP・網膜電図で他覚的に正常な網膜・視覚野機能が確認できる。MRIによる器質的中枢神経疾患の除外も必須である。1)

治療の根本は心因の解決と除去である。患者との信頼関係を築くことが最重要であり、受診すること自体が治療の一環となる。

説明の基本原則を以下に示す。

  • 器質的な眼疾患ではなく、失明の心配がないことを伝える。
  • 嘘をついているのではなく、本人も実際に見えていないことを伝える。
  • 時間の経過で視力が回復することを保証する。
  • VEP・網膜電図の結果を提示して「眼の機能は残っている」と説明し、不安を取り除く。

小児の場合は、心因性であることを本人に明確には伝えず、回復を保証する。保護者には診断の時点で説明する。

日本における標準的治療アプローチ

Section titled “日本における標準的治療アプローチ”

小児の治療

暗示用眼鏡の処方:眼鏡願望がある場合、度数なしの眼鏡を処方する。過矯正とならないよう注意する。

プラセボ点眼(抱っこ点眼法):生理食塩水を暗示的に点眼する。親子のスキンシップを兼ねた方法であり、コミュニケーション改善にも有効である。

経過観察:改善が得られるまで必ず経過観察を継続する。1年以内に85%で症状が消失するとの報告がある(Toldo報告、58例)。

成人・共通の治療

信頼関係の構築:患者との会話を重ね、安心感を与えることが改善につながる。

診断テストの治療的活用:OKNドラム・雲霧法・鏡テストを用いて「脳は見えている」ことを患者に示す。検査が治療として機能する。1)

精神科・心療内科との連携:うつ病・不安障害・PTSDが合併する場合は専門医への紹介を検討する。心療眼科の概念で多職種連携が重要である。

サングラス着用は一時的な対症になるが、長期使用は光過敏を強化する可能性がある。段階的な光への脱感作(サングラスの段階的減量)が推奨される。1)

器質的疾患がないことや心因性であることの告知が有効な場合がある。成人では「機能性視覚障害」という診断名を告知し、予後を説明することで改善が促されることがある。1)

Q 小児の機能性視覚障害にはどのような治療を行うのか?
A

まず眼鏡願望がないかを確認し、ある場合は度数なしの暗示用眼鏡を処方する。プラセボ点眼(抱っこ点眼法)を用いた暗示療法も有効である。心因性であることを本人に直接伝えるのではなく、「治る」という保証と安心感を与えながら経過観察を継続する。小児では1年以内に85%で症状が消失するとされるが、改善が得られるまで受診を継続することが重要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

現在最も支持されているモデルは「予測処理(Predictive processing)モデル」である。1)

脳は過去の経験をもとに視覚情報を「予測」して知覚を構築している。FVLでは、脳が「見えない」という状態を強く予測するあまり、正常な視覚入力(ボトムアップの信号)による予測の更新を無視する。結果として、眼・視路が正常に機能しているにもかかわらず「見えない」という状態が生じる。

この機序は幻肢痛と類似しており、FND全般に共通する「行為主体性(agency)・注意・情動に関する脳ネットワークの異常」の一表現とされる。1)

機能的MRIを用いたFVL患者5例の研究では、以下の所見が報告されている。1)

  • 視覚野の活性化低下:後頭葉視覚野の活動が低下する。
  • 前頭葉・辺縁系の活性化増加:左前頭葉・島皮質・両側線条体・左辺縁系・左後帯状皮質の活性化が増加する。
  • トップダウン抑制:前頭—辺縁系のネットワークが視覚野の活動を抑制する構造が示唆される。

眼心身症のモデル(日本からの知見)

Section titled “眼心身症のモデル(日本からの知見)”

眼鏡願望モデルでは、「眼鏡をかけたい」という気持ちと「親には言えない」という葛藤が解決されないまま、「見えない」というメッセージとして身体症状に変換される。この転換過程は患者本人も意識していない。

素因・誘因・持続因子のモデルでは以下のように整理される。1)

  • 素因:片頭痛・IIHなどの眼・脳疾患、不安・うつ・逆境体験などの心理的脆弱性。
  • 誘因:眼疾患の発症・外傷・羞明エピソード。
  • 持続因子:医療不信・誤診・不要な手術・不確かな説明。
Q なぜ「見えているのに見えない」という状態が生じるのか?
A

予測処理モデルで説明される。脳は視覚情報を処理する際に、過去の経験に基づく「予測」を重視する。FVLでは「見えない」という予測が優位になり、眼から正常に入力される視覚信号を知覚に反映しなくなる。トップダウンの予測がボトムアップの視覚入力を上回る状態と言える。幻肢痛と類似した機序であり、意図的な詐称ではない。1)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

後頭葉への経頭蓋磁気刺激(TMS)は、FVLの新規治療として注目されている。

Parain & Chastan(2014)は10例のFVL患者にTMSを施行し、9例で改善が得られたことを報告した。1)後頭葉TMSにより視覚野でリン光視(phosphene)が誘発されることで、視覚皮質に機能が残存していることを患者自身が体験できる。脊髄TMSと同等の効果が得られたことから、視覚野そのものより行為主体性の回復が主な機序と考えられている。

また、説明モデル・TMS・催眠療法を組み合わせた複合アプローチにより、完全FVLの2例が回復したとの報告もある(Yeo, Carson & Stone 2019)。1)

催眠療法はFND全体の文献で30以上の研究が存在し、うち5件はRCTである。FVL患者8名に対する連続症例でも、暗示課題により改善が得られたことが報告されている。1)

小児では暗示療法の有効性を示す報告がある。

Abe & Suzuki(2000)は小児FVL患者33例を対象に暗示療法を施行し、28例(85%)が回復したことを報告した。1)

診断に用いる検査を治療として活用するアプローチが注目されている。1)

  • スマートフォンの表示文字(フォント視力)と診察室での検査視力を比較して乖離を提示する。
  • 単字視力(孤立した文字)と並字視力(行全体)の比較。
  • Peekabooアプリなどを用いた段階的な視覚刺激への脱感作。

これらの手法は、視能訓練士と連携することで診断・説明・治療を一体的に進めるアプローチである。

治療法証拠の状況対象
TMS症例シリーズ(10例、回復9例)主に成人
催眠療法RCT含む30以上の研究(FND全般)成人・小児
暗示療法(小児)33例シリーズ(回復28例)小児

  1. Ramsay N, McKee J, Al-Ani G, Stone J. How do I manage functional visual loss. Eye. 2024;38:2257-2266.

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます