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神経眼科

8.5症候群

8.5症候群(Eight-and-a-Half Syndrome)は、同側の水平注視麻痺、核間性眼筋麻痺(INO)、および末梢性(下位運動ニューロン型)顔面神経麻痺が組み合わさった症候群である。1998年にEggenbergerが初めて命名した1)

1.5症候群(one-and-a-half syndrome)は、水平注視麻痺(1)とINO(0.5)の合計「1.5」に由来する。8.5症候群は、この1.5症候群に同側の第VII脳神経(顔面神経)麻痺が加わったものであり、VII(7)+1.5=8.5として名付けられた1)

発生頻度は極めてまれである。大規模な疫学研究は存在せず、報告は症例報告が中心である2)5)。原因として最も多いのは脳血管障害で、次いで脱髄性疾患(多発性硬化症など)が挙げられる2)4)

Q 「8.5」という名前の由来は何か?
A

1.5症候群(水平注視麻痺+核間性眼筋麻痺)の「1.5」に、第VII脳神経(顔面神経)の「7」を加え、合計8.5としたものである。1998年にEggenbergerが命名した。

脳血管障害が原因の場合は突然発症する。主な自覚症状は以下の通りである。

  • 複視:水平性の複視が主体である。健側方向の注視で増強する。
  • めまい・ふらつき:脳幹部病変に伴い出現することがある。
  • 顔の動かしにくさ:患側の表情筋が動かない。額のしわ寄せや閉眼が困難となる。

8.5症候群を構成する3つの所見を以下に示す。

水平注視麻痺

同側への共同注視不能:両眼とも患側方向への水平眼球運動が制限される。

共同偏視:急性期には短期間、正面視で健側方向への偏位を示すことがある。

注視麻痺性眼振:患側方向の注視時に出現する。

核間性眼筋麻痺

患側の内転制限:内転速度の著明な低下が特徴的で、運動制限消失後も残存しやすい。

健側の外転時眼振:解離性律動眼振と呼ばれる単眼性眼振である。

輻輳の保持:MLF障害でも輻輳は可能である。

顔面神経麻痺

末梢性(LMN型):額のしわ寄せ不能、閉眼不全を伴う。上位運動ニューロン型と異なり額の麻痺がある。

鼻唇溝消失・口角偏位:患側の鼻唇溝が消失し、口角が健側に偏位する。

水平方向の眼球運動で唯一残るのは対側眼の外転のみである。正面位では患側が外斜視となり、麻痺性橋外斜視と呼ばれる。

Q 水平方向の眼球運動は完全に失われるのか?
A

完全には失われない。対側眼の外転のみが残存する。また輻輳による内転は保たれるため、近見時の内転は可能である。

原因疾患は以下の通りである。

  • 脳血管障害:最も多い原因である。橋傍正中動脈(脳底動脈からの分枝)領域の虚血性梗塞が典型的である2)3)。橋出血も原因となりうる。
  • 脱髄性疾患:多発性硬化症が代表的である。若年者で多い4)
  • 海綿状血管腫:橋部の海綿状血管腫による報告がある。
  • 腫瘍:橋部の腫瘍性病変が原因となりうる。
  • 結核腫:脳幹結核腫の報告がある2)
  • 毛細血管拡張症:頭蓋内毛細血管拡張症との合併例が報告されている2)

主なリスク因子は高血圧、糖尿病、脂質異常症などの動脈硬化危険因子である2)3)

8.5症候群は主に臨床診断である。詳細な眼球運動検査と脳神経学的診察が不可欠である。

  • 水平注視麻痺の確認:両眼が患側方向に動かないことを確認する。上方視・下方視時に健側方向への偏位がみられるかも重要な所見である。
  • 核間性眼筋麻痺の確認:患側の内転制限を確認する。健側の外転時単眼性眼振は、急速に健側を注視させた直後が分かりやすい。
  • 1.5症候群の確認:健側の外転以外の水平性眼球運動がすべて制限されていることを確認する。
  • 顔面神経麻痺の確認:額のしわ寄せ、閉眼、口すぼめの左右差を評価する。額が侵されていればLMN型と判定できる。
  • MRI:脳幹病変の検出に最も有用である。拡散強調画像(DWI)で高信号、ADC画像で低信号を示す病変は脳梗塞を示唆する。数mmの小病変でも検出可能である2)。脳幹の軸撮影に加えて冠状断も有用である。
  • CT:急性期脳梗塞に対する感度が低い。CTで異常がなくても臨床的に脳幹梗塞が疑われる場合はMRIが必要である2)。出血の除外には有用である。
  • 動眼神経麻痺:INOとの鑑別が必要である。上転・下転制限、眼瞼下垂瞳孔異常がなければ動眼神経麻痺は否定的となる。
  • 重症筋無力症:偽MLF症候群を呈することがある。日内変動・易疲労性の有無を確認する。
  • Fisher症候群:核間性眼筋麻痺に類似した所見を呈しうる。腱反射消失・運動失調の有無を確認する。
Q CTで異常がなくても8.5症候群は否定できないのか?
A

否定できない。CTは急性期脳梗塞に対する感度が低く、正常所見でも脳幹梗塞を見逃す可能性がある。臨床的に疑われる場合はMRIが必要である。

治療は原因疾患に対する治療が基本である。

  • t-PA静注療法:発症4.5時間以内の脳梗塞に対し、アルテプラーゼ0.6mg/kgを静脈内投与する。
  • 血管内治療:t-PA静注で再開通が得られない場合、ステント回収型デバイスによる血管内治療の適応を検討する。
  • 抗血小板療法:急性期以降の二次予防として抗血小板薬を投与する2)3)
  • リスク因子の管理:高血圧・糖尿病・脂質異常症の治療を並行して行う。
  • ステロイド療法:多発性硬化症による8.5症候群では、ステロイド療法が有効な場合がある4)
  • 顔面神経麻痺へのリハビリテーション:表情筋の理学療法を行う3)
  • 角膜保護:閉眼不全がある場合は、人工涙液の点眼と眼帯による角膜保護が必要である3)

孤立性の8.5症候群では複視および顔面神経麻痺の予後は良好である。外転麻痺は内転麻痺より長く持続する傾向がある。

Muhammadら(2024)は55歳男性の脳幹梗塞による8.5症候群を報告した。抗血小板薬による治療後、3か月で眼筋麻痺は完全に回復し、顔面神経麻痺もわずかな残存のみであった2)

Ingleら(2021)は54歳男性の橋梗塞+急性心筋梗塞合併例を報告した。二重抗血小板療法と理学療法を行い、2か月後の経過観察で改善を認めた3)

Q 眼球運動障害は回復するのか?
A

孤立性の8.5症候群では予後良好であり、多くの症例で数か月以内に眼球運動が改善する。ただし外転麻痺は内転麻痺より回復が遅い傾向がある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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8.5症候群の責任病巣は尾側橋の背蓋部(dorsal tegmentum of the caudal pons)である。この領域に外転神経核、内側縦束(MLF)、顔面神経線維束が近接して存在する。

水平注視の制御に関与する構造と経路は以下の通りである。

  • PPRF:脳幹の水平注視中枢である。前頭眼野(Brodmann 8野)から反対側のPPRFへ衝動性眼球運動の指令が伝わる。
  • 外転神経核:PPRFからの信号を受け、同側の外直筋を直接支配する。
  • MLF経路:外転神経核の介在ニューロンがMLFを介して対側の動眼神経内直筋亜核に投射し、対側の内直筋を収縮させる。

この回路により、一側のPPRFが興奮すると同側の外直筋と対側の内直筋が収縮し、両眼が同側方向へ向く共同注視が成立する。

顔面神経核は橋背側に位置する。顔面神経の線維束は核から背内側に向かい、外転神経核を背側から回り込んでから腹側へ向かって橋を出る(顔面神経膝)。この走行のため、外転神経核近傍の病変は顔面神経線維束を巻き込みやすい。

障害構造出現する症状
PPRF/外転神経核同側への水平注視麻痺
MLF同側の核間性眼筋麻痺
顔面神経線維束同側の末梢性顔面神経麻痺

1.5症候群はPPRF(または外転神経核)とMLFの同時障害で生じる。8.5症候群はこれに顔面神経線維束の障害が加わったものである。

責任領域の血流は橋傍正中動脈(脳底動脈からの分枝)に由来し、正中線の片側を供給する。高齢者では動脈硬化に伴う分枝動脈梗塞が主因であり、若年者では多発性硬化症による脱髄が多い。


  1. Eggenberger E. Eight-and-a-half syndrome: one-and-a-half syndrome plus cranial nerve VII palsy. J Neuroophthalmol. 1998;18:114-6.
  2. Muhammad H, Chan WS, Jaafar J, et al. Eight-and-a-Half Syndrome Secondary to Acute Brainstem Infarction. Cureus. 2024;16(7):e65138.
  3. Ingle V, Panda S, Penuboina T, et al. Eight-and-a-half syndrome: a rare presentation. BMJ Case Rep. 2021;14:e244338.
  4. Cárdenas-Rodríguez MA, Castillo-Torres SA, Chávez-Luévanos B, et al. Eight-and-a-half syndrome: video evidence and updated literature review. BMJ Case Rep. 2020;13:e234075.
  5. Pilianidis G, Gogos G, Tontikidou C, et al. Eight and a half syndrome: a rare presentation of a brainstem infarction. Oxf Med Case Reports. 2022;2022:omac089.

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