眼筋麻痺

ビッカースタッフ脳幹脳炎
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. ビッカースタッフ脳幹脳炎とは
Section titled “1. ビッカースタッフ脳幹脳炎とは”ビッカースタッフ脳幹脳炎(Bickerstaff Brainstem Encephalitis; BBE)は、末梢神経系および中枢神経系(脳幹)を侵す稀な自己免疫疾患である。1951年にBickerstaff & Cloakeが初めて記載し、1957年にBickerstaff単独で「a grave syndrome with benign prognosis」として追加報告した。
典型的には先行感染の1〜4週後に、外眼筋麻痺・運動失調・意識障害の三徴が急性〜亜急性に出現する。ギラン・バレー症候群(GBS)およびフィッシャー症候群(MFS)と同一の抗GQ1b抗体症候群スペクトラムに属し、免疫介在性多発神経炎の亜型として位置づけられる。
日本の全国調査では年間罹患率0.078/10万人、年間新規患者は約100例と推定される4)。男女比は1.3(やや男性優位)、発症年齢の中央値は35歳(平均39歳)である4)。
日本の全国調査では年間罹患率0.078/10万人、年間新規患者は約100例と推定される4)。フィッシャー症候群よりもさらに稀な疾患である。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
- 複視:初発症状として多く、眼筋麻痺に伴い出現する。
- ふらつき・歩行不安定:運動失調による症状で早期から認められる。
- 構音障害:球麻痺の一症状として出現する2)3)。
- 嚥下困難:球麻痺に伴い、誤嚥リスクが上昇する3)6)。
- 変動性の眠気〜意識消失:脳幹網様体賦活系の障害による2)4)。
- 手足のしびれ:末梢神経障害に伴う知覚異常5)。
- 頭痛:先行感染後から持続することがある6)。
Odaka et al.の62例シリーズ5)で報告された主要所見の頻度を以下に示す。
運動失調・筋力低下
運動失調:全症例に認められる三徴の一つ。
四肢筋力低下:弛緩性・対称性の筋力低下が60%で出現5)。
反射低下/消失:症例の58%に認められる5)。
反射亢進:一方で34%では亢進を示し、錐体路障害を示唆する4)5)。
バビンスキー徴候:上向き足底反射が40%で陽性4)5)。
意識・脳幹症状
意識障害:傾眠が45%、昏迷〜昏睡が29%で出現4)。
顔面神経麻痺:症例の45%に認められる6)。
球麻痺:構音障害・嚥下障害が34%で出現6)。
深部感覚障害:症例の16%で認められる4)。
フィッシャー症候群(MFS)は外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失の三徴を特徴とする末梢神経障害が主体の疾患である。BBEはこれに意識障害や錐体路徴候(反射亢進・バビンスキー徴候陽性)が加わる点で区別され、中枢神経(脳幹)への関与がより顕著である。両者は連続スペクトラムを形成し、オーバーラップ型も存在する。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”症例の92%に先行感染が認められ、感染から神経症状発現まで通常1〜4週間の間隔がある5)。
- 上気道感染:最も多く、全体の約60%を占める6)。
- 下痢(消化器感染):約29%6)。
- Campylobacter jejuni・Haemophilus influenzae:最も頻度の高い起因菌。
- Chlamydia pneumoniae:BBE-GBSオーバーラップとの関連が初報告されている6)。
- Mycoplasma pneumoniae・EBウイルス・VZV・CMV・HIV-1:報告例あり。
- SARS-CoV-2:コロナウイルス感染後発症例が報告されている。
- 帯状疱疹:免疫抑制状態の患者での発症が報告されている5)。
- Salmonella typhi:感染後発症例あり4)。
- 潰瘍性大腸炎(IBD):薬剤性(メサラジン関連)の関与が疑われた例がある3)。
- 風疹混合ワクチン接種後:ワクチン後発症例も報告されている。
病因(分子模倣)
Section titled “病因(分子模倣)”先行感染の病原体の構造がGQ1bガングリオシドに類似しており、交差反応性の抗GQ1b抗体が誘導される(分子模倣;molecular mimicry)。この抗体が脳神経終末・後根神経節・血液脳関門を標的として神経障害を引き起こすと考えられている。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”診断は主に臨床所見に基づく。Odaka et al.(2003)の臨床診断基準は「4週以内に進行性・比較的対称性の外眼筋麻痺+運動失調+意識障害または反射亢進」である6)。
血清抗体検査
Section titled “血清抗体検査”- 抗GQ1b IgG抗体:最も重要な支持的検査。BBEでの陽性率は68〜80%であり、陰性であってもBBEは否定されない2)5)。感度60〜70%、特異度90%以上3)。MFSではさらに高く83〜100%が陽性。
- 抗GM1抗体:BBEの約10%で陽性2)。
- 抗GD1a抗体:BBEの約13%で陽性2)。
主要検査の異常率
Section titled “主要検査の異常率”主な検査所見の異常率を以下に示す。
| 検査 | 異常率 |
|---|---|
| 外眼筋麻痺(臨床所見) | 100%5) |
| EEG異常 | 57〜70%5)6) |
| 抗GQ1b抗体陽性 | 68〜80%4)5) |
| MRI異常 | 11〜30%5)6) |
| CSF蛋白細胞解離 | 約25%5) |
髄液検査(CSF)
Section titled “髄液検査(CSF)”CSF所見は2/3の患者で比較的正常である1)。蛋白細胞解離(アルブミン細胞解離)は約25%に認められ、GBSよりも頻度は低い5)。CSF蛋白上昇は経時的に進展することがある。
脳MRIは2/3の症例で正常である。異常がある場合はT2/FLAIRで脳幹(橋・中脳橋接合部)の高信号が典型的で2)3)6)、脳幹病変の検出にはFLAIR・T2・冠状断が有用である。造影増強を伴わないことが多い。
EEG異常は57〜70%に認められる5)6)。びまん性δ活動が特徴的であり1)6)、非けいれん性てんかん重積状態の除外に有用である2)。
神経伝導検査(NCS/EMG)
Section titled “神経伝導検査(NCS/EMG)”GBSスペクトラムとの重複を示す所見が多い。F波延長/消失(早期脱髄を示唆)6)、運動軸索性多発神経障害4)、感覚神経活動電位(SNAP)振幅低下が認められる場合がある5)。ただし比較的正常な例も存在する5)。
BBE vs MFS vs GBSの主要な臨床的差異を以下に示す。
| 特徴 | BBE | MFS | GBS |
|---|---|---|---|
| 意識障害/錐体路徴候 | あり | なし | なし |
| 主な病変部位 | 中枢(脳幹)+末梢 | 末梢(優位) | 末梢 |
| 抗GQ1b陽性率 | 68〜80% | 83〜100% | 約8%4)5) |
その他の鑑別として、Wernicke脳症・脳幹血管障害・多発性硬化症・視神経脊髄炎・急性散在性脳脊髄炎(ADEM)・ウイルス性脳炎・細菌性髄膜脳炎・重症筋無力症・脳幹部腫瘍・ボツリヌス症・ライム病なども除外が必要である。
抗GQ1b抗体の陽性率はBBE患者の68〜80%であり、陰性例は20〜30%以上存在する2)5)。BBEは臨床診断であり、典型的な三徴(外眼筋麻痺・運動失調・意識障害または反射亢進)が認められれば、抗体陰性であっても診断は否定されない2)。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”BBEの治療に関するRCTは現時点で存在しない5)6)。多くの症例は自然寛解し、予後は比較的良好とされている。治療はGBSのエビデンスを外挿して行われる。
- 免疫グロブリン大量静注療法(IVIg):GBS進展例・意識障害合併例に対して推奨される。0.4g/kg/日×5日間の投与が標準的2)3)。回復をわずかに早める可能性があるが、最終転帰への影響は不明確である。
- 血漿交換療法:IVIgに反応しない症例、特に小児例での有効報告がある6)。
- ステロイドパルス療法:IV methylprednisolone 1g/日×5日間が併用されることがある2)3)6)。回復を早める可能性の報告があるが、その役割は議論中であり、Cochrane reviewでは推奨/非推奨を明確にできていない5)。
- 気道管理・人工呼吸:意識障害が進行した場合や呼吸筋麻痺が生じた場合に必要となる2)4)。
- 理学療法:回復期の機能回復に不可欠である。
- 栄養管理・誤嚥予防:嚥下障害を伴う症例では経管栄養・唾液分泌管理を考慮する。
現時点でBBEを対象とした治療のRCTは存在しない5)6)。IVIgや血漿交換がGBSのエビデンスから外挿して使用されるが、最終的な転帰への影響は不明確である。多くの症例は自然回復し、予後は比較的良好である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”GQ1bガングリオシドの役割
Section titled “GQ1bガングリオシドの役割”GQ1bガングリオシドは動眼神経(III)・滑車神経(IV)・外転神経(VI)・舌咽神経(IX)・迷走神経(X)のパラノードおよびNMJに豊富に発現している。眼運動神経の傍絞輪部と終末部には他の脳神経より高密度にGQ1bが分布しており、これが外眼筋麻痺の主要原因である。GQ1bは末梢神経組織中ガングリオシドの5〜6%を占めるに過ぎないが、脳神経中では11〜13%を占める5)。
後根神経節の大型細胞(Iaニューロン)にも豊富であり、感覚入力の障害を介した運動失調と腱反射消失が生じる。
末梢障害と中枢障害の機序
Section titled “末梢障害と中枢障害の機序”末梢神経障害機序
抗GQ1b抗体による神経終末障害:III・IV・VI脳神経の終末部でシナプス前後においてブロックが生じる。
後根神経節Iaニューロン障害:感覚入力喪失により運動失調・腱反射消失が出現する。
Node-paranodopathy:Ranvier結節が機能障害部位として提唱される新概念。「脱髄型」でも「軸索型」でもない障害様式5)。
中枢障害機序(BBE特有)
血液脳関門(BBB)の破壊:BBE血清が脳微小血管内皮細胞(BMECs)に粘膜類天疱瘡分泌を増加させBBBを破壊する(Saito et al. 2013のin vitro研究)4)6)。MFS血清ではBBBへの影響がなく、BBBの破壊度がFisher/BBEの臨床表現型を決定する。
意識障害の発生:脳幹網様体賦活系の障害による6)。
Area postrema経路:脳幹のarea postremaの微小循環は大分子の透過性が比較的高く、抗体の脳幹浸入経路として機能する6)。
剖検例(稀)では、脳幹に血管周囲性リンパ球浸潤・浮腫・グリア結節が認められ、HLA-DR陽性マクロファージ/ミクログリアのびまん性upregulationが脳幹全体に顕著である1)。病変は小脳白質・脳梁・脊髄灰白質・後索・脊髄神経根にも波及することがある1)。
Imam et al.(2022)の剖検例では、側頭部軟膜の限局性反応性髄膜上皮増殖と疎な慢性炎症細胞が確認された。免疫組織化学でHLA-DR陽性マクロファージ/ミクログリアのびまん性upregulationが脳幹全体に顕著で、小脳白質・脳梁・脊髄灰白質・後索・脊髄神経根にも存在していた1)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”抗ガングリオシド抗体パターンと再発・重症度の関連
Section titled “抗ガングリオシド抗体パターンと再発・重症度の関連”再発時に抗GQ1b抗体陰性から他の抗ガングリオシド抗体陽性へのパターン変化が報告されており、逆に陰性から12年後の再発で陽性化した報告もある5)。抗GQ1b抗体力価が臨床経過に追従するという観察から、連続的な抗ガングリオシド検査による再発予測の可能性が検討されている5)。MFS/BBEにおける再発率は約14%であり、GBS(4%)より高い5)。
BBE-MFS-GBSスペクトラムの統合的理解
Section titled “BBE-MFS-GBSスペクトラムの統合的理解”581例を対象とした解析を含む複数の研究から、BBE・MFS・GBSが連続スペクトラムを構成するというエビデンスが蓄積している4)5)6)。BBEとMFSのオーバーラップ型(Fisher-Bickerstaff overlap syndrome)の報告も増加している。
難治例に対するリツキシマブ
Section titled “難治例に対するリツキシマブ”標準的なIVIgや血漿交換に反応しない難治例に対してリツキシマブ(抗CD20モノクローナル抗体)が使用された報告があるが、エビデンスは症例報告レベルにとどまる5)。
腸脳軸と自己免疫機序
Section titled “腸脳軸と自己免疫機序”潰瘍性大腸炎(IBD)合併例からの知見として、腸脳軸(gut-brain axis)の免疫調節異常がBBEの発症機序に関与する可能性が示唆されている3)。メサラジン等の非生物学的免疫調節薬と神経合併症の関連についても検討が行われている3)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Imam I, Sarrigiannis PG, Shivane AG. Bickerstaff brainstem encephalitis: clinical, neurophysiological, laboratory and postmortem findings of a case presenting as encephalomyelitis. BMJ Case Rep. 2022;15:e245588.
- Warcup A, Movio G, Dhar S, et al. Bickerstaff Brainstem Encephalitis Presenting With Negative Anti-GM1 and Anti-GQ1B Antibodies. Cureus. 2024;16(6):e61653.
- Joo H, Lee CS, Joe S, et al. Bickerstaff’s brainstem encephalitis: a rare case of neurologic complication in Ulcerative Colitis. BMC Neurology. 2023;23:386.
- Pantbalekundri N, Acharya S, Shukla S, et al. Bickerstaff’s Brainstem Encephalitis and Miller Fisher Syndrome: A Rare Overlap. Cureus. 2024;16(2):e55000.
- Bhatia SS, Canepa C, Notarianni A. Bickerstaff’s brainstem encephalitis mimicking herpetic encephalomyelitis in a liver transplant patient with anti-GQ1b antibodies. BMJ Case Rep. 2022;15:e251784.
- Wong CK, Ng CF, Tan HJ, et al. Bickerstaff brainstem encephalitis with Guillain-Barré syndrome overlap following chlamydia infection. BMJ Case Rep. 2021;14:e242090.