代謝性角膜症(metabolic keratopathy)は、代謝異常に起因して角膜に構造的・機能的変化を生じる疾患群の総称である。タンパク質・糖質・脂質などの代謝産物が角膜組織に異常蓄積することで透明性が障害される。
先天性の酵素欠損による遺伝性代謝疾患と、糖尿病に代表される後天性の代謝調節不全の両者が含まれる。遺伝性代謝疾患は多くが常染色体劣性遺伝であり、単一の酵素欠損が原因となる。
角膜ジストロフィと混同されることがあるが、以下の点で区別される。
- 角膜中央部だけでなく周辺部にも病変が及ぶ
- 角膜の複数層に変化が生じる
- 経時的に進行する傾向がある
糖尿病性角膜症(diabetic keratopathy)は臨床上最も頻度が高い代謝性角膜症であり、糖尿病患者の47〜64%に発生すると報告されている3)。
Q 代謝性角膜症と角膜ジストロフィはどう違うのですか?
A 角膜ジストロフィは原発性の角膜組織異常であり、主に角膜中央部が侵される。一方、代謝性角膜症は全身の代謝異常に伴う角膜変化であり、角膜周辺部も含む広範な病変を呈し、複数層に変化が及ぶ点が異なる。全身症状を伴うことが多い。
代謝性角膜症の自覚症状は原疾患と角膜障害の程度に依存する。軽度の沈着では無症状のことも多い。進行すると視力低下を自覚する。
糖尿病性角膜症では角膜知覚の低下により症状に気づきにくい。ドライアイ症状(乾燥感・異物感)を呈することがある2)。角膜上皮障害が生じると疼痛・流涙・羞明を訴える。
シスチン症では角膜結晶沈着による重度の羞明と眼瞼痙攣が特徴的である。
各代謝疾患により特徴的な角膜所見を呈する。
糖尿病性角膜症の所見は多岐にわたる。点状表層角膜症、遷延性角膜上皮欠損、角膜浮腫が代表的である3)。角膜内皮細胞密度の低下と多形性の増加を認める1)。共焦点顕微鏡では角膜神経線維の密度低下・長さの短縮・分岐密度の減少が確認される2)。
ムコ多糖症ではI型(Hurler症候群)とVI型で角膜全体に霧状の混濁を生じる。ムコ多糖の角膜実質への沈着が原因であり、Bowman膜と内皮は温存される。II型・III型では原則として角膜混濁を認めない。
Fabry病では6歳頃から角膜上皮基底レベルに灰色がかった渦巻き状の色素沈着(渦状角膜)が出現する。角膜混濁は50〜80%の頻度とされ、保因者の女性にも観察されることが多い。抗不整脈薬アミオダロンによる角膜沈着と類似する所見を呈する。
Wilson病では角膜周辺部全周のDescemet膜レベルに黄色の銅沈着(Kayser-Fleischer輪)を認める。患者の80〜90%にみられ、診断的価値が高い。
シスチン症では生後16か月以降に細隙灯顕微鏡で角膜シスチン結晶が観察できる。周辺部前実質から始まり全層に及ぶ。
代謝性角膜症は先天性と後天性に大別される。
先天性代謝異常
リソソーム蓄積症:ムコ多糖症・脂質蓄積症(Fabry病・Gaucher病・Niemann-Pick病)・ムコリピドーシス・シスチン症が含まれる。酵素欠損により基質が全身組織に蓄積する。
脂質代謝異常:LCAT欠損症・Tangier病・Schnyder角膜ジストロフィなど。角膜実質に脂質・コレステロールが沈着する。
アミノ酸代謝異常:高チロシン血症2型では偽樹枝状角膜病変を生じる。アルカプトン尿症では角膜に茶褐色の油滴状着色を認める。
銅代謝異常:Wilson病ではセルロプラスミン合成障害により全身に銅が沈着する。常染色体劣性遺伝で10〜20歳代に発症する。
後天性代謝異常
糖尿病:最も頻度が高い。慢性高血糖により角膜上皮・神経・実質・内皮のすべてが障害される3)。
慢性腎不全:転移性石灰化と慢性炎症により角膜にカルシウム塩が沈着し、帯状角膜変性を生じる4)。輪部の血管網からの漏出が沈着の機序である4)。
高脂血症:40歳以下で角膜輪部に脂質沈着(若年環)がみられた場合、家族性高コレステロール血症を疑う。
Q 糖尿病患者の角膜障害はどのくらいの頻度で起こりますか?
A 糖尿病性角膜症は糖尿病患者の47〜64%に発生すると報告されている3)。角膜上皮障害・神経障害・内皮機能障害など多様な形で現れる。角膜症は網膜症より先行または同時に発症する可能性があり、両者は必ずしも同期しない1)。
代謝性角膜症の診断は病歴・全身所見と角膜の細隙灯顕微鏡所見に基づく。
- 細隙灯顕微鏡検査:沈着物の形態・色調・分布・深さを評価する。Fabry病の渦状角膜やWilson病のKayser-Fleischer輪など、疾患特異的な所見の確認に必須である
- 共焦点顕微鏡:角膜神経線維の評価に有用である。糖尿病性角膜症では神経線維密度の低下が網膜症に先行することが報告されている2)。Fabry病では細胞内封入体を確認できる
- 前眼部光干渉断層計(OCT):角膜厚の評価やシスチン症における結晶沈着の経過観察に用いられる
- 角膜内皮細胞検査:糖尿病患者では内皮細胞密度の低下と多形性の増加を認める1)
- 血液生化学検査:血糖値・HbA1c(糖尿病)、血清銅・セルロプラスミン(Wilson病)、脂質プロファイル(脂質代謝異常)
- 酵素活性測定:α-ガラクトシダーゼ(Fabry病)、α-L-イズロニダーゼ(MPS I型)などの白血球酵素アッセイ
- 遺伝子検査:各代謝疾患の確定診断に有用である
- 尿検査:尿中グリコサミノグリカン測定(ムコ多糖症のスクリーニング)、白血球中シスチン量(シスチン症)
治療の基本は原疾患への対応と角膜障害の管理である。
原疾患の治療
糖尿病:厳格な血糖コントロールが最も重要である。
Fabry病:α-ガラクトシダーゼ製剤による酵素補充療法が行われる。渦状角膜の外観を軽減させることができる。
ムコ多糖症:病型に応じた酵素補充療法が行われる。
Wilson病:内科的な血清銅の減少療法や肝移植が行われる。
シスチン症:システアミン内服により腎障害・成長障害の進行を防ぐ。ただし角膜へのシスチン沈着に対しては内服の効果がない。
角膜障害の管理
人工涙液:防腐剤無添加の製剤を使用する。糖尿病性ドライアイに有効である。
治療用コンタクトレンズ:遷延性角膜上皮欠損に対して使用する。
シスチン症の角膜治療:システアミン塩酸塩点眼薬がシスチン結晶の溶解と羞明の軽減に有効であるが、日本では未承認である。
角膜移植:角膜混濁が高度な場合に適応となる。MPS I型・VI型では角膜移植が有効な場合がある。
糖尿病性角膜症に対する局所治療として、サブスタンスPとIGF-1の併用が角膜上皮バリア機能の改善と創傷治癒の促進に有効とされる2)。セネジェルミン(cenegermin:遺伝子組換えNGF)は神経栄養性角膜症に対する治療選択肢となる2)。
高チロシン血症2型の角膜病変に対しては、乳児期からのチロシンおよびフェニルアラニン制限食が最も効果的である。
Q 糖尿病性角膜症に対してインスリン点眼は有効ですか?
A 局所インスリン点眼は糖尿病性角膜上皮欠損に対する有効性が複数の研究で報告されている2)。RTK-PI3K/Akt/mTOR経路を介して角膜上皮の創傷治癒を促進する。ただし、まだ標準治療として確立されてはおらず、臨床試験の段階にある2)。
糖尿病性角膜症は慢性高血糖が角膜のすべての層に障害を引き起こす。その病態には複数の経路が関与する2)3)。
- ポリオール経路の亢進:高血糖によりアルドース還元酵素が活性化され、ソルビトールが蓄積する。浸透圧上昇と酸化ストレスの原因となる
- 終末糖化産物(AGE)の蓄積:タンパク質の非酵素的糖化により角膜コラーゲンの架橋が促進される2)。角膜実質の硬度と厚さが増加する1)
- プロテインキナーゼC(PKC)経路の活性化:細胞増殖・分化の制御を乱す
- 酸化ストレス:ミトコンドリアスーパーオキシドの過剰産生がDNA損傷と細胞抗酸化能の低下を引き起こす2)
角膜上皮では密着結合の障害、基底膜の肥厚、粘膜類天疱瘡活性の上昇が生じ、上皮バリア機能が低下する3)。角膜神経では三叉神経の小径線維(AδおよびC線維)が障害され、角膜知覚が低下する3)。神経栄養因子の喪失により上皮の恒常性維持が困難となる。
涙液のグルコース含量は非糖尿病者の4倍に達する1)。角膜実質深層のグルコース含量は表層より高く、これが実質深層の白色混濁の原因と考えられている1)。
角膜内皮では細胞密度の低下・多形性の増加・Na⁺/K⁺-ATPaseポンプ機能の障害が生じ、角膜浮腫をきたす3)。HbA1c高値・糖尿病罹病期間の長さ・糖尿病網膜症の進行度が内皮細胞密度の低下と関連する3)。
リソソーム蓄積症では酵素欠損により未分解の基質がリソソーム内に蓄積し、角膜実質のケラトサイトや上皮細胞に沈着する。ムコ多糖症ではグリコサミノグリカン(デルマタン硫酸・ヘパラン硫酸・ケラタン硫酸)が角膜実質に蓄積して混濁を生じる。緑内障は線維柱帯における細胞外マトリックスの異常蓄積によりSchlemm管への房水流出抵抗が増大するために生じる。
Fabry病ではα-ガラクトシダーゼの欠損によりグロボトリアオシルセラミドが角膜上皮基底細胞に蓄積し、渦巻き状の沈着パターンを形成する。
シスチン症ではシスチノシン遺伝子の変異によりリソソームからのシスチン輸送が障害され、全身の細胞内にシスチン結晶が蓄積する。角膜への沈着は2歳までに起こる。
Q なぜ糖尿病で角膜の知覚が低下するのですか?
A 糖尿病では慢性高血糖により三叉神経の小径線維(AδおよびC線維)が障害される3)。ポリオール経路の亢進、AGEの蓄積、ミトコンドリア機能障害などにより角膜神経線維の密度・長さ・分岐が減少する2)。神経栄養因子の喪失も角膜知覚低下の一因である。
糖尿病性角膜症の病態に関与する核タンパク質が複数同定されており、新たな治療標的として注目されている3)。
PPARδは糖尿病患者の角膜で発現が有意に低下しており、PPARδアゴニストであるフェノフィブラートの30日間経口投与により角膜神経線維の再生・神経浮腫の軽減・密度と幅の改善が2型糖尿病患者30例で確認された3)。
HMGB1は糖尿病マウスの角膜で有意に発現が上昇している。ジカリウムグリチルリチン酸のミセル製剤によるHMGB1シグナル阻害が、糖尿病角膜の上皮および神経の創傷治癒を促進することが報告された3)。
PTEN阻害剤bpV(pic)の局所投与により、Aktシグナルの再活性化を介して糖尿病角膜の上皮再生が促進された3)。角膜神経線維密度と角膜知覚の回復も確認された3)。
カルシトリオール(活性型ビタミンD₃)の局所投与は、Nrf2抗酸化シグナルの活性化とNLRP3インフラマソームの阻害を介して糖尿病角膜の創傷治癒と再神経支配を促進した2)。
α-リポ酸は高グルコース環境下の角膜上皮細胞における酸化ストレス・炎症・アポトーシスを軽減することが報告された2)。
SIRT1の過剰発現はmiR-182の上昇を介して糖尿病角膜神経の再生を促進した。SIRT3の過剰発現はマイトファジーの促進を通じて高グルコース環境下の角膜創傷治癒を改善した3)。
EZH2阻害剤(EPZ6438・3-デアザネプラノシンA)は角膜筋線維芽細胞の活性化と線維化を抑制することが動物モデルで示されている3)。
今後は、これらの核タンパク質の分子機構のさらなる解明と、ヒトを対象とした臨床試験による有効性の検証が課題である3)。
- Xu M, Wu S, Niu X. Sudden unilateral corneal clouding in diabetic patient: A case report and literature review. Medicine. 2023;102:e33919.
- Buonfiglio F, Wasielica-Poslednik J, Pfeiffer N, Gericke A. Diabetic Keratopathy: Redox Signaling Pathways and Therapeutic Prospects. Antioxidants. 2024;13:120.
- Xu H, Jiang Z, Wang Y, et al. Diabetic keratopathy and nuclear proteins (Review). Mol Med Rep. 2026;33:35.
- Markoulli M, Flanagan J, Engel L, et al. The impact of systemic disease on the ocular surface. Ocul Surf. 2023;29:226-271.
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