
結膜銀沈着症
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 結膜銀沈着症とは
Section titled “1. 結膜銀沈着症とは”銀沈着症(argyrosis)はギリシャ語で銀を意味する「argyros」に由来する。銀含有化合物への慢性的曝露により体内組織に銀が沈着する病態であり、眼に生じたものを眼銀沈着症(ocular argyrosis)と呼ぶ。
歴史的には17世紀以降、てんかんなどの疾患治療に大量の銀が医学的に使用されてきた。硝酸銀の治療利用は紀元前69年にまで遡る記録がある。現在では治療に伴う銀沈着症は稀であるが、職業的曝露やまつ毛染料などの化粧品を介した発症が報告されている。
結膜の色素沈着病変の鑑別診断において考慮すべき疾患の一つである。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”眼銀沈着症は通常無症状である。まれに暗所条件下でのコントラスト感度低下が認められることがあり、網膜への銀沈着の関与が示唆されている。
臨床所見(医師が確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が確認する所見)”- 結膜の変色:結膜が青灰色に変色する。涙液が貯留する鼻側結膜では徐々に黒色調を呈する。上眼瞼、眼瞼縁、涙丘にも色素沈着が認められることがある。
- 角膜沈着:角膜深層(Descemet膜付近)に灰青色、灰緑色、または金色の沈着物を認める。輪部内側に環状に分布し、境界は明瞭である。
- その他の沈着部位:Bowman膜、水晶体、ブルッフ膜にも銀沈着が認められることがある。
通常は視力障害を生じない。ただし、暗所条件下でのコントラスト感度低下が報告されており、銀への慢性曝露がある患者ではコントラスト感度を含む定期的な眼科検査が推奨される。重度の角膜沈着で視力低下を生じた場合、角膜移植が検討されることがある。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”眼銀沈着症の原因は銀含有化合物への反復曝露である。曝露の形態は以下に大別される。
- 職業的曝露:写真現像業、宝石細工・銀器研磨、歯科従事者など。曝露期間と色素沈着の程度には直接的な相関がある。
- 医薬品:硝酸銀点眼薬やアルギロール(銀タンパク)などの銀含有眼科薬の長期使用。現在では使用頻度が減少している。
- 化粧品:硝酸銀を含むまつ毛染料の長期使用。永続的な銀沈着を生じうる。
- 放射線治療:脈絡膜悪性黒色腫に対するルテニウム106小線源治療(銀で覆われたコア)後の結膜下銀沈着が報告されている。
- 急性曝露:化学物質の爆発等による眼への直接的な銀の飛散。
4. 診断と鑑別診断
Section titled “4. 診断と鑑別診断”眼銀沈着症は臨床診断であり、銀曝露歴の聴取と細隙灯顕微鏡検査が基本となる。
補助的な画像検査として以下が報告されている。
- 前眼部光干渉断層計(AS-OCT):Bowman膜およびDescemet膜における高反射沈着物を描出する。
- 生体共焦点顕微鏡(in vivo confocal microscopy):Descemet膜、Bowman膜、角膜実質における反射性沈着物を細胞レベルで可視化する。
結膜の色素沈着病変として以下を鑑別する。
- 結膜母斑:扁平〜わずかに隆起した色素病変。小児期に出現し、嚢胞を伴うことが多い。
- 原発性後天性メラノーシス(PAM):片側性の扁平な褐色色素沈着。悪性転化のリスクがある。
- 結膜悪性黒色腫:隆起性で結節状の色素病変。PAMからの発生や新生が多い。
- 他の金属沈着:鉄沈着(鉄症)、銅沈着(Kayser-Fleischer輪)、金沈着(chrysiasis)との鑑別が必要である。
銀沈着症はびまん性の青灰色変色を呈し、銀曝露歴の聴取が重要である。結膜母斑は限局性で嚢胞を伴い、PAMは片側性の褐色斑を呈する。限局性の隆起病変では悪性黒色腫を除外する必要がある。AS-OCTや生体共焦点顕微鏡が補助診断に有用である。
5. 病態生理
Section titled “5. 病態生理”銀含有化合物への長期曝露により、銀が眼組織内に沈着する。組織学的には結膜上皮、基底膜、結膜固有層の浅層、Descemet膜、水晶体、ブルッフ膜への沈着が確認されている。
角膜における銀沈着は主にDescemet膜とBowman膜に集中する。沈着物は角膜深層実質にも認められ、輪部内側に環状に分布する。
銀沈着は皮膚においても青色〜青灰色の変色(銀皮症)を生じることがあり、全身性銀沈着症の一部として眼症状が出現する場合がある。
6. 管理と予後
Section titled “6. 管理と予後”眼銀沈着症の管理は主に予防と曝露回避が中心である。
- 無症状の場合は経過観察とする。
- 銀への職業的曝露がある場合は保護眼鏡の使用を指導する。
- 原因となる銀含有薬剤や化粧品の使用を中止する。
- 重度の角膜沈着で視力障害を生じた場合は角膜移植が検討されることがある。
沈着した銀は組織から自然に除去されることはなく、変色は不可逆的である。
視力への影響は通常軽微であり、予後は良好である。ただし暗所でのコントラスト感度低下が認められる場合があるため、銀曝露のある患者では定期的な眼科検査が推奨される。
組織に沈着した銀は不可逆的であり、薬物療法による除去法はない。重度の角膜沈着で視力障害を生じた場合に角膜移植が検討されるが、通常は経過観察で対応する。最も重要なのは曝露の回避による予防である。