セフロキシム
作用機序:細胞壁合成阻害(時間依存性殺菌)
推奨用量:1.0mg/0.1mL
特徴:欧州で広く普及。Aprokam(単回使用製剤)として入手可能1)
抗菌スペクトル:グラム陽性・陰性菌に広域。MRSA・多剤耐性腸球菌には無効

白内障手術後の眼内炎(postoperative endophthalmitis)は発生率約0.05%と稀であるが、視機能を脅かす重篤な合併症である。予防策として術前の5%ポビドンヨード洗浄が広く行われているが、2007年の欧州白内障屈折手術学会(ESCRS)の大規模前向き無作為化試験がセフロキシムの前房内投与による予防効果を実証して以来、前房内抗菌薬投与が普及した1)。
ESCRS試験(n=16,603)では、前房内セフロキシム1mg/0.1mLの非投与群に比べ投与群で眼内炎リスクが約5分の1に低下した(OR 4.92; 95% CI 1.87–12.9)1)。この結果を受け、欧州ではセフロキシムの前房内投与が標準化された。米国ではモキシフロキサシンが主流である1)。
ただし、世界的なコンセンサスは未だ確立していない。市販製剤の入手可能性に地域差があり、前房内投与が普遍的に採用されているわけではない。
エビデンスは前房内投与の有効性を強く支持しているが、世界的に統一された義務ではない。ESCRSガイドラインでは前房内抗菌薬の使用を推奨しており、特に術中合併症(後嚢破損など)を伴うハイリスク症例では積極的に検討すべきとされている2)。
術後眼内炎の発症時期により症状は異なる。
発症時期は術後1週以内を急性、1ヶ月以内を亜急性、1ヶ月以降を遅発性と大別する。
急性白内障術後眼内炎の起炎菌の大部分はグラム陽性菌である。
| 菌種 | 特徴 |
|---|---|
| コアグラーゼ陰性ブドウ球菌 | 最多 |
| 黄色ブドウ球菌 | 常在菌由来 |
| 腸球菌 | 予後不良菌 |
そのほか連鎖球菌属やグラム陰性桿菌(緑膿菌など)も報告されている。遅発性の場合はアクネ菌(Propionibacterium acnes)が主な起炎菌となる。
腸球菌にはアンピシリン・イミペネムが有効であるが、セフェム系は効果がない。MRSA・MRSEにはバンコマイシンまたはアルベカシンのみが有効である。
術後眼内炎の診断は臨床所見に基づく。前房蓄膿、硝子体混濁、角膜後面沈着物を認めた場合に疑う。
TASS(toxic anterior segment syndrome)は術後24時間以内に発症する非感染性の重度前眼部炎症である。眼内レンズの製造過程で付着した金属類や表面加工剤、薬剤の保存剤、pHや浸透圧の異常などが原因となる1)。感染性眼内炎との鑑別が重要であり、発症時期と眼底所見が鑑別の手がかりとなる。
白内障手術終了時に前房内に抗菌薬を注入する方法は、眼内炎予防として確立されつつある。前房内投与は結膜下注射よりも高い前房内薬剤濃度を達成し、より優れた殺菌活性を示す1)。
セフロキシム
作用機序:細胞壁合成阻害(時間依存性殺菌)
推奨用量:1.0mg/0.1mL
特徴:欧州で広く普及。Aprokam(単回使用製剤)として入手可能1)
抗菌スペクトル:グラム陽性・陰性菌に広域。MRSA・多剤耐性腸球菌には無効
モキシフロキサシン
作用機序:トポイソメラーゼII/IV阻害(濃度依存性殺菌)
推奨用量:150〜500μg/0.1mL
特徴:米国で最も普及。Vigamox 0.5%を希釈して使用1)
抗菌スペクトル:グラム陽性・陰性菌に広域。シュードモナス属にも有効
ESCRS試験に加え、多数の後方視的研究および2つの前向き研究が、セフロキシムまたはモキシフロキサシンの前房内投与による眼内炎減少を報告している1)。
Garcia-Saenzら(2010)は10年間の比較研究でセフロキシム前房内投与の眼内炎予防効果を確認した1)。Barreauら(2012)のフランスの研究でも同様の結果が示されている1)。
Haripriyaら(2016, 2019)はインドAravind Eye Careシステムにおける大規模研究で、前房内モキシフロキサシンの使用により術後眼内炎の発生率が4分の1に低下したことを報告した1)。200万例以上を対象とした研究では、後嚢破損を伴う症例でも効果が確認された1)。
Bowenら(2018)のメタ解析では、術後眼内炎発生率の加重平均はセフロキシム0.0332%、モキシフロキサシン0.0153%、バンコマイシン0.0106%であった1)。前房内投与と点眼の併用と、前房内投与単独との間に有効性の差は認められなかった(P > 0.3)1)。
セフロキシムの眼内炎予防に対するオッズ比は0.29〜0.30、モキシフロキサシンでは0.26〜0.29と報告されている2)。
日本ではモキシフロキサシンの前房内投与に関する有効性と安全性が報告されている1)。前房内投与の眼内炎予防効果は確認されているが、灌流液への抗菌薬添加は予防効果が証明されていない。
前房内投与は点眼単独よりも効果的である2)。
結膜下注射は前房への薬剤移行が低く、前房内投与より効果が劣る1)。
トリアムシノロン・モキシフロキサシン(Tri-Moxi)やTri-Moxi-Vancなどの硝子体内注射製剤も研究されている。硝子体腔は貯蔵庫として機能し、前房よりも長時間にわたり薬剤を放出する利点がある。ただし、大規模無作為化試験による安全性・有効性の確立は不十分である1)。
眼内炎が発症した場合の治療は病期に応じて異なる。
| 薬剤 | 用量 |
|---|---|
| バンコマイシン | 1.0mg/0.1mL |
| セフタジジム | 2.0〜2.25mg/0.1mL |
灌流液にはバンコマイシン20μg/mLとセフタジジム40μg/mLを混注する。術後はバンコマイシン1%点眼、セフタジジム2%点眼を頻回(1時間おき)に投与する。
現時点ではいずれかの優越性を示すエビデンスはない1)。セフロキシムは欧州で、モキシフロキサシンは米国で広く使用されている。モキシフロキサシンは濃度依存的な殺菌活性を有し、シュードモナス属にも有効であるという特徴がある。
前房内投与は前房に直接高濃度の抗菌薬を送達する方法である。前房液のターンオーバー(turnover)は2〜4時間であるため、前房内に注入された薬剤は比較的短時間で希釈・排出される1)。
モキシフロキサシンは濃度依存性の殺菌効果を示す。すなわち、最小発育阻止濃度(MIC)を大幅に上回る高濃度で最大の殺菌活性が得られる。一方、セフロキシムは時間依存性であり、MICを超える時間が長いほど効果的である1)。
ShorsteinとGardner(2019)は、0.5%モキシフロキサシン0.1mLを注入後、0.15%モキシフロキサシン0.5mLでフラッシングする「フラッシングモデル」を提案した1)。このモデルはより一貫した持続的な前房内濃度を実現する。
Arshinoff(2016)は、Vigamox 0.5% 3mLをBSS 7mLで希釈し、150μg/0.1mLの最終濃度として主切開創閉鎖後にサイドポートから0.3〜0.4mLを注入する方法を報告した。
セフロキシムは調製過程での希釈ミスが毒性の主因となる1)。
Bowenら(2018)のメタ解析では、セフロキシムはモキシフロキサシンやバンコマイシンと比較して、汚染・希釈ミス・TASS・黄斑毒性が起こりやすいと報告された1)。
複数の前向き研究により、500μg/0.1mLまでの前房内モキシフロキサシンは、最終視力・眼圧・角膜厚・角膜透明度・前房内炎症に有意なリスク増加を示さないことが確認されている1)。ただし培養ヒト角膜内皮細胞では500μg/mL超で毒性が報告されている1)。
前房内バンコマイシンは出血性閉塞性網膜血管炎(HORV)という稀だが重篤な合併症と関連する1)。
Witkinら(2017)は36例の調査でバンコマイシンとHORVの関連を報告した1)。56%が新生血管緑内障を発症し、2回目のバンコマイシン注入で悪化した。FDAは前房内バンコマイシンの使用を推奨しないとの警告を発出した1)。
バンコマイシンの前房内投与は眼内炎予防目的では強く非推奨とされている1)。
前房内セフロキシムの継続使用は、腸球菌属を中心とした耐性菌の出現を招く可能性がある。ESCRSガイドラインでは、他の抗菌薬で十分な効果が得られない場合やセフロキシムにアレルギーがある場合に限り使用を検討すべきとしている2)。
モキシフロキサシンは広域であるがリスクを完全には排除できず、免疫抑制患者における耐性表皮ブドウ球菌による眼内炎の症例も報告されている。
前房内バンコマイシンはHORV(出血性閉塞性網膜血管炎)を引き起こすことがある1)。HORVは網膜血管の閉塞と出血を伴う重篤な合併症であり、新生血管緑内障に至る例が過半数である。FDAが使用非推奨の警告を発出している。眼内炎予防目的での前房内バンコマイシン使用は強く非推奨とされている。
白内障手術後の点眼を不要とする「ドロップフリー」アプローチへの関心が高まっている1)。前房内投与単独で点眼併用と同等の予防効果を示す後方視的研究が複数報告されており、患者のアドヒアランス問題を解消できる利点がある。
Tri-Moxi(トリアムシノロン15mg+モキシフロキサシン1mg/mL)やTri-Moxi-Vanc(バンコマイシン追加)などの硝子体内複合製剤が検討されている1)。しかしバンコマイシンを含む製剤はHORVのリスクがあり、大規模な無作為化試験は不足している。
フラッシングモデルなど、より一貫した前房内薬剤濃度を達成する投与法の研究が進んでいる1)。最適な投与量の標準化は今後の課題である。
前房内投与単独で予防効果が十分であることを示唆する研究が増えているが、現時点では大規模な前向き比較試験による確証は十分でない1)。点眼不要プロトコルの実現にはさらなるエビデンスの蓄積が必要である。