この疾患の要点
ドロップレス白内障手術は、術後の点眼薬を省略し術中に抗炎症薬・抗菌薬を注入する方法である。
点眼アドヒアランスが不良な患者(関節炎・認知障害など)に特に有用とされる。
結膜 下・テノン嚢 下・硝子体 腔内注入など複数の投与経路がある。
術後炎症の抑制効果は従来の点眼療法と同等とされるが、嚢胞様黄斑浮腫 の予防効果は不明確な点が残る。
眼圧 上昇や術後前眼部中毒症候群・TPSSなどの合併症に注意が必要である。
最適な薬剤・用量・投与経路はまだ確立されておらず、さらなる研究が必要とされている。
白内障 手術後は通常、ステロイド 点眼薬と非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)点眼薬を数週間使用して炎症と嚢胞様黄斑浮腫(cystoid macular edema, CME)を予防する。ドロップレス白内障手術(dropless cataract surgery)は、この術後点眼を省略し、術中に抗炎症薬を眼内または眼周囲に注入する方法である。
ステロイド(トリアムシノロン アセトニドなど)を結膜下、テノン嚢下、硝子体腔内などに注入する方法が報告されている1) 。前房 内デキサメタゾン徐放製剤(Dexycu)や涙小管 内デキサメタゾンインサート(Dextenza)などのドラッグデリバリーシステムも開発されている。
ESCRS ガイドラインでは、通常の白内障手術後の炎症・嚢胞様黄斑浮腫予防にはNSAIDsとステロイド点眼薬の併用が推奨されている(GRADE +/++)1) 。ドロップレス手術は、点眼アドヒアランスが不良と予測される患者において考慮される選択肢として位置づけられている1) 。
Q なぜ術後の点眼薬を省略する方法が必要なのか?
A 白内障手術後の点眼治療は数週間にわたり、1日複数回の頻回点眼が必要となる。関節炎・認知障害・身体介助が必要な患者では点眼アドヒアランスの維持が困難である。ドロップレス手術は術中の単回投与で術後管理を簡略化する試みである。
ドロップレス白内障手術は手術手技であり、「疾患」ではないため、本セクションでは術後に生じうる炎症所見と合併症を記述する。
白内障手術後に生じうる炎症関連症状は以下の通りである。
視力 低下 :術後炎症や嚢胞様黄斑浮腫に伴い生じる。
疼痛・光過敏 :虹彩炎 に伴う症状である。
視覚の歪み・ぼやけ :嚢胞様黄斑浮腫による中心視力障害として現れる。
前房内細胞・フレア :術後炎症の指標であり、細隙灯顕微鏡で評価する。
虹彩炎 :毛様充血、不整な縮瞳を呈する。
嚢胞様黄斑浮腫 :光干渉断層計 (OCT)で外網状層の嚢胞状低反射領域として認められる。網膜 肥厚を伴う。
眼圧上昇 :ステロイド注入に伴い生じうる。特にデポ型ステロイドでは点眼に比べ眼圧上昇が遷延する場合がある1) 。
術後点眼療法は患者のアドヒアランスに依存する1) 。以下のような因子が点眼困難の原因となる。
身体的因子 :関節炎、手指の巧緻性低下、振戦
認知的因子 :認知障害、記憶障害
社会的因子 :介助者の不在、高齢独居
経済的因子 :点眼薬の費用負担
ドロップレス手術に伴う合併症リスク要因は以下の通りである。
ステロイドレスポンダー・緑内障 患者 :眼圧上昇リスクが高い
若年患者(51歳未満) :ステロイド反応のリスクが高い
強度近視 (眼軸長 29.0 mm以上) :ステロイド反応リスクが高い
予防・日常のケア
術前の診察で緑内障やステロイド反応の既往を必ず確認してください。
術後は医師の指示通りに経過観察を受けましょう。特に眼圧の定期測定が重要です。
ドロップレス手術を選択した場合でも、炎症が増強するリスクのある方は補助的な点眼薬が必要となる場合があります。
本セクションでは、ドロップレス白内障手術後の炎症評価と合併症の診断方法を記述する。
前房内細胞数・フレア値 :細隙灯顕微鏡で定量する。レーザーフレアメーターによる客観的評価も行われる。
中心網膜厚(CRT) :OCTで測定する。嚢胞様黄斑浮腫の検出に不可欠である。
最高矯正視力 :術後の視機能回復を評価する。
眼圧 :ステロイド注入後は眼圧上昇のモニタリングが重要である。術後1か月を超えて眼圧上昇がみられる場合は追加の監視が推奨される1) 。
病態 発症時期 特徴 術後前眼部中毒症候群 術後12〜48時間 前眼部限定の無菌性炎症 眼内炎 術後数日〜 前房・後房の炎症 TPSS 術後約3か月 無痛性視力低下
術後前眼部中毒症候群 :角膜 縁から角膜縁に及ぶ広範な角膜浮腫 、前房内の線維素反応、前房蓄膿 を特徴とする。前眼部に限局し、ステロイド点眼で消退する場合が多い。
眼内炎 :前房・後房の両方に炎症が及ぶ。迅速な診断と穿刺・注入または硝子体切除術による治療が必要である。
毒性後眼部症候群(TPSS) :配合トリアムシノロン・モキシフロキサシンの眼内注入後に報告される進行性毒性黄斑 症。OCTで網膜外層の菲薄化を認める。
Q TASSと眼内炎はどのように鑑別するのか?
A TASS は術後12〜48時間以内に発症し、前眼部に限局する無菌性炎症である。一方、眼内炎は前房と後房の両方に炎症が及び、感染に関連する場合が多い。培養検査や臨床経過で鑑別する。TASSは通常ステロイドで改善するが、眼内炎は穿刺・注入や硝子体切除術を要する。
日本では、白内障手術後に抗菌薬点眼と消炎薬(ステロイド点眼、NSAIDs点眼)を使用するのが一般的である。術前3日前からの抗菌薬点眼は本邦の通例であり、ほとんどの施設で行われている。
眼内炎予防として、モキシフロキサシンの前房内投与が海外では広く行われている。しかしわが国では適応外使用であり、使用には注意が必要である。
術中の前房内(intracameral)抗菌薬投与は、術後眼内炎の予防に有効であることが示されている2) 。
セフロキシム :前房内投与の標準薬である。ESCRSの多施設前向き無作為化試験(16,603例)では、セフロキシム1 mg/0.1 mLの前房内投与を行わない群で眼内炎リスクが4.92倍に増加した(95% CI 1.87-12.9)1) 。
モキシフロキサシン :米国では防腐剤無添加の0.5%モキシフロキサシンが最も一般的に使用されている。前房内投与によりモキシフロキサシンは眼内炎の発生を有意に低下させた(OR 0.29; 95% CI 0.15-0.56)1) 。
315,246件の白内障手術を対象とした後方視的研究では、前房内抗菌薬投与は点眼抗菌薬単独より眼内炎予防に有効であった2) 。前房内抗菌薬を使用しない場合、眼内炎のRRは2.94(95% CI 1.07-8.12)であった1) 。
2つのメタアナリシスは、前房内抗菌薬投与時に局所抗菌薬点眼を追加する明確な利益は認められないと結論づけている2) 。前房内抗菌薬投与のみの群でも眼内炎発生率は低く、点眼併用群との差は認められなかった。
結膜下注入
投与部位 :眼球結膜下または眼瞼結膜下に注入する。
利点 :侵襲が少ない。術後に眼圧上昇を生じた場合、結膜切除でデポを除去可能である。
薬剤例 :トリアムシノロンアセトニド(TA)2〜5 mg、ベタメタゾン酢酸エステル5.7 mg/mL1) 。
テノン嚢下注入
投与部位 :テノン嚢と強膜 の間のテノン嚢下腔に注入する。
薬剤例 :TA 20〜40 mg1) 。
注意 :針先の視認性やデポのモニタリングは結膜下注入よりやや困難である。
硝子体腔内注入
投与部位 :扁平部を通じて硝子体腔中央に注入する。
利点 :網膜の炎症を直接予防できる。
リスク :網膜における合併症は他の投与経路より重篤となりうる。
眼内炎予防の3段階アプローチが提唱されている1) 。
眼表面消毒 :ポビドンヨード5〜10%を手術3分前に角膜・結膜円蓋・眼周囲皮膚に塗布する。術中に0.25%ポビドンヨードで20〜30秒ごとに洗浄する方法(島田法)もある1) 。
前房灌流 :前房内に侵入した細菌を灌流で洗い流す。
抗菌薬投与 :手術終了時に前房内抗菌薬を投与する。
治療における注意点・副作用
デポ型ステロイドの眼周囲注入は、点眼に比べ眼圧上昇が遷延するリスクがある。術後1か月以降も眼圧上昇がみられる場合は追加のモニタリングが推奨される1) 。
前房内バンコマイシンは出血性閉塞性網膜血管炎 (HORV)と関連し、重篤な視力低下を招きうる。
配合トリアムシノロン・モキシフロキサシン製剤の使用では、TPSS(毒性後眼部症候群)のリスクがある2) 。薬剤の配合プロセスに潜在的毒性化合物が含まれていないことを確認する必要がある。
セフロキシムの過量投与は角膜毒性・網膜毒性の原因となる2) 。
わが国ではモキシフロキサシンの前房内投与は適応外使用であり、使用には注意が必要である。
Q ドロップレス手術と従来の点眼療法、どちらが優れているのか?
A 現時点では、ドロップレス手術が従来の点眼療法と同等に安全かつ有効であるかは不明確である1) 。術後の一般的な炎症指標(フレア)の抑制は同等と報告されているが、嚢胞様黄斑浮腫予防効果については結果が一定していない。点眼アドヒアランスが期待できる患者ではNSAIDsとステロイド点眼薬の併用が推奨されている1) 。
白内障手術による組織侵襲は、前房内にプロスタグランジンやサイトカインの放出を誘導する。この炎症反応が虹彩炎や嚢胞様黄斑浮腫の原因となる。
前房内炎症 :手術操作による血液房水 関門の破綻に伴い、前房内に細胞・蛋白が流入する。
嚢胞様黄斑浮腫 :プロスタグランジンが網膜血管の透過性を亢進させ、外網状層を中心に液体貯留を生じる。NSAIDsはシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害しプロスタグランジン産生を抑制する2) 。
感染性眼内炎は、術中または術後早期に病原体が前房内に侵入することで発症する。患者自身の結膜常在菌叢が最も一般的な感染源である1) 。
術中侵入 :眼内レンズ (IOL)に付着して眼内に入る経路が最も多い。
術後侵入 :創口閉鎖が不十分な時期に眼表面の細菌が逆流して前房に入る。
主な起炎菌 :コアグラーゼ陰性ブドウ球菌が最多であり、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌属、緑膿菌が続く。腸球菌は予後不良菌として知られる。遅発性では Propionibacterium acnes が多い。
眼内炎の発生率は約0.05%とされ、さらに減少傾向にある。メタアナリシスによるプール推定値は0.107%(95% CI 0.097-0.116%)であり、2010年以降は0.063%(95% CI 0.050-0.077%)に低下している1) 。
前房内抗菌薬投与 :前房内経路は点眼に比べ手術部位へはるかに高濃度の薬剤を送達し、細菌殺傷活性が高い2) 。
デポ型ステロイド :結膜下やテノン嚢下に注入されたトリアムシノロンはデポを形成し、徐放的に眼内に移行する。低濃度・高容量(TA 10 mg/mL)では広い表面積をカバーし、強膜拡散・結膜リンパ管・血管を介してより速く消失する。
眼圧上昇のリスク :デポ型ステロイドは点眼に比べ薬剤除去が困難であり、眼圧上昇が遷延する可能性がある1) 。
ESCRSは、ドロップレス白内障手術の最適戦略を解明するためにEPIC AT(Effectiveness of Periocular drug Injection in CATaract surgery)試験を計画している1) 。現時点では最適な薬剤・用量・投与経路は定義されておらず、この試験の結果が今後の診療指針に影響を与えると考えられる。
Shorsteinら(2024)は、4つのトリアムシノロン注入群と2つの点眼群を比較した。TA 10 mg/mL を4 mg、下側角膜縁から6〜8 mm離れた結膜下腔に注入した場合、術後の黄斑浮腫 ・虹彩炎の発生率が低く、緑内障関連事象は点眼群と同等であった。一方、TA 40 mg/mL群では緑内障事象の発生率が統計的に高かった。
この結果は、低濃度・適正用量の結膜下注入が有望であることを示唆している。
Dexycu :前房内デキサメタゾン徐放懸濁液であり、単回注入で薬剤を漸次放出する。硝子体網膜手術後の炎症抑制において点眼より効果的との報告がある。ただし通常の白内障手術後の虹彩 萎縮が報告されており、安全性の確認が進行中である。
Dextenza :涙小管内に挿入される0.4 mgデキサメタゾン徐放インサートであり、最大30日間薬剤を放出する。ステロイド漸減点眼との比較では、ブレイクスルー炎症・眼圧変化・嚢胞様黄斑浮腫・疼痛に有意差は認められなかった。
European Society of Cataract and Refractive Surgeons. ESCRS Clinical Guidelines for Cataract Surgery. ESCRS; 2024.
American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Cataract and Anterior Segment Committee. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2021.
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