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白内障・前眼部

嚢支持デバイス(水晶体嚢拡張リング・セグメント)

嚢支持デバイス(capsular support devices)は、白内障手術においてチン氏帯(毛様体水晶体を結ぶ支持線維)の脆弱または断裂がある眼で水晶体嚢の安定性を確保するための器具群である。

チン氏帯脆弱が存在すると、超音波乳化吸引術(PEA)の際に嚢の動揺が生じ、後嚢破損硝子体脱出・核落下のリスクが高まる。嚢支持デバイスはこれらの術中合併症を防ぎ、眼内レンズ(IOL)の嚢内固定を可能にする。デバイスを使用しない場合、かつては水晶体嚢外摘出術(ECCE)や嚢内摘出術(ICCE)を選択せざるを得なかった。

主なデバイスとして以下の4種類がある。

  • 標準型CTR(capsular tension ring):PMMA製C字型リング。術後も嚢内に留置可能。保険収載あり。
  • 改良型CTR(M-CTR / Cionniリング):強膜縫着用アイレットを備えたCTR。重症例・進行例に使用。
  • 嚢拡張セグメント(CTS):90〜120°範囲のPMMA製部分リング。破嚢例にも使用可能。
  • 嚢支持フック(capsular retention hook):術中一時的に嚢を安定させる取り外し可能な器具。
Q CTRは白内障手術後も眼の中に残るのか?
A

標準型CTRは手術終了時に嚢内に留置される。進行性チン氏帯疾患のある眼では術後もIOL-CTR複合体ごと亜脱臼する可能性があるため、長期の経過観察が必要である。

チン氏帯脆弱自体は自覚症状に乏しいことが多い。脆弱度が高度になると以下の症状が現れることがある。

  • 視力低下・複視:水晶体亜脱臼が進行すると、視軸上に複数の屈折面が生じ複視・視力低下を招く。
  • 眼痛・頭痛:亜脱臼した水晶体が瞳孔ブロックを起こすと急性閉塞隅角緑内障が発症し、激しい眼痛・頭痛が生じる。

Murakamiら(2024年)は、白内障手術28か月後にIOL-CTR複合体が前方脱臼した68歳女性を報告した。脱臼した複合体が虹彩を圧迫して瞳孔ブロックを起こし、眼圧80 mmHgの急性閉塞隅角緑内障を発症した。前眼部OCTで虹彩の前方膨隆とIOL-CTR複合体の前方偏位が確認された2)

術前に以下の所見からチン氏帯脆弱を評価する。

  • 水晶体振盪(phacodonesis):眼球運動に伴う水晶体の動揺。
  • 虹彩振盪(iridodonesis):眼球運動に伴う虹彩の揺れ。
  • 前房深度の左右差:左右眼で前房深度が異なる場合は脆弱を疑う。
  • 水晶体亜脱臼:チン氏帯断裂が進行すると水晶体が偏位する。
  • 隅角所見の非対称性隅角鏡検査で隅角の非対称性が認められることがある。

術中には以下の徴候からチン氏帯脆弱・断裂に気づくことが多い。

  • 前嚢穿刺時の嚢のたわみ:シストトームで前嚢穿刺を試みると穿刺部から赤道部に向かう深い皺が生じる。
  • CCC施行中の水晶体の動き:前嚢切開中に水晶体全体が動揺する。
  • PEA時の異常な水晶体振盪:溝掘り・核分割時に通常より大きな振盪が生じる。
Q 術前にチン氏帯脆弱を見落とした場合、どうするのか?
A

術中に初めてチン氏帯脆弱に気づくことも少なくない。「チン氏帯脆弱・断裂を悪化させる前に早めに器具を使用することがポイント」とされており、術中に気づいた時点で速やかに嚢支持器具を使用する。

チン氏帯脆弱を生じる原因は先天性・後天性に大別される。術前評価では以下のリスク因子を確認することが重要である。

以下にリスク因子をまとめる。

リスク区分代表的な病歴・所見
全身疾患マルファン症候群、ホモシスチン尿症ワイル・マルケサニ症候群
眼疾患落屑症候群、網膜色素変性症ぶどう膜炎強度近視
外傷・手術歴眼外傷、硝子体手術緑内障濾過手術、放射状角膜切開術
その他加齢、先天性疾患、アトピー性皮膚炎

**落屑症候群(偽落屑症候群、XFS)**は最も重要なリスク因子の一つである。毛様体上皮細胞と水晶体上皮細胞から産生される落屑物質中のライソゾーム酵素がZinn小帯の分解を促進し、脆弱化は進行性である。水晶体嚢外摘出術施行時、健常眼と比べてXFS眼では4倍多くチン氏帯断裂が生じると報告されている。また、チン氏帯解離(ZD)は、低リスク症例で最大2.0%、硝子体手術歴のある高リスク患者では最大9.0%の頻度で生じるとされている3)

ESCRSガイドラインは、チン氏帯解離のリスク因子として落屑症候群・強度近視・外傷・白内障手術・硝子体手術・硝子体内注射・核硬白内障・網膜色素変性症を挙げている3)

チン氏帯脆弱の程度は、手術前後の多角的な評価により判断する。

  • 細隙灯顕微鏡検査瞳孔不整・落屑物質の付着・前房深度の左右差を確認する。外傷歴や手術歴がある場合は、眼球運動時の水晶体振盪の有無を確認する。
  • 坐位・仰臥位の比較:体位変換による水晶体の位置変化を確認することが重要である。
  • 隅角鏡検査(gonioscopy):隅角の非対称性を評価する。
  • 超音波生体顕微鏡(UBM)・前眼部OCT:チン氏帯の解剖学的状態の可視化に有用。亜脱臼した水晶体・CTR複合体の前方偏位の評価にも用いられる2)

日本では「前嚢切開時の水晶体動揺を指標にしたZinn小帯脆弱度分類(ZW分類)」が用いられる。ZW 2度(軽度脆弱)からZW 4度(重度脆弱・亜脱臼)の段階に応じて使用するデバイスを選択する。

使用する器具は脆弱度に応じて選択する。

  • 軽度〜中等度(約1/3周以下の断裂):標準型CTR単独。
  • 4時計時間以上の断裂・進行性の脆弱:M-CTRまたはCTS(強膜縫着型)が必要。

チン氏帯脆弱・断裂例の手術は難易度が高い。「できるだけ早い段階でその所見に気づき、適切な対処を選択すること」が最重要とされており、チン氏帯脆弱・断裂を悪化させる前に早めに使用することがポイントである。

水晶体手術補助器具には以下の3種類があり、それぞれ特性が異なる。

特性虹彩リトラクターカプセルエキスパンダー水晶体嚢拡張リング(CTR)
嚢拡張×(なし)○(部分的)◎(全周性)
嚢支持○(点状支持)◎(面状支持)×(なし)
術後留置不可(抜去必要)不可(抜去必要)可能
保険収載なしなしあり

素材・形状:PMMA製のC字型オープンリングで、両端に鈍的なアイレット(小孔)を持つ。水晶体嚢内に配置されると遠心力を及ぼし、健全なチン氏帯部位から脆弱・欠損部位へと張力を再分配する。

日本における適応(水晶体嚢拡張リング使用ガイドライン 2014年3月版):

  • (1) 約1/3周以下のZinn小帯断裂
  • (2) 軽度〜中等度のZinn小帯脆弱

絶対的禁忌:前嚢または後嚢が破損している場合、またはその懸念がある場合。リングが嚢に及ぼす遠心力により亀裂が拡大する。

CTRの挿入タイミング:「先入れ(CCC後・核乳化前)」「中入れ(核乳化・皮質吸引中)」「後入れ(IOL挿入前後)」の3パターンがある。リングは「必要な限り早く、しかし可能な限り遅く」挿入するのが理想とされる。早期の挿入は嚢の早期安定化を可能にするが、皮質除去を困難にすることがある。

サイズ選定:適切なサイズのリングは両端がわずかに重なり合う。白角膜間距離(white-to-white)と眼軸長を参考にサイズを選定する。大きなリングによる明らかなデメリットはないため、入手可能な最大のリングを使用しても不合理ではない。

カプセルエキスパンダー(capsule expander / CE)の使用本数

Section titled “カプセルエキスパンダー(capsule expander / CE)の使用本数”

カプセルエキスパンダー(CE)はPEA中に水晶体嚢を面状に支持する術中専用の器具である。使用本数の目安は以下の通りである。

  • 局所的なチン氏帯部分脆弱・断裂(外傷など):該当部位に2本程度。
  • 全周性に脆弱(加齢・落屑症候群など):90°ごとに4本。
  • 既に水晶体が亜脱臼している症例:5本。

M-CTRはCTRを強膜縫着できるように改良したPMMA製オープン型リングで、Cionniらにより考案された。リング中間部に0.25 mm前方に突出した縫着用アイレット支持部を持ち、9-0ポリプロピレン糸またはCV-8 GoreTex糸を介して強膜に固定する。

適応

  • 4時計時間以上のチン氏帯断裂
  • 進行性のチン氏帯疾患(XFS、マルファン症候群など)

M-CTR固定の主要適応疾患(報告例に基づく):マルファン症候群(40.3%)、特発性チン氏帯不全(27.2%)、外傷後(22.8%)4)。縫着固定後に視力改善が得られる症例は最大75.4%とされている4)

CTSはPMMA製の部分的なオープン型リングで、M-CTRを半分にした形状を持つ。水晶体嚢を90〜120°の範囲で固定できる。M-CTRに対する利点として以下が挙げられる。

  • 回転挿入が不要
  • 前嚢または後嚢破損がある場合にも使用可能
  • 術中の安定化と術後の固定の両方に使用可能
  • CTRより皮質を嚢壁に挟み込む可能性が低い
  • 同一眼に複数本使用可能

Solmazら(2023年)は、小球状水晶体(microspherophakia)に伴う続発性閉塞隅角緑内障の35歳女性を報告した。標準型CTR(Morcher社、タイプ13)1個と Ahmed CTS 2個を9-0ポリプロピレン糸で強膜縫着し、IOLを嚢内固定した。術後1か月でIOLは正位、前房深度は正常、眼圧は10〜12 mmHgであった1)

Solmazら(2023年)は、CTRと2本のCTSを組み合わせる「デュアルサポート法」が、嚢内IOL固定・IOL偏心の防止・前嚢収縮の抑制・嚢複合体の脱臼リスク低減という利点を持つと報告した1)

  • 軽度〜中等度のチン氏帯脆弱・90°以内の非進行性断裂:水晶体手術補助器具を用いてPEAが完遂できれば水晶体嚢を温存してIOLを嚢内固定し、CTRを挿入する。
  • 加齢・落屑症候群など進行性の脆弱、高度な全周性脆弱、90°以上の断裂:水晶体嚢を摘出して毛様溝縫着術または強膜内固定術を選択する。
Q CTRを入れたからといって、将来のIOL脱臼は防げるのか?
A

標準型CTRのみでは、落屑症候群やマルファン症候群のような進行性チン氏帯疾患の眼では術後にIOL-嚢-CTR複合体ごと亜脱臼・脱臼するリスクがある。進行性疾患や広範な断裂がある眼には、縫着型のM-CTRやCTSの使用が推奨される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

チン氏帯(Zinn小帯)は毛様体と水晶体赤道部を結ぶ透明な線維束で、水晶体の調節・固定機能を担う。加齢に伴い線維の弾力性が低下し、脆弱化が進む。

落屑症候群(XFS)では、毛様体上皮細胞と水晶体上皮細胞から産生されるフィブリル状の落屑物質(pseudoexfoliative material)がZinn小帯に沈着する。この落屑物質中のライソゾーム酵素がZinn小帯の基質分解を促進し、進行性の脆弱化・断裂を引き起こす。XFSによる脆弱化は進行性であり、散瞳不良・緑内障を合併することが多い。

マルファン症候群やホモシスチン尿症では、フィブリリン-1の遺伝子異常によりチン氏帯の主要構成成分が質的に異常となり、広範なチン氏帯欠損・水晶体脱臼をきたす。

小球状水晶体(microspherophakia)では、水晶体索が低形成・延長・脆弱化しており、球状の小さい水晶体が前方に偏位して瞳孔ブロック・閉塞隅角緑内障を引き起こしやすい1)

CTRは水晶体嚢内に挿入されると、リングの弾性により嚢に外向きの遠心力を均等に作用させる。これにより、チン氏帯が健全な部位から脆弱・欠損部位へと負荷が再分配され、脆弱部への過剰なストレス集中が緩和される。また、嚢の円形を維持することで皮質吸引時の誤吸引リスクを低減し、IOLの中心固定を補助する。術後には前嚢収縮(capsular phimosis)の予防にも寄与する。

縫着固定デバイスと縫合糸破断

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M-CTRやCTSは強膜縫着によって嚢複合体を眼壁に固定する。しかし縫合糸(9-0ポリプロピレン)の長期的な生体内分解・機械的摩耗が問題となる。電子顕微鏡(SEM)を用いた解析では、強膜トンネル内のポリプロピレン縫合糸には表面分解が認められ、M-CTRアイレットの鋭利なエッジによる慢性摩耗が縫合糸断裂の主因と考えられている4)。強膜内に存在する縫合糸部分は房水の定常流から隔離されており、化学的分解を受けにくい一方、眼内でのアイレットとの物理的摩擦が縫合糸を損傷させる4)

現在、縫合糸断裂のリスクを低減するためにCV-8 GoreTex(オフラベル使用)や8-0ポリプロピレンへの移行が報告されている。また、M-CTRアイレットのエッジを平滑化する設計変更が提唱されており、製造メーカーへの改善勧告が行われている4)。縫合糸と眼内デバイスエッジの耐摩耗性を比較するin vitro試験が今後の課題とされている4)

CTRは毛様体離断(cyclodialysis cleft)の修復にも応用されている。Petersenら(2021年)は、外傷性毛様体離断を有する38歳男性に対し、水晶体乳化吸引・CTR留置・眼内レンズ挿入と硝子体手術・22% SF6ガスタンポナーデを同時施行し(合併手術)、術後約1か月で低眼圧が解消(術後14 mmHg)、3か月後にBCVAが20/25まで回復したと報告した5)。CTR支持嚢がガス圧と相乗して毛様体を強膜棘に押し付ける効果が機序として考察されている5)

従来のインジェクター挿入や回転挿入を必要としない「フィッシュテール(fish tail)法」が最近報告されており、チン氏帯へのストレスを軽減できる可能性がある。

Q 縫合糸が切れた場合、どのような症状が出るのか?
A

縫合糸断裂が生じると、縫着固定されていたM-CTRやCTSとIOLを含む嚢複合体が亜脱臼・脱臼する。視力低下・複視・IOL偏心が生じ、さらに稀にIOL-CTR複合体が前方偏位して瞳孔ブロックを引き起こし、急性閉塞隅角緑内障を発症することがある2)。速やかな眼科受診が必要である。

  1. Solmaz N, Oba T, Onder F. Combined Capsular Tension Ring and Segment Implantation in Phacoemulsification Surgery for the Management of Microspherophakia with Secondary Angle-Closure Glaucoma. Beyoglu Eye J. 2023;8(2):123-127.

  2. Murakami K, Sugihara K, Shimada A, Iida M, Tanito M. A Case of Acute Angle Closure Secondary to Pupillary Block Caused by a Dislocated Intraocular Lens-Capsular Tension Ring Complex. Cureus. 2024;16(11):e72963.

  3. ESCRS Cataract Guideline. Section 9.2 Adverse events during cataract surgery. European Society of Cataract and Refractive Surgeons; 2023.

  4. Anisimova NS, Arbisser LB, Shilova NF, Kirtaev RV, Dibina DA, Malyugin BE. Late dislocation of the capsular bag-intraocular lens-modified capsular tension ring complex after knotless transscleral suturing using 9-0 polypropylene. Digit J Ophthalmol. 2020;26:8-16.

  5. Petersen EL, Blieden LS, Newman TM, Lin AL. Combined phacovitrectomy with capsular tension ring and gas tamponade for chronic cyclodialysis cleft unresponsive to conventional closure. Taiwan J Ophthalmol. 2021;11:296-299.

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