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白内障・前眼部

黒色白内障

黒色白内障(Black Cataract、Cataracta Nigra)は、水晶体核が極限まで硬化し、黒色化した白内障の最重症型である。褐色白内障(brunescent cataract)とも呼ばれる段階を超えた、核硬化の最終形態にあたる。

水晶体核は加齢とともに変色・硬化する。この変色過程を「褐色化(brunescence)」と呼び、黄色味から橙色、茶色へと段階的に進行する。黒色白内障はこの褐色化が極限まで進んだ状態であり、標準的な白内障グレード分類システム(LOCS IIIなど)では評価できないほどの高度な混濁・硬化を示す。

視力は手動弁(Hand Motion)または光覚弁(Light Perception)程度にまで低下し、法的盲(legal blindness)の状態となる。世界的に用いられている白内障分類システムは中等度の混濁評価を主眼に設計されており、黒色白内障のような極端な症例への適用は想定されていない。

なお、インドでは緑内障による視神経萎縮・不可逆的失明を「黒色白内障(Black Cataract)」と誤称する慣習があるが、これは本来の定義とは全く異なる概念である。

Q 褐色白内障と黒色白内障はどう違うのか?
A

褐色白内障は核の硬化と共に黄〜茶色に変色した状態を指し、硬化の程度を示す広い概念である。黒色白内障はその中でも核が最も硬化・黒色化した最重症型であり、視力が手動弁〜光覚弁レベルにまで低下した状態を指す。

黒色白内障は長年にわたる緩徐な核硬化の最終段階であり、症状も徐々に進行する。

  • 視力低下(霧視:最も主要な症状。進行すれば手動弁〜光覚弁レベルに至る。
  • 羞明(まぶしさ):混濁した核が光を散乱させることで生じる。
  • 色覚の変化:黄〜茶色の核フィルターにより、色の見え方が変わることがある。
  • 対比感度の低下:視力検査では測定困難なレベルの視機能障害を認める。

細隙灯顕微鏡検査では、水晶体核が黒色〜濃褐色の著明な混濁を示す。皮質は比較的透明なまま保たれることが多い。赤色反射(red reflex)は著しく減弱または消失している。

外観所見

核の黒色化:水晶体核が黒色〜濃褐色に変色。皮質は比較的透明なことが多い。

赤色反射の消失眼底検査・手術顕微鏡下で赤色反射がほぼ認められない。

前房深度:老年性変化により前房が浅くなっていることがある。

視機能障害

視力:手動弁(Hand Motion)または光覚弁(Light Perception)程度。

矯正不能:混濁の程度が極端なため、眼鏡による矯正で視力改善は得られない。

法的盲:高度の視機能障害により、日常生活に重大な支障を来す。

Q 黒色白内障を発症したら視力は戻るか?
A

適切な手術により視力回復が期待できる。ただし、長期間の高度視力低下により網膜視神経に二次的な障害が生じている場合は、手術後も十分な視力が得られないことがある。術前に網膜・視神経の状態を評価することが重要である。

黒色白内障は、加齢に伴う核性白内障が長期間放置された結果として発生する。水晶体核の硬化・変色は、以下の生化学的変化を背景とする。

  • タンパク質の変性・凝集:加齢に伴い還元型グルタチオン(GSH)が減少し、酸化型クリスタリンの凝集が進行する。
  • 含水率の低下:核白内障では水晶体核の含水率が低下し、硬化が進む。
  • 色素沈着:トリプトファンの酸化代謝産物であるキヌレニン誘導体などの不溶性蛍光色素が蓄積し、黄〜褐色〜黒色への変色を引き起こす。
  • 酸化ストレスの蓄積:スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)などの抗酸化能が加齢とともに低下する。

主なリスク要因は以下の通りである。

  • 超高齢:長期間の核硬化が蓄積するため、80〜90歳代に多い。
  • 白内障治療の未受診・放置:医療アクセスの乏しい環境での発生が多い。
  • 喫煙:シアン化物による水晶体タンパク変性を促進し、核白内障リスクを上昇させる。
  • 強い紫外線曝露:光酸化反応による核硬化の促進。
  • 糖尿病:白内障の進行を加速する可能性がある。

黒色白内障の診断は、細隙灯顕微鏡検査による臨床診断が基本となる。

  • 細隙灯顕微鏡検査:核の黒色化、混濁の程度、皮質の状態、前房深度を評価する。赤色反射の消失が特徴的所見である。
  • 眼圧測定続発緑内障の合併を除外する。
  • Bモード超音波検査:赤色反射が消失しているため眼底観察が不可能な場合に、網膜剥離硝子体疾患の除外に用いる。
  • 電気生理学的検査(ERGVEP:網膜機能・視神経機能の術前評価。手術後の視力予後予測に有用である。
  • 角膜内皮細胞密度測定(スペキュラーマイクロスコピー):長時間の超音波エネルギー曝露を予測し、術前の内皮細胞密度を記録しておくことが重要である。
  • 眼軸長測定・IOL度数計算:高度混濁により光学的測定が困難な場合は、超音波Aスキャン法で眼軸長を測定する。

Emery-Little分類はグレード1〜5の5段階で核の硬さを評価し、黒色白内障はグレード5(最も硬い)に相当する。このグレードでは水晶体嚢外摘出術が適応となる場合がある。

Q 術前に視力回復の見込みを知ることはできるか?
A

電気生理学的検査(ERG・VEP)や超音波Bモード検査を用いることで、網膜・視神経の機能を術前に評価できる。ただし、長期失明眼では廃用性変化が生じている場合があり、これらの検査でも予後の完全な予測は困難である。

黒色白内障の根本的治療は手術による水晶体摘出のみである。核の硬さが極端なため、手術難度はきわめて高い。

術式の選択は核硬度・術者経験・施設設備によって判断する。

  • 超音波乳化吸引術(PEA/ファコエマルシフィケーション):現在の白内障手術の主流であり、99%以上の症例がPEAで行われている。黒色白内障に対しても、適切な技術と設備があれば第一選択となりうる。ただし、通常より長い超音波発振時間と高い出力が必要となる。
  • 水晶体嚢外摘出術:Emery-Little分類グレード5のような極端に硬い核では、水晶体嚢外摘出術が選択されることがある。小切開PEAよりも合併症を回避できる場合がある。
  • フェムトセカンドレーザー前処理:高度な設備を持つ施設では、フェムトセカンドレーザーによる事前核分割(laser cracking)を行い、PEA時の超音波エネルギーを軽減する方法が推奨されることがある。

ESCRSガイドラインでは、褐色・黒色白内障(dense brown lens)に対するPEAは、後嚢破損・内皮障害・チン小帯不安定のリスクが高まるため、追加的な外科的処置が必要になる可能性があり、患者への十分な説明が必要とされている1)

また、白内障・前眼部外科委員会のAAO診療ガイドラインでは、PEAは手動水晶体嚢外摘出術や手動小切開白内障手術(MSICS)と比較して、虹彩脱・後嚢破損などの術中合併症率が低く、より良好な術後視力が得られることが示されている2)

黒色白内障に対するPEAでは、以下の技術的配慮が必要となる。

  • 連続円形嚢切開(CCC)の適正サイズ:核が非常に硬いため、CCCのサイズと形状を適切に設計する。高凝集性OVDの使用がカプスロレキシスのティアアウトリスクを軽減する1)
  • 十分なハイドロダイセクション:核が容易に回転できるまで十分に行う。
  • 深い溝作りと核分割:通常のチョッピング法が通用しないことが多く、深い溝作りと分割(groove-and-crack法)が必要となる。核が非常に硬い場合は6分割・8分割と、核片をより小さくすることが有利である。
  • 分散型OVDの積極使用:長時間の超音波発振から角膜内皮を保護するために、分散型眼粘弾剤(dispersive OVD)を惜しみなく使用する。
  • 二手法(bimanual法)の活用:硬い核に対しては、USチップとサイドポートから挿入したフック(サステナー)を用いた二手法PEAが有効である。フックを使用して核を操作でき、創口を支点にした核分割が可能になる。
  • 超音波出力の管理:長時間・高出力の超音波発振が必要となるため、内皮細胞損傷リスクを常に意識しながら操作する。

術後は標準的な白内障術後管理(抗菌薬・ステロイド点眼など)に加え、以下の点に留意する。

  • 角膜内皮細胞の術後変化を経過観察する。
  • 術中合併症(後嚢破損など)が生じた場合は、その後の管理(硝子体手術への移行を含む)を行う。
Q 黒色白内障の手術は普通の白内障手術と何が違うのか?
A

通常の白内障より核がはるかに硬いため、超音波発振時間が長くなり、内皮細胞への負担が大きい。また後嚢破損・チン小帯断裂などの合併症リスクが高く、水晶体嚢外摘出術への術式変更が必要になることもある。経験豊富な術者による対応が推奨される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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水晶体は透明性を維持するために精緻な生化学的メカニズムを持つが、加齢とともにこれらの機能が徐々に低下する。

タンパク質変性の過程

水晶体の透明性はクリスタリン(α・β・γ)が規則正しく配列することで保たれている。加齢に伴い、以下の変化が生じる。

  • 還元型グルタチオン(GSH)の減少により、酸化型クリスタリンの凝集が増加する。
  • スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)活性が加齢とともに低下(正常の約1/3)し、活性酸素による酸化障害が増大する。
  • Na⁺-K⁺ ATPase・Ca²⁺ ATPase活性の低下により、Na⁺・Ca²⁺が細胞内に蓄積し、K⁺が減少する。
  • 核白内障では含水率が低下し、水晶体核の硬化が進行する。

黒色化の機序

褐色化(brunescence)は、トリプトファンの酸化代謝産物である不溶性蛍光色素(キヌレニン誘導体:3-OHKG・DHKN-Glcなど)の蓄積による。これらの色素が水晶体核に蓄積することで、黄色→橙色→褐色→黒色へと段階的に変色する。近紫外線への曝露がこの過程を加速する。

カテゴリに応じた変化

ESCRSガイドラインによると、核性白内障(nuclear cataract)は水晶体核への色素沈着(deposition of pigments)を特徴とし、LOCS IIIシステムによる評価ではNO(核混濁度)・NC(核色調)として分類される1)。黒色白内障はこのNC分類の最高値を超えた状態に相当する。

核の極度の硬化は、以下のメカニズムで手術難度を高める。

  • 超音波エネルギーの増大:硬い核を乳化するには通常より長い発振時間・高い出力が必要となり、角膜内皮細胞が過剰な超音波エネルギーに曝露される。
  • 機械的応力の増大:核チョッピングや分割操作の際に、チン小帯・後嚢への機械的負荷が増大する。
  • 前房の不安定化:長時間の手術操作による前房の不安定性が、後嚢破損や核落下のリスクを高める。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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フェムトセカンドレーザーによる前処理

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フェムトセカンドレーザーを用いた術前核分割(laser cracking)は、極端に硬い核に対するPEAの超音波エネルギーを軽減し、角膜内皮保護の観点から注目されている手法である。ESCRSガイドラインでは、フェムトセカンドレーザー嚢切開においてポスト‐前嚢間距離を増加させ、プレ‐前嚢間距離を減少させることで、不完全嚢切開の発生を低減できる可能性が報告されている1)

ただし、赤色反射が消失した黒色白内障ではレーザーのドッキングや焦点合わせが困難な場合があり、すべての症例に適用できるわけではない。

高凝集性(high cohesive)OVDは、前嚢切開(CCC)時のティアアウトリスクを低減するための方法として有効であるとESCRSガイドラインに記載されている1)。ソフトシェルテクニック(dispersive OVDとcohesive OVDの組み合わせ使用)により、内皮保護と前房維持を両立させる試みが行われている。

術式の改良・設備の進歩により、従来水晶体嚢外摘出術の適応とされていた極端に硬い核症例に対してもPEAが適用できるケースが増加している。術中超音波発振エネルギーの最小化と内皮保護技術の向上が今後の課題である2)

  1. ESCRS Cataract Guideline. European Society of Cataract and Refractive Surgeons; 2023.
  2. American Academy of Ophthalmology Cataract and Anterior Segment Committee. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2021;128(11):P1-P54.

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