後胚芽環・ARS
後胚芽環(PE):前方に転位し肥厚したシュワルベ線(Schwalbe’s line)。細隙灯顕微鏡で角膜輪部内側に灰白色の同心円状の線として観察される。
アクセンフェルト異常:後胚芽環に周辺虹彩組織の索状癒着を伴う。
リーガー異常:上記に加え虹彩実質形成不全による瞳孔偏位・ぶどう膜外反・偽多瞳孔を呈する。常染色体優性遺伝形式。50〜60%に緑内障を併発する。

前眼部発生異常(Anterior Segment Developmental Anomalies; ASDA)は、眼の前眼部——角膜(cornea)、虹彩(iris)、水晶体(lens)、前房(anterior chamber)——に関連する発生障害の総称である。「前眼部形成異常(Anterior Segment Dysgenesis; ASD)」とも呼ばれる。
ASDAには以下の代表的な疾患単位が含まれる。
これらの疾患は表現型・遺伝型ともに多様であり、50以上の遺伝子が関与することが判明している。エクソーム解析や全ゲノム解析によって遺伝的知見は拡大し続けているが、依然として40〜75%の症例で原因遺伝子が特定されていない。特定の表現型に分類できない症例は「分類不能ASD(unclassified ASD)」と記載される。1)
虹彩の毛様体で産生された房水は、線維柱帯(trabecular meshwork)を通じてシュレム管(Schlemm’s canal)へ、またぶどう膜強膜流出路を経て排出される。ASDAではこのプロセスに障害が生じやすく、続発緑内障(secondary glaucoma)が共通した重要な合併症となる。
後部胎生環のみで全身症状を伴わない場合は、世界緑内障学会の第9回コンセンサスレポートに基づきARSとは区別して扱われる。1)
疾患によって異なる。原発先天緑内障は生後1年以内の発症が多い。アクセンフェルト・リーガー症候群やピータース異常は出生時から診断されることが多い。遅発型発達緑内障は10〜20歳代まで発症が遅れることもある。いずれも早期発見・早期治療が重要である。
乳幼児期では、眼圧上昇に伴う以下の症状が初発症状としてしばしば認められる。
年長児・成人では、遅発型の場合に比較的若年から霧視や視力低下を自覚することがある。眼圧が非常に高い場合は眼精疲労や頭痛などの症状がある。無虹彩症では光過敏症(昼盲)を訴えることがある。
牛眼(角膜径の増大)や角膜混濁は、保護者が発見して受診のきっかけとなる。
ASDAは疾患ごとに特徴的な所見を呈する。代表的な疾患単位の主要所見を以下に示す。
後胚芽環・ARS
後胚芽環(PE):前方に転位し肥厚したシュワルベ線(Schwalbe’s line)。細隙灯顕微鏡で角膜輪部内側に灰白色の同心円状の線として観察される。
アクセンフェルト異常:後胚芽環に周辺虹彩組織の索状癒着を伴う。
リーガー異常:上記に加え虹彩実質形成不全による瞳孔偏位・ぶどう膜外反・偽多瞳孔を呈する。常染色体優性遺伝形式。50〜60%に緑内障を併発する。
ピータース異常
無虹彩症
角膜異常型
巨大角膜:角膜径13mm以上(新生児12mm以上)。通常、眼圧と内皮細胞密度は正常。X連鎖劣性遺伝が多い。
強膜化角膜:不透明な強膜組織が周辺部角膜に侵入。強膜・角膜の境界が不鮮明で血管進入を伴う。
CHED:出生時〜1〜2歳頃に両眼対称性の角膜浮腫が出現。眼圧上昇は伴わない。常染色体劣性。
続発緑内障を合併した場合に加わる所見を以下に示す。
50〜60%(一部報告では50〜75%)に緑内障が発症するとされ、頻度が高い。3) 常染色体優性遺伝形式をとる。全身症状(歯牙異常、顔面骨異常、下垂体異常など)を有するものをリーガー症候群と呼ぶ。親族への緑内障スクリーニングが推奨される。
ASDAの主要な原因は遺伝的異常であり、疾患ごとに異なる遺伝子・遺伝形式が関与する。主要疾患の原因遺伝子を以下に示す。
| 疾患 | 主な原因遺伝子 | 遺伝形式 |
|---|---|---|
| ARS | PITX2(4q25)、FOXC1(6p25) | 常染色体優性 |
| ピータース異常 | PAX6、PITX2、CYP1B1 | 孤発性・優性・劣性 |
| 原発先天緑内障 | CYP1B1(GLC3A)、LTBP2(GLC3C) | 常染色体劣性 |
| 無虹彩症 | PAX6(11番染色体) | 常染色体優性 |
| CHED | SLC4A11、ZEB1 | 常染色体劣性 |
| 巨大角膜 | CHRDL1 | X連鎖劣性 |
その他、PAX6・PITX2・FOXC1などの遺伝子異常を伴う発達緑内障も報告されている。遺伝子型と表現型の相関は多彩であり、同じ遺伝子異常をもつ家族内でも表現形は異なる場合がある。
早発型発達緑内障(原発先天緑内障)の大部分は孤発例だが、約10%で常染色体劣性遺伝形式をとる。多因子遺伝という説もある。
**神経堤細胞(neural crest cells)**は前眼部形成に中心的役割を担う。線維柱帯細胞は神経堤由来であり、傍シュレム管結合組織は血管内皮細胞由来である。起源が異なるこれら組織の隣接点に最大の房水流出抵抗が存在する。ARS・ピータース異常・先天性虹彩外反症候群はいずれも神経堤細胞の遊走異常に起因する先天異常として位置づけられる。
韓国での大規模研究では、受精前3か月間および妊娠第1・第2三半期における母親のPM2.5(微小粒子状物質)への曝露増加が、子のASDAリスク上昇と関連することが示された。
ASDAの診断は主に臨床的に行われる。5歳以下の小児での検査には全身麻酔下または催眠下での実施が必要となることが多い。
日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン第4版では、以下のうち2項目以上を満たす場合に小児緑内障と診断される。
角膜混濁・角膜径拡大を認める疾患との鑑別を以下に示す。
ASDに含まれる疾患群(Axenfeld-Rieger異常、Peters異常、無虹彩症、後部多形性ジストロフィ、小眼球、小角膜など)は鑑別診断として相互に検討する必要がある。3)
後部胎生環単独例(全身症状なし)はARSとは区別されるが、ARSの合併所見の一つでもある。後部胎生環は健常眼にも観察されることがあり、それ自体は必ずしも緑内障リスクを意味しない。ただしアラジール症候群など他の疾患に伴う場合は眼圧経過観察が必要である。
ASDAに伴う緑内障の治療は、原発先天緑内障(PCG)の治療に準じる。
薬物療法は手術までの短期間の眼圧下降および術後眼圧コントロールを目的とした補助的治療。薬剤選択は成人開放隅角緑内障と同様が基本。ただしβ遮断薬は気管支喘息・徐脈への注意が必要で、新生児では無呼吸の報告もある。アセタゾラミドの内服(5〜10 mg/kgを6〜8時間ごと)も可能。
早発型発達緑内障は基本的に手術療法を必要とする疾患。薬物療法は補助的位置付け。
ピータース異常ではPCGに準じた治療を行うが、良好な術後眼圧が得られる割合は手術例の約1/3にとどまり、予後不良例が多い。角膜異常などを伴うため、実用的視力を得ることが難しいことが多い。4)
無虹彩症に伴う緑内障もPCGに準じた治療を行う。4)
ピータース異常:軽症例では角膜混濁が次第に軽減することが多い。眼圧が正常であれば多少改善することが多く、また角膜移植術後の経過が不良なため、幼児期の角膜移植は通常行わない。緑内障の薬物治療に抵抗し、流出路再建手術を行ってもコントロール困難な予後不良例が多い。
CHED:角膜内皮機能不全に対し、角膜移植(内皮移植含む)が適応となりうる。
強膜化角膜:他のASD症候群に伴う場合もあり、重症例は角膜移植の対象となることがある。
眼圧が下降しても弱視治療が必要な場合が多い。屈折性不同視・不正乱視・角膜混濁・Haab線などが弱視発症の原因となるため、視力・屈折検査を眼圧測定と並行して継続する。近視の進行と眼軸長の伸長は緑内障進行を示唆するため、定期的な測定が必要。
正常な前眼部形成は複雑な発生プログラムに従う。胎生3週初め、神経板に視溝(optic sulcus)が形成されるのが視覚器の発生の始まり。胎生3週末に眼胞が形成され、胎生4週に眼杯が形成される。胎生6週頃から胎生裂の閉鎖が始まり、胎生7週に完了する。水晶体の前面を覆う間葉が分離して前眼房が形成される。
神経堤細胞は神経堤から脱上皮化し、上皮から間葉への転換を経て眼内各所に遊走する。線維柱帯細胞は神経堤由来、傍シュレム管結合組織は血管内皮細胞由来であり、この起源の違いが最大の房水流出抵抗部位を形成する。
ASDAにおける続発緑内障は房水流出路の形成不全を主たる機序として生じる。具体的には以下が複合的に関与する。
ICE症候群は他のASDAと病因が異なる。単純ヘルペスウイルス(HSV)が角膜内皮細胞変性に関与するウイルス性病因説が提唱されているが、確定されていない。後天性で中年成人(女性にやや多い)に発症し、通常片眼性であることも他のASDAと異なる。
無虹彩症患者は生涯にわたって角膜の進行性混濁をきたす。角膜輪部幹細胞不全(limbal stem cell deficiency; LSCD)が主たる機序と考えられている。PAX6変異が確認された複数の研究で、この進行性変化が記録されている。発症率は20〜80%以上と報告されており、対称性に現れることが多いが常にそうではない。2)
エクソーム解析・全ゲノム解析によって新規関連遺伝子の同定が進んでいる。依然として40〜75%の症例で原因遺伝子が特定されておらず、残存する「未解明例」の解析が今後の重要課題である。遺伝子型と臨床表現型の相関の解明が個別化医療への応用に期待される。
Souzeau らは FOXC1 および PITX2 変異を有する個人を対象とした研究で、緑内障スペクトルと年齢関連有病率を報告した。遺伝子型が表現型の多様性と関連することが示されているが、同一遺伝子変異でも異なる病型を呈しうる点が診断・予後予測を困難にしている。1)
無虹彩症における角膜症(AAK)の発症率は20〜80%以上と報告されており、PAX6変異が確認された複数の研究において生涯にわたる角膜混濁の進行が記録されている。LCSDを標的とした角膜輪部幹細胞移植の研究が進展しているが、現時点では研究段階であり標準治療としての確立には至っていない。2)
受精前・妊娠中の大気汚染(PM2.5)曝露とASDAリスクの関連が疫学的に示されており、環境予防医学的な観点から公衆衛生への応用が模索されている。これが将来的な予防戦略につながる可能性がある。
マイクロパルスレーザーや低侵襲緑内障手術(MIGS)デバイスのASDA小児への応用が研究段階にある。長期成績データは限られており、成人緑内障と同等の有効性・安全性は確立されていない。