早期所見
虹彩根部起源の線維性膜:細隙灯顕微鏡で痕跡的虹彩根部から形成される膜を確認できる。眼内レンズに影響を及ぼしていることが多い。
眼内レンズ前方偏位:膜の牽引によって眼内レンズが前方へ移動し、進行すると角膜に接触する。

無虹彩症線維化症候群(aniridic fibrosis syndrome, AFS)は、先天無虹彩症(congenital aniridia)の患者において、眼内手術後に発生する稀な合併症である1)。
痕跡的な虹彩根部(rudimentary iris root)から線維性膜が形成され、眼内レンズ・毛様体・前方網膜へと進展しうる。2005年にTsaiらが7眼6患者の症例を「術後先天無虹彩症における進行性前眼部線維化症候群」として初報告した1)。本稿の基盤となる症例報告(Banifatemi et al. 2024)時点で世界報告数は19例にとどまる1)。
先天無虹彩症は虹彩組織の部分的〜完全欠損を特徴とする汎眼球疾患である1)。
発生頻度は1:64,000〜1:96,000とされる1)。症例の90%はPAX6遺伝子(11p13)の変異によるものであり、遺伝形式は常染色体優性(高浸透率)である1)。全体の2/3が家族性、1/3が孤発性である1)。
先天無虹彩症では、虹彩欠損以外にも多彩な眼合併症を呈する。
| 眼合併症 | 発生率 |
|---|---|
| 角膜幹細胞疲弊・角膜混濁 | 78〜96% |
| ドライアイ | 56〜95% |
| 眼振 | 64〜95% |
| 黄斑低形成 | 79〜86% |
| 白内障 | 50〜85% |
| 緑内障 | 46〜70% |
| 水晶体偏位 | 42% |
| 視神経低形成 | 11〜29% |
視力は通常20/100〜20/200程度に制限される1)。Zinne小帯の脆弱性から、眼内レンズは慎重な適応となる。
PAX6遺伝子産物はがん抑制遺伝子WT1と染色体11p13上で隣接しており、隣接遺伝子症候群としてWAGR症候群(Wilms腫瘍・無虹彩・泌尿生殖器異常・知的障害)を呈することがある。
無虹彩症線維化症候群は眼内手術後に発症するが、全例には生じない稀な合併症である。人工虹彩植入の系統的レビューでは発生率3.1%と報告されており1)、発症メカニズムは完全には解明されていない。
無虹彩症線維化症候群の主訴はベースラインからの無痛性・漸進性の視力低下である1)。疼痛を伴わないため受診が遅れやすい。進行した段階で、観察力の鋭い患者が膜の存在に気づくことがある。
早期所見
虹彩根部起源の線維性膜:細隙灯顕微鏡で痕跡的虹彩根部から形成される膜を確認できる。眼内レンズに影響を及ぼしていることが多い。
眼内レンズ前方偏位:膜の牽引によって眼内レンズが前方へ移動し、進行すると角膜に接触する。
進行期所見
Banifatemi et al.が報告した症例(3歳女児、両眼Ahmed glaucoma valve術後2年)では、右眼に以下の所見を認めた1)。
低眼圧は線維性膜が毛様体を覆い、毛様体機能が障害されることで房水産生が低下するために生じる1)。角膜浮腫は眼内レンズの角膜接触や低眼圧に伴う角膜内皮障害によって引き起こされる。
無虹彩症線維化症候群の病因は不明である。ただし、報告されたすべての症例が眼内手術後に発症している。
リスク要因として以下が挙げられる。
Tsai et alの7眼6患者における手術歴1): 後房眼内レンズを伴う白内障手術7眼・チューブシャント6眼・角膜移植4眼。Bakhtiari et alの9症例1): 白内障手術+眼内レンズ植入全例・チューブシャント7例・角膜移植/角膜輪部同種移植7例。
発症メカニズムについては2つの説が提唱されている。
注目すべきことに、Descemet膜剥離自動内皮角膜移植術(DSAEK)後の8ヶ月児でも再発進行性線維化が報告されており1)、眼内機器なしでも発症する可能性が示唆されている。
無虹彩症線維化症候群の診断は、眼内手術歴のある先天無虹彩症患者における臨床的観察によって行われる。
定期的な細隙灯顕微鏡検査が診断の基本である1)。虹彩根部から発生して眼内レンズを包む線維性膜を確認できる。角膜が透明な早期であれば、前眼部の詳細な評価が可能。
角膜混濁などの前眼部メディア混濁がある場合に不可欠な検査である1)。
本症例では塩化水和物麻酔下で超音波生体顕微鏡を実施し、虹彩根部から白内障水晶体後部に至る厚い線維性膜を確認した1)。
以下の疾患を鑑別する必要がある。
無虹彩症線維化症候群の治療は外科的介入が中心である。早期の診断と介入が視力予後の改善につながる1)。
膜のさらなる増殖と組織破壊を防ぐために、全層角膜移植術(penetrating keratoplasty, PKP)を介した早期の外科的膜切除術が推奨される。
Tsai et alの7眼6患者のうち手術を受けた5例では1):
Tsai et al(初報)
手術術式:全層角膜移植+膜切除。一部で眼内レンズ摘出/交換を併施。
再発状況:眼内レンズ摘出/交換を受けた例でのみ再発を確認。眼内レンズ同時摘出が再発防止に有効と結論。
視力結果:手術を受けた全5例で視力改善を認めた1)。
Bakhtiari et al(9例)
手術術式:全例にBoston KPro type 1を植入(一次または二次)。9例中7例で眼内レンズ摘出、8例で硝子体切除を施行。
術後合併症:後KPro膜5眼・上脈絡膜出血1眼・牽引性網膜剥離1眼。
視力結果:術前の手動弁〜光覚弁から、術後20/200〜2/500まで全例で改善1)。
ボストン型人工角膜タイプ1は、無虹彩症線維化症候群の再発との関連が認められていない実行可能な治療選択肢である1)。KProは虹彩根部(病変起点)から離れた位置に配置されるため、虹彩への刺激が少ないと考えられている。
ただし、無虹彩症眼では後KPro膜形成が高率(61〜66%)に発生することに注意が必要である。非無虹彩症眼の発生率(26.7〜39%)よりも有意に高く1)、この後KPro膜も無虹彩症線維化症候群の一表現型である可能性がある1)。
Dyer et alによるBoston KPro type 1の無虹彩症眼での保持率は83.3%(平均追跡58.7ヶ月)、Shah et alでは87%(54ヶ月追跡)であった1)。
Bakhtiari et alは再発防止のために前部硝子体切除に留まらず完全な硝子体切除術を推奨している1)。
AFSの確定診断を受けた症例のうち、手術を行わなかった場合の転帰データは限られている。本症例報告(Banifatemi et al. 2024)では、保護者の拒否により手術未施行であった1)。一般に、治療しない場合は角膜内皮不全・低眼圧・網膜剥離などの進行が懸念される。Tsai et alの報告では、手術を受けた全症例で視力改善を認めており、早期介入の重要性が強調されている1)。
無虹彩症線維化症候群の正確な発症機序は未解明であるが、複数の証拠から虹彩根部が線維化の起点であることが支持されている。
Tsai et alによる病理学的解析では以下が確認された1)。
Banifatemi et al.(2024)は「線維性膜は慢性ぶどう膜炎における術後眼内レンズ周囲膜と類似しているが、炎症を伴わない点で異なる」と述べている1)。
2つのメカニズムが提唱されている。
機械的刺激仮説
眼内デバイスが痕跡的虹彩組織または未熟な虹彩血管に接触することで膜形成の足場を提供する、とする説1)。これは無虹彩症線維化症候群が眼内レンズ・チューブシャント・人工虹彩など異なる眼内デバイスに関連して発症するという臨床事実と整合する。
PAX6変異関連Wntシグナル上昇仮説
PAX6はWntシグナルを負に制御する転写因子である。PAX6変異によるWntシグナルの慢性的な亢進が、眼内の線維化素因を形成するとする説1)。Wangらはマウスモデルでの研究において、PAX6半接合体不全(haploPAX6)が、未手術眼においても野生型と比較して線維化前状態を誘発することを確認した1)。
Peters異常など他の先天前眼部異常でも類似の進行性線維化が報告されており、PAX6変異が広く線維化素因と関連することが示唆される1)。
無虹彩症眼におけるBoston KPro type 1植入後の後KPro膜形成率は61〜66%であり、非無虹彩症眼(26.7〜39%)を大幅に上回る1)。
Yang et alらは、この高率の後KPro膜形成が無虹彩症線維化症候群の一表現型である可能性を指摘している1)。一方Muzychuk et alは、無虹彩症がBoston KPro手術後の視力喪失の重要なリスク因子であることを報告した1)。
Romano et alによる人工虹彩植入の系統的レビューでは、FigueredoとSnyderによる96眼の無虹彩症研究において無虹彩症線維化症候群発生率が3.1%であったことが報告されている1)。人工虹彩植入は眼内レンズ・チューブシャントと同様に眼内機器として機能するため、無虹彩症線維化症候群発生の潜在的リスクを有する。
Wangらのマウスモデル研究は、無虹彩症線維化症候群の分子メカニズム解明に向けた最初の系統的な研究の一つである1)。Wntシグナル経路の選択的阻害が将来的な治療標的となる可能性が示唆されているが、臨床応用には至っていない。