眼内所見

全眼球炎
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 全眼球炎とは
Section titled “1. 全眼球炎とは”全眼球炎(Panophthalmitis)は、眼球のすべての構造(脈絡膜・網膜・硝子体・房水・角膜・強膜)に加えて眼窩周囲組織にまで炎症が波及する急速進行性の化膿性感染症である。語源はラテン語の「pan-(すべて)」「ophthalmo-(眼の)」「-itis(炎症)」に由来する。簡潔にいえば眼窩蜂窩織炎を伴う眼内炎である。
感染経路は外因性と内因性に大別される。
- 外因性:穿通性眼外傷、白内障手術や硝子体手術などの術後感染、濾過胞関連感染、硝子体内注射、角膜潰瘍からの波及が原因となる。硝子体手術や硝子体注射に起因した場合は発症までが早く、全眼球炎に至りやすい。
- 内因性:他臓器の感染巣から血行性に細菌が眼内へ播種されることで発生する。肝膿瘍が最も多い原発巣であり、次いで尿路感染、肺膿瘍、心内膜炎、髄膜炎がある。内因性は眼内炎全体の2〜8%にとどまる。
2018年の報告では、眼内炎から全眼球炎に至った症例の原因として眼外傷が39.9%と最多で、微生物性角膜炎が27.7%、内因性が21.2%、白内障術後が9.1%であった。人種・性別による偏りは報告されていない。80%以上の症例が片眼性であるが、内因性では右眼が左眼の約2倍の頻度で罹患しやすい7)。これは右頸動脈から右眼への血流がより直接的であるためと考えられている7)。
治療が遅れると眼球癆、永久的な視力喪失のみならず、海綿静脈洞血栓症・髄膜炎・脳炎・敗血症・死亡など壊滅的な転帰をとりうる。
眼内炎は硝子体と房水を主体とした眼内の炎症である。全眼球炎はそれに加えて強膜や眼窩周囲組織にまで炎症が及んだ状態を指す。眼瞼浮腫・眼球突出・眼球運動制限を伴い、眼窩蜂窩織炎の臨床像を呈する点が眼内炎との鑑別ポイントとなる。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”全眼球炎は急速に進行し、以下の症状を呈する。
- 激しい眼痛:最も顕著な症状であり、眼球運動に伴い増強する。
- 急激な視力低下:多くの症例で光覚弁以下に低下する。発症から数時間〜数日で光覚消失に至ることもある7)。
- 眼瞼腫脹・発赤:自力で開瞼できないほどの高度な腫脹を伴うことがある。
- 発熱・悪寒:内因性では敗血症の全身症状として発熱や白血球増多が先行する。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”眼窩所見
眼球突出(proptosis):眼窩内への炎症波及を示す重要な徴候である1)。
眼球運動制限:外眼筋の炎症性腫脹により部分的〜完全な眼筋麻痺を呈する。
相対的求心性瞳孔反射異常:視神経障害の進行を示す7)。
結膜充血・結膜浮腫(chemosis):強い毛様充血と高度の浮腫を認める。
全身所見として発熱、白血球増加、CRP上昇がみられる。重症細菌感染症の血清マーカーであるプロカルシトニンの上昇も認められる。進行例では角膜や強膜に穿孔を生じることがある。
両者は類似した眼窩徴候を呈するが、全眼球炎では前房蓄膿や著明な硝子体混濁など眼内炎症の所見を伴う点が異なる。CT・MRI画像で強膜の肥厚や眼球変形、眼内の膿瘍形成が確認される場合は全眼球炎が示唆される6)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”主な原因微生物
Section titled “主な原因微生物”全眼球炎の原因微生物は多岐にわたる。
細菌:
- 黄色ブドウ球菌(MRSA含む):院内感染や術後に多い。透析カテーテル感染からMRSA菌血症を経て全眼球炎に至った報告がある1)。
- セレウス菌(Bacillus cereus):土壌や環境中に広く存在し、静脈内薬物乱用者に多い。レシチナーゼ産生による強い組織破壊性を有する。
- 肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae):肝膿瘍を背景とした内因性眼内炎の最重要起炎菌である。肝膿瘍の3〜8%で眼内炎を発症するとされる。
- 大腸菌(Escherichia coli):糖尿病患者において内因性全眼球炎の原因となる5)。ESBL産生株の報告もある。
- 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa):薬剤耐性菌による重症例が問題となっている。汚染された人工涙液からの感染事例が報告された2)。
- ウェルシュ菌属(Clostridium spp.):C. septicum による全眼球炎は大腸癌との強い関連が報告されている4)。ガス産生を伴う急速な組織壊死が特徴である。
真菌:
- アスペルギルス・リゾプス:免疫不全者や外傷後に発症する。培養陰性でも真菌感染の可能性がある3)。
- カンジダ:IVHカテーテルや留置カテーテル使用者で好発する。カンジダ血症患者の15〜30%で眼内炎が発症する。
その他:
- 梅毒トレポネーマ:全眼球炎はまれな症状であるが、HIV合併例で前房蓄膿を伴う全眼球炎が報告されている9)。
- 糖尿病:最も多い基礎疾患である5)7)。血液網膜関門の脆弱化が感染を助長する7)。
- 免疫不全・免疫抑制状態:臓器移植、HIV/AIDS、悪性腫瘍、化学療法中
- 留置カテーテル・静脈路:透析用トンネルカテーテルからの菌血症は重要な感染源である1)。
- 静脈内薬物乱用(IVDU)
- 穿通性眼外傷・眼内手術
- 心内膜炎・菌血症
- 歯科処置・腸管手術など侵襲的処置の既往:歯性上顎洞炎から眼窩底欠損を介して全眼球炎に至った報告がある8)。
糖尿病では血液網膜関門の透過性が亢進しており、血行性に細菌が眼内に到達しやすい環境が形成される7)。また免疫機能の低下により感染防御能が弱まるため、一旦感染が成立すると急速に進行しやすい。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”全眼球炎の診断は主に臨床所見に基づく。詳細な病歴聴取(眼手術歴・外傷歴・全身感染・薬物使用歴・渡航歴)が重要である。
- Bモード超音波検査:硝子体混濁(高エコー輝度の増加)、滲出性網膜剥離、脈絡膜肥厚、強膜肥厚(「Tサイン」)、テノン嚢下液を評価する6)。角膜混濁により眼底が透見できない場合に特に有用である。
- CT検査:眼球の変形・強膜の不整、眼窩内軟部組織の腫脹、隔壁前後の浮腫を評価する1)。海綿静脈洞血栓症の除外にも用いる。
- MRI検査:軟部組織分解能に優れ、強膜の炎症性肥厚、眼窩内脂肪の炎症性変化、視神経や海綿静脈洞への波及を詳細に評価できる6)。拡散強調画像(DWI)は膿瘍の同定と治療反応の評価に有用である6)。
微生物学的検査
Section titled “微生物学的検査”| 検体 | 検査法 | 備考 |
|---|---|---|
| 前房水・硝子体液 | 塗抹・培養・PCR | 確定診断に必須 |
| 血液 | 培養 | 陽性率約56% |
| 尿 | 培養 | 感染巣の検索 |
- 網膜電図(網膜電図)は網膜機能の評価に用いられる。
- 内因性が疑われる場合は血液培養・尿培養・経食道心エコー・全身CT・PET-CTなどで感染巣の同定を行う7)。
- β-Dグルカン値の測定は侵襲性真菌感染症の検索に有用である7)。
眼窩蜂窩織炎、強膜炎との鑑別が重要である。急性閉塞隅角緑内障と誤診されることもある5)。ステロイド投与下で悪化する場合は真菌感染を疑う3)。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”全眼球炎は眼科的緊急症であり、多職種連携での迅速な対応が求められる。
起炎菌不明の場合は広域スペクトル抗菌薬を経験的に開始する。
- 硝子体内注射:バンコマイシン 1.0 mg/0.1 mL + セフタジジム 2.0 mg/0.1 mL(保険適用外)。グラム陽性菌・グラム陰性菌の双方をカバーする1)。
- 全身投与:第4世代セフェム系(セフォゾプラン)などの広域スペクトル薬を静脈内投与する。カルバペネム系(チエナム 1回0.5〜1.0 g、1日2回)も用いられる。
- 頻回点眼:バンコマイシン点眼(10 mg/mL)・セフタジジム点眼(20 mg/mL)・アミノグリコシド系点眼を1時間おきに投与する。
起炎菌が同定され次第、感受性試験に基づいて薬剤を選択する。治療期間は合併症のない菌血症で3週間、転移性感染を伴う場合は6〜8週間が目安である1)。
- 硝子体手術:薬物療法に反応が乏しい場合に施行する。硝子体切除と抗菌薬硝子体灌流(バンコマイシン 20 μg/mL、セフタジジム 40 μg/mL)を行う。水晶体嚢内洗浄・後嚢切除を併施し、必要に応じてIOL摘出も行う。ただし全眼球炎では感染が硝子体に限局しないため、硝子体手術の治療効果は限定的である7)。
- 眼球内容除去術(evisceration):抗菌薬に反応せず感染のコントロールが得られない場合、または光覚消失例で適応となる5)。強膜の菲薄化や壊死がある場合、一期的インプラント挿入は脱出リスクが高い5)。
- 眼球摘出術(enucleation):最も確実な感染源除去法である7)。眼窩蜂窩織炎が遷延する場合や眼窩膿瘍を伴う場合に行われる。
複数回の硝子体内・眼球周囲への抗菌薬注射とデキサメタゾン投与の併用で、光覚消失・強膜膿瘍を伴う症例でも眼球温存が得られたとの報告がある5)。しかし多くの症例は最終的に眼球摘出・内容除去に至るため、早期の多職種連携と積極的治療開始が重要である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”内因性の発症機序
Section titled “内因性の発症機序”内因性全眼球炎の主な経路は、体内の感染巣から放出された微生物が血行性に短後睫状動脈を通じて眼球内に到達することである。短後睫状動脈は約20本存在し、視神経入口付近で眼内に入り脈絡膜(赤道部まで)・毛様体突起・ジン・ハラー輪を供給する。
血液眼関門が最初に破綻すると、脈絡膜に感染巣が形成される。その後、脈絡膜病変→網膜病変→硝子体混濁と進行し、最終的に前房・強膜・眼窩周囲へ炎症が波及して全眼球炎となる。細菌性眼内炎は時間単位で一気に増悪するため、早期像をとらえることはまれである。
外因性の発症機序
Section titled “外因性の発症機序”手術切開部・穿孔創・インプラントなど血液眼関門の物理的破綻を介して微生物が眼内に侵入する。微生物の毒素が硝子体から眼球全層へ炎症反応を伝播させ、全眼球炎に至る。セレウス菌や Clostridium 属は強力な外毒素(レシチナーゼ)を産生し、接種から48時間以内に急速な組織壊死をもたらすことがある。
Clostridium septicum はグラム陽性の嫌気性菌で、低酸化還元電位環境で増殖する4)。健常腸管ではこの条件は生じないが、大腸癌の存在下では腫瘍内の壊死組織が増殖に適した環境を提供する。そのため C. septicum 感染は消化管悪性腫瘍の検索を要する重要なサインとなる4)。
糖尿病と全眼球炎
Section titled “糖尿病と全眼球炎”糖尿病は内因性眼内炎・全眼球炎の最も重要な背景疾患である。動物実験では糖尿病環境が血液網膜関門の透過性を亢進させ、内因性眼内炎の発症を促進することが示されている7)。高血糖は好中球機能を低下させ、感染制御の遅延につながる。報告例ではHbA1cが8.8〜13.8%と著しく管理不良な症例が多い1)3)5)。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”薬剤耐性菌への新規治療薬
Section titled “薬剤耐性菌への新規治療薬”多剤耐性・広範囲薬剤耐性(XDR)グラム陰性菌による全眼球炎は治療選択肢が限られる深刻な課題である。
Wangら(2023)は、汚染された人工涙液によるXDR Pseudomonas aeruginosa 全眼球炎の1例を報告した。VIM-80遺伝子とGES-9遺伝子を保有する本菌株は、ピペラシリン・タゾバクタムを除くほぼすべての抗菌薬に耐性を示した。新規シデロフォアセファロスポリンであるセフィデロコル(1.5 g、8時間ごと、14日間)が使用され、眼窩蜂窩織炎の改善が得られた2)。
セフィデロコルは鉄を利用して「トロイの木馬」のように菌体内に能動的に取り込まれるため、排出ポンプやポリンチャネル変異による耐性を回避できる。現在FDAでは複雑性尿路感染症にのみ承認されているが、硝子体内移行性に関するデータは乏しく、今後の研究が待たれる2)。
眼球温存を目指す治療戦略
Section titled “眼球温存を目指す治療戦略”Chenらは光覚消失・強膜膿瘍を伴う内因性細菌性全眼球炎に対し、複数回の硝子体内・眼球周囲抗菌薬注射とデキサメタゾン併用で眼球摘出・内容除去を回避できた症例を報告した5)。
この方法はまだ大規模臨床試験による検証がなく、全症例に適用できるものではないが、積極的な薬剤投与により眼球温存の可能性が示唆されている。
無菌性全眼球炎
Section titled “無菌性全眼球炎”Azzopardi ら(2022)は、糖尿病を背景とした無菌性内因性全眼球炎を報告した。血液培養、硝子体培養、PCRいずれも陰性であったが、CRP 181 mg/L、HbA1c 138 mmol/mol と著しい炎症・血糖異常を認めた。PET-CTでも悪性腫瘍や感染巣は同定されなかった7)。
培養陰性の全眼球炎でも感染を完全に否定することは困難であり、積極的な抗菌薬治療の継続が推奨されている7)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Batista JP, Hamarsha Z, Lew SQ. Endogenous panophthalmitis and eye enucleation secondary to methicillin-resistant Staphylococcus aureus bacteremia: a rare complication of tunneled dialysis catheter use. Cureus. 2023;15(2):e35107.
- Wang T, Jain S, Glidai Y, et al. Extensively drug-resistant Pseudomonas aeruginosa panophthalmitis from contaminated artificial tears. IDCases. 2023;33:e01839.
- Sun LW, Sassalos TM, Zhang AD. Fungal panophthalmitis presenting as severe posterior scleritis. Am J Ophthalmol Case Rep. 2023;32:101910.
- Berlanga Díaz A, Azevedo González-Oliva M, Hervás R, Gili P. Fulminant endogenous panophthalmitis caused by Clostridium septicum infection. Arq Bras Oftalmol. 2023;86(1):71-73.
- Hassanin FF, Elkhamary S, Al Thaqib R, Strianese D. A case of Escherichia coli endogenous panophthalmitis and orbital cellulitis with normal workup for primary focus. Cureus. 2021;13(5):e15103.
- Sharma V, Sharma R, Tiwari T, Goyal S. MRI findings in endophthalmitis and panophthalmitis. BMJ Case Rep. 2022;15:e246856.
- Azzopardi M, Ng B, Chong YJ. Sterile endogenous panophthalmitis with uncontrolled diabetes. BMJ Case Rep. 2022;15:e252875.
- Mamikunian G, Ziegler A, Thorpe E. A case of panophthalmitis secondary to odontogenic maxillary sinusitis. Cureus. 2022;14(10):e30801.
- Seely M, Deaner JD, Vajzovic L. A unique case of syphilitic hypopyon panophthalmitis. J VitreoRetinal Dis. 2022;6(4):308-311.