外傷性・医原性
外傷性:眼窩外傷(転倒・鈍的外傷)が最も多い原因である。
球後麻酔:球後針による眼窩内血管損傷。近年は減少傾向。
眼瞼・眼窩手術:術後合併症として発生しうる。
斜視手術:結膜・Tenon嚢切開という初期段階でも発生しうる稀な合併症。下斜筋手術は渦静脈損傷リスクが高い1)。

球後出血(retrobulbar hemorrhage; RBH)は球後腔(retrobulbar space)に血液が蓄積する急速進行性の緊急疾患である。眼窩内圧の上昇により視神経や網膜血管が圧迫・虚血に陥り、放置すれば不可逆的な視力喪失をきたす。
日本の眼科教科書では、球後麻酔に使用する球後針が眼窩内血管を障害して生じる眼窩内出血を指す概念として記載されている。広義には、外傷・医原性損傷・血管病変・腫瘍出血により眼窩内に血液が貯留した状態(眼窩血腫)を含む。
疫学:稀な疾患であり、眼窩外傷1,386人中球後出血は50人と報告されている。発生率は損傷の病因に依存する。未治療での失明率は約48%とも44〜52%とも報告されており、適切かつ迅速な治療により0.14%まで低下する3)。最近は球後麻酔に代わり点眼・Tenon嚢下麻酔が主流となったため、球後麻酔に起因する球後出血はほとんど観察されなくなった。
未治療では約48%が失明するとされるが、迅速かつ適切な治療により失明率は0.14%まで低下する。失明を防ぐには早期の診断と減圧処置が不可欠である。
医師が診察で確認する所見は以下の通りである。
外傷性・医原性
外傷性:眼窩外傷(転倒・鈍的外傷)が最も多い原因である。
球後麻酔:球後針による眼窩内血管損傷。近年は減少傾向。
眼瞼・眼窩手術:術後合併症として発生しうる。
斜視手術:結膜・Tenon嚢切開という初期段階でも発生しうる稀な合併症。下斜筋手術は渦静脈損傷リスクが高い1)。
血管性・凝固障害
血管性病変:動静脈奇形・眼窩静脈瘤・リンパ管腫・血管腫からの出血。
腫瘍性出血:眼窩腫瘍内出血による血腫形成。
凝固障害:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)2)・後天性血友病A4)など。
頭蓋内出血:上眼窩裂を経由した続発性眼窩血腫も生じうる。
球後麻酔時は、よく切れる針を使用し、刺入時に違和感があれば内筒を吸引して出血の有無を確認する。斜視手術では各段階で慎重な止血を行う1)。術後の血圧管理も重要である。
複数の研究で抗凝固薬・抗血小板薬使用と球後出血の関連が認められている3)。手術前に担当医に内服薬を申告し、必要に応じて休薬・代替策を検討することが重要である。
球後出血の診断は原則として臨床的に行う。治療の緊急性から、画像検査のために診断・治療を遅らせるべきではない。完全な眼科検査(視力・眼圧・眼球運動・瞳孔反応・APD評価)を迅速に実施する。
減圧介入の適応指標(以下のいずれかを満たす場合)3):
CTが眼窩の可視化に有用であり、随伴損傷の除外や出血源が不明な場合に実施する。血腫はCT上で高吸収域(CT値40〜80 HU)として描出され、骨膜下血腫では眼窩骨と骨膜の間に境界明瞭な高吸収域を認める。
MRIは血腫の経時的な信号変化を評価できる。血腫のMRI信号は以下のように変化する。
| 時期 | 主なヘモグロビン | T1信号 | T2信号 |
|---|---|---|---|
| 超急性期(〜1日) | Oxy Hb | 軽度低信号 | 軽度高信号 |
| 急性期(1〜3日) | Deoxy Hb | 軽度低信号 | 低信号 |
| 亜急性期(3日〜1か月) | Met Hb | 高信号 | 高信号 |
| 慢性期(1か月〜) | Hemosiderin | 低信号 | 低信号 |
MRAは動静脈奇形の除外に有用である2)。
急性閉塞隅角緑内障・眼窩蜂巣炎・眼窩腫瘍が主な鑑別疾患となる。
外科的管理は内科的管理より優先され、より良好な転帰をもたらす。
圧迫で改善しない場合または減圧適応指標を満たす場合は、速やかに外科的介入を行う。
第一選択
外眥切開術+外眥靭帯切断術(LC/IC):眼窩コンパートメント症候群の第一選択治療。局所麻酔下で実施可能であり、迅速な減圧を達成する3)。
眼窩隔膜切開の併用:LC/ICによる一時的減圧の後、眼窩隔膜を切開して血腫を除去し、出血源を同定する3)。
追加手技
下眼窩隔膜切開術(inferior septectomy):LC/ICで改善しない場合に追加する。
下外側眼窩切開術(inferolateral orbitotomy):より広範な減圧が必要な場合。
垂直眼瞼切開(vertical split incision):眼瞼解剖に不慣れな施設でも実施可能な代替手技。
介入時間の目安:発症から2時間以内の介入が推奨される。ただし2時間を超えても手術は積極的に試みるべきであり、受傷7時間後・4時間後のLC/IC+眼窩隔膜切開でも矯正視力20/20への回復が報告されている3)。
視神経障害が危惧される場合は血腫除去を計画する。血腫の位置に合わせた皮膚切開→眼窩隔膜・骨膜の露出・切開→吸引嘴管による血腫吸引→生理食塩液による洗浄という手順で行う。腫瘍性出血の場合は血腫を含む腫瘍の全摘出を計画する。
凝固障害が原因の場合は原疾患の治療が並行して必要となる。
外眥(外側の目尻)を切開し、外眥靭帯を上下に切断することで眼窩の前方に開口部を作る緊急処置である。局所麻酔下で実施可能であり、眼窩内圧を迅速に下げて視神経への血流を回復させる目的で行う3)。詳細は「標準的な治療法」の項を参照。
発症から2時間以内の介入が推奨される。ただし2時間以降でも外科的減圧は有効であり、受傷7時間後でも矯正視力20/20への回復が報告されている3)。時間の経過にかかわらず、可能な限り早急に減圧処置を行うことが重要である。
眼窩コンパートメントの前方は眼窩隔膜(orbital septum)で境界され、外眥靭帯と外側眼窩縁に付着する。内側・外側・後方は眼窩骨で囲まれており、容量が固定されている。
出血が生じると眼窩内圧が上昇し、眼球が前方にシフトする。出血源は通常、眼窩下動脈またはその枝であり、筋膜間血管からの出血も生じうる1)。眼球のわずかな前方変位は許容されるが、視神経が伸展限界に達すると視神経欠損が生じる。
失明の機序は以下の通りである。
動脈損傷の場合は急峻な眼窩内圧上昇が眼球を圧迫し、高眼圧による視神経障害・網膜動脈閉塞が起こる。眼窩骨折がある場合でも持続的な出血により眼圧は上昇しうる3)。
血腫のMRI信号はヘモグロビンの酸化・溶血過程に応じて経時変化するため、詳細は「診断と検査方法」の項のMRI信号変化表を参照。
Ochi ら(2025)は外傷性球後出血2症例に対し、LC/IC後に眼窩隔膜切開を行う2段階手術を施行した3)。症例1(92歳男性、抗血小板薬内服中、受傷7時間後手術)は眼圧 55 mmHg・光覚のみから翌日眼圧 14 mmHg・矯正視力20/20に回復。症例2(72歳女性、受傷4時間後手術)は眼圧 52 mmHg・指数弁から翌日眼圧 14 mmHg・矯正視力20/20に回復した。「発症2時間以内の減圧」という従来の推奨を超えた時間経過でも良好な転帰が得られる可能性を示す報告である。
Omar ら(2024)は特発性血小板減少性紫斑病(血小板35,000/mm³)による自発性球後出血の80歳女性例を報告した2)。MRIで2.7×1.6×2.1 cmの血腫を確認。IVIG+クリオプレシピテート+デキサメタゾンによる内科的治療で血小板が126,000/mm³に回復し、視力も改善した。これまで特発性血小板減少性紫斑病関連眼窩出血の報告は3例のみで、いずれも高度貧血合併例であったが、本症例はHb 10.2 g/dLと軽度貧血でも発症しうることを示した。
Gawęcki ら(2024)は5歳男児の斜視手術中に結膜・Tenon嚢切開という初期段階で球後出血が発生した稀な症例を報告した1)。マンニトール100 mL静注で対応し眼窩減圧は不要であり、術後24時間で血腫は消退した。凝固異常は認めず、術後のOCTでもRNFL非対称なく視神経障害は生じなかった。各手技段階での慎重な止血の重要性を強調している。
Jayasundara ら(2021)は後天性血友病A(aPTT 127秒)による自発性球後出血(64歳男性)を報告した4)。FEIBA投与で一時的に止血したが、プレドニゾロン60 mg+シクロホスファミドによる免疫抑制でaPTTが正常化するまで約6週間を要した。最終的に眼球は壊疽化し自然脱臼に至った稀な転帰であり、非外傷性球後出血では凝固因子VIII自己抗体の可能性も念頭に置く必要がある。