外傷性・医原性
外傷後球後出血:眼窩・顔面外傷(医原性手術外傷を含む)が最多の原因。
球後・球傍麻酔:眼科手術の局所麻酔に伴う出血によって発症しうる。
バルサルバ操作:嘔吐・激しいいきみで腹腔・胸腔内圧が上昇し眼窩静脈が破裂。抗凝固薬非使用患者でも発症報告あり1)。

眼窩コンパートメント症候群(orbital compartment syndrome; OCS)は、眼窩内圧が眼動脈・視神経栄養血管の灌流圧を超えるほど上昇し、網膜・視神経への虚血が生じる緊急疾患である。
眼窩は4つの骨壁と前方の眼瞼・眼窩隔膜に囲まれた閉鎖空間で、容積は通常30mL以下である。眼球および眼窩軟部組織が最大26.5mLを占め、出血・浮腫・腫瘤などによる容積増加を収容する余地がほとんどない。骨壁と眼窩隔膜はほぼ非伸展性であるため、内容物の増加は急速な圧力上昇をもたらす。
最も一般的な原因は外傷後の球後出血(retrobulbar hemorrhage)である。そのほか、球後麻酔・球傍麻酔などの局所注射、眼窩感染症、眼窩気腫、眼窩腫瘍の急速増大、甲状腺眼症、バルサルバ操作関連の自然出血、重症熱傷後の輸液蘇生なども原因となる。
不可逆的損傷の時間的猶予は極めて短い。アカゲザルを用いた実験では灌流遮断後75分で網膜に修復不可能な損傷が生じる可能性が示されており、臨床例では105分以上の持続圧迫で不可逆的損傷が報告されている2)。発症後2時間以内の減圧が最良の予後をもたらす。本症候群の発生率は平均患者集団で約0.88%と報告されている6)。
バルサルバ操作関連の眼窩コンパートメント症候群は稀だが見落とされやすい。嘔吐による胸腹腔内圧上昇が眼窩静脈のうっ血・破裂を引き起こし、抗凝固薬を使用していない患者でも球後出血に至った症例が報告されている1)。
灌流遮断後75分で網膜に修復不可能な損傷が生じる可能性が動物実験で示されており、臨床例では105分以上の持続圧迫で不可逆的損傷が報告されている2)。発症後2時間以内の減圧が最良の予後をもたらすため、眼窩コンパートメント症候群が疑われた時点で即時処置が求められる。
診察で確認すべき所見は以下の通りである。
外傷性・医原性
外傷後球後出血:眼窩・顔面外傷(医原性手術外傷を含む)が最多の原因。
球後・球傍麻酔:眼科手術の局所麻酔に伴う出血によって発症しうる。
バルサルバ操作:嘔吐・激しいいきみで腹腔・胸腔内圧が上昇し眼窩静脈が破裂。抗凝固薬非使用患者でも発症報告あり1)。
感染性
眼窩蜂窩織炎・膿瘍:嫌気性菌(Fusobacterium necrophorum など)やAspergillus の混合感染による眼窩内圧上昇2)。
ムコール症:COVID-19・糖尿病性ケトアシドーシスを背景に発症しうる。治療開始遅延で死亡率が急増する4)。
骨膜下膿瘍:気圧外傷などを契機とした副鼻腔炎から発展するケースも報告されている8)。
血管性・腫瘍性
頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF):海綿静脈洞動脈瘤の破裂→頸動脈海綿静脈洞瘻形成→眼窩コンパートメント症候群。外傷・手術歴のない自然発症例も存在する7)。
眼窩形質細胞腫:多発性骨髄腫の髄外進展として眼窩腫瘤が急速増大し眼窩コンパートメント症候群を来した症例が報告されている9)。
眼窩内血管性病変:静脈瘤、血管腫、動静脈奇形も出血源となりうる。
その他
眼窩気腫:眼窩壁骨折後の副鼻腔との交通、または気胸から皮下気腫が波及して発症する3)。
重症熱傷後輸液蘇生:非積極的な輸液(3.5mL/kg/%TBSA)でも眼窩コンパートメント症候群が発症した報告がある5)。
心停止後:CPR後に毛細血管漏出・低酸素を機序として眼窩コンパートメント症候群が発症した症例が報告されている6)。
リスク要因:
感染症(眼窩蜂窩織炎・ムコール症)、バルサルバ操作による球後出血、頸動脈海綿静脈洞瘻、眼窩腫瘍、重症熱傷後の輸液蘇生、心停止後など多様な原因で発症する1)2)4)5)6)7)9)。外傷歴がなくても眼窩コンパートメント症候群の可能性を考慮することが重要である。
眼窩コンパートメント症候群は臨床診断である。画像評価のために治療を遅延させてはならない。
眼圧測定が最も重要な診断補助である。IOP 30mmHg以上で本症候群を疑い、40mmHg超が外眥切開術の適応となる2)。以下の3徴が揃えば即時処置を優先する。
「眼窩壁骨折が存在するから減圧されているはず」という思い込みは危険であり、眼窩骨折があっても眼窩コンパートメント症候群が共存しうる。
各検査の特徴を以下に示す。
| 検査 | 主な所見 | 特記事項 |
|---|---|---|
| CT | 球後出血・眼球突出・globe tenting・気腫 | 第一選択。骨折・膿瘍・異物の評価も可能 |
| MRI/MRA | CTと同様+血管奇形の検出 | 出血と外眼筋の鑑別に優れる |
| 超音波 | 「ギターピック(guitar pick)」サイン | 緊急時の補助的評価。骨膜下血腫と軟部組織血腫の鑑別に使用 |
CTでは血腫は高吸収域として描出され、骨膜下血腫では眼窩骨と骨膜の間に境界明瞭な高吸収域が認められる。眼球後極のテント状変形(globe tenting)は予後不良の指標である。
鑑別診断:
眼窩コンパートメント症候群は臨床診断であり、画像評価のために治療を遅延させてはならない。眼圧上昇・RAPD・急激な眼球突出が揃えば、CT検査の結果を待たず即時に外眥切開術を施行すべきである。CTは治療と並行して原因検索・病態評価に用いる。
眼窩コンパートメント症候群の治療目標は眼窩内圧の即時解除による視機能の保護である。薬物療法によって必要な手術的減圧を遅らせてはならない。
本症候群に対する第一選択処置である。ベッドサイドで施行可能であり、救急外来での緊急対応として広く行われている。
適応:IOP 40mmHg超。症状・所見から眼窩コンパートメント症候群が強く疑われる場合は即座に施行する。
手順:
上外眥靭帯断裂術について:涙腺動脈からの出血リスクが増大するため、適切な下外眥靭帯断裂術で十分な減圧が得られない場合にのみ慎重に検討する。
報告された効果:IOP 35→11mmHg(瞳孔反射も回復)6)、IOP 60→25mmHg(9ヵ月後に視力20/20)7)、IOP 34→15mmHg(AION予防)5)、IOP 80mmHgに対して切開施行4)。
外眥靭帯断裂術で視力改善が得られない場合は、全身麻酔下で睫毛下または経結膜アプローチによる眼窩減圧術を施行する。眼窩外科医へのコンサルテーションが必要である。膿瘍を伴う感染性の眼窩コンパートメント症候群では切開排膿(I&D)と副鼻腔デブリードマンが適応となる2)4)8)。
薬物療法の効果が不十分で眼圧上昇と眼球突出による globe tenting を認める場合は、最も緊急度が高いとして外眼角切開による眼窩減圧を行いながら出血原因への治療と血腫除去術を行う。
以下の薬剤は外眥切開術が困難な場合、または術前・術後の補助として使用する。
| 薬剤 | 作用機序 | 備考 |
|---|---|---|
| アセタゾラミド(静注) | 炭酸脱水酵素阻害→房水産生抑制 | IOP低下目的8)9) |
| マンニトール(静注) | 浸透圧利尿 | 血管内浸透圧を高め眼窩浮腫を軽減 |
| メチルプレドニゾロン(静注) | 眼窩組織浮腫軽減 | 有効性の決定的根拠はない |
| チモロール点眼 | β遮断→房水産生抑制 | 補助的IOP低下2)9) |
| ドルゾラミド点眼 | 炭酸脱水酵素阻害 | 補助的IOP低下9) |
| ラタノプロスト点眼 | 房水流出促進 | 補助的IOP低下9) |
感染性の眼窩コンパートメント症候群には原因菌に応じた抗菌薬静注(嫌気性菌カバーを含む)、ムコール症にはアムホテリシンB投与と外科的デブリードマンが必須である4)。
眼窩気腫を伴う場合は制吐薬・鎮咳薬・鼻粘膜充血除去薬を用いて眼窩圧変動を抑制する。
外眥切開術・下外眥靭帯断裂術はベッドサイドで施行可能であり、救急外来での緊急対応として報告例も多い5)6)7)。専用の手術室を必要とせず、局所麻酔下で滅菌剪刀・鉗子があれば施行できる。ただし眼窩外科医へのコンサルテーションを同時進行で行うことが望ましい。
眼窩は4つの骨壁(上壁・下壁・内壁・外壁)と前方の眼瞼・眼窩隔膜に囲まれた閉鎖空間である。容積は30mL以下で、眼球と眼窩軟部組織が最大26.5mLを占める。骨壁と眼窩隔膜は非伸展性であるため、内容量が増加すると圧力が急激に上昇する。前方の境界(眼瞼・眼窩隔膜)が眼球突出を制限するため、外眥切開・靭帯断裂によりこの前方境界を解放することでコンパートメント圧を低下させる。
視神経は眼窩内に自然な冗長性を持ち、ある程度の眼球突出は軸索損傷なく許容される。しかし眼窩内圧が視神経栄養血管(vasa nervorum)または網膜中心動脈の灌流圧を超えると虚血が生じ、本症候群の病態が成立する。
不可逆的損傷に至るまでの時間的猶予は極めて短い。
内皮障害による毛細血管漏出と炎症反応により眼窩内への液体・蛋白が漏出する。眼瞼の全層熱傷による皮膚の硬化が弾性膨張を阻害するため、通常より少ない内容量の増加でも本症候群が生じやすい5)。視神経への血流は「灌流圧/血流抵抗」で決定されるが、間質浮腫が血流抵抗を増大させ、血管内容量減少が灌流圧を低下させることで虚血が生じる。
外眥切開を行った側(左眼)はAIONを回避できたが、未実施の側(右眼)でAIONが発症した熱傷症例が報告されており、重症熱傷患者における早期外眥切開のAION予防効果が示唆されている5)。
骨膜下血腫は自然吸収されにくく、血腫の器質化・線維化が組織障害を恒久化する。外眼筋の筋鞘内出血は複視の原因となり、骨膜下血腫が眼窩先端部に及べば視神経障害を来す。
Kushwaha ら(2021)は心停止・CPR後に眼球突出・IOP 35mmHg・瞳孔反射消失を呈した57歳男性の眼窩コンパートメント症候群を報告した6)。CTでは球後血腫を認めず軟部組織腫脹のみであり、外眥切開・靭帯断裂術によりIOP 11mmHgに低下し瞳孔反射が回復した。CPR後の毛細血管漏出と長時間低酸素が原因と推定され、非外傷性の本症候群の希少原因として認識が求められる。
Mathews & Knight(2022)は嘔吐・ドライヒーブ後に頸動脈海綿静脈洞動脈瘤が破裂し、頸動脈海綿静脈洞瘻経由でIOP 60mmHgの眼窩コンパートメント症候群を来した28歳女性を報告した7)。外眥切開でIOP 25mmHgに低下し、その後コイル塞栓術を施行。9ヵ月後に視力20/20に回復した。外傷・手術歴のない自然発症の本症候群の原因としてCCA/頸動脈海綿静脈洞瘻を考慮すべきとされる。
Toh & Cameron(2022)は航空機内の気圧変化を契機に副鼻腔炎患者の篩骨紙様板が破裂し、眼窩骨膜下膿瘍から眼窩コンパートメント症候群を来した症例を報告した8)。外眥切開・経結膜的アプローチで膿瘍を排膿。Serratia marcescens が培養陽性。最終視力6/120。副鼻腔炎患者の航空旅行が気圧外傷による本症候群の誘因となることを示す。
眼窩気腫の重症度をStage I〜IVの4段階で評価する分類が報告されている3)。Stage I(臨床徴候なし・画像上のみ)からStage IV(網膜中心動脈閉塞)まで段階的に分類し、治療方針の判断に活用できる可能性がある。
Pyon ら(2022)は多発性骨髄腫の髄外進展として両側眼窩形質細胞腫による眼窩コンパートメント症候群を来した60歳女性を報告した9)。3剤点眼でIOP 30〜33mmHgまでしか低下せず、化学療法(DCEPレジメン)+緩和的放射線治療(2000cGy/10分割)で改善を得た。眼窩形質細胞腫患者の生存期間中央値は28ヵ月と報告されており、他部位の髄外形質細胞腫(8.3年)より予後不良である。
眼窩コンパートメント圧を直接測定する針マノメーター技術が新たな診断補助として開発中である。眼圧計では測定できない眼窩軟部組織のコンパートメント圧を直接定量できる可能性を持ち、適応判断の精度向上が期待される。