この疾患の要点
犬咬傷は米国で年間約450万人が受傷し、眼周囲組織は症例の4〜17%で損傷を受ける。
眼瞼裂傷 ・涙小管断裂 ・外傷性眼瞼下垂 ・眼窩 骨折が主な損傷であり、開放性眼球外傷は極めて稀である。
涙小管断裂は犬咬傷では他原因より高率に生じ、受傷後48時間以内の整復が望ましい。
頭頸部の感染率は5%未満と低いが、豊富な血管供給がある一方で頭蓋内への感染波及リスクに注意する。
感染予防の要は十分な創洗浄(150mL以上)であり、感染リスクを最大90%減少させる。
第一選択抗菌薬はアモキシシリン・クラブラン酸の3〜5日間投与である。
眼窩骨折は早期手術(14日以内)で眼球陥凹 の残存が20%にとどまるが、遅延修復(6か月以上)では72%に達する。1)
犬の咬傷による眼周囲の外傷である。眼瞼裂傷・涙小管 外傷を中心とし、稀に開放性眼球外傷や眼窩骨折を合併する。
米国では毎年約450万人が犬咬傷を受ける。そのうち約20%が医療処置を必要とし(CDC)、救急外来受診は全受傷の約1%に相当する。医療費は年間1億ドル超(米国)にのぼる。子供の50%以上が人生のある時点で犬に噛まれるとされる。眼周囲組織への損傷は症例の4〜17%で生じる。
犬咬傷の15.55%が野良犬によるものであり、野良犬による重傷は0.97%、飼い犬による重傷は1.91%と報告されている。事案全体のうち報告されるのは約20%のみである。咬傷を行った犬の約50%が安楽死され、安楽死されなかった犬の約60%が3年以内に再び咬傷を起こす。
Q 犬に噛まれた場合、眼の周りはどのくらいの頻度で損傷するのか?
A 症例の4〜17%で眼周囲組織が損傷を受ける。特に顔面中央部への攻撃では最大17%に眼周囲損傷が生じる。幼児は体が小柄で顔面が犬の口に近い高さにあるため、より高いリスクを持つ。
眼周囲の疼痛・腫脹・出血 :咬傷による直接的な組織損傷に伴う。
流涙 :涙小管損傷による涙液排出障害が原因となる。
複視 :眼窩骨折による外眼筋 嵌頓や眼球変位で生じる。
悪心・嘔吐 :迷走神経反射(眼窩骨折に伴う)として出現することがある。
鼻翼・上口唇の知覚障害 :眼窩下神経損傷による。
上下切歯による少なくとも2つの穿刺創が特徴的である。主な臨床所見を以下に示す。
眼瞼裂傷 :浅い裂傷から全層裂傷まで様々。挙筋断裂の有無を必ずチェックする。
涙小管断裂 :犬咬傷では他原因より高率に発生。下涙小管 > 上涙小管 > 上下の順。内眥靱帯 断裂を伴うと涙点が外側に偏位する特徴的所見を呈する。
外傷性眼瞼下垂 :挙筋・挙筋腱膜の断裂による。
眼窩骨折 :発生率は5%未満。鼻骨・上顎骨・眼窩骨が影響を受ける。2歳未満・大型犬・重度咬傷がリスク因子。
開放性眼球外傷 :極めて稀。瞬目反射が眼球を保護するためと考えられる。
犬咬傷の重症度評価にラックマン分類が用いられる。
ステージ 損傷の程度 I 表在性 II 皮膚および下層の筋肉 III 深部組織の外傷性欠損 IVA III+血管/神経損傷 IVB III+骨/臓器損傷
犬咬傷は擦過傷・穿刺傷・裂傷・欠損/剥脱・挫滅傷の組み合わせとして生じる。
高リスク犬種 :ジャーマン・シェパード、ドーベルマン、ピットブル・テリア
被害者リスク因子 :
年齢 :約3/4が9歳未満の小児。幼児は体が小柄で運動能力が未発達なため顔面負傷リスクが高い。
性別 :男性に多い。
基礎疾患 :ADHD
状況因子 :
幼児は知っている犬(飼い犬など)から受傷することが多い。
年長児・成人は見知らぬ犬からの受傷が多い。
顔面中央部への攻撃で最大17%に眼周囲損傷が生じる。
予防・日常のケア
犬に近づく際は急激な動きを避け、犬が威嚇のサインを示しているときは距離をとってください。
幼児を犬と二人きりにしないよう注意してください。
犬咬傷後は速やかに医療機関を受診し、眼周囲への損傷がないか専門家に確認してもらいましょう。
Q どのような犬種が眼周囲の咬傷を起こしやすいのか?
A ジャーマン・シェパード、ドーベルマン、ピットブル・テリアが高リスク犬種として挙げられている。ただし、犬の品種よりも状況因子(幼児・知っている犬・顔面中央部への攻撃)の方が眼周囲損傷のリスクに大きく影響する。
生命を脅かす損傷の除外(全身診察を優先)。
眼球損傷の評価を最初に行う 。眼球破裂等があれば眼瞼処置より優先する。
開瞼困難時はデマル鉤で眼瞼を引き、手持ちスリットで観察する。
部位・深さ・異物・組織欠損を確認する。
挙筋断裂の有無 :眼瞼裂傷では必ずチェックする。
涙小管断裂の有無 :涙点より内側の裂傷では必ず疑う。
涙小管断裂の確認 :通水検査またはブジー挿入で確認する。通水検査は不用意に行うと周囲組織に水分が漏出し、術中操作が困難になるため注意する。
眉毛外側の打撲では外傷性視神経症 を念頭に置き、光覚を確認する。
強い疼痛・吐気はtrap-door型眼窩骨折を疑う所見である。
CT :広範囲創傷・上顎頬骨穿刺創では顎顔面CTを行う。異物が疑われる場合もCTを実施する。
MRI :眼球・眼窩・頭部顔面外傷の合併が疑われる場合に検討する。
Q 犬に噛まれた後、涙小管の損傷はどうやって確認するのか?
A 涙点より内側の眼瞼裂傷では涙小管断裂を疑う。通水検査(生理食塩液を涙点から注入し鼻腔への通過を確認)またはブジー挿入(涙小管内にブジーを通して断端を確認)で診断する。内眥靱帯断裂を伴う場合は涙点が外側に偏位する特徴的所見が見られる。
生命脅威の処置を優先した後、消毒→創の探索→創閉鎖の順で進める。初期は単純な創閉鎖にとどめ、二期的手術の機会を設けることが基本である。
創洗浄
洗浄量 :150mL以上(感染リスクを最大90%減少)
器具 :30mLシリンジ+18Gカテーテル
注意 :ポビドンヨードは一般的には非推奨
予防的抗菌薬
第一選択 :アモキシシリン・クラブラン酸 3〜5日間
ペニシリンアレルギー時 :TMP/SMX・クリンダマイシン・シプロフロキサシン・アジスロマイシン
創閉鎖時期 :頭頸部は早期閉鎖推奨。抗菌薬投与下なら最大24時間延期可
創デブリドマン :眼瞼のデブリードマンは極力控える。挫滅・汚染組織のみを切除する。
ワクチン :
狂犬病ワクチン :感染が強く疑われる場合にのみ投与する。
破傷風ワクチン :接種歴不明・免疫不全・初回3回未完了の患者に投与する。
浸潤麻酔 :アドレナリン入り0.5〜1.0%リドカイン
洗浄・異物除去 :生理食塩液。細かい異物は手術顕微鏡下で除去する。
止血 :動脈性出血はバイポーラ凝固
軽症裂傷 :消毒・圧迫止血後にテープ固定
瞼縁・瞼板 裂傷の縫合手順 :
6-0ナイロンで仮縫合
6-0ナイロンで瞼板縫合
球結膜 縫合
睫毛列・gray lineを合わせて皮膚縫合(7-0ナイロン)
後葉は瞼板結膜→Muller筋挙筋→内外眼角腱の順で修復
眉毛・鼻根部は6-0ナイロン埋没縫合
挙筋断裂 :断裂が明らかなら縫合する。不明確な場合は受傷後6か月まで経過観察する。
受傷後48時間以内の整復が望ましい。一方の涙小管断裂のみでも涙小管再建が基本方針である。
麻酔 :全身麻酔が望ましい。局麻の場合は滑車下神経ブロックを併用する。
手術手技 :
ブジーを挿入する
釣り針フック・4-0シルク牽引糸で創を展開する
断端(乳白色〜灰白色リング状)を探索する
シリコーンチューブを挿入し鼻腔へ誘導する
涙小管壁縫合 :8-0バイクリルまたはナイロン
付随損傷の修復 :Horner筋断裂→縫合、内側眼瞼靱帯断裂→整復
術後管理 :
抗菌薬+ステロイド 点眼
皮膚縫合は5〜7日後に抜糸
通水検査は術後約2週間で初回
シリコーンチューブは1〜2か月留置後に抜去
抜去後2〜3か月間は2週間ごとに通水確認
小児閉鎖型骨折で外眼筋嵌頓がある場合 :緊急手術の適応
開放型骨折の再建 :PLLA等吸収性インプラントやシリコーンシートで眼窩壁を再建する。
手術時期と予後の関係を以下に示す。
Courtney DJ et al.(2000)によれば、14日以内の早期修復では眼球陥凹の残存は20%にとどまるが、6か月以上の遅延修復では72%に眼球陥凹が残存する1) 。また遅延修復で複視が改善するのは1/3のみである1) 。膿性副鼻腔炎を併存する場合の感染率は40%に達し、口腔内アプローチでは約15%である1) 。抗菌薬の予防投与は外傷後3時間以内または手術開始時に行う1) 。
極めて稀である。眼瞼処置に優先して治療を行う。
治療における注意点
涙小管断裂の通水検査を術前に不用意に行うと周囲組織への水分漏出が起こり、術中断端探索が困難になる。
挙筋断裂が不明確な場合、早急な縫合は不要であり6か月の経過観察が推奨される。
眼窩骨折の修復遅延は眼球陥凹・複視の残存リスクを大きく高める。早期の専門家への紹介が重要である。
Q 犬咬傷後の感染予防で最も重要なことは何か?
A 十分な創洗浄が最も重要である。30mLシリンジ+18Gカテーテルを用いて150mL以上の生理食塩液で洗浄することで、感染リスクを最大90%減少させることができる。洗浄に加えて、アモキシシリン・クラブラン酸による予防的抗菌薬投与(3〜5日間)を行う。
擦過傷・穿刺傷・裂傷・欠損/剥脱・挫滅傷の組み合わせとして外傷が生じる。上下切歯による少なくとも2つの穿刺創が典型的である。
眼瞼が引き伸ばされて剪断力が生じることで損傷する。間接損傷ではより鼻側で断裂が起き、整復が困難になりやすい。
下顎が眼窩内(下内側)に進入することで生じる。瞬目反射による保護機構のため、発生は極めて稀である。
頭頸部の感染率は5%未満と低い。豊富な血管供給が感染防御に寄与するが、弁のない静脈系が頭蓋内侵入を可能にするため、重篤化する可能性もある。
犬の口腔内には64種以上の細菌が常在する。主な起炎菌を以下に示す。
Pasteurella multocida
病態 :咬傷後の急性感染症において最も重要な起炎菌の一つ。
特徴 :激しい疼痛・急速な膿瘍形成を引き起こす。
抗菌薬感受性 :アモキシシリン・クラブラン酸に感受性あり。
Capnocytophaga canimorsus
病態 :壊死性感染・劇症型敗血症の原因となる。
特徴 :免疫不全患者(脾摘後など)で重篤化しやすい。
経過 :診断が遅れると致命的となりうる。
その他の主な常在菌:Streptococci、Staphylococci、Moraxella、Corynebacterium、Neisseria。多菌性感染を呈し、嫌気性菌の割合が高い点に注意する。
Courtney DJ, Thomas S, Whitfield PH. Isolated orbital blowout fractures: survey and review. Br J Oral Maxillofac Surg. 2000;38(5):496-504.
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